契り
「その話が真実だとして、私たちが弟子になる契約をしたら一体どうなるというの? 私たちに一体何の得があって、どんなデメリットがあるの? それに、私は弟子になりたいと思うほどあなたを知らない」
そう切り出したのはテューンだった。彼女が俺たちのパーティーの中でもっともオーステアに敵意を露わにしているのは彼女の表情からも明らかだ。まくしたてるように質問し、声には怒気がまざっていた。
「ごもっとも。だが、私はあなたたちのことを少なからず理解している。テューンさん、あなたの懸念は当然のことだ」
「……なぜ私の名前を」
「説明してあげてもいいが、今それは問題ではない。必要なのはあなたがたの同意だ。とはいえ、利害の一致は必要不可欠ではある。だから、テューン。最初の質問に答えよう。私の弟子になるということは、人ならざる者に変わるということだ」
その言葉を予見してたかのようにテューンは目を細めた。
ゼフは微動だにしない。後ろにいる篠塚とマテの様子はわからなかったが、隣にいるラフィカからごくりと喉を鳴らす音が聞こえた。背筋にぞわりとしたものが走り、俺はただただその場に倒れてしまいたい衝動に駆られた。それが許されないのは、短い間だが培ってきた冒険者としての少しばかりの誇りからだ。
「ラフィカ、いつもの減らず口はどこに言ったんだ?」
俺は少しでも気を紛らわせようとラフィカに小声でちょっかいをかけた。正直、この緊張感耐えられそうにない。こういうときにこそ、ラフィカには活躍してもらいたいところなのだが。
「今うんこ漏れそうだからそんな余裕ない」
「あ、ごめん」
ものすごい真顔でそんなことを言われたものだから、ツッコミをいれるとか全部頭から吹き飛んでただ謝るしかできなかった。声をかけたことによって心にモヤモヤができてしまって逆効果だった、と自分の軽率な行動に後悔した。ていうかなんだよ、うんこ漏れそうって。
「つまり、眷属になれと」とテューンは言った。
「私はその言い方があまり好きじゃないんだが、まあ、どう繕ったところでそうであるという事実は変わりないな。だが、勘違いしないでほしい。私は決してあなたがたを騙そうとしているわけではない」
「では、オーステア殿。弟子になるうえで、あなたの眷属となるうえで、俺たちはオーステア殿に何をさせられるのですか?」
「ゼフ殿、別に特別なことは要求しない。あなた方の好きなように生きていけばいい。ただし、私に誓ってほしいことがある」
その言葉に俺たちは困惑した。
目の前の少女のような形をした人ならざる者は俺たちに、人を捨て吸血鬼の配下に加われ、と暗に示しているというのに、その反面で自由に生きろと言う。普通なら裏が透けて見えまくりの事故物件だ。どれだけ見栄えをよくしたところで飛びつくことはない。
―――己が信念を貫き、ただひたすらに渇望せよ
そうオーステアは告げた。
「契りを交わせばこれから先、幸も不幸も等しく与えられることになる。甘くぬくい誘惑に溺れ蝕まれ腐ってしまわぬように、鈍く深い絶望にもがれえぐられ壊れてしまわぬように、ひたすらに渇望せよ。心が揺らぎ、疲れ、染まってしまったら私が手を差し伸べよう。打ちひしがれぬよう、道を誤らず、違えず、まっすぐ足を踏み抜けられるように私が寄り添おう。私たちは一心同体となる。それが、私の弟子になるということだ」
オーステアはしっかりと、まっすぐに俺たちそれぞれの眼を見据えた。
「ゼフ、テューン、ラフィカ、マテ、リョウタ、トモエ。私の弟子になれ」
警戒心や恐怖心はいつのまにか消え去っていた。これまで巨大なウロのような不気味な雰囲気を漂わせていた少女は、柔和な表情で力強い存在感を示してそこにいた。ただ打ち震えた。この人と共に歩んでいく未来がどんなものになるのか。思いを馳せたのは俺だけじゃなかった。
俺たちのパーティーはこの日からオーステアの弟子となった。
次から本編です