無敵解明編
31.
――実はあの巨神は最後の敵ではなかった。
という、いかにも間抜けなオチがついてしまうところが現実のままならさを象徴している、と言えば慰められる人もいるだろう。
実は善常がいたぶり続けていた兵士もどきが、あの後も取り残されていたのだ。
もちろん、その一体が意外な強敵ということもなく猪野によって簡単に倒されてしまった。
そして、それでめでたしめでたし、とならないところもまた現実だ。
“なぜ、猪野は突如巻き込まれたのか?”
“なぜ、大岩は巻き込まれなかったのか?”
こういったわかりやすい謎から猪野の能力の具体的なところまでの報告書を仕上げるという、実に面倒くさい仕事が残されている。
しかも「カニバリゼーション」の制作はまだ終わっていないから、その仕事も続けなければいけないことは、言うまでもない。
もちろん作画、演出などに忙殺される制作陣とは違って、プロデューサーやAPはこの時期は人と会うのが仕事とも言える。ひたすらに調整役に徹するわけだ。
若井は言うに及ばず、願も猪野に付き合ってあちらこちらと動き回ることとなった。
その仕事は明らかに猪野のマネージャー業であったが、前野、古地との会合を伝えたこともあって願はむしろ積極的に声優業へと動いていた。
現在の状況としては猪野のかつての言葉通り事態に備えなければならないわけだから、幾つも幾つも仕事を取れるわけではない――もちろん、取れたとしての話だが。
かといって、まったく声優としての仕事を畳んでしまうのも論外だ。
「能力の使い方、わかっただろ? 演技者としての経験が重要な事は間違いない。あるいはそれによって別の能力が使えるかも知れないしな。そして経験を積むには実戦が一番。そうじゃないのか?」
「――その通りだな」
ここまで素直になったのも前野たちの口添えがあってこそだろう。
アンバックを辞めたことを負い目だと捉えている節のある猪野には、願の説得をはじき返すだけの理由がもう何もなかった。
そんなわけでオファーのあった物を中心に、現在はバイトを調整してもらってのオーディション巡りが猪野の日常であり、願の日常でもある。
願にはそれにプラスして「カニバリゼーション」のイベントに引っ張り出そうとする村瀬との戦いも繰り広げていた。
何しろ、唯一生身の猪野がさらけ出された「生存競争ラジオ」のDJCDの二枚目の特典。
現在の常ならば色々な道理を無視して音声がUPされるところであるが、著作権を正当に行使、というよりも拡散を恐れた願の要望によって若井が“洒落にならない”所まで動かした結果、本気で買った人しか聴けないという状態になった。
――当たり前の話なのではあるが。
その正当な権利者の中に全文起こしとか、そういう事をする人間がいればまた別の手段から抗議が行くところだったが、さすがにそこまでの暇人はいなかったようで、
「とにかく凄い」
「伝説」
「あれは放送無理」
「神壊」
などの断片的な感想が漏れ出しているだけの状態で流布しているのが現状だ。
言い換えれば、まさに「カニバリゼーション」のファンは猪野智大の情報に関しては飢餓状態なのである。
村瀬が、
「ここが売り時ですよ!」
などと、ダブルミーイングで迫ってくるのも無理はない。
猪野を声優として売り出すなら、まさに今が好機だろう。
だが、ここで猪野に売れっ子になってもらっても若井にしてみれば困る――甚だ勝手な理屈であるが、先日の田島の不在の例もある。
声優としては当然の優先順位だが、それを何とかしたいがためのプロジェクトであり、猪野もそれは承知の上だ――と納得するしかない。
いざ事が成ってしまうと色々と覚悟が足りないことが判明するが、これから擦り合わせを行えば妥協点も見つけ出すことが出来るだろう。
そんな風に急激に猪野を取り巻く環境が変化したわけだが、プロデューサー職としてはそれを呑気に受け入れるわけにも行かない。
特に若井は橋頭堡を築くことに成功した状態だ。
モデルケースの成功者として報告書を書かねばならない――
――しかし、若井はそれを明文化できなかった。
なぜ今まで猪野は巻き込まれなかったのか?
それがどうして、あの晩にいきなり巻き込まれたのか?
そしてもう一つ。
――大岩は何故巻き込まれなかったのか?
そんな疑問が渦巻く中、谷中墓地での戦闘からおおよそ一週間後。
願と若井は「スタジオ蟷螂」の相変わらずの狭い事務所で顔を見合わせていた。
もちろん、真っ当な勤め人たる有原がいるような時間帯ではない。
現在のアニメのゴールデンタイム、深夜である。
若井は最近お気に入りなのか――事務所のゴミ箱のその容器ばかりがある――コンビニのざるそば。
願は特に何も考えずサンドイッチを買ってきた。レタス多めのものを買ってきたのは、内なる欲求の現れか。気休め程度でビタミンが混入されたスポーツドリンクも買ってみたが、買ってから死ぬほどサンドイッチに合わないことに気付いたが後の祭りである。
「……今週放送分は学院での平和な日常か」
ソバにほぐし水をかけながら若井が呟く。
もちろん「カニバリゼーション」の感想を言い合うのが本命ではないから、これはただの本命の枕話である。
もっとも平和なのは学院だけで、荒野側ではいよいよレンボルが暗躍を始めていた。
ほとんどの能力者がルキングの騒動で手の内をばらしてしまったので、慎重なレンボルも動き出すのに十分な条件が整った――というのが話の流れである。
水戸の抑えた演技がどこかホラーじみた雰囲気を醸し出していて、その対比のために学院側はことさら明るく描かれている。
「何か16話あたりで揉めたと聞きましたが」
「17話の方が先に出来てもうたという驚愕の事実」
わさびをめんつゆに溶かしながら若井が応じる。何とも食べるまでに儀式の必要な食べ物らしい。
願の方も遠慮せずにサンドイッチのパックを開けた。
何しろ本日最初の食事だ。若井も似たような物だろう。そう思って観察してみると若井は確実にやつれているように見える。自分もそうなのかもしれない。
「善常さんがやらかしたとか」
「この場合、その表現はおかしいな。善常さんは全力でホートリンを演じただけや。歌が上手い、なんて設定は無かったわけやけど、別に歌が下手という設定もあったわけやない」
「確かに。しかし独唱にしてしまうこともなかったのでは? ……あの猪野が褒めてましたから、相当な物だと思いますが」
学院側でナリュートが誕生日を迎え、ルキングも含めてそれを祝うというシーンがあるのだが、ホートリン役の善常が上手すぎて監督がそのシーンをまるまる変更してしまったのだ。
もとよりこれは富山主体で構築されたシーンである。そのため未生にこだわりはないので、監督の意見が丸々通るような状況だ――作画の負担を考えなければ。
もちろん、ただ歌が上手いだけでは細川もそこまでこだわりはしない。
この2クール目の冒頭のこだわりは学院側と荒野側の対比。
ホートリンの歌声をバックにして、レンボルが次々と人を壊していく。
そんなエグい画を作るためのこだわりだ。
監督としては十全に職務を果たしているわけだから、当然あの格言の通りに若井は動かざるを得ない。
そう。
“プロデューサーは監督の犬”
である。
どうにかこうにか人員をかき集めて、なんとか急な作画変更に応じることとなった。
それが一段落付いたのが、まさに今、という状況である。
若井が続けていたソバを食べる前の儀式も、ノリを振りかけてとうとう終わりを迎えたようだ。六つずつに分けて盛られたソバの一つを箸で持ち上げる。
それをどっぷりとそばつゆにつける食べ方は、江戸っ子のそれではないが、若井にそれを言っても無駄というものだろう――方言的に。
「……で、考えてみてくれたか?」
何についてかは迷う必要はなかった。
「まぁ、幾つは考えました」
「幾つか? それは頼もしい話やな。俺なんか結局『対象は該当作品を観ていなかった』以外に書き様がなかったんやで?」
「それも考えました。でもそれだと『なぜ錬金科は観られなかったのか?』という推測も必要になりますよね」
「せやねん」
どこか拗ねたように若井は応じる。
「で、その推測はどうしますか?」
「……向こうのスタッフにはお気の毒やけど『面白くなくて観ていなかった』とするしかないな」
それを聞いた願の表情が僅かに曇る。
「なんや岸君は、あのアニメのファンかいな?」
「いえ、酷いとは僕も思いましたが」
「身も蓋もない」
「だけど、それは今までの対象のプロファイリングからは考えにくいんじゃないですか?」
もちろん、それは若井にもわかっていることなのだろう。
何の反論もないまま、ソバを二束ほど無言で啜る。
そして溜息と共に、
「…………そこがなぁ」
「あのアニメは原作があります。それはご存じですよね?」
「ああ」
「で、蓋を開けてみると強烈なアンチが出現しました――まぁ、繰り返しますがあのアニメの出来では仕方ないとは僕も思いますが、実際として面白いと思っている層も確かにある。ネットを浚うとアンチの声が大きいので一苦労でしたけどね」
「何や地味な事してるな」
「移動の合間にスマホいじくればさほどの手間ではありませんから」
「で、結論は?」
「長くなっても良いですか?」
「ええで。最終的に『どこが対象の癇に障ったか?』という説明にも使えそうやしな」
若井はそういって、最後の一束を口に運んだ。願もパンで持って行かれた口の中の水分をスポーツドリンクで補う。
しみじみとサンドイッチと合わない。
「――そもそも原作の人気が高かったからこそアニメ化にゴーサインが出た。我々のような特殊な状況でもない限りそれは資金回収――いえ利益回収の目処が立ったからでしょう」
「せやな。その目処があたっているかどうかの保証はないが」
「他にもアニメ化に至るまでのプロセスはあるでしょうけど、とりあえずそれで話を進めます」
「うん」
元々、報告書に書く言い訳を探る目的があるので、このタイミングでの頭からの否定は無い。
「僕はとりあえず原作読んでみました。まぁ、これもスマホなんですが」
「わかったわかった。君も忙しくしてたのは知ってるから、さぼって読んでいたとは思わへんて」
「ええまぁ、僕も最初のエピソードしか読んでないんですが、それで十分だと思いました。あの物語はそもそも強烈なアンチテーゼを内包してると思うんですよ」
「アンチテーゼ?」
「えっと、いわゆる“俺TUEEEE”系の作品い対してですね。この説明で大丈夫ですか?」
「大丈夫や。俺も何が流行ってるのかリサーチしたからな。そういうジャンルわけがあるのは承知しとるで」
だが、そこで若井が訝しげな表情を浮かべた。
「やけど『錬金科』こそ“俺TUEEEE”系の最たるものやないか」
「確かにそうなんですけど、僕には違和感がありました」
「違和感?」
「本当の“俺TUEEEE”系は、何故強いのかは説明しないんですよ。説明があったとしても神の血を引いているとか、特殊な武器に選ばれたとか」
「いや、そこの所にギミックもってる作品はあるやろ」
「……そうでもないですよ。超能力はどこまで行っても超能力だし、神の来歴が明らかになっても結局“神様だから”で説明しているものはそんなに無いと思いますよ。いわゆる物理法則に反した力が、どのように現れるのかは、ほとんど説明してません」
「――まぁ、ええか。そこのところがどうか? いう話や無くてアンチテーゼが問題やもんな」
納得はいっていないのだろうが、それでも若井は先を促した。
願もここでこだわるつもりはないので、
「……じゃあ先に話を進めますが、僕が読んだときの感想はとにかく“歪”でした」
「結局アンチかいな」
「いや、そういうんじゃなくて……いや、あの作品は存在自体がアンチだと思うんですよね」
「何に対しての――なるほど、そこでアンチテーゼか」
若井がようやくのことでうなずいてくれた。
「そうなるとつまり対象は……“俺TUEE系”か」
さすがの理解力で若井が一気に話を進めてくれた。
「ええ。何か曖昧に誤魔化している部分に対して“何故強いのか?”を追求した結果、ああいう状態ですから。世の中の“俺TUEE系”が如何に歪なものか、を上手く表現していたと思います。まぁ、それをわかりやすくするために、本来なら分割した方が便利そうな“金持ち”“天才技術者”もくっつけてます」
「ははぁ……しかし、それにどんな得が?」
「そうですね。単純に“俺TUEE系”が好きな読者層は強ければ強い方が良いわけですから別にマイナスには働かないと思います」
「う……ん?」
若井が首を捻り、願は苦笑を浮かべた。
「そこは実感できないでしょう。基本的に若井さん“俺TUEE系”好きじゃないですよね?」
「うん……まぁな」
「僕もそこまで魅力的なカテゴリーだとは思ってません。最初弱い主人公が強くなっていく方が燃えます」
「せやろ!」
我が意を得たり、とばかりに今度こそ若井は大きくうなずいた。
「だけど、最初から強いのも好きな層はいるんですよ。水戸黄門を好きな人は実際の所、そういう層でしょう?」
「……あ~……おおう、反論できそうで出来んな」
「で、水戸黄門が例えば先の副将軍じゃなくて将軍だったとしても、さほどそれを問題視するとは思えません」
「わかった、わかった。そこも岸君の言うとおりで。すると“俺TUEE系”が好きじゃない連中にはどう作用する。どういう得がある?」
「これも僕の印象としてですが“俺TUEE系”を好まない層って、要するに好む層を下に見てると思うんですよ。簡単に言うと子供向け。これはそもそも僕が持っていた印象ですけど」
「まぁ、それは俺もそやな。何やさっきの水戸黄門理論と矛盾しとるような気もするけど」
「何でも理屈通りには行きませんね。しかしまぁ、これほど多数決の暴力が支配するフィールドもない」
若井は苦笑混じりに願の言葉にうなずいた。
“人気”とは確かに理屈を越えた部分にある。
「で、その“俺TUEE系”を見下ろしている層には、きっとこう見えると思ったんだと思うんですよ。“俺TUEE系”というものを皮肉に描いている作品だ、と」
「ふん……滑稽に見えたとしても、それはそもそも“俺TUEE”とジャンルが元々持っている滑稽さの表れだと」
若井は諦めを含んだ表情で、願のその説に一応の理解を示して見せた。
そしてそのまま、推測の後を引き継ぐ。
「――なので上級者には、そのあたりを斜めに見て楽しんでもらいたいと」
「僕はそう解釈しましたが……が、重大な弱点を抱え込んでしまったようなんですよ。なまじ強い理由を説明してしまったものだから“俺TUEE系”に反感を持っている層がいかにも噛みつきやすかったという……もともと、そういう歪なものだから斜めに見ようというテーマがあったと仮定すると、この層は“俺TUEE系”部分は素直に受け入れて、その上でそれを否定するという妙な行動をしてますね」
そこで若井は笑みとも戸惑いとも取れぬ曖昧な表情を浮かべた。
「仮に名付けるとすると中間層――やけどそれは、いわゆる普通のアニメのメインターゲットやし……そもそも岸君はその層やろ」
それは今まで展開してきた願の理論を根底から覆す指摘だった。
案の定と言うべきか、願もそこで一時停止する。
若井は心配そうに、と言うか煽るように俯いた願を下から覗き込む。
「…………仲間だと思われたくないんですよ」
「仲間?」
血を吐くように紡ぎ出された言葉を若井はオウム返しに聞き返す。
「――僕も『錬金科』が巻き込まれないのはおかしいと思っていたんで、色々と評判をネットで浚ってたんですよ。若井さんは?」
「俺はそれどころや無い――確かに他作品との対比で『カニバリゼーション』の問題点を探す方法もありやったな」
過去形で語れる今に感謝しよう。
「で、評判を浚ってみると、これがまた頭を抱えたくなるようなものばかりで」
「なにがや?」
「まず挿絵が格好悪いと」
「は?」
若井もさすがにつんのめった。
「待て待て。あれ原作は小説やろ? 何で最初に噛みつくのが挿絵やねん?」
「僕に聞かれても知りませんよ。あと叩くのが世の流れだと思ったのかネットで作中用語とか読んだだけで、鬼の首を取った様に騒ぐ奴」
「ははぁ」
「あと最悪だったのが“時速40ノット”」
「? 何か変なんか?」
「これ、確かに原作小説にあるらしいんですが実はおかしいんですよ。ノットという速度の単位はその意味に時速を内包してるんです。言うならば“頭痛が痛い”みたいなものですが……例えばここから“時速”の文字を取ったら内容が劇的に面白くなりますか?」
「……いや……ならんわな。間違ってもそこがテーマや無い」
「だけどあの作品を批判――しているつもりの連中は、そこがさも重要であるかのように声高に主張するわけです――絶対、同列だと見られたくありません」
「……で、辿り着いた説が“俺TUEE系”へアンチテーゼ、ちゅうことか」
「あんな連中と一緒にされるぐらいなら、いくらでも言い訳して見せます」
「やけど、アニメはそういう感じでもなかったな」
「ええ……思うにあれは愚痴の塊でもあるんですよね。主人公が落ちこぼれといわれている理由は、設定されている社会一般の評価基準にまったく対応できないから、と言うことになります。ですが、その評価基準を外してしまうと……」
「……あの有様か」
うんざりしたように若井が応じる。
確かに、そういう気分になるのもわかるが、
「ですから、アンチテーゼですってば」
いちいちフォローを入れなくてはならないのは、この解釈に無理があるのか。
「……主人公の設定が、ある程度作者の投影と言うことなら――あの作品の説明の分量の多さは……」
「あ、やっぱり原作でも多いんか」
「ええ。批判の中で目だっていた中には“ほとんど説明書”というのがあるぐらいですから」
「うん……うん?」
それにはいまいち煮え切らない反応を返す若井。
願もそれには苦笑を浮かべ、
「まぁ、そうですよね。どうもその批判も僕にはよくわからなくて。小説は酷い言い方をすると、要するに説明の集合体で、それを如何に説明臭くならないようにするか……という事なんでしょうか?」
「俺に聞かれても知らんわ」
素っ気なく返されて仕方なく話を先に進める――何の話だったか?
「――とにかく、あれだけ執念深く書けるって事は……あれは愚痴なんじゃないかと僕は思うんですよね」
「愚痴」
若井が短く反応する。
「ええ。何というか妄執というか」
「したら愚痴をアニメ化したんか」
呆れたように若井が応じるが、それこそが願の結論への道筋だった。
「だから無理が出た。結果があれですよ。なんかここ最近のテンプレで、妙なエロを混ぜてたようですね。感想サイト覗く限りだと」
「あの姉か」
「いえほら眼鏡の娘がいたでしょ? なんかなめ回すようなコンテ切られてましたけど、原作じゃさほどしつこく描写されていたシーンではなく、よくあるラッキースケベで……」
「ほほう」
そこには若井が食いついてきた。
脳内の人材リストに修正が加わったようだ。
「で、ここで話を元に戻しますが、結局はアンチもアニメは観ているわけです。そうなるとアニメファンの実に幅広い層が観ているわけで……」
「内容の如何に関わらず、観ていたと考える方が自然。バトルものを嫌う嗜好があるわけでもなし……なるほど、えらく持って回った説明やったけど」
「すいません。ほとんど僕の愚痴です」
「まぁ、そこは上司の度量で流しとくわ。それに“観られていない”という可能性が低いこともよくわかった」
「声優も豪華でしたからねえ。人気アニメになる条件は結構満たしていたと思うし、普通のアニメファンということなら、まず観ているでしょう」
「よし大前提は決まった――じゃあ『錬金科』と『カニバリゼーション』はなにが違ったんや?」
そこで若井は一つだけ残っていたソバを啜った。
「それはどこで違いが生じたかを考えればいいと思うんですよ」
「どこで?」
「両作品とも、圧倒的な強者がいますよね? ですけど『カニバリゼーション』は先週の放送分で――」
「先週?」
それはつまり墓地での戦いのほとんど直前、12話のことだ。
12話とはつまり暴走を続けるルキングと学院&荒野側の戦いが繰り広げられ、最後には……
「あ!」
一番の大きな変化に思い至ったのであろう、若井が思わず声を発した。
口の中にソバが残っていなくて何よりだ。
そのまま恍惚の表情を浮かべたまま――
「――ルキングが負けた」
まるで実際に目撃したかのように――いや目撃はしたのであるが――若井は呟いた。
願はそれに大きくうなずき、言わずもがなのフォローを添える。
「一方で『錬金科』は相変わらずの無敵状態です。負ける気配すらありません」
「なんや、ライバルっぽいのが登場しとるが」
「原作によるとダメらしいです。この情報を我々の思い描く対象が知ってるかどうかは定かでありませんが……そうか、オリジナルと検索ものの違いはあったか」
「ちょっと冷静になろう。そもそも田島君の≪鎧袖一触≫は――負けてるな」
「ええ」
「≪電磁投射砲≫……」
「その≪鎧袖一触≫に負けてます」
「長井君の狙撃キャラは……」
「戦死しますね」
「稲葉さんの……」
「そもそもが復讐劇ですから。負けから始まってます」
知っている限りの巻き込まれた声優を検証してみたのだろう。
願はすらすらと答えていく。
「――負けか! 負けなあかんのか!」
最大限の不条理を味わったかのように、若井が吠えた。
気持ちはわかる。
一方で超人の能力を要求しておきながら、その片方では負けることも要求する。
明確な矛盾ではないが、限りなく矛盾に近い状況だ。
負けてからの復讐劇も許可されているのであれば、仕掛けがわかってしまえば細工もしやすいが……
「気付かんぞ、普通」
「対象も気付かせようとは思ってないでしょう。単純に自分の好みに合うかどうか。それで――そうすると対象も案外無意識に巻き込む作品と巻き込まない作品を選んでいる?」
そのあたりまでは考えていなかった願は、若井に説明しながら思考の迷宮に再び迷い込んでしまった。何しろ、ここ一週間は“なぜ巻き込まれたのか”をずっと考えていたので迷い癖が付いてしまっている。
「……何や複雑になってきたが、そこの問題は後から考えよう」
「後?」
「対象のプロファイリングがずれてきたようやけど、そこは一端手放してもええ。というか、そもそもそこは俺たちが参考にすべきところで責任持つべき所や無い」
確かにその通りではある。
すると若井がそれを後回しにして、何をしようとしているのか――
「検証せなあかん」
即座に答えが来た。
そこから予想される若井の目的は……
「まさか、もう一本なんか作る気ですか!?」
「プロデューサー業とはそういうもんや。人を集めて業界を回すで。検証いうことやったら、金もまだまだ引き出せるしな……最強が負ける話と復讐劇と二つ回してもええか」
若井がとんでもないことを言い出した。
金の力でも限界がある。
二つ同時に横車を引けば業界に人手不足が起きる。
そして何より――
「猪野みたいな都合の良い声優はもういませんよ!!」
巻き込む前提で作品を作る以上、当然それを説明することとなる。
危険はないかも知れないが――実際に猪野を見ていてわかった。
こっち側に来たら、声優業はどん詰まりだ。
「岸君は業界の深さをまだ体感できてないようやな。それにそもそも最初から声優じゃなくてもええ話やし」
「え?」
「そのあたりも猪野君とまとめて面倒みてや。君が社長で声優事務所でっち上げる話が現実味帯びてきたわ。まぁ、しばらくは猪野君と二人三脚で――」
「イヤだーーーー!!」
願は絶叫する。
以前から持ちかけられていた話だが、それだけは絶対嫌だと拒んできた話でもある。
例えその方が効率的だとわかっていても。
しかし若井が言うところの“検証”の認可が下りてしまえば、当然その話も実現化へ向けて検討されることになるだろう。
「事態対応班」
とかなんとか銘打てば所属声優の生活費の保証もやりやすい。
理屈はわかるのだが――
「僕は猪野の面倒で手一杯ですってば!」
「よし、それも検証しよう」
「若井さん!」
――願の苦労はまだまだ終わりそうにない。
ちょっと前に書き上がっていたんですが、UPが遅れました。
一段落付いたので、ちょっと別のを書いてから続きを書きたいですね。




