Re:第10話「三つの魂」
翌朝、大地は全員を呼んだ。
しばらくして、執務室にアルベン、ルビア、アドリアン、レオンが集まる。アドリアンはあからさまに不機嫌そうな表情をして大地に尋ねる。
「朝っぱらからなんなんだ?」
「進展があった。今から情報を共有する」
「昨夜、夢の中でオパリアと話すことができた。だが――状況は俺の想定よりも、ややこしいことになっていた」
大地の口から出た言葉に、執務室の空気が凍りつく。
「なんだ?増えてたりしたのか?」
アドリアンは、茶化すような口調で執務室の重い空気を変えようとした。
「その通りだ」
大地の肯定によりさらに重くなってしまう執務室の空気。
「5歳のオパリアと、もう一人——。俺が10年過ごした世界のオパリアが、この身体の中にいる」
廊下を歩く使用人の衣擦れまで聞こえてくるほどの沈黙。
「説明だけでは信じにくいだろう。――オパリアに姿を見せてもらう」
◇
大地は目を閉じた。
(オパリア。頼む)
「わかったわ」
大地から別の声が響く。しばらくして——気配が形を、姿を現す。
大地の隣に、白い光が集まり始めた。
少しずつ形を成していく。白銀の髪。金の瞳。17歳前後の少女の姿。
ルビアは息を呑んだ。
「……オパリアなの?」
少女が微笑んだ。
「えぇ、そうよお母さん」
アルベンが立ち上がりかけ、ゆっくりと座り直した。目が赤くなっていた。
レオンは声を失っていた。
アドリアンが、静かに目を閉じた。
◇
状況の説明は、オパリア自身に任せた。
前の世界での大地とともに過ごした10年のこと。自身の禁忌魔法の使用と失敗。この世界線への流入。三つの魂が重なっていること。
全員が黙って聞いた。
「抽出した術式で分離できる筈だ。ただし——この身体が術式に耐えられる年齢になるまで待つ必要がある」
「どれくらいの期間になる?」
アドリアンが言った。
「身体の状態次第だが、長くて十年程かかるだろうな」
「待つことは問題ではないな」
父アルベンは即座に答える。
「急がなくていいのね?ならいいわ」
母ルビアが頷いた。
レオンが大地を見た。
「……大地さんは」
「俺も待つ」
「消えないのか」
「今のままではこの身体が壊れる。――それは俺にとっても看過できない。術式に肉体が耐えられる日まで待つさ。消えるのはその後だな」
レオンは目を閉じて息を吐いた。
「……そうか」
◇
時は流れ――大地が目覚めてから10年が過ぎていた。
エルフィア領は、穏やかな日々が続いていた。
ロックス商会の馬車が行き交い、街の風景は以前よりも色鮮やかな様子で、街の中を子供たちが走り回っている。バルトゥスも、ヴィクトルも既に過去の人物となっていた。
大地は——相変わらず山積みの書類を読んでいた。
「前回よりも領地が発展したな……少しやりすぎたか?まあ、ルミナの二次創作とやらも大凡片付いたから、問題は無い――と思う」
「さすが大地ね⋯⋯前よりも街が豊かになってる」
「へぇ~。確かに発展してるけど――そんなにすごいことなんだね」
大地の傍らに2人のオパリアがいる。知らない者が見れば美人三姉妹に見えるだろう。
「オパリア?この新作について聞きたいんだが──」
大地はオパリアの提案した、ロックス商会の新作企画を訪ねた。
「ケーキの事?」
「ドレスのこと?」
大地が声をかけると二人のオパリアが同時に返事をする。声まで同じ為、どちらが10年過ごしたオパリアなのか、今のオパリアなのか、正直な所。よく分からない。
「やはり、ややこしいな」
大地は少しだけ笑った。
◇
術式の準備が整ったのは、この世界のオパリアが15歳を迎えた春だった。
当時の子供部屋——今はオパリアの衣装部屋として使われている部屋の床に、術式の紋様が描かれている。
大地はその中心に立っていた。
アルベン、ルビア、アドリアン、レオンは壁際に立ち、固唾を呑んで見守っていた。
今回は部屋の隅にルミナもいた。
◇
「始めます――いいですか?大地さん」
ルビアが言った。
「ああ、問題ない。始めてくれ」
術式が発動した。
床に描かれた文様から光が滲み出した。
(今度は——問題はなさそうだ)
前の分離術式で感じた感覚と同じ、あるいはそれ以上の力の本流を大地は感じていた。
(術式は安定しているな、これなら大丈夫だ)
◇
光の中で、声が聞こえた。
「大地」
17歳の方のオパリアが声をかける。
「引き離す前に——一つだけ」
「何だ?」
「ありがとう。あなたのおかげで私は生きている。そして――ごめんなさい」
「気にするな」
「どこかで妹さんに会えたらどうする?」
大地は返答に少し間があった。
「わからないな。特に話すこともない。ただ――あの時のことを、守らなかった事を謝るべきなんだろうな」
「わかっていると思うわよ?妹さんも――大地が苦しんだことも、後悔してたことも」
「どうだろうな。今更という気持ちのほうが大きいな」
光が強くなった。
◇
オパリアの身体から、仄かに光が溢れ出していく。
身体から抜け出した光が三方向に分かれ、離れていく。
一つはオパリアの身体に留まった。
一つは——オパリアの隣で、少女の形を取った。17歳のオパリアの姿。薄く、透けていたが、確かにそこにいた。
もう一つは——部屋の窓辺にオパリアの姿で佇んでいた。
「成功したな」
窓辺に佇んでいたオパリア(大地)は術式が静かに機能を停止、光が消える様を眺めていた。
◇
しばらく、誰も動けなかった。
17歳の姿をしたオパリアが、部屋を見回した。
「また――行ってしまったのね」
アルベンとルビアを見た。
「お父さん。お母さん」
声が出た。薄い声だったが、確かに届いた。
ルビアが前に出た。少女の姿に向かって、手を伸ばした。
触れられなかった。
しかし——少女が微笑んだ。
「会えてよかった」
アルベンが膝をついた。
「……私達もよ」
ルビアが涙を拭いた。
少女が両親の傍らに佇んでいた。触れられなくても、確かにそこにいた。
◇
二人のオパリアが大地を見た。
「大地」
「何だ?」
窓辺に立っていた大地は淡々とした様子で2人を見つめる。
「ありがとう」
大地は少し間を置いた。
「またそれか、礼はいいと言っただろう」
「受け取って」
「……わかった」
2人の少女が笑った。
(笑顔、か──あの時は見ることができなかったな)
「あなたに会えてよかった」
「もう呼ぶなよ?苦手なんだ、こういう話は」
フン。とそっぽを向く大地。
「うん。またいつか」
◇
オパリアの姿が、薄れ始めた。
「行くの?」
ルビアが言った。
「うん。向こうに帰る」
少女がアルベンとルビアを見た。
「二人が生きている姿が見られただけでも。失敗した価値はあったわね」
イタズラが成功した子供のように、笑顔になるオパリアを眺めながら大地は呆れた様子でため息を吐いた。
「俺はもうごめんだな。まぁ少し楽しかったがな」
大地は少しだけ微笑んだ。アルベンが何かを言おうとして、声が出なかった。
ルビアが「元気で」と言った。
「うん」
少女がレオンを見た。
「レオン」
「……何」
「雫の作品、好きよ。ずっと好きだから――自分を責めないでね?」
レオンは目を見開き何かを伝えようとするが、言葉にならなかった。
少女が最後に大地を見た。
「またどこかで」
「さあな」
「……うん。またどこかで」
少女の姿が、消えた。
◇
部屋が静かになった。
大地は、少し立っていた。
(行ったか、やはり似ていたな)
半透明な身体の中に変化が来ていた。術式の流れが続いている。大地の魂を——ここではないどこかへ、引き離す流れが。
「大地」
レオンは大地へ声をかける。
「何だ?」
「オパリアの事も、知ってたのか?」
レオンは大地へオパリアの事を尋ねるが――。
「何のことだ?」
「――そうか。知らなかったのか」
レオンは呆れた表情を大地へ向けた。
「?何が言いたい?」
「何でもない。また会おうな!」
レオンが少し笑った。
アドリアンが大地の肩に手を置く。触れられない為、掌を大地の肩に重なる形で腕を伸ばした。何も言わなかった。
ルビアは「ありがとう」と言った。小さな声で。
アルベンが大地を見た。
「娘達の事、私たちの事、領地の事も。感謝する。ありがとう」
「お遊戯の答え合わせだ。なんてことは無い」
大地は、表情を見られないように顔を背けるながら答えた。
◇
光に溶けていく感覚。
(この感覚――)
大地は抵抗しなかった。
光の中で、最後に——白い何かが見えた気がした。
白猫だったかもしれない。
(いるのか、お前も)
答えはなかった。
光が、大地の視界を包んだ。
◇
大地が目を開けると周囲は暗闇だった。
——落ちている様な上昇している様な不思議な感覚。
どこへ向かっているかわからない。上も下もない。ただ、どこかへ向かっていた。
(これが消える感覚なのか?違うな——どこかへ行くのか?)
暗闇が続いた。
大地は落ちながら、少し考えた。
(まあ——行き着く先がどんな場所でも別にいいか)
「今度は何処へ行くんだ?」
誰もいない暗闇に、声だけが響いた。
【Re・If了——そして続く】




