不死者オーステア
「お初にお目にかかる。私はここではない世界でオーステアと呼ばれていた者だ。この世界に降り立ってまだ数刻のことなので、この国の礼儀というものを知らず申し訳ない。一早くこの土地の言語を解析したのだが、正しく発音できているだろうか?」
オーステアと名乗る少女は悠長な言葉遣いで会釈する。俺は言葉が通じることに胸を撫でおろしながら、同時に戦慄を覚えた。異様だった彼女の雰囲気が、現実味を帯びてさらに異様さを増す。
ゼフも同様だ。言葉が通じるからって表情を和らげるようなことはしない。
「私はこのチームのリーダーをしてるゼフと申します。他の者の紹介は後ほどにして、単刀直入にお伺いしたいことがございます。よろしいですか?」
ゼフは高圧的な態度を避け、出来る限り敬意を払って対応した。
「構わない。察するに、あなたがたには可及的速やかに解決しなければならない問題が生じているようだ。私はむやみに敵対するつもりはない。求める答えを私が持ってればいいのだが」
「では……お聞きします。空に太陽があるというのに、このあたり一帯は夜よりも暗い闇の中にあります。私たちは原因を究明するためにオーステア殿の気配を察知し、この場に駆け付けたのです」
ゼフは一拍置いた。
「この異常事態はオーステア殿が引き起こしたのですか?」
「なるほど、このまことに面妖な空は正常な状態ではないということか……残念ながらその問いの正しい解答を今の私は持ち合わせていない」
「それは……どういうことでしょうか?」
「私が直接関与しているという点ではそちらの懸念は解消できる。だが、私がこの世界に召喚された影響を考慮すると、私が関わっている可能性はゼロではない」
「召喚された影響、ですか。それじゃまるで……オーステア殿が神のごとき力を持ち合わせているように聞こえますね。神話に謳われるような奇跡の所業です」
ゼフはオーステアに歩み寄るような言動で距離感を保とうとしているが、その表情は険しく、そして先程よりも警戒心が高まっていた。オーステアの言動がどこまで真実か測りかねているのだろう。それほどまでにオーステアの表情は不自然なほど穏やかで、時折見せる試すような視線がチリチリと刺さった。
そうだ。俺たちは品定めされている。
それがなぜなのか凡庸な俺にはわからなかった。
「……そうだな。口ではなんとでも言えるが……ゼフ、それに他の者も感じているだろう? 私の人ならざる気配を。私は以前の世界で『不死者』と畏怖され、『戦神』として崇められた」
ゼフの喉がごくりと鳴る。彼はこの緊張感の中、よく立っていられる。
俺は全身の筋肉が強張って、今にでも膝をつきたいぐらいだ。今、その元凶と対話しているゼフは俺の比じゃないだろう。
「そして、『神殺し』とも呼ばれたこともある。私は私自身が神に匹敵すると自負している。なればこそ、この闇は私が召喚された反作用と推測されてもおかしくはない。その場合、気の毒だが私が譲歩する可能性は極めて低い。もうずいぶん長い歳月を過ごしたが、命を差し出すほど人生に飽きてはいない」
不敵に笑うオーステアに俺の背筋は凍った。
ほんのお遊び程度の威圧だった。本気じゃない。だが、それだけでもオーステアに刃向かう気力は削がれた。俺だけじゃない。リーダー以外の全員の顔が青ざめていた。
それでも、ゼフが眼光鋭く目の前の脅威と相対しているのは責任感ゆえなのだろうか、本来の気骨からくるものだろうか。
「では、どうなされますか? 我々の目的は事態の鎮静化です。オーステア殿が一端を担っているというなら、我々と戦わざるをえないでしょう」
「負けると知ってなお挑むのか?」
「そうです。それが我々の使命です」
そうして、ゼフは随分と使い込んだ愛刀の柄に手をかけた。それを機に後ろで控えていた俺たちもそれぞれの得物を構える。たとえ恐怖が心の奥底にまで巣食っていようとも、ゼフに寄せた信頼を超越しなかった。それが何よりも誇らしい。
にやり、とオーステアは口元を釣り上げた。
「ゼフ殿よ、私に提案がある。私は命を捨てる覚悟を持つということを賢い行いだとは思っていない。だが同時に、好ましくも思っている。そして、おまえの部下は躊躇なくおまえの決断に従った。もし、おまえたちがよかったら、私の弟子にならないか?」
「・・・は?」
ゼフは口をあんぐりと開けて、しかし目はしっかりとオーステアを見据えて彼女の真意を探った。
突拍子もない提案に仲間の間でも動揺が走った。俺たちは命を捨てる覚悟でこの場に足を踏み入れたのだ。ところが、敵と思われる少女は思いのほか友好的で、しかもよく分からない交渉を持ち掛けてきた。ただの世迷い言なら捨て置けばいいが、彼女の存在は一笑にふすには歪すぎた。
「というのも、私はこの世界において本来の能力、『吸血鬼』としての能力しか発揮できない状態にある。残念ながら、これは元のいた世界での能力の大半を失ってるということになる。私なりに考察をしてみたんだが、どうやらこの世界は私のいた世界と似て非なる基本構造をしているようだ。そこの二人の異世界人が順応できているところを見るに、私はこの世界との適合に失敗したらしい」
すっと、オーステアは視線を俺と篠塚に移した。俺は篠塚の前にでるように身構えた。
「……順応というと、今まで認知すらしてなかった魔法を使えるようになったことや、異常な身体能力の向上を指しているのか?」
「ご明察だ。ゼフ殿は話のわかる男だな。ゆえに、私はこの世界の住人と契約を交わし、この世界との親和性を高めなければならない。それが私が君たちを弟子として迎えたい理由だ」
「え、ちょっと待って。それってつまり、ただでさえ危険な力を持ってるあなたをさらに手が付けられないようにしろってこと?」
篠塚がそう口を挟んだ。俺は一瞬ぎょっとしたが、彼女の言葉の正しさに同調する。弟子になることでの俺たちのメリットは置いておいて、こんなバランスブレイカーが異世界転移してきただけでも由々しき事態なのだ。敵になりえる人物に塩を送るのはいかがなものか。
「私ほど強大な存在がこの世界に顕現するなんてことはこれまで一度もなかったはずだ」
いや、それ自分で言っちゃう? まぁ、たしかに実際そうなんだけどさ。
「オーステア殿が相当の実力者だというのは未熟者の俺でもわかりますが、いきなりその話に飛躍するのはどういうことでしょうか?」
いいぞ、ゼフ。みんなが疑問に思ってることを的確に聞いてくれる。さすがはリーダーだ。
いつもはくだらないことによく口が回るラフィカが押し黙ってるから、やれやれと呆れている他のみんなもこの時ばかりは気が紛れない。さすがのラフィカも矢面に立ちたくないのだろう。
オーステアはよくぞ聞いてくれたとばかりに得意げに腕を組んだ。
「もうここからは腹の探り合いや回りくどいやり取りは抜きにしよう。誰かがこの世界のどこかで神に匹敵する存在を召喚する儀式を執り行った。私はそれに巻き込まれたか、あるいは無造作に選ばれたターゲットの一人だ」
そして、オーステアはつづけた。
「ここから南西25キロ先に私と同等、あるいは私を超える気配を捉えた。そいつはひどく邪悪で、おそらく私ほどぬるくはないだろう。この闇が私の引き起こしたものではないとすれば、事件解決を目指すおまえたちは為すすべなく蹂躙されるだろう」
オーステアの指し示す方角には、我らが王都テスラがあった。




