76.〈砂痒〉星系外惑星系―10『未確認飛行物体―2』
「アタクシ様ってば、現在、絶賛休憩時間中なんだけどォ」
ぶすりとした声が〈纏輪機〉のスピーカーから流れ出た。
不機嫌さを隠そうともしていない声。
「存じております。貴重な時間にお邪魔し、たいへん申し訳ありません」
『SOUND ONLY』――真っ暗なままの画面に向かい、稲村船務長は深々頭をさげる。
向こうの様子は見えないが、こちらの側は〈纏輪機〉のカメラで捉えられている。芝居にせよ演技にせよ、対応の辛口度をあげる口実を提供するのは避けたかった。
「で、ナニ?」
ズズズズズ……と、わざとのように何かをすする音を響かせた後、いかにも面倒くさそうに相手――村雨艦長が、〈纏輪機〉の向こう側から問いかけてくる。
「いえ、ですからお送りした未確認飛行物体の探知情報について艦長の所見を拝聴できれば、と」
そう言いながら、口許がひくつきそうになるのをなんとか堪える稲村船務長。
それは確かに休憩時間、くわえて勤務割も平常に準ずる状態に戻されているとあっては、わざわざ仕事のはなしをプライベートに持ってくンな! と言いたい気持ちもわからないではない。
でもね、と稲村船務長は思うのだ。
でもね、仮にもあンたは艦長でしょう? 外見はガキでも中身は誰より年古りた婆ぁでしょうが、と。
ホント、返事がかえってくるまで呼出音をどれだけ虚しく鼓膜の内に響かせたことか。
やっと応じてくれたかと思えば、開口いちばん怒鳴りつけられ、平身低頭、謝罪の嵐。
なんとか機嫌を取り結び、説明、資料の転送と手順を踏んで、教えを請うたのに……。
また最初からリピートせぇっちゅうのか、こンチクショウ!
ボケたか!?
〈リピーター〉のくせして、脳みそだけは経年劣化してんのかい!
唇がひくつきそうになるのを意思の力でおさえつけ、心の中で罵倒する。
「ご迷惑をおかけしますが、どうぞお願い致します」
表情筋をねじ伏せ、申し訳なさそうな顔をつくって再び頭を下げる稲村船務長なのだった。
「まったく近頃の若い者は……!」
しばらくの後、鼻を鳴らして村雨艦長は、そう言った。
当てつけがましく溜息などつき、渋々、嫌々といった様子も露わに、稲村船務長が送った資料に目を通した後のことである。
「コイツのどこが未確認飛行物体なのだわさ」
なってないと言わんばかりにそう言った。
稲村船務長は目を瞬く。
「え……っと、それはどういう……?」
艦長がそれきり言葉をつづけないので、おそるおそるに質問をした。
返ってきたのは、またもや溜息。
そして、
「ジェーン」
ハラスメントな渾名をまた聞かされた。
何度やめてくださいと言っても使用をやめてくれないイヤな呼び名。
だが、船務長が抗議する隙なく村雨艦長は、
「人の話をちゃんと聞いてた?」
ウンザリ口調で、そう言ってきたのだ。
「……じ、自分ではそのつもりでしたが、まだまだ気づきが十分ではなかったようです」
慎重に言葉を選びながら返事をかえす。
『ハイ』と言ったら、『この能力不足士官! 聞いていたのにそのザマか!』と罵られるだろうし、
『イイエ』と言えば、『あ、そ。じゃ、自分で何とかしたら』と突き放されるのが目に見えている。
それを見越しての対応だったが、予防線を張られたのが面白くなかったようだ。
「チッ」と、ちいさく舌打ちすると、村雨艦長は口調もダルく、
「アタクシ様はさ、さっき『生の情報をお寄越し』って、あんたに言ったわよね?」
「は、はい」
稲村船務長は頷く。
無きに等しい光源のもと、カメラが捉えた点でしかない像。
そんな、機器の誤作動、担当要員の勘違い――虚探知とも紛うような像の提示を村雨艦長は要求してきた。
正直なところ、何の役に立つのか疑いながら追加で送信したのだったが、今あらためて、その事を艦長は言ってきたのだ。
「まだわかんないっか……」
上官の言わんとするところを見通せず、首をかしげるばかりの部下の惑いを察したか、村雨艦長は再びズズズ……と汚く音を響かせた。
「あのね、あんたらはとかく便利ツールに頼り過ぎなの。飾りじゃねぇんだから、まずは自前の御頭や眼ン球やらを使わなくってどーすンのよさ。若いくせして楽することばっか考えんじゃないよって言ってんの」
「それが証拠に――」と、さすがに黙っておれず、稲村船務長が反論しようとする、その機先を制して、更に叱声をかぶせてくる。
「それが証拠に、UFO、UFO騒いで、あんたがこっちに送りつけてきたデータ――上官の貴重な休み時間を邪魔してまで送信してきた、あのゴミは一体なんなのよ。元映像から有意情報を汲み取れないから、増強補正かましたんでしょうけど、それが逆にデータを壊す行為だって事になぁんで気がつかないワケ?」
「え……?」
「『え……?』じゃねぇっての」
思わず声をもらした稲村船務長に、憮然とした感じに村雨艦長は決めつける。
そして、
「ああ、もう――ホラ、見なさい」
そう言うと、船務長のコンソールに宛て、今度は向こうからデータを送ってきたのだった。
それは未確認飛行物体の像をメッシュマッピングした図。
対象の反射能を示したものだろうか、細かいマス目の一つ一つに数値が付されている。
画像の下には、それが動画であることを意味するスライダー、タイマーの表示があった。
プローブが光学センサに捉えたものを未処理のまま見ているためだろう、輪郭がぼやけ、滲んだようになっている。
こんな映像から何が割り出せるのか――そう思っていた稲村船務長だったが、すぐに、「あ」と目を見ひらく結果となった。
UFOの寸法、形状が変化していた。
アルベドの値の方にも変動がある。
時間の経過とともに、稲村船務長が見逃していた変化をUFOは示していたのである。
慌てて眼を凝らすとそうした変化は閾値の下――小数点以下五桁から六桁といったレベルのものだと了解できた。
艦長に指摘をされた……、自分が考えなしに切り捨ててしまった箇所だ。
「元データから雑音成分を除去して明瞭度を上げれば、一見、情報の精度が向上したように感じるだろうけどね」
自分が探知目標の情報、その詳細を見逃していたと悟って愕然となる稲村船務長に、とどめのような村雨艦長の声がふりそそぐ。
「その鮮明さは、ディテールの喪失と引き替えに得られたんだってわきまえてないと、あたら自分で自分を袋小路に追い込むことになっちゃうの」
そこで溜息をまたつき、
「あれは恒星帆の断片よ」




