宇宙巡視船シルクロード
沿宙域警備隊は地球の海洋の治安を守る沿岸警備隊の流れを汲む組織で、主に太陽系内の治安維持や救難活動を行う。またブルーアース連邦が批准している星間国際条約に基づき、自国領から一定の範囲での資源採掘などが可能な「排他的経済宙域(EEZ)」が太陽系外に設定されているため、その中も沿宙域警備隊の行動範囲となる。
キラッゼ港の一角に整備された冥王星基地は、広大なEEZを警備するための大型巡視船が多数配備され、500m級の大型巡視船が15隻は停泊できる岸壁が第8岸壁まで設けられていた。当然移動にも時間がかかるため、巡視船の乗組員の移動にはベルトコンベア式の動く歩道が用いられる。
動く歩道に乗って第8岸壁に到着した三人の眼前には、少し古ぼけた中型巡視船が複数停泊していた。
「第8岸壁はここ2年ぐらいで整備された新しい岸壁なんだけど、船の配備状況とか諸々の都合で少し旧式の船が押し込まれてる感じなんだ」
「確かに。あそこに居るのなんて、10年前に就役した巡視船ですもんね」
天野が指差した巡視船は船体の塗装がくすんだり煤けたりしている箇所があり、長らく運用されているらしいことが外見から見て取れた。
「詳しいな。さては船が好きで沿宙域警備隊に入ったか?」
「あ、解ります?」
「ラッキーだったな、これからお前が配属されるのは唯一無二の巡視船だぞ」
「唯一無二?」
天野は頭の中で思い当たる巡視船を探りはじめたが、探り終わる前に答えとなる巡視船が停泊している場所に到着した。その巡視船は先端が尖った六角柱というまるで鉛筆のような船体に、船橋や巡視船として必要な装備をくっつけたという見てくれであった。中でもひときわ目を引くのは前甲板に搭載された単装砲で、他の巡視船とは全く違う船だということが容易に想像できる。当然のごとく天野はその巡視船を知っており、船名が口からこぼれる。
「『シルクロード』。一般に公開されている情報が極端に少なく、冥王星基地に配属された隊員でも一部しか詳細を知ることができないという謎の巡視船……」
実際、天野が口にしたのも親友の羽藤から聞いた受け売りの知識だった。
「まぁ、謎と言えば謎だよね」
「リノさんも詳しくは知らされていないんですか?」
「知らされてないというか、教えてくれないというか」
リノの曖昧な返答を怪しく思いつつも、天野は船体に横付けされたタラップ車から乗船しようとする。
「あれ?瀧尾さんとリノさんも乗船するんですね」
「あ、言い忘れてたけど私たちもシルクロードの乗組員なんだ。改めてよろしく」
シルクロードの船橋に入ると、船長が天野を待っていた。
「ようこそ天野君、私は船長の保尊瞬だ」
「よろしくお願い致します」
「早速なんだが、訓練学校時代の成績を基に役職を決めさせてもらった。君には船外装備と武装を扱ってもらう。役職名は『管制士』で、前面窓の左側の席が定位置だ」
「解りました」
天野は船長の指定した席に座ると、操作を覚えるよう指示があったため機器を起動した。訓練学校の練習船のそれとは随分仕様が異なっていたが、天野はすんなりと操作をこなしていく。
「よかったのですか、船長」
「天野君に管制士がちゃんと勤まると船長はお考えなのでしょうが」
後ろでは、瀧尾とリノが不安げにしていた。二人の声を聞いて天野が振り返ると、船長が話し始めた。
「君をこの席に座らせたのは二つの理由がある。一つは射撃の成績が優秀で、この船の武装を扱わせても大丈夫だと判断したことだ。この船の127mm単装陽電子砲は巡視船にしてはいささか強力過ぎるからな」
「あと一つは何なのでしょうか」
天野が問うと、船長が制服のポケットから書類を取り出した。
「これは訓練学校での君の成績などが書かれたものだ。先程言った射撃の成績もここに書いてあるが、私が特に気になったのは備考欄だ。なんでも船が好きなうえ、船舶用人工知能とのコミュニケーションが非常に上手だと」
「えっ。確かにそれは事実ですが、それが管制士の仕事に関係はあるんでしょうか」
「それは……説明が難しいから、ここからは実際にやってもらったほうがいいな」
船長は自分の席に座ると、機器を操作し始めた。数秒経つと、管制士の席の機器に付けられたモニターに「船舶用人工知能の権限設定」と表示された。
「シルキー、もう喋っていいぞ」
船長がその名を呼ぶと、天井のスピーカーが音を出す。最初はノイズのみだったが徐々に聞き取りやすくなり、発している音が何者かの声であることが解るようになった。
《スピーカーの権限設定を変えてまで黙らせるとは!あたくしが何かいたしました!?》
それは女性の声で、やたらと偉そうな態度だった。
「えぇと、これがシルキーさんですか」
《よく覚えておきなさい!あたくしがこの巡視船シルクロードに搭載された人工知能!新人の間は私が装備の管制を補佐して差し上げますので有難く思ってくださいませ!ちなみにシルキーは通称ですわ!》
天野は困惑した。今まで多くの船舶用人工知能と関わってきたが、ここまで高飛車な人工知能は初めてだった。
「シルキーの扱いは『話相手』として基本的に管制士が行うことになっているのだが、自分の手に余ると別の船に転属した管制士は数知れず。だが君ならきっと上手く彼女を扱ってくれると信じて、話相手となる管制士に任命した」
船長の言葉を聞いて背筋が凍りつく天野。いくら船が好きと言っても、この船と上手くやっていける自信は今のところ全く無かった。
《流石に先程の言葉は聞き捨てなりませんわね船長!高性能なあたくしを上手く扱える人材が多くないのは当然でしてよ!というわけですから天野さん!あたくしの能力を最大限引き出せるように精進を重ねなさいな!》
「は、はい……ところで義体は使ってないんですか?」
《今のところ義体は搭載しておりません!ですがあたくしには必要のないもの!何と言ってもあたくしは高性能!義体無しでも業務の余計な手間はかけさせませんわ!》
不安ではあったが、言っている内容からしてなんだかんだ面倒見がよさそうに思えたので、頑張ってこの船と付き合っていこうと誓う天野であった。