交渉
――――――――佐倉涼太――――――――
全身にこれまで感じたことのない激痛が走る。身体がバラバラになっただけではない。竜体化した部分に自分の許容を超える魔力を注いだ結果だ。だけど、しのごの言ってる場合じゃなかった。身体が咄嗟に動いたのだ。身体はすでに再生を開始しているが、しばらくは参戦できそうにもない。
師匠の一撃で倒れてくれればと願うばかりだけど、あの頭蓋骨が死神の本体であることは明白だった。やつはまだしぶとく生きている。
「さて、サージェスくん。そろそろ君の奥の手について言及する頃合いだ」
「……なに? 奥の手だと……?」
師匠の魔力はもう尽きている。師匠と血の盟約による繋がりがあるからこそ、その状態は否定したくても理解できてしまう。ゼフも同じだろう。本当は立っていることすらままならない状態にもかかわらず、師匠はサージェスに虚勢を張っている。
「まさに。私が君の索敵圏内に入って、君は正確な位置を悟られまいと気配を絶った。その時、私は君やエルドリッチ殿の情報を得ていなかったからその意図についてまでは推測しえなかった。しかし、実に用心深いやつだ、とも思った。そして、エルドリッチ殿から聞いた印象とこのダンジョンで私が主張する根拠は根強いものとなった。物的証拠は一切ないがな」
「なにを抜かすかと思えばそのような戯言を。忌々しい……見事といわざるをえない一撃でございました。しかし、見たところ魔力は尽きてしまわれたのでは? もしや打つ手がもうなくて詭弁を弄そうとしているのではありませんか?」
「それはお互い様だろう? サージェスくん、確かに君の神は生きていて、正直私の魔力は枯渇してる。だが、そちらも無傷とはいかなかったようだ。私ほどじゃないが、ずいぶんしおらしくなったではないか」
「ほざくがよろしい。それでも我が神にはキサマらを握りつぶせるだけの余力がおありです。あなたも理解しておいででしょう?」
「ああ、そうだな。だが、私たちにはまだエルドリッチがいる。彼の諦めの悪さはサージェスくんもよくご存じのはずだ」
「おう、よろしくな!」
エルドリッチが満面の笑顔でサージェスに挨拶する。実力以外はどう見てもエルドリッチはチンピラで間違いなかった。明らかに人を煽り慣れてる。サージェスの苦虫を噛み潰したような顔がそれを物語っていた。
「エルドリッチ殿、君は彼がダンジョンで時間稼ぎをして何かを企んでいて、それを阻止するために画策したと言った」
「ああ、おおむねそうだな」
「実はそれはもう完成してしまっているんだ。サージェス、彼が攻撃に転ずる判断をした時にな」
「……ほう、つまりそれはどういうこった? 俺ぁ頭がよくねえからな」
「彼は慎重な男で、力の差が歴然としていても警戒を怠らない。負ける可能性が少しでもあるならそれを潰していく。そう、彼は常に逃げ道を用意しているんだ」
師匠は続けた。
「『空間転移魔法』の魔法陣の完成こそ、彼がダンジョンを作成してまでおこなった時間稼ぎの理由だ」
「……実に見事です。この短時間で私を分析し、ほとんど推測だけで答えを得た。まったくもって忌々しい! 甚だしく忌々しい!」
「サージェス、君がそうやって感情の制御がきかない狂信者のフリをして、自分を低く見せようとしていることも、リスクを冒さずに私たちを殺せるかラインを見極めようとしていることも、当然バレてるよ。君は狡猾な男で、取り乱している演技をしているが至って冷静だ。サージェス、君に選択権がある。もう君たちは命を刈り取る立場じゃない。このまま消耗戦にもつれ込んでどちらかの命が尽きるまでやりあってもいい。それとも、おめおめと逃げ出すか。君が選択しろ」
サージェスの表情が消える。微動だにせずに師匠を見据えている。そのあまりの豹変具合が今までのサージェスの挙動が全て嘘だったことの証明でもあった。師匠とも、あの死神とも違う。別の恐ろしさがあった。
「おまえの名前は?」
「オーステアだ。家名はない」
「そうか。何が起こってもいいようにおまえたちがいないところでも演技をしていたのだがな。なにせおまえたちも別の世界から来た存在だ。何をされてもおかしくない」
サージェスは深く息を吐いて一拍置いた。
「神も私も名乗る名前がない。私たちの世界には言葉というものすら存在しないのだ。だから、私はこの男の身体を乗っ取った時、神を神と呼ぶようにした。それが正しいのかはどうでもいい。ただそれに近い存在だったからそう呼んだ。オーステアよ、今の一撃でこの世界から神を消し去れなかったことをこの先後悔することになるだろう……いや、それすらも織り込み済みか。おまえはこれ以上被害が拡大しないように私に選択肢を与えた。おまえに免じて私は引き下がることにする。ぎりぎりまで粘ってもよかったが、私はリスクを冒せないのでな」
「君の口から皮肉がでると思ってなかったな」
「転移した先で私と神はおまえたち人間の言うところの悪行の限りを尽くすだろう。まずは神の療養が先だが。再び相まみえる時は必ずある。ウルリカの血も必ずいただく。その時は覚悟しておけ、オーステア」
サージェスの足元に魔法陣が浮かび上がる。骨の山の頂にいた頭蓋骨は呼び寄せられるようにサージェスの胸のうちに収まった。そして、闇がサージェスを包み込むように広がるとまるで最初からそこに何もなかったかのように跡形もなくサージェスはいなくなっていた。




