ドロテアの伝言
ーーーーーーーー佐倉涼太ーーーーーーーー
椅子にもたれかかってテーブルをトントンと定期的に指で叩いているエルドリッチの顔は正気が抜けていた。ここ最近の激務で精神をやられてしまったようだ。
「酒もねえ……女も抱けねえ……大した娯楽もねえ……もううんざりだ……」
「ウルリカ王女とかエリニエスとかいるじゃん」
「俺は身持ちがかてえ女は抱かねえ主義だ。あとあと面倒だからな」
なんかすごいクズっぽい発言に聞こえてならない。
「相手がモンスターでも女なら抱くと聞いたが、意外とそういうところは律儀なんだな」
師匠がまた妙なところで感心している。なんだかんだで師匠のその手の価値観はエルドリッチ寄りなのかもしれない。童貞の俺にはわからなかった。
エルドリッチは気晴らしのつもりか自分の過去について語り出した。
「俺の元いた世界の話なんだがよ。とんでもねえ体重の醜女に誘われたことがあって、そいつの家に行ったことがあるんだわ。俺ぁ別にどうこうするつもりはなかった」
「でも、ヤったと?」
「ああ、襲われた」
「おそ……えー……」
豚に圧殺される感じを想像して、何とも言えない気持ちになった。
「うおお!来ちまったか!一瞬ビビっちまったが、据え膳食わぬは男の恥だ。何より試してみないことにゃ具合ってのはわからねえもんだ」
分からなくていいと思う。
「俺は自分とムスコを奮い立たせた。そんで、とにかく激しく動いた。早く終わらせたかった。油断すると萎えちまうからよ……あまりにも頑張りすぎて、俺はブスがリピーターになる評判の男になった」
「帰ってきて早々なんて話を聞かせるんだ」
呆れたようにテューンが声を上げた。
ダンジョンから帰還した俺たちは拘束したドロテアとともにすぐにエルドリッチのもとに向かった。フリージアやソフィア、ジョルジュその他面々は各々のやるべきことがあるため解散になったが、全員一度は王宮に顔を出さなければならないことには変わりなかった。
王宮の中は未だに慌ただしい様相を呈していたが、エルドリッチの対応は迅速だった。いや、エルドリッチというより、東の辺境伯のおかげだろう。辺境伯は昨日こちらに到着したばかりにもかかわらず、その手腕をいかんなく発揮し、ウルリカ王女を完璧にサポートしているらしい。
その辺境伯にエルドリッチはアゴで使われていた。
「おっ、すまん。意外とウブなんだな。気ぃ強そうなナリしてもしかして一度も男と手繋いだことねえんじゃないか?」
「……ふざけるのも大概にしろ」
ぎろりと睨むテューンのその顔は気のせいか少し赤くなってる気がした。
「まあ、冗談はほどほどにすっか。ドロテアは魔術師を拘留する専用の牢獄に入れた。エリニエスが点検したから逃げられることはまずねえはずだ。あいつぁ錬金術関係ならピカイチだかんな。そんでだ。ゼフ、やつから伝言を預かってる」
ゼフは無言でエルドリッチと目を合わせた。犯罪者顔とゴリラ顔が向き合うと凄みのある絵になる。口には絶対にできないけど。
「伝言? ドロテアから? どういうことだ?」
テューンは眉根を寄せた。
「ドロテアは俺の復讐相手を知っている」
「それは……間違いないのか?」
「やつから話を切り出してきた。そうじゃなきゃ俺も疑ってた」
「そういうことか。名前しか言わねえから何のことかさっぱりだったけどよ。そうなると、多少厄介な相手になるな」
納得したエルドリッチは難しい顔をして、背もたれから離れて両肘をテーブルに乗せた。
「また御伽噺の登場人物とか?」
と俺は聞いた。
「いんや、今度はもっと現実的な相手だ。情報の不透明さでいやぁ同程度だがよ」
「いいから教えてくれ。頼む」
ゼフはその名前を聞きたくてたまらないのだろう。苛立ちが声から伝わってきた。
「そう急かすな。気持ちはわからんでもねえが」
エルドリッチは一拍置いてその名を口にした。
「義賊ジークリット。庶民でその名を知らねーやつぁいねえよな? 冒険者なら尚更だ。神出鬼没正体不明の、正義の味方だ」
それを耳にした時のゼフの表情は一際険しいものになっていた。ジークリット、その名前は異世界人である俺でも知っているぐらいに有名なのだ。




