第23話 決着
……勝ったのか?結晶の破片となったダンジョンマスターは、完全敗北の四文字に相応しかった。
「はあ、はあ、はあ、はあ…」
ボクは肩で息をしながら、ため息をついた。……頭が痛い。覚醒して体が熱を持っていたせいか、ダンジョンのひんやりした空気が心地よかった。
「これ、勝てたってことで、いいのかな?」
「…ああ。いいと思う」
「生体反応………消えた。完全勝利ね……!」
キーラが、信じられないと言うように目を丸くしながら言った。
「………う」
「…う?」
キーラが疑問そうに言う。あー、ここでこれやったらびっくりさせちゃうだろうな…でも、この思いが抑えられるはずがない!
「うおおおおおお!か、勝ったあああああああああ!」
ボクの絶叫が、ダンジョンマスターのいた部屋に響き渡った。途端に、2人とも感情に余裕ができたようだった。
「…そうだな。勝った」
「…あ、あはは、すごい、本当に…」
サクは発言の内容こそ薄いものの顔には穏やかな笑顔をたたえて、キーラは目尻に涙さえ浮かべて喜んでいる。
「レベル差が45もある敵を相手に単身でトドメを指すとはな…感服だ」
サクが無愛想な声でありながらも、ボソッと褒めてくれた。
「サクとキーラが助けてくれたから、あのラストアタックが決められたんだよ」
「だとしても、すごいじゃん!あのラストアタックはリンちゃんじゃなきゃ決められなかったよ!」
キーラが言うと、サクも深く頷いた。
「……ああ。素直に尊敬する」
と、3人が持っているディバインパネルが震えた。
「…なっ……!?」
ボクは仰天した。何せ、レベルが50まで爆上がりしていたのだ。同時に、大きい文字がボクたちの頭上にある空中に出現した。
『Congrutulation!あなたたちはダンジョンマスターを撃破しました。よって、あなたたちの冒険者としてのランクをEからCに昇格します。取得可能な戦闘スキル、支援スキルのアップグレード、ストレージ容量の増加を行います。ディバインパネルをかざしてください』
ボクたちが空中の文字にディバインパネルをかざすと、すぐにそれは読み込まれてボクたちのステータスが上昇した。ボクのステータスも、かなり上がったように感じる。
〈リンネ Lv50〉
役職……………転生者
ランク…………C
所有ポイント…250
取得スキル数…4
腕力……………303
防御力…………158
速度……………192
精神力…………960
知力……………126
◇ユニークスキル
・ヒロイン
そして今度は、ボクのディバインパネルが震えた。ボクがそれを見ると、この様な文言が表示されていた。
『ステータスが一定値に達したため、クラス選択が可能になりました。クラスは変更することも可能ですが、どうされますか?(なお、この表示をスキップしたとしてもメニューからいつでもこの画面を呼び出してクラス選択、または上位のクラスへクラスアップすることが可能です)』
「サクが言ってたクラス選択って言うのが出てきたよ?」
「…とりあえず保留にしておけばいい。今すぐに決めなければならないわけではない。それにまだ、ダンジョンマスターに勝利したイベントは終わってないぞ」
「終わってないって…?」
気がつくと、ダンジョンマスターが光の玉のような姿に変わってボクたちの前に浮かんでいた。
『よくぞ私を倒し、このダンジョンを踏破した。心から賛辞を送る。望みは、何だ?』
「の、望み?」
キーラが困惑した様に言っている。サクがボクたちに言った。
「…ここは俺に任せてくれ。ちゃんとここまでを作戦の範囲に入れている」
「そうなの?」
サクは光の玉の目の前に立つと、ゆっくりと、しかしはっきりと言った。
「…ダンジョンマスターの権限を、1時間30分きっかり、俺に譲渡してくれ」
『随分と豪快に行ったな』
「…ああ。権利の返上に来るから、その後はまたあんたが経営してくれ」
サクは平然とした顔で、なんかすごいことを言った。
『しかし、なぜダンジョンマスターの権限などを欲しがった?』
「…この世界の街や王国は、ダンジョンによって発展する。この国もその一つだ」
唐突に、サクはそんな話を始めた。そういえば、そんなこと言ってたっけ。
「…そしてダンジョンの近くに一から街を作る場合は、ダンジョンマスターに指示を聞くという契約書を書かなければならない。その一つに少なくとも絶対に入っていると言うダンジョンマスターの権限…法律を一つだけ、無理のない範囲で変更できると言う条約がある。それが目当てだ」
なるほどな……。サクの思惑が、今になってようやくわかってきた。
「ああ。これで不当に虐殺、圧政を行っていたやつを『地獄の底まで叩き落とす』。犯人の手がかりはあらかたつかんでいるから、全員逃さないように捕まえて、償ってもらうとしよう」
サクは不敵に笑っていた。
「…さあ、帰るぞ。あの国王の顔が見物だな」
ニタニタ笑っていたあの顔が驚きに染まる様子は、確かに見たかった。扉を開けると、そこにはフェードが立っていた。
「…合図、なかった」
「…悪い。リンネもキーラも想定通りに仕事をこなしてくれたから」
ちょっと拗ねたような顔をしたフェードが、扉の外に立っていた。
「別にいいけど。…どうせ手助けとか面倒臭いし…。それはそうと、サク、これからどうするの?」
「国王に会うつもりだ。亡者になったとばかり思っている奴が現れたら、度肝を抜かれるだろうな」
結果、ボクたちは3人から4人に増えたパーティーで王様の元に帰ることになった。大穴が空いたダンジョンマスターの部屋で、ボクたちの声はよく響いた。
「……それでは、今から計画を伝える」
「えっ、まだあるの!?」
キーラが驚きに目を丸くし、ボクも思わず自分の耳を疑った。
「……俺だって散々な目に遭わされて、剰え殺されかけた。俺を怒らせたらどうなるか、あいつらに少し教えてやろうと思っている」
サクはそう言って、作戦の段取りを説明し始めた。
……そして、驚いた。サクはボクたちが戦いを始める前に、ちゃんと根回しを終わらせていたのだ。
「本当にサクって何者なの?」
キーラがサクのことをもはや人ではない何かであるかのように眺めながらそう言った。
「俺は変わらず探偵だ。
……さて、あいつらの元に向かう前にするべきことはあと二つある」
サクはそう言って、ダンジョンの崩壊した壁に向けて手を上げた。
「{ライトニング}」
サクは高速で何回もライトニングを打ち出した。
「……?何してるの?」
「……仕上げだ。後一つで準備は整う。大手を振って生存報告してやろうじゃないか」
ボクが質問すると、サクは不敵に笑いながらそう言った。
ボクたちがダンジョンの入り口から出ると、町中の人々が驚きの声をあげた。王様がニタニタしながらボクに言った。
「なんだ?怖気付いて逃げたのか?」
「…逃げてなんかない。勝ったよ、ちゃんと」
ボクは反論する。
「逃げた証拠と、貴様の目はどこにある?」
サクはダンジョン入り口付近に落ちている巨大な瓦礫を差しながらそう言った。王様はあくまで、信じない様子だった。パラパラと、レンガのかけらが上から落ちてくる。
「ボクたちは本当に勝った」
ボクも、王様に抗議する。
「はぁ、うじ虫もここまで往生際が悪いと哀れになってくるな……。なんだ、金髪のバカは少なくとも死んだ様ではないか?ん?すなわち仲間の一人がダンジョンマスターに殺されて、怖気付いて逃げたと言う何よりもの証拠だろう。おい、処刑の準備をしろ!」
サクは表情を崩さないまま言った。
「……強情なのは結構だが、認めた方がいいぞ。貴様の自慢の部下に、ダンジョンマスターの署名を見せてもらうとい」
王様はふんっ、と鼻を鳴らしながら部下に命令し、巻物のようなものを持ってこさせた。その間にも、ダンジョンの壁からパラパラとレンガのかけらが落ちてきている。王様はサッと巻物を広げ、その署名を確認した。前半にはこのダンジョンの近くに街を設立するにあたって、このようなことをしますー、みたいな感じのことが書いてあった。後半には、ダンジョンマスターからの条件が書かれているようだった。そして、その一番最後には、サクがさっき追加した条例とサクの名前が書いてあった。
「…なっ……!?」
サクの名前が目に入ったのだろう。王様のまぶたが激しく痙攣した。
「え、衛兵!衛兵!今すぐにこやつらを捕らえろ!」
「おっと、それには及ばねえな」
群青の光と共に、ヤマトが出現した。
「や、ヤマト!?」
「よう、国王サン。悪いがあんたの支配下にあった部隊は全て、俺と俺の仲間たちが解放した。あんたがダンジョンの入り口に立ったまま城に不在だったおかげで、随分とスムーズにことが進んだぜ?」
王様がそんな馬鹿な、という顔で周りを見渡している。ボクたちを取り囲む兵士たちの目に、以前のような青い光は灯っていなかった。
……そう、サクはボクがヤマトと一戦交えたその日のうちにフェードとヤマトにコンタクトを取らせ、この作戦の段取りを手伝ってもらうよう根回しをしていたのだ。……そして、ここからが大事。『あいつに上を向かせない』
「…国王、まだ負けを認めないというのなら、ボクと一騎討ちしろ。武器が手から離れたら敗北の、真剣勝負だ」
…ボクは、作戦の段取りの通りに言葉を選んで話した。王様が何か言う前に、ボクはさらに畳み掛ける。
「……言ったはずだ。お前たちを正面から撃砕すると」
「ほう?私に勝てるとでも思っているのか?あの黒い悪魔でさえ私の足元にも及ばなかった。貴様ごときで叶うはずが…」
「……」
無言で、ボクは鞘に収まったままのインフェルノを構えた。無論、ボクは王様を殺す気は一切ない。ただ、ギリギリまで追い詰めればそれでいい。まあ王様は自分より強いやつがいるのが気に入らないほど力に貪欲で、無慈悲だ。ならどうするか?簡単だ。目には目を、歯には歯を、だ。力が全てだと思っているこいつの鼻っ柱を、徹底的に折ってやれば良い。
「貴様はその傷だらけの体で私に敵うとでも思っているのか?」
王様が、変わらず嘲笑うようにそう言う。
「…それもそうだね」
フェードがそう呟くように言って、ボクにリヴァイブバーを投げて寄越した。ボクはそれを受け取ると、戦う上で一番支障が大きい場所の傷に押し当てた。その傷が全快し、ふっと体が軽くなる。
「良いか。貴様は私に敵わない。ダンジョンマスターに勝ったと自分の行動を偽るような詐欺師は悪であり、私が成敗するべき対象だ。悪く思うなよ」
…力に溺れて、驕り高ぶって。剰え、自分の目の前にある現実からでさえも自分の理想で掻き消して見なかったことにしようとする。…姉さんが見たら間違いなくブチギレただろうな…
「……お静かに」
ボクは静かに、プラチナの腕輪に触れてから、ゆっくりと目の前にいる暴君を見据えた。ボクは冷静だった。ただ冷静に、心の刃で斬る。
「っ!」
ボクはすうっ、と吸い付けられるように王へ向けて駆け出した。足捌きは軽やかに、かつ、隙を窺うように慎重で。
「遅い!」
王様がグングニルを振り翳してくる。……早いけど、見切れないほどじゃない。
「…」
ボクは無言で地面を蹴ってグングニルを回避した。サクと王様との戦闘をみていたことによって、手数の多いサクの攻撃を防ぐ王様の動きの癖はなんとなく見切れていた。
「姑息な手を使うな!」
「………」
無言で、殺気を滲ませながらインフェルノを振り抜いた。王様は慌てて回避をする。
力が全てだと思っている奴に限って弱かったりするが、この王様は本当に強い。強いが、愚かだ。
「小娘風情がでしゃばるな。{ライトニング}!」
王様はマントのようなものを翻しながら、再びグングニルを突き出してくる。それと同時に、王様の右腕から凄まじいジグザグのエネルギーがこちらに飛び出してきた。
「……」
何も言わない。ボクは息を止め、意識をインフェルノのポイントに集中した。まず先に飛んできたのがライトニング。これは冷静にエッジを使って受け止め、次に飛んできた王様のグングニルはジャンプで回避。
「〈ラッシュ〉!」
反撃に、ボクは連続攻撃を叩き込んだ。
「〈ラッシュ〉!」
王様も、同じスキルをオーダーしてきた。ボクたちの攻撃が火花をちらし、吹き付けてくる風を激しく揺るがしている。王様の目はまるで震えているのではないかというほど激しく上下左右に動き、ボクの目もおそらく王様にはそう見えていただろう。
僅かに見えたスキ。ボクはその一瞬を逃さなかった。〈カウンター〉をオーダーし、王様のグングニルを弾き返した。
「ぬっ…」
王様の息が漏れるのと、ボクのインフェルノが王様の手元からグングニルを奪い去るのが同時だった。素早く、ポイントを王様の喉に向ける。
「チェック・メイト」
微笑を浮かべながら宣言してやる。だが、王様もニヤリと笑った。
「{フレイム}!」
王様の手から真っ直ぐに、炎魔法がこちらに飛んでくる。至近距離だ。まあ普段なら確実に死んでいただろう。…普段なら。西洋剣がボクたちの間に割り込み、火炎魔法を切り裂いた。ヤマトが嫌な笑顔で、左手を王様に向けている。
「おいヤマト、どう言うことだ!なぜ私の邪魔をする!一騎討ちだと小娘は主張した!ルール違反だ!」
「ルールを破った奴が権利を主張できると思ってんのか?」
ヤマトは冷え切った目で王様を見つめている。ヤマトが左手を横に動かすと、王様の4メートルほど後方に9本の西洋剣が現れた。ポイントが、真っ直ぐに王様の背骨を狙っている。
「ヤマト、これはなんの真似だ!いい加減にしろ!さもないと…ゲフッ!?」
王様の声を遮るように、西洋剣の柄頭が王様の脇腹を打ち付けた。
「…さぁ。いい加減にしないとどうなるんだ?例えば…」
ヤマトの表情が迫力満点に歪む。
「ユニークスキルを失うとか?」
「なっ…!?」
王様が辺りを見回す。だが、探しているであろう人物の影はどこにもない。なぜなら……
「…バーカ!」
キーラはフェードのアンカーを左手に空から落ちてきて、地面スレスレを滑るように移動しながら右腕を振るった。王様の心臓あたりから青い光が飛び出し、球体となってキーラの手に握られる。キーラは振り子の要領で、一番高い位置で手を離してくるくる回転しながら着地した。
キーラはサクのライトニングが打ち上げられたタイミングでダンジョンマスターの部屋から飛び降り、40階層あたりにアンカーを刺してから巻き取り、勢いをつけて降下してきたのである。
「くそッ、貴様…!」
〈ハイディング〉を使って王室に張り込んでいたフェードのおかげで、この王様のユニークスキルが〈パペットマスター〉であることはもうすでにわかっていた。王様がダンジョンマスターとの契約書をいじっていたことも、フェードは一部始終見ていたのである。こいつを盗めば、もう王様があれこれ人を操ったりする心配はなくなるわけだ。
「この力は、ふさわしい人に継承してもらわないとね」
キーラがそう言いながら、ディバインパネルを操作してスキルスフィアをストレージにしまう。
「動くな!哨戒班だ!」
ライフルを抜いて登場してきたのは、ギール班長とミサキさん、そして二人の哨戒班員だった。銀一さんも、その後からついてくる。
「えっ、なんで哨戒班がここに?それに銀一さんも……」
サクがボソッと言った。
「……帰り道でモールス信号を使って駆けつけて欲しい旨を伝えた。作戦の全容も伝えてあるから、進行通りだ」
なるほど。さっきのライトニングはそれだったのか。……流石に早すぎて、ボクも何て言ってるかわからなかった。哨戒班ってすごい。
「ギール!こいつらは国家反逆者だ!早急に罪人街に収監し、処刑しろ!」
「…なるほどな。確かに今すぐにでも収監するべきクソッタレは目の前にいる。…お望み通り、刑が決定したらさっさとぶち込んでやる!」
「大人しくお縄にかかるッス!」
サクは王様に手錠がかけられたそのタイミングで、普段の彼からは想像もつかないような迫力のある声で高らかに言った。
「……ダンジョンマスター、サクの名において命じる。これより、独裁政権を禁止する!これまで独裁政権に加担したものは、全員強制集合だ!」
サクの声が響いた瞬間、見たこともないぐらい巨大な魔法陣が、ボクたちを中心にどんどん広がり始めた。遠くに見える街の壁までぼうっとした白い光に包まれているところを見ると、街全体をすっぽり魔法陣の中に収めてしまったらしい。その光景は、驚愕せざるを得ないものだった。
王宮にいた人間たちや身なりのいい奴らは全員浮かび、ボクたちが晒し者にされた場所に集合した。いや、させられた。サクは無表情に、その様を見つめていた。王様は相変わらずギール班長を睨み殺さんばかりの形相で見ている。
「サク、今のどうしたの?」
「…ダンジョンはこの地脈を司っている。つまり、俺が命令すればある程度のことは行えてしまうわけだ。この国の王はそれに同意する契約書にサインをしているからな。アロガン王はユニークスキルの〈パペットマスター〉で洗脳できるのをいいことに、今まで好き勝手をしていたわけだ」
サクはそんなことを言いつつ、王様を捕縛している哨戒班の人たちと銀一さんを振り返った。
「……一緒に来てくれ」
ボクたちは権力者たちが集められた場所に向かった。ボクたちが晒し者にされた広場の周りには、すでに何事かと集まってきた国の人たちが大勢いた。
哨戒班が王様を捕縛しているのを確認すると、国民たちは一斉に襲い掛かろうとした。哨戒班が必死にそれをせき止めようとする。……猛獣のような勢いの中に、数多の怒りや憎悪の声が上がっていた。よくもまあ、ここまで人に嫌われることができたものである。
「……」
サクがサッと右手を周りに振りかざすと、人は見えない手で押されるようにぐんぐん押し戻されていった。これもダンジョンマスターが扱える地脈の力というものなのだろう。サクは王様に右手をかざし、権力者たちが固まって放り出されているところに左手をかざす。たちどころに王様は権力者たちの中にゴロゴロと泥だらけになりながら転がり、その中に混じった。
「……さあ、審判を始めよう」
サクは、雨が小降りになってきた広場でそう宣言した。




