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「亡き少女の身体を借りて」―少女の魂を取り戻すまで―  作者: 島ながぁ
第五章「結末」

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第25話「オパリア・カスタ・ヴァルテール」

 数週間が過ぎた。


 朝の光が、寝室の窓から差し込んでいた。


 使用人たちが、てきぱきと動いている。白銀の髪を丁寧に整えながら、飾りを差し込む。鏡の中の少女を、仕上げていく。


 オパリアは鏡の前に座っていた。



 (この手は、私のものだ)


 膝の上に置いた手を、見た。


 細い指。白い肌。


 ずっと見ていた手だ。十年間、傍らから眺めていた手だ。


 しかし今は——自分で動かせる。


 指を曲げた。開いた。もう一度、曲げた。


 (そうか)


 当たり前のことなのに、当たり前に感じなかった。



 使用人が髪の飾りを整えながら、小さく声をかけた。


「お嬢様、いかがですか」


 オパリアは鏡の中を見た。


 白銀の髪。金の瞳。整えられた令嬢の姿。


 (……慣れない)


 十年間、この姿を外から見ていた。今は、内側から見ている。


「……ありがとう」


 使用人が少し驚いた顔をした。それから、柔らかく微笑んだ。


「いえ、お嬢様」



 支度が終わった後、オパリアは窓の外を見た。


 エルフィア領の朝だ。枯れ葉の季節が終わり、冬に入りかけている。


 庭に、使用人たちが動いている。


 (変わっていない。でも——変わっている)


 何かが違う。領地の空気が、以前とは——と言っても「以前」を直接は知らないが——違う気がした。


 穏やかだった。


 人が、動いていた。


 (これを、積み上げたのね)


 あの人が。


 オパリアは窓の外を見たまま、少しだけ目を細めた。



 廊下に出ると、レオンが待っていた。


 金の髪。金の目。弟——正確には、弟として育った人物だ。


「おはよう、姉様」


 その呼び方に、少し慣れなかった。しかし。


「おはよう、レオン」


 レオンが少し目を細めた。


「……声が違う」


「そうね」


「でも——」


 レオンが少し間を置いた。


「似てる」


 オパリアはレオンを見た。


「何に」


「……大地に」


 二人は少しの間、黙った。


 それから、並んで歩き始めた。



 執務室は、そのままだった。


 机の上に書類が整然と並んでいる。引き出しには報告書が分類されて収まっている。棚には、手書きのメモが貼られた書物が並んでいた。


 オパリアは部屋の入り口に立って、しばらく中を見ていた。



 書類を一枚手に取った。


 ロックス商会からの報告書だ。流通の状況が細かく記されている。数字が並んでいる。


 (読める)


 十年間、傍らで見ていた。学んでいた。気づかないうちに。


 書類を読み進めた。


 農業改革の進捗。新しい作物の収穫報告。流通経路の変化。違法取引の撲滅後の商人ギルドの動向。


 (ここまで、やっていたのね)


 一枚一枚が、誰かの仕事だった。


 五歳の身体で。七歳の身体で。十歳の身体で。十五歳の身体で。


 (私の身体で)



 アドリアンが来たのは、昼頃だった。


 扉を開けて、執務室にオパリアがいるのを見て——少し止まった。


「……オパリア」


「アドリアン叔父様」


 アドリアンが部屋に入ってきた。書類を見て、オパリアを見た。


「読んでいたのか」


「少し」


 二人は机を挟んで向かい合った。


「……わかるか。書いてあることが」


「大体は、ずっと見ていたので」


 アドリアンが少し目を細めた。


「そうか」



 しばらく、二人は書類の話をした。


 領地の現状。今後の課題。アドリアンが処理を進めている案件。


 話しながら、オパリアは気づいた。


 アドリアンが時々、言葉を探すような間を作ることに。


 (何かを言いたいのだろう)


 オパリアは待った。


 アドリアンがある書類を机に置いた。


「……大地は、ここまで準備していた」


 静かな声だった。


「領地の今後の方針を、書き残していた。お前が戻った後のことを、考えて」


 オパリアは書類を見た。


 丁寧な字で、びっしりと書かれていた。


 (こんなところまで)


「大地は、もういないんだな……」


 アドリアンが言った。


 声に、何かが滲んでいた。


 オパリアは書類から目を上げた。


「……はい」


 一瞬だけ、間を置いた。


「でも——残してくれた物を、守ります」


 アドリアンがオパリアを見た。


 何も言わなかった。しかし——目が、少し赤くなった。


「……そうだな」


 アドリアンが頷いた。


「俺も協力する」



 夕方、書庫に行った。


 棚の間を歩いた。本の背表紙を指でなぞった。


 棚の端に、小さなメモが挟まっていた。


 大地の字だった。


 『書庫の奥の棚の魔術書は、読む価値がある』


 それだけ書かれていた。


 オパリアはメモを手に持ったまま、しばらくそこに立っていた。


 (読む価値、あの人らしい)


 そう思った。



 レオンは廊下にいた。


 オパリアの部屋の扉の前で、待っていた。


 中から、使用人が出てきた。会釈をして去っていく。


 静かになった。


 (中に、いる)


 レオンはそのまま、廊下に立っていた。



 扉越しに——声は聞こえなかった。


 しかし。


 しばらくして、部屋の中から——何かが、静かに漂ってきた気がした。


 感情、というより。


 雰囲気、というより。


 (何だ、これは)


 レオンは扉を見た。



 扉が開いた。


 オパリアが出てきた。


 白銀の髪。金の瞳。すっきりとした顔をしていた。


 目が——少しだけ、赤かった。


「……泣いていたのか」


 レオンが言った。


 オパリアは少し間を置いた。


「少しだけ」


「何かあったか」


「……いいえ」


 オパリアが廊下を歩き始めた。レオンが並んだ。


「鏡の前にいたのか」


「うん」


 レオンは何も聞かなかった。


 オパリアが少し前を向いたまま、静かに言った。


「……ありがとう、と言ったの」


「誰に」


「……誰にでもない鏡に向かって」


 レオンは何も言えなかった。



 その時。


 足元に、何かが来た。


 白い。大きい。


 子猫ではなかった。すっかり大きくなった白猫が、オパリアの足元に来て、頬を擦り付けた。


 オパリアが少し驚いた顔をして、白猫を見た。


「……この子は」


「大地の使い魔だ」


 レオンが言った。


「大地がいなくなっても——ここにいた」


 オパリアが白猫を見た。


 白猫が、オパリアを見上げた。金色の目で。


 オパリアがゆっくりと手を伸ばした。


 白猫は、逃げなかった。



 その瞬間。


 廊下の向こうから、足音が響いた。


 小走り——いや、走っている。かなりの速さで。


「先生——!オパリア様——!!」


 ルミナだった。


 書類の束を両手に抱えて、全速力で走ってきた。褐色の肌が興奮で上気している。燥色の瞳が爛々と輝いていた。


「まだ残ってるんです!終わってないんです!」


 レオンが顔を顰めた。


「何が」


「この世界です!」


 ルミナが書類をレオンに押しつけた。


「二次創作の設定が——生きてるんです!雫先生の没後に書かれた公式二次創作の設定が、この世界に反映されてて——!」


 レオンが書類を受け取って、目を通した。


 表情が、固まった。


「……どういうこと」


「わからないんですけど、でも確かに——!」


 ルミナが続けた。オパリアを見て、レオンを見て、また書類を見て。


 廊下が、騒然とした。



 白猫が、欠伸をした。


 大きな口を開けて、のんびりと。


 それから、オパリアの足元で丸くなった。


 廊下の騒ぎを、全く気にしない様子で。



【了or続】

ここまで読んでくれた方。

ここから読み始めた方。

サッと流し読みした方。

何でもいいです。読んでいただきありがとうございました。


オパリア・カスタ・ヴァルテール(田中大地)としての物語は一旦終了となります。


抜けている時系列の出来事を番外編として出す予定ではありますがまだ書けていません。

先に勢い任せの蛇足に尾ひれと羽根までつけ足した変なものを放り込もうかと思っています。

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