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「亡き少女の身体を借りて」―少女の魂を取り戻すまで―  作者: 島ながぁ
プロローグ

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1/11

第0話「ヴァルテールの令嬢」

はい!

今回はガチガチに固めた世界観と設定、話数でどこまでできるかの実験作となります。

 大陸の東に位置する王政国家――ランガル王国の王都に、春が来ていた。


最高裁判所内。


 大理石の廊下に、足音が響く。


 聴衆が振り返る。ざわめきが、波のように広がっていく。


 白銀の髪が、高い天井から差し込む光の中をゆっくりと進んでいた。


 年のころ、十五。しかしその歩みには、十五という数字には似つかわしくないものが宿っていた。優雅さでも美しさでもない——重さ、とでも呼ぶべきものが。一歩ごとに積み上げてきた何かが、その小さな背中に静かに乗っているような。


 傍聴席のどこかで、誰かが囁いた。


「……噂のヴァルテールの令嬢か」

「王都にいらしていたとは」

「まだお若いのに、あの落ち着き様は……」

「なんて美しい……」

「例の商会を一夜で壊滅させたらしい……」


 白銀の令嬢―――オパリア・カスタ・ヴァルテール——それが、今の自分に与えられた名前だ。


 (……憑依して十年か。流石に長すぎたな)


「なんか、噂が独り歩きしてるね」


 傍らの少年が小声で呟く。


 少し遅れて歩く金髪の少年。オパリアの義弟——レオン・イルス・ヴァルテール。


 令嬢はそれとなく傍聴席を見渡した。大半は暇を持て余した貴族たち。見知った顔もいくつか混じっている。


 その視界の端に、影が映った。


 令嬢と鏡合わせのように瓜二つの——少女の影。


 目を向けた瞬間、胸の奥を刺すような痛み。


 (……わかっている。自由にしてやる)


 原告席に着いた彼女は、ひとつ、静かに息を吐いた。影はいつの間にか消えていた。



 レオンから聞いていた原作の内容では、これで最後のはずだった。


 正面に座る男を見る。伯爵位を持つ中年の男。額に汗が浮いている。目が泳いでいる。しかしそれを悟られまいと、精一杯の虚勢を張っている。


 前世でよく見た顔だ。権力の庇護の下でのみ強く振る舞える種類の人間。


 (やれやれ……お遊戯会の答え合わせと行こう)


 心の中だけで肩をすくめ、オパリアは静かに微笑んだ。


「では、原告代表者として始めさせていただきます」


 鈴を転がすような声で、オパリアは口を開いた。穏やかだった。和やかとすら言える口調で、彼女は淡々と話を進めていく。


「まずこちらを——人身売買の取引資料になります」


 書記官が受け取り、裁判長の前へ運ぶ。男の代理人が口を開いた。


「異議あり。その資料の出所が——」


 (その受け答えは想定済みだ)


「こちらに入手経路を記した書類も、合わせてご用意しております」


 重ねて差し出される書類。代理人が絶句する。


「こちらの帳簿の数字が合っておりません……ご確認いただけますか」


 傍聴席がざわめく。男が身を乗り出した。


「それは偽造だ!我々の——」


「同じ時期に王国商業組合へ提出された正規の帳簿と、照合済みです。両方お持ちしました」


 ぱさり、と分厚い束が卓上に置かれる。沈黙。


「横領の証拠として、こちらの書類を……三年分、ございます」


 (前世の会社だってもう少し隠していたぞ)


「関係各所との手紙も合わせて。受取人の署名はすべて原本です」


 (この代理人はこれで静かになったな)


 もはや男の代理人は何も言わない。言えない。次々と積み上がる証拠の山を、ただ眺めるだけだった。男の顔色が変わっていく。


「証人として、奴隷商人を呼んでおります」


 扉が開き、初老の商人が入廷した。場の全員が驚いた。奴隷商人というのは往々にして、権力者の前では尊大か卑屈かのどちらかだ。しかしこの男は、部屋に入った瞬間にオパリアに向き——腰を折った。深く、丁重に。まるで親でも拝むように。


 傍聴席に、奇妙な静寂が落ちた。


 令嬢はその視線を受け流し、証人尋問を進める。一通り終えたところで、静かに告げた。


「次の証人を」


 (こいつを見て、どんな顔をするかな)


 再び扉が開く。


 今度は小柄な少女だった。褐色の肌と淡い赤色の髪。黒い服、伏せた目。怯えたように肩を縮めながら入廷する姿に、傍聴席がざわめいた。


 男が立ち上がった。


「ルミナ!?なぜ生きて……他の奴らと一緒に始末を——」


 そこで止まった。


 気づいたように、手で口を覆う。しかし遅かった。廷内の全員が、聞いていた。


 ルミナと呼ばれた証人の少女はオパリアと目が合うと、ウインクをした。


オパリアは心の中で舌打ちをした。


 裁判長が深く息を吐いた。


「……使用人殺害の件、追加か」


 頭を抱えながら、目線だけを令嬢へ向ける。またやってくれたな、と言いたげな眼差しだった。


 (人に調査をさせておいて……お互い様だろ)


 オパリアは一瞬だけ裁判長へ目を向けた後、証人尋問を続けた。声に、一切の揺らぎがない。


 やがて裁判長が咳払いをひとつ。正面の男を見る。


「……反論は?」


 書類を見る者、床を見る者。誰も何も言えない。言い逃れの余地が、どこにもない。


書類をめくる音だけが響いていた。



「クソッ……!」


 静寂を破ったのは、男の怒声だった。


 椅子を蹴倒す音。懐から光るものが現れた瞬間、傍聴席から悲鳴が上がった。


 ナイフ持った男が、令嬢へ迫る。


だが―――その刃が令嬢へ向くことはなかった。


 男の腕が掴まれ、そのまま床へ投げ飛ばされた。鮮やかな体落とし。金髪が宙に舞い、少年が静かに立っていた。


「……あら」


 オパリアは目を瞬かせた。


「レオン。必要なかったのに」


「逆だよ」


 少年——レオンは、投げ飛ばした男から目を離さないまま、軽い口調で言った。


「姉様が手を出したら、この人死んじゃうからね」


 一拍の間があった。


 それから、なぜか、拍手が起きた。


 ぱらぱらと、やがて大きく。傍聴席のあちこちから。男が床に転がったまま、なぜか歓声が上がる。


「静粛に!」


 裁判長が声を上げる。拍手がやむ。


「……ヴァルテール嬢。裁判の結果は、後程お知らせする」


「わかりました」


 令嬢は立ち上がり、一礼した。息を飲む音が聞こえるほど、見事な所作だった。



 扉が閉まる。


「……被害者代理なんてつまらないな」


 廊下に出た瞬間、声が変わった。口調が、抑揚が、まるで別人のように。表情も——先ほどの柔らかな微笑みは一切無い、今は氷のように静かで、無機質な顔がそこにある。


 美しさは変わらない。ただ、その美しさが全く違う種類のものになった。


 隣を歩くレオンへ、冷徹な目を向ける。


「……で?」


「これで私が書いた、オパリアに関連したシナリオは終わったよ」


 レオンは静かにそう言った。


「原作に書かれた出来事は。全部」


「……やっとか」


 短く、それだけ。


 二人は廊下を歩く。石畳の床。等間隔に並ぶ窓。春の光が細く差し込んでいる。


「そういえば、あの女はどこに?」


「ルミナの事?気になることがあるからって、王宮へ向かったけど……」


 レオンが肩をすくめる。オパリアは特に気にせず歩き続けた。


 歩きながら、ふと、壁に掛かる鏡に目を止める。


 白銀の髪の、令嬢が映っている。


 (……やはりこの子には似合わないな)


 髪飾りを外す。


 その瞬間、鏡の中に何かがチラついた。白銀の髪の向こうに、薄く、透けるように——少女の影が。


「……今日はやけに多いな」


 ぼそりと呟くと、隣からレオンの声がした。


「また……見えたの?」


 応えず、歩く。


「……本当に、消えるつもりなの」


 問いではなかった。確認だった。


「身体を、本来の持ち主に返すだけだ」


 オパリアは前を向いたまま言う。


「……奪った時間は、返せないがな」


「魂を引き離す魔術なんだよ?」


「叔父上からの連絡は?」


 遮るように問う。


「……術の手筈は整ってる。けどこの魔術はまだ詳細が——」


「行くぞ」


 レオンの言葉を再び遮り、歩き出す。


「消滅する恐れだって——」


「消えるなら、好都合だ」


 それきり、沈黙が続いた。


 裁判所の出口が見えてくる。光の中へ、二人は歩いていく。


「10年か……」


「……長かったね」


 レオンが静かに答える。


「重いな」


 令嬢はそう言って、春の光の中へ踏み出した。





 ——あの日からのことを。


 今でも、鮮明に覚えている。




【第1話へ続く】


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