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捨てられた会計令嬢、実家の粉飾ごと縁を切って辺境へ嫁ぎます ~数字は嘘をつきません。あなた方と違って~  作者: ヲワ・おわり


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第59話 これからは、あなたと

勝利の、あとの、辺境は、静かだった。


封鎖は、解け、包囲は、去り、ハルバの、失脚が、確定した。長い、緊張の、糸が、ほどけ、辺境は、久しぶりに、穏やかな、日々を、取り戻していた。町には、活気が、戻り、街道には、荷車の、列が、戻り、鉱山は、変わらず、銅を、産み続けていた。


その、夕暮れ。わたしは、城の、高い、窓辺に、立って、辺境を、見下ろしていた。かつて、飢えと、諦めに、沈んでいた、この土地。いまは、その、隅々まで、明日を、数える、暮らしが、根づいている。それを、守り抜いた、という、実感が、ようやく、じんわりと、胸に、広がり始めていた。


ヴァレンが、隣に、来た。傷は、もう、すっかり、癒えていた。


「終わったな」ヴァレンが、静かに、言った。


「終わりました」わたしは、頷いた。「長かったですね」


二人は、しばらく、並んで、暮れていく、辺境を、見ていた。言葉は、なかったが、その、沈黙は、少しも、気まずくなかった。むしろ、この、静かな、時間こそが、二人で、共に、越えてきた、日々の、証のようだった。


「アデル」ヴァレンが、口を、開いた。いつもの、ぶっきらぼうさの、奥に、いつになく、真剣な、響きが、あった。「前に、あんたが、傷ついた俺を、見て、取り乱したとき。……ここに、いたい、と、言ってくれた。頼りたい、と」


「はい」わたしは、頷いた。頬が、少し、熱くなる。


「あれは」ヴァレンは、言葉を、探すように、言った。「危機の、さなかの、勢い、だったんじゃ、ないかと。……落ち着いた、いまも、同じ、気持ちで、いてくれるのか。それを、ちゃんと、聞きたかった」


わたしは、ヴァレンを、見た。この、不器用な、人は、危機が、去って、冷静になった、いまだからこそ、もう一度、確かめたいのだ。あの言葉が、一時の、感情では、なかったかを。


「同じです」わたしは、はっきりと、言った。「いいえ、あのときより、もっと、確かです」


わたしは、暮れていく、辺境に、目を、戻した。


「わたしは、ずっと、一人で、数えてきました」わたしは、静かに、言った。「あの家で、いらない子として。誰にも、頼らず、誰も、頼らせず。数字だけを、盾にして、一人で、綱を、渡ってきた。……それが、いちばん、安全だと、信じて。持たなければ、失わない、と」


「ああ」


「でも、あなたと、この土地で、過ごして、わかりました」わたしは、ヴァレンを、見た。「一人で、数えるより、二人で、数えるほうが、ずっと、遠くまで、行ける。荷は、分けたほうが、軽い。あなたが、教えてくれた、その、当たり前のことが、いまの、わたしには、いちばんの、宝物です。……だから」


わたしは、一度、息を、吸った。


「一人で、数えてきました。これからは――あなたと、数えます。この土地の、明日を。二人の、これからを。ずっと」


言い終えて、わたしは、ヴァレンを、まっすぐに、見た。もう、臆病な、心は、なかった。失うのが、怖くて、初めから、持たないふりを、する。そんな、生き方は、もう、しない。持つことの、温かさを、この人が、この土地が、教えてくれた。


ヴァレンは、しばらく、わたしを、見つめていた。その目が、少しだけ、潤んでいた。


「俺は、口下手だ」ヴァレンは、言った。「気の利いたことは、言えん。だが……」


彼は、そっと、わたしの、手を、取った。大きな、温かい、手だった。


「ああ。……ずっと、隣に、いてくれ」ヴァレンは、言った。「あんたと、数える、これからを。俺も、ずっと、望んでいた。……あんたが、来てから、俺の、世界は、色が、ついた。この土地も、俺自身も。だから、離さない。もう、二度と」


その、飾らない、言葉が、これまでの、どんな、美辞麗句より、深く、胸に、届いた。目の奥が、熱くなる。けれど、今度の、涙は、恐れでも、悲しみでもない。ただ、温かい、だけの、涙だった。


「一つ、白状します」わたしは、少し、照れながら、言った。「わたし、あなたに、嫁いでくる、その日まで。この、結婚は、家の、都合で、決められた、政略だと、思っていました。数字で、割り切れる、取り決めだと。……でも、いまは、違います。これは、わたしが、生まれて、初めて、自分の、心で、選んだ、ただ一つの、ものです。数字では、割り切れない、たった一つの」


「政略、か」ヴァレンが、苦笑した。「俺も、正直、そう、思っていた。困った辺境に、金勘定の、できる嫁が、来る、と。……まさか、その嫁に、領も、心も、まるごと、救われるとは、思わなかった」


二人は、顔を、見合わせて、少し、笑った。始まりは、確かに、味気ない、取り決めだった。けれど、その、味気ない、始まりの、先に、こんなにも、温かいものが、待っているとは。人生の、帳尻は、始まりの、数字だけでは、決まらない。そのことを、わたしは、この、辺境で、知った。


暮れていく、辺境の、空を、背に、二人は、手を、取り合って、立っていた。派手な、言葉も、劇的な、抱擁も、なかった。ただ、静かに、確かに、これからを、共に、生きる、という、約束が、二人の、間に、結ばれた。


長いあいだ、一人で、渡ってきた、綱。その隣に、いまは、確かに、この人が、いる。そして、これからは、ずっと。もう、一人で、数える夜は、来ない。


「さて」わたしは、涙を、拭って、少し、笑った。「勝った、からといって、休んでは、いられません。ここからが、本当の、始まりです」


「相変わらず、だな」ヴァレンが、可笑しそうに、言った。「勝った、そばから、次の、算段か」


「ええ」わたしは、微笑んだ。「勝った後こそ、帳簿が、要りますから」


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