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第三話 ローヴェルの問題

セオットは、事務室にこもりながら、パソコンの画面を見つめていた。


十一年前、イータは五歳の時に、テアとともにレイタンに流れ着いた。南部は海や国境からの移民が珍しくなく、テアたちも移民の母子として村に溶け込んでいった。テアはパソコンやインターネットに異常に詳しく、村の商店から依頼を受けるようになっていった。セオットの実家のローヴェル宿も、そのうちの一件だった。

パソコンオタクだった九歳のセオットは、移民の集合住宅にいるテアのもとへ入り浸った。そうしているうちに、父親はテアたち母子を住み込みで雇った。テアが作った宿のシステムや広告施策で客入りが数倍に膨らんだのを、セオットは覚えていた。


セオットは、画面に目を戻し、政府の制度の変更点を洗っていった。


バルディンが伝票の束を抱えて入ってきた。


「今のところ住民までは対象外だが、いずれ末端の村まで監視下に置くつもりかもしれんな」


セオットは、低い声で言った。


「イータが、AI運用技師の仮登録を取りたいって」


「仮登録か……。あれはあからさまに、今後の規制強化を見据えている。取っておけば急に追い出されることはないだろうな」


「でも、テアが承諾しなかったんだよ」


「テアさんが……?」


バルディンが考えこんでいると、デヴィンが扉を開けた。


「ミーティング始めるよ」


週に一度、ミーティングと称して家族の朝食を合わせる。


食堂に降りていくと、イータはすでに席に着いていた。


パンとスモークチキン、山盛りのサラダをつつきながら、皆が順番に持ち場の報告をしていく。デヴィンは、報告の後に学校のテストでのしくじりを混ぜた。


「なんで数字が行列するんだよ。四角に並べるの意味わからん」


イータが両手の人差し指を空中で回しながら答える。


「一回で全部動かせるから楽なんだよ」


「もうイータが数学教えてくれよ」


イータはきょとんとして答える。


「僕学校行ってないし」


「知ってるぞ、兄ちゃんの教科書を絵本代わりにしてたろ」


セオットが突っ込む。


「イータの言ってることは分からんぞ。やめとけ」


イータはムッとして、ノルテは首を横に振っている。


ノルテは季節の食材の仕入れ予定について、マーレはリネンの更新提案について話した。


イータの番が来て、客のID記録システムが組み上がったことを報告した。


「それから……」


イータが言い淀んだのを感じて、食卓が静まる。少し姿勢を正して続ける。


「それから、テアの葬儀のあと、ずっと考えてたんだけど、僕はそろそろここを出ようと思う。隣町のキールスに、移民住居の空きがあるらしくて。宿のシステム更新はもうセオットがやれます」


セオットがチキンを喉に詰まらせている間に、バルディンが冷たく刺す。


「許可しない。お前じゃ食べていけんだろう」


イータは予想外の返答に固まる。


「僕は……。キールスなら、古い端末や店の管理表をそのまま使ってるところが多いって聞いた。直したり、つないだりする仕事くらい、あるはず」


「お前はテアさんみたいに顧客に売り込みできんだろう」


「職業紹介所に行く」


「ああいうとこはほとんど肉体労働だぞ」


イータは一瞬黙り込み、セオットは必死に咳き込みを抑えていた。


「なんで急に出て行きたいんだ?」


「……僕がここにいると、やがてローヴェルに迷惑がかかる。このまま厄介になってるだけじゃ、だめなんだ」


「お前の問題はローヴェルの問題だ。勘違いするな」


マーレは机の下で聞こえないように拍手をしている。デヴィンはパンを頬張りながら状況を把握しきれていない。


セオットが胸を押さえながら、ようやく口を開く。


「そんなに心配なら、仮登録試験受けろよ。テアは嫌がってたけど……なんかあったら俺がフォローするから」


イータは目を見開いて、セオットの顔を見た。


「うん……ありがとう……」


イータは目元が赤くなっていた。


「世話がやけるわ」


とノルテは皿を片付けながら笑っていた。


食事が済み、席を立ちかけたマーレを、セオットが呼び止めた。


「そうだ、マーレ。来月また自転車貸してくれ。仮登録試験がトレークであるんだ」


「えっ!?20キロくらいあるんじゃない?電車でいけば?」


イータが小さく悲鳴をあげた。セオットは気にせず続ける。


「鉄道はIDがいるんだよ。イータは乗れない」


「あ、そっか……。車は?」


「試験で半日はかかるからな。仕入れや送迎で使うだろ」


ふとマーレは笑顔で首を傾げる。


「そうだ、あの自転車買い取ってよ。私、電動自転車が欲しいんだよね」


バルディンが後ろから口を出す。


「電動自転車は買ってやるから、自転車はイータにあげなさい」


マーレとイータがそれぞれ感謝の言葉を口にしていると、古い車の排気音が表に停まったのが聞こえた。


セオットが出ると、コルネ・サプライと書かれた中型バンから、小太りの巡回商人であるコルネフが出てきた。


「こんにちは。テアさんいるかい?」


セオットが訃報を告げると、コルネフは俯いてしばらく言葉を失っていた。微かに震えながら目元をこすり、バンの後部座席を開けて中に声をかけたと思ったら、娘のカレリナが段ボールの箱を持って降りてきた。


「テアさんの部屋、ちょっと見せてもらっていい?イータくんはいる?」


イータの元まで二人を案内し、セオットもそのまま同席した。


「テアさんには何度も危機を救ってもらっていた。まだツケが残っていてな」


コルネフが言うと、カレリナが薄い段ボール箱をイータに渡す。


「ツケ代わりに持ってきたの。型落ちしたばかりの再整備品だけど、その辺のPCよりかなり使えるよ」


イータは箱を開けると、目を輝かせてラップトップPCを起動し、スペックを確認し始めた。


「コルネさんカレリナさん、ありがとうございます!P2Xじゃん!すっげぇー!」


「今後ともよしなに……」


カレリナはきれいな営業スマイルを見せた。

コルネフはしみじみとイータの肩を叩いた。


「法改正で我々もやりづらくなるが、イータくんは大丈夫なのか?うちは常々技師がいてくれると助かると思っていたんだ。よければ、うちに来てくれないか」


イータはPCをいじりながら生返事をしている。


「だめですよ」


セオットが代わりにコルネフの勧誘を断った。


しばらく、コルネフたちはテアの残した機材を確かめながら、思い出話に花を咲かせた。イータは、コルネフの語るテアのエピソードを、ラップトップに打ち込んでいった。


コルネフたちと入れ替わるようにご機嫌なマーレが現れ、自転車の鍵を振って見せた。鍵にはピンクのキーホルダーがじゃらじゃらついている。


「……これ外していい?」


「ダメ」


出ていくつもりだったはずの朝に、いつのまにか道が開けていた。

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