12.巡洋艦〈あやせ〉―3『着任-1』
一〇分後。
深雪は、すっかり困り果てていた。
着任の申告をすべく艦長室に入ったはいいが、いつまでたっても、たったそれだけの用件を果たせずにいたからである。
原因は、部屋の主にあった。
艦長室のほぼ中央に設置された制御卓兼用の机についていた少女である。
かわいらしい容姿の――どう見ても深雪より歳下としか思えない少女だ。
その少女が、深雪の入室以来とにかく喋りに喋りまくっているのだった。
「あ~、あなたが田仲深雪ちゃん? よく来てくれたわね~。突然、召集とかかけちゃってゴメンね~。このフネ、急に欠員がでちゃってさぁ、どうにも困ってしまって仕方なかったのよぉ。
「それで、〈幌筵〉星系の予備役兵・兵補記録簿を検索させてもらったんだけど、そしたら将来有望なアスリートで宙免持ち、それも二種取得の若い子がいるじゃない。
「一発でコレだ! と思ったわね。
「正直、ダメもと程度のつもりだったのに、当たりを引いた~ッ! て喜んじゃったわよ。スポーツ選手だったら身体の鍛練は怠りない筈だし、何よりあなた、実家が酪農農家なんでしょ? ということは、将来は軌道養豚場とか、無重力牧場で働こうと思って、宙免の二種資格をとったのよね?――宇宙軍の無料教育プログラムで。
「実務の時間がチョッと足りないみたいだったけど、ズブの素人を乗り組ませるよりかは全然マシだし、ちょうどお願いしたい仕事も、天然モノの家畜を扱い慣れているならだいじょ~ぶってヤツだし。とにかく乗組員の頭数を揃えなきゃいけなかったんで、ご指名しちゃった♡。
「まぁ、いい迷惑だったろうし、それについてはゴメンだけども、これもあなたが利用した教育費の返済、ひいてはお国のためってことで、どーか悪く思わないでねン? ま、宇宙軍の募兵文句じゃないけどサ、『御国は君の力を必要としている!』ってなワケで、ひとつヨロシク♡。
「時間の余裕もなかったしぃ、ここまで来るの大変だったでしょ? ホント、お疲れ様。あ、楽にして楽にして。そんなに硬くなンなくていいわよ。可愛いわね~。あ、お菓子食べる? おいしいわよ~。いただき物なんだけどさ、なんかハマっちゃって、自分でも買ってみよっかな~、なぁんて思ってるの……」と、まぁ、こんな調子だ。
押し寄せてくる言葉の濁流に、深雪は溺れてしまいそうだった。
それも、語られる内容がお喋り好きなおばちゃんと大差ないので尚更だ。
部屋の中には少女と深雪の他にもう二人――後藤中尉と、それから、いかにもキレ者そうな女性士官がいたりするのだが、どちらも少女の長口舌を制止しようとはしなかった。
結果、失礼しますと入室し、後藤中尉に紹介されて、自分の名前を告げた後、一方的にまくし立てられ、無駄としか思えない話を聞かされて、途方に暮れるハメとなっている。
口をはさむわけにもいかず、わけもわからないまま立ちつくして、この長広舌は一体いつ終わるんだろうと思っているのだった。
入室直前、案内してくれた後藤中尉から意味ありげなことを言われ、蒼ざめる思いをしたのが、今ではすっかり唖然呆然に取って代わられてしまっていた。
混乱するばかりで、何が何だか状況がさっぱりわからない。
と、
「コホン」
いかにもわざとらしい咳払いが響いて、まだまだ続きそうだった少女の長広舌がピタリと止まった。
「……なによ?」
それまでとは打って変わって、不機嫌そうな口調で少女が自分の隣に目を向ける。
そこには件の女性士官が立っていた。
二十代後半から三十代の半ばと見えるその女性は、いかにも軍人らしいピシリと締まった一分の隙もない風貌である。
よくよく見れば、実用一点張りの制服越しにさえ、なんとも女性らしいと言うか、いっそグラマラスな身体つきをしていることがわかる。
が、
にもかかわらず、欠片もフェミニンで甘いところを感じさせないのは、きっと彼女が身にまとっている雰囲気のせいだろう。
乱れなく、緩みなく、着衣を一分の隙もなくキめ、姿勢や所作は定規を当てたように直線的で鋭利である。それこそ、うっかり冗談でも口にしようものなら即座に叱られそうな、冷厳な女教師のような印象を濃く醸しだしているのだ。
深雪と後藤中尉の二人がつれだって入室した時は、傍らの少女となにか打ち合わせ中だったのか、タブレット端末を手にしている。
深雪は、当初、彼女が――彼女こそが目指す相手に違いないと思っていた。
あやうく彼女に着任の申告をしかけたその寸前に、自分の一歩先を歩いていた後藤中尉が、机についていた少女に敬礼をしたから、なんとか踏みとどまることが出来たのである。
驚きや惑いが声として口からこぼれてしまうことこそギリギリ堪えきったが、心の内は大混乱のまま。
(え? なんで? どうして子供? どう見たって、わたしより歳下だよね? 可愛いな。お人形さんみたい。でも、ちょっとナマイキそうかな……じゃなくって! どうして、こんな子供が当たり前みたいに席についてるの? それって、この部屋の……、このフネの一番エラい人が座る席だよね? 誰も咎めないのはどうしてなの? まさか……、まさか本当に、このちいさな女の子が艦長サンで間違いないの……?)
――とまぁ、そんな具合だ。
おかげで、すっかり予定と調子を狂わされ、直後にはじまった少女の長口舌に、抗いようもなく延々聞き入るハメとなってしまった。
とまれ、
「艦長」
ゆっくりとした速度で女性士官は言った。
「な、なによ」
すこし怯んだ様子で、艦長と呼ばれた少女が言い返す。
「手短にお願いします」
美人だが、怜悧に過ぎるその顔に、一切の表情を浮かべることなく、女性士官は言った。
「だって、新しく来た子にこのフネのことをいろいろ教えてあげるのは艦長の役目よ。右も左もわかンない状態なんだからサ。優しくしてあげないと可哀想じゃない」
「手短にお願いします」
少女の抗弁に、女性士官は、ニコリともせずに同じセリフを繰り返す。
表情にも口調にも、なんら感情はこめられていなかったが、しかし、明らかに言葉の温度が数度さがった。
「わ、わかったわよ」
おっかないわね。――唇を尖らせながら、ぼそっと言うと、少女は再び深雪の方に向き直る。
「では、改めて」と言って、んんっと声をつくると、
「ようこそ、大倭皇国連邦宇宙軍 逓察艦隊所属巡洋艦〈あやせ〉へ。アタクシ様が本艦の艦長、村雨杏大佐です。田仲一等兵は可愛いので、特別にアタクシ様のことを『アニーちゃん』と呼ぶことを許します。
「でもって、こっちのムッチリえっちな身体をしているくせに、やたらエバッてて怖いのが、副長をつとめる難波一子少佐。――退役後の私のメイドです」
余計なコメントを加えた紹介をした。
当人の冷厳な印象と相まって、そんな言われようをされた女性士官に目の前の少女が叱りつけられるのではないか?――他人ごとながら深雪はヒヤリとしたが、
「よろしく」
紹介されて、女性士官――難波副長は、そこではじめてニコリとしてみせた。
同時に、すいと前に進み出る。
机の脇から机の前――自然な動作で村雨艦長と深雪の間に身体を割り込ませてきた。
「時間がないので」と前置きし、残りの部分は私から説明しようと、少女――村雨艦長が再び口をひらく前に、かぶせるようにして話しはじめる。
上官の前に立ち塞がり、自分の背中で深雪をその視界から遮ったのは、お前はチョッと黙っていろという意思表示なのに違いない。それが証拠に、背後から「コラ~! 見えな~い! 難波ちゃん、邪魔~!」と抗議の声を投げつけられても難波副長は少しも動じなかった。
上官の言葉を歯牙にも掛けた様子を見せず、振り向くことはおろか、身じろぎひとつすることもない。
「田仲一等兵が既に知っていることもあるかも知れないが、本艦、および本艦がおかれている現状を概略ここで伝えておく。
「まず、本艦の所属は逓察艦隊――逓信偵察艦隊である。
「偵察はともかく、逓信という語は、あるいは耳に馴染みがないかも知れないが、情報を伝え送るといった意味合いだ。日常生活に卑近な例をあげれば郵便だな。田仲一等兵も地図の上で郵便局が『〒』の字で所在地を示されているのを見たことがあるだろう。あれは『テイシン』の頭文字を意匠化したものだ。
「我々が任務とするのは高位指揮連絡ならびに戦略情報収集――すなわち通信と偵察」と、そこで難波副長は、いったん言葉を切った。
「この宇宙において、もっとも速いものは光である。――これはいいかな?」
「は、はい」
突然の問いに、ビクッとしながらも深雪が答えると、難波副長は頷いた。
「結構。――さて、光こそがもっとも速いとなると、広大な恒星間宇宙で人類が活動するに際して大なる障害が生じてしまう。何をするにも無用に時間がかかりすぎてしまうからだ。
「隣の星系へ通信ひとつ送るだけでも、年単位の時間が必要だなど非効率的というもおろかで、とうてい許容できるものではない。人類種族の寿命を含む生理時間との乖離が甚だしくて、ことに星間国家を実用的に営むためには、何らかの手段でマッチングをはかる必要があることは説明するまでもないだろう。
「そこで生み出されたのが超光速航行技術というわけだが、残念ながら、移動はともかく、こと通信に関しては、未だに光速を超える手段はない。
「通信だけは、現在に至るも光速ででしかおこなえていないのが実情なのだ。
「そこで、単一の恒星系内部ならばともかく、他の恒星系への連絡が必要な場合は超光速移動の可能な航宙船を使用する。
「そして、これが軍事力という側面から国家の安全保障を担任している軍組織ともなると、指揮連絡の面のみでなく、種々の情報収集活動も必要で、だから、それ専門の部署をもたなければならないこととなるわけだ」
「それが逓察艦隊……」
整然とした難波副長の説明に、知らず深雪の唇から呟きが漏れる。
「その通り」
囁きにも似た小さな声を漏らさず聞きとめた難波副長が頷いてみせた。
「正確に言うと、逓察艦隊は、かかる必要性から生み出された国家戦略策定、また、遂行のための組織である。
「従って、大倭皇国連邦宇宙軍の指揮系統上、逓察艦隊は国家大戦略を策定する大本営直属ということになり、大本営の隷下で軍事戦略を指導する軍令部の指揮下にはない。
「つごう四つに区分される大艦隊のうち、他の聯合艦隊、遣支艦隊、護衛艦隊とは、建制上、同格とされてはいるが、実質、その上位に位置する艦隊と言える」
と、
「まァ、杓子定規に言えばそうなんだけどネ~、大本営経由で伝えられてくる軍令部からの仕事の依頼も受けてるしィ、実際のところは体の良い便利屋っていったところかなァ。だいたい、逓察艦隊だなんて看板ぶらさげてはいるけど、そんなの書類の上だけのはなしだしィ。編成表とか作って、もっともらしく体裁を整えちゃいるけど有名無実もいいとこなんだァ。やってることが偵察とか連絡とかだからサ、聯合艦隊みたく徒党を組んでやるような仕事でもないしネ~。だから、基本、逓察艦隊所属艦艇は単艦で動きまわるっていうのがほとんどなのよね~」
どこかアンニュイな調子の少女の声が、難波副長の背中越しに聞こえてくる。
「机上の艦隊~♪」などとロクでもない言葉に、時折、パリッとか、ポリッといった音が混じっているのは、どうやらお菓子か何かを囓っているかららしい。
深雪にも勧めたいただき物とやらを口にしているのかもしれない。
退屈しきっているようだった。
職責にふさわしいスタイルでの説明をしなかったのだから、部下にその役割を取り上げられたのも自業自得と言うべきなのだが、結果、することがなくなってしまってヒマをもてあましているようなのだ。
いずれにしても、せっかくの(?)マジメな雰囲気が色々台無しである。
「逓察艦隊の任務については以上だが、次に本艦の現状を説明しておく」
そんな上官の余計言を踏みつぶすようにして、難波副長は言葉を続ける。
一瞬、ピクリと片方の眉が痙攣したようにも見えたが、さだかではない。




