第57話 支えきれない嘘
ハルバの、内側の、崩壊は、堰を、切ったように、進んだ。
きっかけは、わたしたちが、示した、証拠だった。二重の、担保。同じ、資産が、複数の、契約に、書かれている、という、動かぬ、事実。それが、被害貴族たちの、手を、通じて、ハルバの、債権者たちの、間に、静かに、広まっていった。
「これまで」ロザリンドが、次々と、届く、便りを、読み上げた。「ハルバに、金を、貸していた者たちは、自分の、担保が、確かに、確保されていると、信じていました。ハルバは、それぞれに、そう、説明していた。……ところが、証拠を、突き合わせて、みんな、気づいた。自分の、担保だと、思っていた、鉱山や、土地が、実は、別の、何人もの、債権者にも、同じように、担保として、約束されていた、と」
「一つの、担保が、三重にも、四重にも」わたしは、頷いた。「そうなると、もし、ハルバが、破綻して、担保を、精算しても、全員には、行き渡らない。誰かは、必ず、取りっぱぐれる。……それに、気づいた債権者たちは、どう、動くと、思いますか」
「我先に、取り立てに、走ります」ロザリンドが、言った。「他の者に、先を、越されたら、自分の、分が、なくなる。だから、みんな、一斉に、ハルバに、詰め寄る。返せ、担保を、寄こせ、と」
「取り付け騒ぎ、ですね」わたしは、静かに、言った。「ハルバは、それに、応えられません。約束した、担保の、総額が、実際に、ある資産の、何倍にも、膨れ上がっているんですから。誰か一人に、渡せば、他の、全員が、騒ぐ。全員に、渡すことは、できない。……嘘が、嘘を、呼んで、支えきれなく、なった瞬間です」
「わかりやすく、言えば」わたしは、卓の、林檎を、一つ、手に、取った。「この、林檎が、一つ、ここに、あるとします。ハルバは、これを、あなたに、渡す、と、約束した。同じ林檎を、別の人にも、渡す、と、約束した。さらに、もう一人にも。三人が、それを、信じているうちは、平穏です。でも、三人が、顔を、合わせて、『同じ林檎を、約束されている』と、気づいたら。三人とも、一斉に、林檎を、寄こせと、言う。でも、林檎は、一つしか、ない。……その瞬間、ハルバの、嘘が、露見します」
ロザリンドが、その、たとえに、深く、頷いた。「一つの、担保を、何人にも。……子どもでも、わかる、詐欺です。ただ、それが、膨大な、契約書の、山に、紛れて、見えなくされていた。あなたが、それを、一枚の、絵に、して、見せた」
「見えなければ、騙せます」わたしは、林檎を、置いた。「でも、見えてしまえば、こんなに、単純な、嘘は、ありません。ハルバの、強さは、複雑さで、真実を、隠すことでした。その、複雑さを、ほどいてしまえば、あとは、ただの、林檎が、一つ、あるだけです」
ハルバは、必死に、火消しに、走った。債権者を、一人ずつ、宥め、時間を、稼ごうとした。あれは、誤解だ。担保は、確かに、ある。心配は、いらない、と。だが、一度、広まった、疑念は、もう、消せなかった。
「一つの、嘘は」わたしは、言った。「次の、嘘で、支えるしか、ありません。担保を、二重に、取ったことを、隠すために、また、別の、嘘を、つく。その、嘘を、隠すために、また、次の、嘘を。……ハルバは、長年、それを、繰り返してきました。嘘の、上に、嘘を、積み上げて、大きな、塔を、建てた。でも、いちばん、下の、一枚の、嘘が、抜かれた瞬間、塔ぜんぶが、崩れます。もう、支えきれません」
崩壊は、加速した。ハルバの、火消しは、ことごとく、失敗した。宥められた債権者は、かえって、疑いを、深め、他の者に、それを、伝えた。噂は、噂を、呼び、ハルバの、信用は、雪崩を、打って、崩れていった。かつて、大陸一と、謳われた、大商会の、屋台骨が、内側から、音を立てて、軋み始めた。
「見事なほど」ロザリンドが、感嘆と、少しの、慄きを、こめて、言った。「あなたは、指一本、触れていない。ただ、証拠を、正しく、並べて、被害者に、示しただけ。……それだけで、これほどの、大商会が、内側から、崩れていく」
「わたしが、崩したのでは、ありません」わたしは、静かに、首を、振った。「ハルバは、初めから、崩れる、仕組みの、上に、建っていました。同じ担保を、何重にも、使い回す。それは、いつか、必ず、露見して、破綻する。時限の、罠を、自分で、抱えていたんです。わたしは、ただ、その、仕組みを、皆に、見えるように、しただけ。……あとは、ハルバ自身が、積み上げた、嘘の、重みで、崩れていく」
わたしは、少しの、感慨を、こめて、思った。ハルバは、弱った者を、見つけては、その、優しさや、飢えに、つけ込んで、罠を、仕掛けてきた。ヴァレンの兄も、子爵家も、辺境も。数え切れない、家々を、その、二重契約の、罠で、呑み込んできた。だが、罠を、仕掛けすぎた者は、いつか、自分の、罠の、多さに、足を、取られる。ハルバは、いま、自分が、張り巡らせた、無数の、糸に、絡め取られて、もがいていた。
「因果は」わたしは、リオネルのときと、同じ言葉を、呟いた。「数字に、正直です」
外の、攻勢は、萎み、内の、信用は、崩れた。ハルバは、もう、辺境を、脅かす、力を、失いつつあった。だが、まだ、決着では、なかった。ハルバの、不正を、公の、ものとして、確定させ、二度と、同じことを、繰り返せないように、するには、最後の、一手が、要る。
そして、その、一手が、いよいよ、動き出した。ロザリンドが、率いる、王立会計院の、総査察が。ついに、ハルバ商会の、本体へと、突入しようとしていた。




