七日目~十二日目
七日目の取組結果(数字は幕内での対戦成績)
勝 負
近江富士(六勝一敗) 1(上手投げ) 0 印南野 (五勝二敗)
金の玉 (七勝 ) 1(押出し) 0 豊後富士(三勝四敗)
曾木の滝(二勝五敗) 2(寄切り) 3 獅子吼岩 ( 七敗)
荒岩 (六勝一敗) 2(寄切り) 0 竹ノ花 (一勝六敗)
早蕨 (六勝一敗)11(送り倒し) 4 白根山 (一勝六敗)
若吹雪 (六勝一敗) 5(割出し) 2 緋縅 (三勝四敗)
伯耆富士(七勝 ) 6(引き落とし) 1 若飛燕 (一勝六敗)
玉武蔵 (六勝一敗)26(吊り出し) 1 神ノ花 (二勝五敗)
羽黒蛇 (七勝 )18(寄切り ) 0 神ノ山 (一勝六敗)
八日目の取組結果(数字は幕内での対戦成績)
勝 負
近江富士(七勝一敗) 1(押出し) 0 神天剛 (五勝三敗)
松ノ花 (六勝二敗) 2(寄切り) 0 豊後富士(三勝五敗)
曾木の滝(三勝五敗) 3(突き落とし) 4 若飛燕 (一勝七敗)
金の玉 (八勝 ) 1(押出し) 0 荒岩 (六勝二敗)
伯耆富士(八勝 ) 1(寄切り) 0 北都国 (四勝四敗)
早蕨 (七勝一敗) 9(押出し) 4 神ノ花 (二勝六敗)
若吹雪 (七勝一敗) 8(寄切り) 2 白根山 (一勝七敗)
羽黒蛇 (八勝 ) 9(押出し) 0 緋縅 (三勝五敗)
玉武蔵 (七勝一敗)19(寄切り) 5 神ノ山 (一勝七敗)
九日目の取組結果(数字は幕内での対戦成績)
勝 負
近江富士(八勝一敗) 1(上手投げ) 0 大乃洋 (六勝三敗)
若飛燕 (二勝七敗) 2(突出し) 0 竹ノ花 (二勝七敗)
曾木の滝(四勝五敗) 1(上手投げ) 0 豊後富士(三勝六敗)
伯耆富士(九勝 ) 6(上手出し投げ)1 緋縅 (三勝六敗)
金の玉 (九勝 ) 1(押出し) 0 早蕨 (七勝二敗)
玉武蔵 (八勝一敗) 6(寄り倒し) 2 若吹雪 (七勝二敗)
羽黒蛇 (九勝 ) 6(上手投げ) 0 荒岩 (六勝三敗)
十日目の取組結果(数字は幕内での対戦成績)
勝 負
近江富士(九勝一敗) 1(寄切り) 0 梅ヶ枝 (七勝三敗)
竹ノ花 (三勝七敗) 1(はたき込み) 0 曾木の滝(四勝六敗)
白根山 (二勝八敗) 3(突き落とし) 2 若飛燕 (二勝八敗)
荒岩 (七勝三敗) 5(上手投げ) 1 神ノ花 (二勝八敗)
緋縅 (四勝六敗) 1(押出し) 0 豊後富士(三勝七敗)
金の玉 (十勝 ) 1(押出し) 0 若吹雪 (七勝三敗)
羽黒蛇 (十勝 )18(寄切り) 2 早蕨 (七勝三敗)
伯耆富士(十勝 ) 5(下手投げ) 7 玉武蔵 (八勝二敗)
十一日目の取組結果(数字は幕内での対戦成績)
勝 負
豊後富士(四勝七敗) 1(突き倒し) 0 若飛燕 (二勝九敗)
曾木の滝(五勝六敗) 2(寄切り) 0 松ノ花 (七勝四敗)
荒岩 (八勝三敗) 1(寄り倒し) 0 近江富士(九勝二敗)
金の玉 (十一勝 ) 1(押出し) 0 伯耆富士(十勝一敗)
早蕨 (八勝三敗) 8(押出し) 5 神ノ山 (三勝八敗)
玉武蔵 (九勝二敗) 6(押出し) 0 緋縅 (四勝七敗)
羽黒蛇 (十一勝 )10(寄切り) 1 若吹雪 (七勝四敗)
十二日目の取組結果(数字は幕内での対戦成績)
勝 負
豊後富士(五勝七敗) 2(外掛け) 0 蒙古山 (七勝五敗)
曾木の滝(六勝六敗) 2(寄切り) 2 神ノ山 (三勝九敗)
若飛燕 (三勝九敗) 4(引き落とし) 3 獅子吼岩 (一勝十一敗)
緋縅 (五勝七敗) 1(寄切り) 0 松ノ花 (七勝五敗)
伯耆富士(十一勝一敗)5(寄切り) 2 荒岩 (八勝四敗)
若吹雪 (八勝四敗 )6(寄切り) 6 早蕨 (八勝四敗)
羽黒蛇 (十二勝 )1(上手投げ) 0 近江富士(九勝三敗)
金の玉 (十二勝 )1(押出し ) 0 玉武蔵 (九勝三敗)
横綱羽黒蛇と、金の玉は、十二戦全勝同士で、十三日目の結びの一番で顔を合わせることになった。
その前夜、
横綱羽黒蛇は、彼のマンションの居室にいた。彼は、本場所中、外出することはほとんどない。いつもの東京場所であれば、彼は、夜はこの居室で、AKB48の映像を見て、心をリラックスさせる。
だが、この夏場所では、彼が毎日見ているのは、美少女の集団ではなく、ひとりの若者の映像だ。
金の玉征士郎。この夏場所の取組映像。
羽黒蛇は、この男は、またさらに強くなっている。と思う。
少年時代に羽黒蛇が、近所にあったクラブに入り、相撲を取り始めて何ヶ月かたったころ、彼は、貴乃花光司の相撲の映像を見る機会があった。
彼が、横綱になる直前の場所の映像だった。
対戦相手が攻め込む。上半身は相手の動きに応じているが、下半身は乱れない。流れのままに対応している内に、いつの間にか、相手は土俵際に追い込まれている。貴乃花は、そっといたわるかのように、土俵の外に運ぶ。
少年羽黒蛇は驚愕した。相撲を始め、その世界に深くのめりこむようになった彼は、よほどの力量の差が無ければこの相撲は取れない、と思った。
この相撲こそ、自分が目指すべき理想の相撲。掲げた目標に向かって、羽黒蛇はひたすら修行を重ねた。いかなる相手の動きに対しても柔軟に対処し、相手を包み込み勝利を得る円の相撲。ようやくその相撲を完成させることができたと自覚した時、彼の連勝が始まった。
金の玉の相撲は、相手のことなど何も考えない。ただひたすら自分を貫く相撲だ。いっさいの無駄を排除して、単純に必要最小限の動きで勝利する、直線の相撲。
相手がどんな力量であっても、どんな相撲を取ろうとも、この一本調子の相撲を貫き通す。
それにしてもと、羽黒蛇は思う。
なんという体の動きだ。その全身の力が、いっさい放散されることがなく、ただ「押す」という一点に集中されている。人とはこんな動きができるものなのか。これは神の領域に達した人間の動きではないのか。
ただの人に対して、簡単に神などと言う表現はしたくない。しかし、この私は、人として力士の最高の領域まで達することができた、と自負している。それを超えるものを見せられてしまったら、神と表現するしかないではないか。
私は、これまでの人生を振り返って、この私ほど相撲のことを考え続け、相撲と言うものを深く理解することができた男はいないと思っていた。
だが、この男は、その十九年間の人生で、私よりもさらに深く相撲と関わってきたのだろう。そうでなければ、こんな相撲が取れるわけがないではないか。
この男の強さは、こんな高みまで達してしまったのか。
先の後の先の立ち合いか。あれは、たかだか三週間ほど前のことだった。元々、本場所であの立ち合いをするつもりはなかったが、仮に今、あの立ち合いをしても、もうこの男には勝てないだろう。
なぜ、ここまで強くなったのだろう。ただひたすら相撲の修行に打ち込み続けた男が、十八歳、十九歳とだんだんと大人の体になっていったから、ということか。
では、この男は二十歳、二十一歳、二十二歳と年齢を重ねるにしたがって、さらに強くなっていくのか。いや、それはありえない。と羽黒蛇は思う。
この男の強さは、もう神の領域に達した。人としての肉体と精神をもっているものが、神の領域に達してしまったら・・・・・・その身はもう滅びるしかないだろう。
明日の対戦は、本場所における、私と金の玉とのたった一度きりの対戦になる。羽黒蛇はそう予感した。やがてその予感は確信に変わった。
明日、私はどういう相撲を取るのか。
羽黒蛇は決心した。
受けよう。受けて、受けて、受け切ろう。
人として、最高の力士として、誇りをもって神の押しを受け止めよう。わが身が堪え得るその瞬間まで。
武庫川親方は、ひとり息子の部屋にはいった。
豊後富士との相撲に勝利し、そのあと、関脇、大関、横綱と、対戦相手の地位が上がっていっても、我が息子は、勝ち続けた。
強豪、強豪、さらなる強豪と。相撲を取るたびに、征士郎のたたずまいから、現実感が薄れていく。我が子はまだ、この現実の世界を認識しているのだろうか。その心はもう、別の世界に行ってしまっているのではないのだろうか。
又造は息子と何か話がしたかった。相撲のことや、人生がどうとか言ったことではなく、そこらに転がっているようなごくごく平凡なことを話したかった。
だが、征士郎と、いったいいつそんな話をしただろう。
又造は、ずっとその部屋にいた。
征士郎は、又造が同じ部屋にいることさえ意識してはいない。
又造は、たとえ何も話すことができなくても、無言で、ただひたすら精神を集中させ続けている息子のすぐそばで、同じ時間を過ごしたかった。




