一時撤退
――――――――佐倉涼太――――――――
「まだ生きてる! トモエ、私と一緒に治癒に専念して!」
「わ、わかりました!」
ゼフと俺が前に立ち、ガナードが血まみれのフリージアを抱えて後退する。ソフィアはすぐさま駆け寄り、篠塚に助力を求めた。肺をやられたのかフリージアは口から大量の血を吐き出していた。普通なら助からない。いくら治癒魔術という概念があったとしても限界はある。だが、治癒魔術の最前線にいるソフィアが助かると判断したのならその決断は正しいのだろう。
ディランも防具で身を固めていたとはいえ、あの凄まじい蹴りをくらってなおダメージを感じさせないしっかりとした様子で立ち上がる。そして、攻撃が受けた部分がくぼんでしまった鎧を外し投げ捨てた。喉がつぶれてしまったのか非常に苦しそうにしていたが戦意を失ったわけじゃないようだ。あの重厚な鎧がワンタッチで簡単に取り外し可能だったのにも驚いたがディランも只者ではなかった。
その間も、敵の猛攻はやまない。
乱雑にまるで叩きつけるような一撃一撃に辛うじて踏みとどまるゼフ。やつは自分の身を守ろうとはせず欲望の赴くままに剣をふるう。俺が何度も灼熱を纏った刀で斬りつけても一心不乱にゼフに向かう。まるで獣だ。いや、それよりもなお悪い。あれは機械かなにかだ。おおよそ人らしい感情は持ち合わせていない。
「なんて……かたい……!」
鎧に傷をつけることは出来てもその厚い壁を突破することは出来なかった。かといって、マテやツェーリのように脆い部分を狙っても敵は微動だにしない。
俺と挟み込むような形でヤンが挟撃を仕掛ける。その刃は目にあたる箇所に捻じ込まれ、頭部をかき乱すように暴れさせる。だが、断末魔の声は聞こえない。ここやっと確信に至る。こいつは生き物じゃない。
ドロテアの歪んだ笑みが視界に入る。
そうだ。こいつさえ倒せば……!
それは追い詰められていく焦りからの愚考だった。フリージアの魔術を事もなげに消滅させたドロテアをたやすくどうにかできるわけがない。それ以前に、その企みはプレートアーマーのそれに阻まれた。
執拗に目の前のゼフだけを狙っていたそれがくるりと向きを変えて迫ってきた。
「リョウタ……!」
テューンが声をあげる。
彼女は万が一にも篠塚たちに危害が加わらないように後衛を守る位置にいた。本来なら彼女も前線にでる人材だが、今のままじゃ戦力にならないと自らすすんでその役割を選んだ。
ゼフが聖気術を守りでなく攻めに使用する。聖なる力が込められた盾によるシールドバッシュは鎧のそれを少しだけ押し飛ばした。だが、態勢が崩れたのは一瞬だけですぐに斬撃が迫る。
足捌きだけで回避は困難と判断した俺は少しでも大剣の軌道をずらすために受け流すように剣を構えた。
だが、完全に意表を突かれた。今まで強大な力に任せて単調に振り回していただけの剣筋が、まるで小枝を振るうがごとく滑らかに変化した。そして、俺の右手首の骨が砕かれる。
「ぐっ……!まじかよ!」
なまくらそのものの切れ味ゆえに斬られるのではなく砕かれた。こんな大剣に貫かれたフリージアの傷口はえげつないことになっているんじゃないかと余計な想像力が働いた。
俺は痛みと衝撃で刀を手から離してしまった。追撃は避けられない。横槍をいれてもこいつはびくりともしない。死にはしないが人間だった頃の恐怖が想起される。
「一時撤退する!戻れ、ヤン!」
師匠の叫ぶ声がする。その声を聞くと自分がしくじったのだと強く実感した。悔しさが込み上げてくる。だが、今は私情を挟む余地などない。
「ヤン、行け!」
躊躇しているヤンに俺は言った。
ゼフに撤退を命じなかったのは足止めの役割を担ってもらうためだろう。その点に関して、おそらくゼフに不満はない。むしろ、判断の早さに感謝しているかもしれない。
俺たちなら時間はかかるが必ず蘇生する。師匠が殺されない限り……の話だが。
だから、俺は天高く振り上げられた大剣の剣先に絶望感を抱いていなかった。その反面、こいつに勝てる想像ができなかったのも事実だ。
そして、大剣が振り下ろされ、俺の意識は途切れた。




