もう一つの馬車の中で
――――――――マテ――――――――
馬車の中はしんっと静まり返っていた。馬の蹄の音と馬車が揺れたり歯車が軋む音がこれほど耳に残ることは一度たりともなかった。
誰か喋って! お願いだから! いや、ツェーリはいいから! こわいからこっち見ないで! 食ってかかったこと謝るから許して!
とかいいつつ、またちょっかい出されたらムキになってやり返しちゃうんだろうな、と自分のことながら呆れてしまう。
ていうか、目の前の三人全員名前すら知らないし。どうやって声かければいいのかわからない。今更名前聞ける雰囲気でもないし。いや、でも誰か聞かないと会話すら生まれない気がする。そもそもおじいちゃんなんかは話しかけてくんなってオーラ全開で外の景色を眺めてる。
「あの……ちょっといいですか?」
「はい?」
そんな中、トモエちゃんが治癒術師らしき女性に声をかけた。あの自己主張をほとんどしないトモエちゃんが自発的に動いたことに驚きつつ、そういえば弟子になるって最初に宣言したのもトモエちゃんだな、と自分の忘れっぽさを痛感する。
「はじめまして、私トモエって言います」
「私ソフィア。はじめまして。あ、ついでに隣の無口なおっさんはガナード。仲良くなっても全然喋らないからこのおっさんのことは無視してもいいよ」
かなりゆったりした口調で仲間をこき下ろすソフィアの言動にトモエちゃんはたじたじだった。ガナードもソフィアのことを睨むだけですぐに目を閉じて自分の世界に没頭してしまった。
なんだかすごく気難しい人だ。
「私はテューンだ。よろしく」
「私はマテだよ」
「僕はヤン。で、隣にいるのがツェーリです」
「よろしく」
「……わしはジョルジュだ」
意外と律儀なのか全員が自己紹介をすますと、嫌々ながらおじいちゃんは自分の名前を口にした。それ以降もずっと外を眺めているのでそれ以上は関わり合いになりたくないようだ。
「ていうか、向こうとこっちで人数に偏りがあるのってどうして?」
ここぞとばかりに私はソフィアに尋ねた。
「フリージアは馬車に乗ると必ずゲロ吐くの。胃の内容物の匂いを嗅ぎながら馬車に揺られたいなら今からでも向こうに行く?」
タイミングを合わせたかのように先行する馬車から、壮大なボリュームでゲロを吐くフリージアの声が聞こえた。
そして、馬車が内容物の上を通過する。
「行く?」
「やめとく……」
「良い判断ね。それで、私に何か?」
ソフィアは独特な雰囲気をもつ女性だ。眠たそうな眼をしてるが、他のパーツがシャープに整っているので顔立ちは大人っぽく見える。かといって、身長が私よりは高いがそれほどでもなく、若干舌足らずで声のトーンも高いのでチグハグな印象を受ける。
「ソフィアさんって治癒術師なんですよね。私も治癒術師なんですけど、周りに教えてくれるような人がいなくて……よければ少しでもいいので治癒のことを教えていただけないでしょうか?」
ソフィアはちょっとだけ考え込むような仕草をした。
「ちなみに今出来ることは?」
「ただのヒールと毒治療……だけです」
「ほんとに最低限で驚いた。ちょっと手出して?」
言われたとおりにトモエちゃんが両手を差し出すと、ソフィアは包み込むように触れた。
「さらに驚いた。たかだかそれぐらいしかできないのに魔力の量が尋常じゃない。教えたら私超えちゃかも?でもまあ、いいや。今は治癒術師として最低限だけど、冒険者として最低限のとこまで引き上げてあげるよ」
「本当ですか!ありがとうございます!」
「礼儀正しくて素敵ね。じゃあ、ガナード。ちょっと腕切断してくれる?」
「えっ?」
予想だにしないソフィアの言葉にトモエちゃんの表情が強張る。微笑ましいものを見てほっこりしていた私とテューンも眉根を寄せた。ヤンとツェーリは状況がよくわかっていないようだ。
「んー?やっぱ実験台は必要でしょ?」
「ちちちょ、ちょっとまだ覚悟が」
ガナードは一切の躊躇なく腰の短刀を引き抜き、自分の左腕に当てた。その様子にさすがのジョルジュじいちゃんも目をギョッとさせた。
「大丈夫、失敗しても私がフォローするから」
「いやいや!いや……いやああああああ!!」
こうして、血なまぐさい馬車とゲロの異臭を放つ馬車は程なくしてダンジョンに到着した。




