初めての出会い、初めてのときめき
「瀧尾さん……いえ操舵士、おはようございます」
朝7時の第8岸壁、天野はシルクロードの出航に向けた作業を行っていた。
「おう管制士、冥王星の空の下でもちゃんと寝れたか?」
「はい、睡眠はばっちりです」
太陽から遠く離れた冥王星には太陽光が殆ど届かない。そのため冥王星の地表は、常に地球の夜のような空が広がっている。キラッゼ港の至る所に設置された電灯設備に照らされながら人々は働くのだ。
《おはようございます天野さん!睡眠も十分とれたとのことですし、本日もよろしくお願いたしますわ!》
船体に設置されたスピーカーから、シルキーが大声で呼びかけてきた。周囲に居た別の巡視船の乗組員たちが天野を見つめる。
「おいおい、あれが『じゃじゃ馬』の新人かよ」
「しかも管制士なんだってよ。優男って感じに見えるが大丈夫か?」
「またすぐ異動になるかもな。心配だ」
しかし皆の心配をよそに、天野は明るく返事をした。
「おはようございますシルキーさん!元気そうでなにより、今日の航海でもよろしくお願いします!」
するとスピーカーから一瞬雑音が発せられ、それからシルキーが答えた。
《敬語を使わなくとも、気軽に話してくれてもよくってよ!他の皆さんもそうしてますし!》
「解った!よろしくシルキー!」
そして再び雑音が一瞬聞こえ、ブツッという音と共にスピーカーの電源が落ちた。二人とも終始大声で会話していたこともあり、周囲の人々は天野をちらちらと見ていた。
「あんなシルキーは初めてだな……」
「ありゃきっと照れてるんだろう。スピーカーから雑音がするのは心穏やかでないときだからな」
呟く瀧尾の近くにいた、ツナギを着た男性が話す。
「君が新しい管制士か、私はこの船の技師長を務めているルーク・ショーンだ」
「初めまして。……なんで照れてるんでしょうね」
「シルキーに関しては、誰でも君みたいに優しくできるわけではないからな。優しくされるのは慣れてないんだよ彼女は」
その後、天野はルークに連れられてシルクロード船内のメインシステム室を訪れていた。部屋の中央に巨大な円筒状のコンピューターが据え付けられ、その外部に取り付けられたモニターとキーボードをルークが操作している。
「シルキーのデータはこの中に収められている。整備をするときには必ず電源を落としてからにすること。基本的には私が整備することになっているが、話相手の君にも一応教えておく」
「電源を落とさずに整備した場合は?」
「シルキーが一日中口を聞いてくれなくなる。これは船全体の問題になるから注意してくれ」
《乙女の胸中を勝手に覗くなど言語道断!くれぐれもお気をつけあそばせ!》
シルキーが話す度にコンピューターのライトが明滅する。ルークは溜息をついた。
「……しかし、義体があればもう少し私もやりやすいのだが」
「シルキーから聞きましたが、積んでいないんでしたよね」
「正確に言えば、どこにあるのか解らないんだ」
ルークがキーボードを打つと、モニターに義体のデータが表示される。しかしそのデータは一部が欠落した状態だ。
「義体の登録データが残っているということはシルクロード用の義体は存在する、もしくは存在していたということだ。欠落したデータはバグか何かで消失したのだろう」
それを聞いていた天野はふとメインシステム室の壁の一角に「備品庫」と書かれた扉を見つけた。だが何か引っかかる部分があり、携帯端末で船内の構造図を出す。
「……構造図にあの部屋が載ってないですよ?」
《あの部屋は開かずの間と化していますわ。権限設定がおかしくなっていて私では空けられませんし、鍵穴に入れられる鍵も紛失してしまったようでして》
扉に近づいた天野は、ドアのロックを操作する機器に描かれた機織り機の絵柄を見つけると、それをしばらく睨んだ。ルークが近くで様子を見る。
「この絵……同じだ!」
突然大声を出されて驚くルークを横目に、天野が胸ポケットからカードを取り出す。そのカードにはドアノブと同じ機織り機の絵柄が描かれていた。
「これ、自分が小さい時に亡くなった父の形見なんです。何のカードキーなんだろうとずっと思ってましたが……」
天野が機器にそのカードキーを通してみると、ガチャリという音がした。ルークは驚いて天野を問い詰めた。
「管制士、君のお父さんは一体何者で……何故そのカードキーを持っていたんだ」
「解りません。父は軍人だったらしいことは聞いているのですが、それ以外は。母も私が赤ん坊の頃に行方知れずだと」
「……すまない。焦って、デリカシーが欠けていたようだ」
「いいんです。それより備品庫の中を見てみましょうよ」
開かずの間だったというだけあって備品庫の中はホコリにまみれていたが、置かれているのは幾つかの段ボール箱のほかには壁沿いに置かれたロッカーが1つだけ。
「箱の中は何かしらの書類が詰まっているようだが、これは黒いインクでもこぼしたのか?全く読めないな」
ルークが箱の中を漁っている間に、天野はロッカーを開けてみた。
「わぁ……!」
一目惚れだった。天野は今まで多くの義体と会話し、親友となった船も何隻か居た。しかし恋愛感情を抱いた義体は初めてで、未知の感覚を前にその場で立ち尽くすしかなかった。
「そんなところに義体が入っていたのか」
ルークの声を聞いて我に返った天野は、早速シルキーへの接続を試すための準備を始めた。
幸いロッカーの中はそこまでホコリが入り込んでおらず、義体は最低限の掃除をするだけで接続の準備が整った。義体が見つかったということで、メインシステム室には船長の保尊や操舵士の瀧尾、電測士のリノも来ていた。
「出航まであと2時間で、準備はほぼ完了している。時間的余裕はあるが大丈夫なのか?」
「部品の経年劣化が心配でしたが、調べてみると劣化した部品は殆どありませんでした」
保尊の質問に答えながらルークは作業を急ぐ。
「それにしても、この義体は……これがガーリーっていうものなのかな」
「俺は美人だと思うぞ。人ではないが」
リノと瀧尾は、ストレッチャーに仰向けに乗せられている義体の外見を気にしていた。緑の髪はポニーテールで纏めれられ、スーツとも学生服ともつかない青い上着に白のスカートと、両足には黒のタイツを履いている。身長は高校生から大学生ほど。起動前で目を閉じているが、少女らしさを残しつつも整った顔立ちに「出るところが出た」身体という構成だった。
「接続するぞ、準備はできてるかシルキー」
《いつでもいけますわよ!いざ、接続!》
ルークが作業を終え、義体の首元に装着されたケーブルからシルキーが入り込む。すると義体が若干震え、そのまま黙り込んでしまった。乗組員たちの視線が一気にルークへと集う。
「……劣化していたパーツは全て交換したのですが」
言い終えた瞬間に義体の目が開き、むくりと身体を起こした。キョロキョロと辺りを見回すと、口を開いてシルキーの声で喋り出す。
「起動成功!なんだか動きやすくて馴染む義体ですわね」
乗組員たちが感嘆の声を上げる。シルキーはストレッチャーから降りると天野の前に立った。
「ふふ、私の美貌に目が釘付けのようですが」
「あ、赤色の目がとても綺麗だと思います。起動して動いてるのを見るとより素敵だなって」
焦って口が滑る天野を見て、シルキーは悪戯な笑みを浮かべる。
「上手なお方。船橋まで私をエスコートしてくださる?」
「は、はい。作法は詳しく存じ上げませんが善処します」
そうして二人は船橋まで歩き始めた。一連の流れを見ていた乗組員たちは呆気にとられる。
「今までこの船は散々『じゃじゃ馬』と言われてきたが……何か弄ったか技師長?」
「いえ、シルキーには何もしていません。誓って何もしていません船長」
「あれは『じゃじゃ馬』というより『お嬢様』だね」
「高飛車な口調はほとんど変わっていないが、所作だけでああも変わるもんだな」
その後彼らはそれぞれの持ち場へ戻り、出航に向けての最終確認を始めるのだった。




