モンスター初遭遇、トラウマ再び
――――――――佐倉涼太――――――――
まず最初に驚いたのは、ダンジョン探索に松明の火ではなく、カンテラを使っていることだった。この世界のガラス技術はまだまだ未熟で、ガラスを加工する技術はあっても、無色透明のガラス細工を作れるほど進歩してない。
フリージアの取り出したカンテラは現代社会でも充分通用する精巧さを持っていた。それはゲルシュの技術力の高さを暗に示している。
「ほんとはもっと先進的な道具を見せたかったけど、燃料の補充に難儀しちゃうんだ。もしよかったら一度ゲルシュに行ってみてよ。私の名前出せば一発で通してくれるよ! もちろん、そっちの二人も大歓迎だからね!」
「は、はぁ……恐縮です」
フリージアに急に話を振られてツェーリとヤンは困惑する。ツェーリに至っては若干怯えてる素振りすらあった。あの高飛車で常に機嫌が悪そうな態度のエルフがここまで引いてるとは、やはりあの馬車で何かあったに違いない。
「おいおい、もうダンジョンだぞ。営業トークかましてる場合じゃないわけだが」
「ディランくーん、いつもふざけてるあなたがそれ言っちゃう?」
ディランのふとももあたりにフリージアは執拗な蹴りをいれる。ディランはそれを涼しい顔でスルーした。華奢な体から繰り出されるローキックではやはり巨漢は微動だにしない。
「話から察するに君はもうゲルシュには帰る気がないんだろう? なぜそんなにその国を勧めるんだ?」
「んー、確かに私にとってゲルシュは退屈以外の何者でもない国よ。だけど、私が育った国だから愛着があるし、嫌いってわけでもないから! むしろゲルシュがもっと良くなるなら私は率先して勧誘する。争いごとが嫌いなら異世界人にとってゲルシュはまさに楽園だよ。だから、頭の隅にでも置いといてね!」
「なるほど、素晴らしい愛国心だな」
虚実がはっきりしない点を除けば俺も師匠と同意見だ。自分から望んで国を離れた経験がないけど、異国の地にいながらも祖国を愛しているというのは称賛に値する精神だ。
「ところで、この世界には魔法で光を生み出すことはできないのか?」
「ん? あー、カンテラの代わりにってこと?できるよ。でも、常に集中しないと光量が安定しないし、戦闘中なんてさらに難易度が上がるから、やってる人いないんじゃないかなあ? 単純に疲れるし。非戦闘員に組み込んでいいけど、ダンジョンに潜ってる長い時間、光の強さを一定に保てる能力があるならそれなりに戦闘もできる人ばかりだし、現実的じゃないよね!」
「ほう、ありがとう、フリージア。勉強になった」
「どういたしまして」
「あー、あんたら悠長に話してるがよ……ここはモンスターがいないダンジョンじゃないんだ。油断してくれないでいると助かるんだが?」
しびれを切らしたジョルジュじいさんが険しい表情で半身だけをこっちに向けて怒気を含ませた声で注意する。
フリージアは懲りた様子も怒った様子もなく、
「はい! 申し訳ありませんでした!」
と元気よく返事をした。
緊張感のかけらもないが、警戒を怠っているわけじゃない。俺も覚醒しなかったら気づかなかったであろう刺すような気配。それが時たまフリージアから漏れてくる。彼女は決して油断などしていない。
このダンジョンでは希少な鉱物が微量と回復剤に使う液体、そしてこの一帯ではこのダンジョンにしか生息していない狼の毛皮や肉が採取できるらしい。どれもダンジョンの難易度の割には貴重で高価なものが多いため、外注には頼らず新兵などが魔獣に慣れるための訓練がてらに素材を調達する。
狼の肉は食えないわけじゃないが不味いらしい。市場にも出回らず廃棄されることが大半だ。
だが、皮は違う。
丈夫で防刃性能に優れ、付与魔法が定着しやすい。一着だけでも相当な額になる。トリュン国が流通させないように押さえているから相場はわからないけど、ゼフいわく市場に出ることがあるとすれば俺たち六人の二十日分の値打ちがあるということだ。まあ、俺と篠塚は居候みたいな立ち位置だったので実質四人であり、一人なら稼ぐのに二か月半程度必要な値段になる。
というわけで、ジョルジュじいさんの言うモンスターとはその狼を指し示すわけだ。つまり、新兵でも危なげなく倒せるモンスターなのに上級冒険者であるフリージアに対してそういう忠告をしたってことはかなり遠回しの嫌味に他ならないのだが、フリージアはそれをまったく意に介さなかった。だからこそ、ジョルジュはいっそう不機嫌になったわけだ。
まったく面倒なじいさんだ。
「血の匂いがする。人間の血ではないな。比較的新しい……獣のものだ」
「……わしは全然さっぱりだが」
「オーステアは鼻がきくの? 私にもさっぱり!」
「確かに血の匂いがするよ。新しいかどうかは私にもわからない」
「ソフィアも? なら確定かぁ……」
フリージアは信頼を寄せるパーティーメンバーの言葉を頼りに警戒を強めた。彼女は師匠が異世界人であることは知っているけど、師匠がどういう存在なのかは理解していない。だから、そういう反応になるのは仕方のないことだ。だけど、個人的な感情を言わせてもらえばちょっと不満だった。
そういう余計な思考が吹き飛ぶぐらい強烈なデジャヴに陥った。
「犬だったはずだけど……?」
「どうやら私たちはエルドリッチの情報に踊らされたようだな」
「いや……先入観があったのは認めるけどね……」
俺の呟きにテューンが答える。そして、剣を抜いて構える。俺も倣って刀に手をかける。それをきっかけに戦える者全員が武器を手に取った。
まさか再びお目にかかることになるとは……そこにいたのは、サージェスの作成した王宮ダンジョンで冒険者たちを散々苦しめたモンスター、マジヤバいキモい犬だった。




