13.巡洋艦〈あやせ〉―4『着任-2』
「田仲一等兵は、銀河天球図は読めるかな?」
ふたたびの質問が深雪に対して発せられる。
「は、はい……、なんとか」
たじろぎながらも深雪が、はいと頷くと、よろしいと難波副長は小脇に手挟んでいたタブレット端末を身体の前面に持ち直し、パネルの上で指を滑らせた。
「見なさい」
その言葉と同時に、タブレットから少し離れた空間に球形のジャングルジムのような立体格子――xyzの三軸からなる座標表示図が投影されて、ぼぅと朧に浮かびあがる。
ビーチボールかバランスボールか――いずれ大人が一抱えするほどもあるサイズの球である。
その内部には、ホワイトからダークグレーにいたる濃淡様々な無彩色でかたどられたミニチュアサイズの渦状銀河が収められていた。
銀河天球図。
〈ホロカ=ウェル〉銀河系全域を網羅し、表示範囲内におさめる立体星図。
銀河中心核を極点とし、そこと古代銀河帝国の帝都を結ぶ線を本初子午線と定める世界地図である。
平面表示ではなく立体表示であるのは、基本的に惑星表面を閲覧対象とする地図と異なり、星々の世界は二次元で図示することが困難だからだ。
その直径に比すれば数値的に小なりといえ、〈ホロカ=ウェル〉銀河系の厚みは、もっとも薄い渦状肢端部においても悠に二〇〇〇光年を超す。――2Dで図示しようとすると、どうしても表示対象が上下に重なりあって、個別に識別するのが困難な場所が出てしまうのを避けられないからだった。
静的に星図を見る――〈ホロカ=ウェル〉銀河系を外から眺める視点で、その内に散在している恒星相互の位置関係を把握しようとするだけでこれである。実際に星から星へと旅しようとする者にとって、記載内容が一見するだけでは判読できず、いちいち精査解読の要があるとなれば、とてものこと旅程の道標たりえない。
何故なら、真実、星図を必要とする者は、直径が一五万光年にもおよぶ星の大海――〈ホロカ=ウェル〉銀河系をその内部から見、かつ、そこを潜って、渡っていこうとする者であるからだ。前後左右、上下と、いま自らが立つ場所からいずれへ移動しようとするにせよ、いかなる意味でも的確簡明に情報を提供してくれる星図が必要なのは当然だった。
「本艦現在位置をx-y座標平面中心に表示」
銀河天球図を間に挟み、深雪と向かい合って立つ難波副長が音声命令なのだろう言葉を発した。
すると、グリッド内部に浮かんでいる直径一メートル前後のミニチュア銀河が、スライドするようにしてその位置を動かす。それまでグリッドの中心にあった銀河中心核が天球図の端部へとずれ、かわりに複数ある渦状肢のうちのひとつ――その半ばほどの一点がグリッド中央にきた。
続いて難波副長は、ピンチアウトかなにか、口頭によらない操作をしたようだ。
見る間に銀河系の映像が膨れあがった。
新たに天球図中心に置かれた渦状肢の一点――難波副長言うところの『本艦の現在位置』を基点として、まるで風船が膨張していくように表示が拡大されていったのだ。
なにしろ超巨大な銀河系の全景をたかだか一メートルかそこらのサイズで投影しているのだ。縮尺的にも内包されている星々に個々の見分けなどつけられよう筈もなく、濃淡さまざまな雲のような塊として、それらは表示をされている。それが表示が拡大してゆくにつれ、みるみるうちに集団がバラけ、弾けるようにほどけていって、ひとかたまりに纏められていた状態からそれぞれの存在を主張するように無限に湧き出すような感じでその姿を現してきていた。
「本艦現在位置を曝露処理。視認可能域まで現表示をx-y座標平面水平方向に開削処理」
そうして、ある段階にまで星図が拡大表示処理された時点で、ふたたび難波副長がコマンドワードを口にした。
途端に、銀河系の上側表面が、ある深さまでスゥッと溶けるように消え失せる。
完全に消失したわけではないが、限りなく透明にちかい表示状態となることで、自らが視認を阻害していた、より下層部分を露出させたのだ。
あたかも表土がとりはらわれ、地中に秘められていた化石がその姿をあらわしたような案配で、新たに視認できるようになった星々の中にひとつ、赤く輝く輝点があった。
(〈幌筵〉星系……)
天球図の真ん中にある、あれが故郷を示すしるしなのかと深雪は思う。
無彩色でまとめられてある星図のなかで、針先で突いたくらいのその瞬きは、図の中心にあることと相まって、唯一彩りを有しているが故に過つことなく一目で見つけることが可能であった。
が、同時に微細な点にすぎないその姿は、圧倒的な銀河の星群のなかに紛れ、ともすれば見失ってしまいそうな程かそけく、頼りない。
その事実が、圧倒的と言うしかない宇宙の広大無辺さと、それに対する己の卑小さ無力さを否応なしに感じさせ、深雪はブルッと身体をふるわせた。
「本艦予定針路をプロット」
そんな深雪の感傷を知らぬげに、難波副長は操作をつづける。
星図の上に〈幌筵〉星系から発して何処かへと伸びるクッキリとしたブルーのラインが現れた。
曲率の異なる複数のカーブが連続した、うねるようなラインだ。
〈ホロカ=ウェル〉銀河系の直径を判断基準に推測すると、総延長は一万光年弱ほどか。
「これが本艦の現在位置、ならびに目的地とそこに至る予定針路」
難波副長はそう言うと、ここまでをちゃんと理解できているかどうかを推しはかるように、ちらと深雪の顔を見た。
「本艦航行予定をシミュレート」
大丈夫と判断したのか言葉を継ぐと、〈幌筵〉星系――スタート地点に新たに輝点が生じて、ゆっくりラインの上を移動しはじめる。
副長の言葉からして、本艦――〈あやせ〉を示すしるしであるのに違いない。
輝点は〈幌筵〉星系を離れると、一路、銀河系の渦状肢と渦状肢の間、星もまばらな暗い河か溝のように見える場所へと移動してゆく。
「現在停泊中である、ここ――〈幌筵〉星系から我々は進発し、〈ベーリング〉空隙へと抜け、ギャップ内部を東進しつつ……」
輝点の移動にあわせ、難波副長が解説の言葉を口にしてゆく。
渦状銀河にあっては、恒星密度が稠密で明るい部分を〈○○〉肢)、空疎で暗い部分を〈○○〉空隙と呼称するが、どうやら〈あやせ〉は、その航程のほとんどを恒星もまばらな領域を辿り、進む予定であるらしい。
難波副長により〈ベーリング〉ギャップと説明された緩い弧を描く銀河系の暗い溝――光り輝く川岸に両側面を挟まれ、闇に沈んだ川筋のようにも見える領域を輝点は辿り、流れてゆく。
そして……、
(あれ?)
沈んだ気分を立て直し、いつしか魅入られたようにグリッド内部の銀河系を見つめていた深雪は、輝点が移動していくにつれ、ブルーのライン上に区切りめいた赤い横断線がいくつも刻まれていることに気がついた。
(何のマークなんだろ?)
頭をひねるが、すぐにその横断線が、既に輝点が通りすぎた航路部分にしか表示されていないこと、星々を示す点が密な場所で狭く、疎なところでは間隔を広くして刻まれていることを見てとり、(もしかして)と、天球図のグリッド脇に表示されている縮尺の数値に目をはしらせる。
(やっぱり……)
すぐに、ひとり首肯した。
それが一日なのか、一週間なのか、それとも違う基準なのかはわからない。でも、あのマークは、輝点が一定の期間内にそこまで移動したことを示す記号だ。間隔がランダムであるのは、多分、航路付近の恒星分布や密度によって超光速移動の効率が影響をうけるといったことなのではないか。表示されている予定航路の総延長からして、導きだされる時間は、多分……。
そうして深雪が頭をめぐらせている間も、輝点は〈ベーリング〉ギャップのなかを道なりに延々移動しつづけている。
と、
やがて、ある場所にまで到達すると、信地転回よろしくクルリと短いターンをキめ、そのすぐ後にゴール地点へ到達、動きを止めた。完了を告げる表示を輝点の脇に浮き上がらせながら、ブルーのラインの末端――ギャップのなかにポツンと浮かぶ恒星に重なり静止した。
「本艦の目的地――〈砂痒〉星系だ」
難波副長が目指す恒星系の名を告げる。
見るからに寂しい空間である。
辺境、皇国の北の果て等と言われていても、深雪の故郷、〈幌筵〉星系は、大倭皇国連邦を構成している星系群とおなじ渦状肢内部に存在していた。
しかし、〈あやせ〉がこれから赴くその星系は、ギャップの内部に取り残された、ほとんど絶海の孤島のような星系なのだった。
「到達後、約一ヶ月余の時間をかけ、当該星系において本艦は偵察・情報収集活動を実施することとなる」
「深雪ちゃんも小耳にはさんでるかもしンないけどさぁ、なぁんか、そこがどっかの悪者に奇襲されて、ズタボロにやられちゃったみたいでねぇ、その被害調査ってのがお仕事なワケ」
ひときわ大きなパリッという何か硬いもの――たとえば煎餅をかじる時のような音を響かせながら補足がはいった。
「どんな輩が待ち受けてるやら知れたもンじゃないっていうのに、こぉ~んな遠くから、えっちら行ってこいってぇのよ? バッカじゃないの?! いくらアタクシ様らが逓察艦隊のエースだからって頼りすぎでしょ、情けない。アタクシ様らをうかうか使い潰す気か、っての。ぜんたい、事件の初動調査するのに、現着までの時間がかかりすぎる人間までもを引っ張り出そうって時点で終わってる。ホント、すまじきものは宮仕えたぁ、よく言ったものよねぇ」
あ~、ヤだヤだと、声質とは裏腹なオバチャンくさい言葉づかいで愚痴りまくる。
「艦長!」
さすがに堪りかねたか、難波副長が背後を振り向き、咎めるような声を発するが、
「状況説明なんだから、そのあたりもちゃんと伝えとく必要はあるでしょ~? 深雪ちゃんも、もうこのフネの一員なんだから」と切り返されて口ごもってしまった。
「ま、今更あんたがグジグジ悩んだところで、世間様ではとっくに噂になってンだって。人の口に戸は立てられない。悪事(?)千里を走るってね。ごまかしたって始まンないし、そもそもごまかすようなことでもない。――そうでしょ?」
そう言い、
「ま、〈砂痒〉は大倭皇国連邦宇宙軍の最大根拠地の一つだから、そこがやられたってのは、チと穏やかじゃないけどネ~。んでも、危ないと思ったら尻に帆かけて逃げるだけだし、なるようになるって――ねぇ、深雪ちゃん?」
難波副長が自分の方に振り向いたため、背中で深雪を覆い隠しておくことができなくなった。その一瞬の隙をつき、再び視線の通った深雪に向かって村雨艦長はそう言った。
「え? あ、え……、え~~」
唐突に話を振られ、深雪もこれまた口ごもらざるを得ない。
村雨艦長の指摘通り、確かにそれは世間で噂になっている。
が、逆に言うと噂の域を出ないため、その信憑性を含め、なんともコメントできない状態だからだ。
とまれ、
「本艦の行動予定は、概略、以上だが、ここまでの説明で、なにか質問はあるかな?」
なんとも深雪が返事に困っている数瞬の間に、気を取り直したか、難波副長はコホンと咳払いをしてそう言った。
上官の言葉を発言自体がなかった、と言うか、自分が説明したかのように取り込んでしまって、まとめの一文を口にした。
「い、いえ……、特にありません」
深雪がかぶりを振ると、またニコリとする。
「よろしい。では、田中深雪一等兵――あなたは本艦の主計科に配属されます。
「仕事の内容については主計長の後藤中尉に聞くこと。出港までもう時間がないから、無駄をしないように。では退出してよし」
そう言って、脇に控える後藤中尉に目配せをした。
「失礼します」
かつて習った通りに深雪が敬礼するのを待って、後藤中尉が深雪の肩に手をおいた。
「さ、行こう」
深雪をうながすと、入室のときと同様、二人そろって艦長室から外に出る。
扉をくぐってから、およそ一時間ちかくが過ぎていた。




