77.〈砂痒〉星系外惑星系―11『未確認飛行物体―3』
「じゃ、これは貸しだからね」
タダ見は許さないわよ?――そう言うと、なに奢らせよっかな~♪ などと鼻歌まじりに村雨艦長は、交信チャンネルをぷつんと切った。
画面から『SOUND ONLY』の表示が消え、〈纏輪機〉が完全に沈黙する。
が、しかし、稲村船務長は石のように固まり、凝然として動かなかった。
いや、動けなかった。またしても、と言うか、敗北感に支配されていて。
やがて、
片手をノロノロと持ち上げ、〈纏輪機〉の通話モードを『秘話』に設定すると、再びそのレンズに向かって深々頭をさげる。
「巻き込んでしまって、申し訳ありません」
悔しさのにじむ声で絞り出すようにしてそう言った。
「……あなたが謝ることはないわ。むしろ、こちらこそ申し訳ない。せっかく気を使ってくれたのに、船務長の立場をわるくしてしまった」
すこし曇った、同情の念が感じられる声がこたえる。
「いや、元はといえば、私の能力不足が原因ですからお気になさらず……」
ディスプレイ越しに、互いに頭を下げあう二人。
稲村船務長が話している相手は難波副長だった。
村雨艦長を呼び出す前に、副長に回線を繋げていたのだ。
船務長と艦長、その会話を副長は傍聴していたのだった。
先の轍を踏まないよう、艦長の所見の共有が目的である。
最後のセリフからすると、見抜かれていたようだったが。
とまれ、
「それにしても――」と難波副長が話題を変える。
「ライトセールの断片か。言われてみれば、もっともしごくな結論ね」
「……そうですね。閾値以下のデータ検証までは思いつきませんでしたが、こうして全体のイメージを概観するとわかります」
稲村船務長は、ディスプレイ上にループ再生され続けたままの画像に目をやり頷いた。
光量が絶対的にすくないが為、つい習慣的に補正をかけてしまった探知情報。
しかし、それは、たとえば撮影した静止画像がクッキリしていないからという理由でコントラストを強調しすぎたのと同様の結果となってしまった。
情報を得ようとしたことで、逆に情報を損ねていたというお粗末。
とんだ本末転倒だ。
『あのね、あんたらはとかく便利ツールに頼り過ぎなの。飾りじゃねぇんだから、まずは自前の御頭や眼ン球やらを使わなくってどーすンのよさ。若いくせして楽することばっか考えんじゃないよって言ってんの』
村雨艦長の叱言が脳裏をよぎる。
確かに――明瞭度を確保するため閾値以下のデータは削除するフィルターなどかけず、生の情報を一瞥でもしていたならば、確かに『おや?』と思うくらいはしたのではないか。
最良の場合、デジタルな数値のみでは無理だった実像把握が、アナログなイメージとして脳内で想像できていた――現実に起きていることを推測できていたかもしれないのだ。
今回の場合、探知対象を精密に分析しようと努めるよりも、大ざっぱであれ事象の本質を掴むことにこそ注力すべきだった――そういう事だ。
「探知像輪郭部分の反応強度変化をノイズと最初から切り捨ててかかったりしなければ、一目瞭然とまではいかなくとも、みっともなく上官に判断を仰ぐ必要まではなかったでしょうね」
自嘲気味にそう言いながら、稲村船務長はUFO――厚みをもたず、しかし、広大な面積を有する、薄膜のような箔が虚空にはためく有様をディスプレイ上の画像に重ね合わせていた。
「と、反省はこれくらいにするとして――」
んんッと、そこで喉の調子をととのえるように船務長は咳払いをして、難波副長の求めに応じ、話を次のステップへと向けた。
「うん。こんな空域でライトセールに遭遇したということは、〈交遭〉までのエネルギーラインに何らかの異常が発生したと考えるべきだろうね」
回線の向こう側から、すこし安堵したような声が即座にかえってくる。
「時期が時期です。たまたまタンポポ船一隻に問題が生じたと考えるよりは、船団そのものの航行が阻害されたと想定すべきでしょう」
「そうね。それも『敵』の関与の結果だと思う?」
「どうでしょう。無関係とも思えませんが、さりとて関与アリとするにはタイミング的にタイト過ぎるか、と」
「〈砂痒〉からの音信が途絶えてからの経過を考えても、なにかを仕掛けるのには時間的な余裕がなさすぎるわね」
言葉をかわしながら、互いに思うところを提示しあう。
ライトセール。
エネルギーライン。
そして、タンポポ船。
それらは、すべて〈砂痒〉星系……、いや、大倭皇国連邦に属するほとんどの星系――宇宙軍が駐屯する星系における燃料、武器の調達、運搬、つまりは兵站に関する用語であった。
つまり、
宇宙軍――戦闘航宙艦が配備されてある星系は、その主星近傍に設けられた燃料廠において航宙艦の燃料であり、また武器ともなる鏡化物質が生産されている。
つくりだされた鏡化物質はコンテナに充填され、電磁射出装置によって射出――恒星系の中心部から戦闘航宙艦が停泊する拠点へ向け、送り出されることとなる。
そして、当然ではあるが、燃料廠、また、鏡化物質コンテナの目的地は、主として相互の公転運動によって、その位置関係は時々刻々と変わってゆく。
だから、時間経過にともなう変化への対応や、燃料廠、リニアカタパルトにより与えられた初速の変更――変針、加減速をおこなう機構が必要となる。
それがライトセール。
恒星からの光――光圧を推進力に変換する宇宙ヨットの帆なのだった。
落下傘様に開傘したライトセールが超高張力ストリングで結ばれたコンテナを牽引する。
超長距離の航路――エネルギーラインをそれ自体は、ほぼ燃料を消費することなく目的地まで運搬していく輸送システムを形づくるのだ。
虚空を翔る宇宙ヨットとも言える輸送船は無人宇宙機で、多数の同型機が船団を組み、船団に同行する司令船からの管制を受け、航路を渡っていくのである。
外形と言うよりイメージ的に、その種子が飛翔していく様になぞらえ、〈タンポポ船〉と呼ばれるそうした輸送システムにトラブルがあった。
配達先から発送元へ――空荷となったコンテナ、ライトセールは司令船が持ち帰って再利用する。
その、使い捨てではない筈のタンポポ船のパーツが、しかし、今、何故か〈あやせ〉の前を漂流しているのだ。
もちろん、事件性の無い、単なる機械的なトラブルの結果なのかも知れない。
しかし、既に航過した〈香浦〉の変わり果てた有様を思えば、それこそが、むしろあり得ない。
だが……と、稲村船務長と難波副長の会話は、いっかな止むことがなかった。




