【短編】 魔界の番犬の誕生日
※この短編の時間軸は、平和の調停者編のその後のお話になっております。平和の調停者編をまだお読みでない方は、先に平和の調停者編を読むことをお勧め致します。
異世界ラズベイルに平和が訪れ、人間界と魔界に住む人々は、互いに交流を交えながら穏やかな時間を過ごしていた。戦争の爪痕は薄れ、最後の決戦地となったアレキミルドレア国を除けば、復興が終わっていつもの日常に戻っていた。
アレキミルドレア国は戦争終結以後、国を治める王が不在になってしまったが、未だに国の舵取りを担う人物がいない。大人の多くはまだ洗脳から完全に立ち直っておらず、ガイゼルを崇拝する危険思想が抜けていなかった。更に、大臣などの要職についていた者たちも、玉座の間から逃げ出す時にガイゼルに殺されてしまっており、有能な人材が不足していた。今は定期的に元アレキミルドレア国出身のクロロが王都シャドニクスに赴き国の立て直しを図っているが、なるべく早く国の指導者を見つけなければならないだろう。
元の世界に戻った私は、一年近くも異世界生活を続けていたせいで、やりかけ途中の仕事やパソコンのシステム関連のIDパスワードがすっぽり頭から抜けていた。最初の三日ほどは、同僚からすれば当たり前の質問をしながら仕事をこなし、徐々に仕事の勘を取り戻していった。
そして仕事と同様に、休日には久しぶりのゲームや漫画、動画を堪能し、至福の時間を過ごした。
元の世界の生活リズムを取り戻した私は今、ラズベイルと元の世界を行き来する生活を送っている。長い時間家を空けても両親に不自然に思われないよう一人暮らしを始め、基本的には週五日は元の世界で仕事をしながら生活をし、金曜日に仕事から帰ってきたらそのままラズベイルに戻って過ごしている。
当初は週一回のペースで戻ってくるつもりはなかったのだが、月一回だと毎度ケルが別れ際に盛大に駄々をこねてきたので、現在は週一ペースで顔を見せに来ている。
そんな往復の日常を送っていた私は、ずっと楽しみに計画していた『ある日』を迎えた。これは、平和を掴み取った私たちのそんな『ある日』の日常のお話―――。
「メリィ!お料理の準備はバッチリ?」
私は食堂の窓際で飾りつけのガーランドを持ちながら、家事万能の暗殺人形に問いかけた。
「えぇ。準備は滞りなく終わっているわ。途中でキュリオのつまみ食いがあった時は刺し貫いて庭園に晒そうかと思ったけど、おじいさんのおかげでタイムロスせずに料理を仕上げられて良かったわ」
「あ、あはは。キュリオ君にも困ったものだね。こんな大事な日に悪戯するなんて。でもきっと、今頃おじいさんに長~いお説教を喰らっているだろうね」
脚立に乗っていたジャックは私から色鮮やかなガーランドを受け取ると、窓と壁に飾りつけをしていった。
メリィは食堂にあるテーブルに一つ一つ白いテーブルクロスを敷くと、食器や料理を並べ始めた。
「サプライズ誕生日パーティーまであともう少しだね!ケルちゃんたち喜んでくれるかなぁ?」
私は元の世界で買ってきた可愛いジェルシールを窓に貼りながら思わず顔を綻ばせる。
今日は魔界の番犬三人衆が生まれた誕生日で、私は先月魔王から初めてそのことを聞き、今回急遽誕生日パーティーを計画したのだ。
魔界の番犬たちには、この世界に来てからというものずっと世話になりっぱなしだった。いつも元気で可愛いケルには不安や寂しさを紛らわしてもらい、ケルベロスにはその豊富な知識と冷静さで困った時にはいつも助けてもらった。少し口の悪い好戦的なケロスには、戦場で私の護衛役として体を張って守ってもらった。
平和になった今だからこそ、今までの感謝の気持ちも込めて盛大に誕生日をお祝いしてあげたい。私はみんなに事情を話し、秘密裏にこのサプライズパーティー計画を敢行したのだ。
「きき、きっとすごく喜んでくれるよ!えりさんが計画したんだから尚更!三人の喜ぶ顔が今から楽しみだね!」
「うん!三人にはいつも傍で支えてもらってるからね。平和になったことだし、盛大にお祝いしないと!……でも、魔族には誕生日をお祝いする習慣があまりないって聞いて、最初はビックリしちゃった」
「魔族は皆長命だから、年を一つ取ることにあまり関心はないわ。その代わり、節目となる時は一族総出で祝う種族が多いわね。成人の儀とか婚姻の儀、送還の儀とか、一族で色々節目が違うけど」
「へぇ~。長生きならではだね~」
私はシールの貼り付けが終わると、ジャックにお願いしてテーブルに飾る花を出してもらう。そしてあらかじめ用意していた花瓶に活けていき、会場の飾りつけを仕上げていった。
私とジャックが料理を運ぶメリィの手伝いに移行しようとした時、食堂の扉が開かれ三人の人物が入って来た。
「こんちはーッス!サプライズ準備は万端ですか?」
「佐久間君!ニコ君!いらっしゃい!今日はケルちゃんたちのために来てくれてありがとう!」
私は佐久間とニコを笑顔で出迎える。
今回のサプライズパーティーを主催するにあたって、私は交流のある星の戦士たちに参加を呼びかけた。仕事が重なり、残念ながら他の者たちは欠席するとの連絡を受けたが、年の近い佐久間とニコが参加してくれるだけでもありがたかった。
「あれ?ジークがわざわざ案内してくれたの?」
「案内、というか、俺が二人を迎えに行ったのだ。予定ではおじい殿が空間転移で二人を迎えに行くはずだったが、キュリオの説教で手が離せないようだったからな。代わりに俺が行ったんだ。後でウィンスを労ってやらないとな。定員ギリギリだったから」
ジークフリートは苦笑いして白い歯を見せる。
ジークフリートは平和になってからというもの、いつも被っていた兜を被らなくなった。おかげで表情が読み取り易く、イケメンな顔をいつも見られるので私はとても気に入っている。
この間何故兜を被らなくなったのか聞いたところ、魔王に表情が読み取りづらいから取れと言われたのだという。平和になったこともあり、魔王の命令でもあるので脱兜をしたのだそうだ。
「いやぁ、俺とニコじゃなかったらやばかったッスよ。俺ら小柄な方ですからね。凪さんやカイトさんだったら確実に定員オーバーです」
「最初はあの魔法使いのおじいさんが迎えに来るって聞いてたからね。全く、吸血王子のせいで窮屈な空の旅をする羽目になったよ。今もまだおじいさんに説教されてたけど、いい気味だね」
「あぁ~。ごめんね、二人とも。ジークもご苦労様」
私は自然と申し訳なくなり、無意識に本人の代わりに謝ってしまう。ジャックも私に釣られてドラキュリオの保護者のように手厚く謝罪した。
「それで、今日の主役はまだですか?予定していた時間はあともうちょっとですよね?」
「うん。あとケーキ以外の料理を並べれば準備完了だよ。そしたらみんなを食堂に集めた後に、おじいちゃんに念話でレオンさんに合図してもらう予定」
「いい、今ケルは、レオンに頼んで領域で時間を潰してもらっているところだよ。合図を送ったら、ケルを連れてここに来てもらう手筈になっているんだ」
「なるほど。それじゃあ早く準備を済ませよう。せっかくの料理だって冷めちゃうし。僕たちも手伝うよ」
ニコの申し出に礼を言い、私たちは準備の総仕上げにかかる。
美味しい料理と賑やかな飾りつけ、一年に一回の大切な日を一緒に祝う仲間たち。サプライズパーティーの準備は万端だった。あとは主役の番犬たちを迎えるのみ。
魔界の番犬の誕生日を祝うため、みんなが食堂に集合した。あいにく七天魔の中にも欠席者がおり、獣人族と仲の悪いネプチューン、フォードと絶賛人間界で戦争ごっこをして戯れているサラマンダー、そしてアレキミルドレア国で内政の仕事をして手が離せないクロロは今回不参加だ。
欠席者もいるが、魔界の番犬のために多くの者が集まってくれたので、企画をした私としてはとても嬉しく思っている。
レオンとケルたちを今か今かと待ちながらにこにこしていると、隣に立っていた魔王が小さく息を吐いて笑った。
「フッ。まるでお前が誕生日を迎えているかのように浮かれているな。そんなにあいつらが喜ぶのが楽しみか」
「だ、だって、頑張って準備したし。せっかくだからいっぱい喜んでほしいじゃない。楽しみにしちゃ悪い?」
「フン。まぁ、お前の考えた企画にしては上出来だ」
魔王は私の頭をポンポンと叩くと柔らかい笑みを浮かべた。
戦争が終結してから魔王は眉間に皺を寄せることが少なくなり、纏う雰囲気も穏やかになった。週一で私がこっちに戻ってくると、いつも意地悪な物言いをしながらも私を迎えてくれるので、いつも内心優しいなぁと思っている。口に出して本人に言うと頬がまた大変なことになりそうなので絶対に黙っているが。
「あれ?レオン様~、なんかみんなの匂いがするよ?これって、……星の戦士の匂い?今日って何かの集まりがあったっけ?」
扉を隔てた廊下の向こうから、無邪気な声のケルが叫んでいる。嘘やごまかしが下手なレオンは、ひとまず豪快に笑ってやり過ごしていた。
「…なんか既に色々とバレてるけど。あの子は犬だから鼻が利くんだっけ。失念してたな。僕や勇斗がいることも気づくなんて。せっかく神谷さんが驚かせようとしていたのに、驚きが半減しちゃったね」
「ケルたちは匂いで気配を探る癖がついてるからネ。こればっかりは仕方ないよ。お祝いすることがバレてなきゃあ大丈夫でしょ」
おじいちゃんに散々説教されていたドラキュリオは、頭の後ろで両手を組みながら言った。
ケルとレオンの話し声が扉の前で止まり、ついにレオンの手で食堂の扉が開かれた。本日の主役が登場したのを確認し、みんなは入り口に立つケルに向けてクラッカーを構える。
「「「「「お誕生日おめでとう!!魔界の番犬!!!」」」」」
お祝いの言葉と共に一斉にクラッカーの祝砲が鳴り、ケルに向けて色取り取りの紙吹雪が発射される。ケルは突然の出来事に、頭の上を紙吹雪まみれにしたまま目をパチクリさせて固まった。
ちなみにこの世界にはクラッカー文化がないようで、今鳴らしたクラッカーも元の世界から事前に持ってきたものだ。悪戯好きのドラキュリオが練習の時点で気に入り、しつこくねだられていくつか譲ってあげている。いつか誰かがドラキュリオの悪戯の餌食になるかもしれない。
「…た、誕生日?えっと、別に今回は節目でも何でもないけど。どうしたの?わざわざ星の戦士たちまで」
「なんだよ~!せっかくお祝いしてんのに全然嬉しそうじゃないなぁ!神谷さんがお前のためにこんなに準備したっていうのに」
「フォッフォッフォ。人間と魔族だとちと感覚が違うからのう」
「ケルよ。母上の時と同じだ。人間は一年ごとに誕生日を盛大に祝う。今回は別に節目でもないが、えりがいつも世話になっているお前の誕生日を祝いたいとわざわざ企画したのだ。今日は存分に祝われてやれ」
魔王に微笑まれたケルはようやく状況を理解し、満面の笑みを浮かべて集まった人々に笑顔を向けた。
「みんな、ケルたちのためにありがとう!!…お姉ちゃん、大好き~!!」
ケルが両手を広げて飛びついてきたので、私も笑顔で彼を抱きしめ返した。みんなが微笑ましく見守る中、ドラキュリオだけがケルの首根っこを掴んで私から引き剥がそうとしていた。
「コラ~!どさくさに紛れてえりちゃんにハグするなぁ!ズルイぞ!」
「ズルくないよ。ケルは今日誕生日だも~ん」
二人はしばらくわちゃわちゃしていたが、料理が冷めるからとメリィに注意されてようやく静まった。
みんなで料理を囲み、それぞれグラスを持つと、魔王の音頭で改めて魔界の番犬を祝い乾杯をした。ケルは一人一人から祝いの言葉をもらうと、照れくさそうにありがとうとお礼を言っていた。
「それじゃあお待ちかね!誕生日プレゼントの時間だよ!まずはメリィとサキュアなんだけど」
「私たちはプレゼントとして料理を担当したわ。食べたらなくなってしまうけどね」
「メリィの料理は美味しいからすっごく嬉しいよ!今日はケルの好物ばっかりあるし!……でも、サキュアも料理作ったの?」
ケルはテーブルに並べられている料理を見渡す。疑うような心配そうな顔をするケルに、サキュアは目を吊り上げて怒る。
「何よその態度!あまり披露してないけど、いつ魔王様のお嫁さんになってもいいように花嫁修業はバッチリしてあるのよ!サキュアは今回ケーキを担当したから後でたんと味わうといいわ」
「ケーキ!?わぁ~い!楽しみにしてるね~!」
ケルが尻尾を振って素直に喜ぶと、サキュアはフンとそっぽを向きつつも機嫌を直したようだった。
「次はじゃあ~、佐久間君とニコ君」
「はい!まずは俺から、ヤマトの国で子供たちがよく遊んでる凧をプレゼントだ。ここは上空で良い風も吹いてそうだし、簡単に飛ばせて遊べそうだと思ってチョイスしたんだ」
佐久間は持ってきた風呂敷を開けると、中から竹細工でできている凧を取り出した。凧には可愛いやっこさんが描かれている。
ケルは凧を見ると早速興味を惹かれたようで、嬉しそうに手に取って遊び方を佐久間に聞いていた。
耳と尻尾が忙しなく動き興奮の冷めやらぬ中、今度はニコのプレゼントが手渡される。
「僕からはコレ。携帯用のボードゲーム。盤面が表と裏で二個あるから、二種類遊べるよ。君はいつも誰かしらと一緒にいるから、暇な時はこれで遊べばいいよ」
ニコがプレゼントした折り畳み式のボードゲームは、折りたたまれたケースの中に駒とダイスが入っており、広げると元の世界でいうところのオセロとルドーが遊べるものになっていた。
「ありがとう!神の子!これでたくさんお姉ちゃんたちと遊ぶね!」
「せっかくだから、あとで早速ニコと遊んだらいいんじゃないか?それ使って」
「む~。それは遠慮しとく。だって神の子とやってもどうせ勝てないだろうし」
ケルは渋い顔をしながら佐久間の提案を断った。
「じゃあ次は~、キュリオにする?」
「オッケー!じゃあケルベロスに代わってもらおうかな。ボクはケルベロス向けのプレゼントを用意したから」
「むぅ?悪戯好きのキュリオにしては珍しいね。ちゃんと真面目にケルベロスのプレゼント用意したの?いい加減なものを用意したらケルベロス怒るよ」
「あのなぁ!一体ボクをなんだと思ってるんだヨ!祝いの誕生日に変なもの渡すわけないだろ!ただでさええりちゃんが企画したパーティーなのに、それをボクがぶち壊すわけないじゃん」
ドラキュリオがへそを曲げると、ケルは日頃の行いが悪いからだと苦笑してケルベロスにバトンタッチした。
私たちは主役が交代したので、再度ケルベロスにもおめでとうの声をかける。彼ははにかんで微笑むと、ありがとうございますと礼儀正しく答えた。
「それで、僕にプレゼントとは?」
「ほい。コレだよ。ボク自ら素材を調達して作らせた特注品。デザインもボクが命じてかっこいいのにしてあげたんだから、大事にしてよネ」
ケルベロスが渡された包み紙を開けていくと、中には細長い小箱が入っていた。私が興味津々で横から覗き込む中彼はゆっくり蓋を開ける。
箱の中には満天の星空を散りばめたような色合いのペンが納められていた。光の角度で黒にも深い青にも見え、とても落ち着いた大人向けのペンに見える。ドラキュリオの言ったようにデザインにもこだわっており、お洒落なラインと模様が入っていた。
「すごい素敵だね~!これって万年筆?ペン?」
「これは夜光石という特別な鉱物をペン先に使用しているもので、書くと鉱石が微量に削れて字が書けるんです。書いてしばらくは文字が淡く光るんですが、しばらくすると書いた文字ごと消えてしまうんですよ。でも光に当てると文字が再び浮かび上がるので、個人の日記や帳簿関係をつける際に使われることが多いですね」
「へぇ~!私の世界でいうブラックライトのペンみたいな感じね」
「ボクの領域の名産品の中でも夜光石のペンは高級品扱いだからね!そんなに多くの人が持ってるものじゃないよ。気に入ったなら今度えりちゃんにも特注品でプレゼントしてあげるネ!本当だったら用意するのに時間がかかるものなんだけど、王子の権限ですぐに用意してあげちゃう☆」
みんなの前で堂々と不正を公言するドラキュリオに、私は引きつった笑みを浮かべる。私のために用意してくれるのは嬉しいが、正規で買おうとしている人に申し訳ないので止めてほしい。
「ふ~ん。いかにもケルベロスが気に入りそうなペンじゃねぇか。平静を装っているが、内心すごく喜んでるだろ」
レオンは左右にふりふり動いているケルベロスの尻尾を見て、からかうように言った。
「実は前にキュリオの部屋を訪ねた時、キュリオがとても素敵な夜光石のペンを持っていたんです。事務処理が苦手で嫌いなキュリオには宝の持ち腐れだと思って、その時譲ってくれるよう頼んだんですが断られてしまって」
「なんだよケチくせぇ。書類関係の雑務はセバスのじーさんにほとんどやってもらってるんだろう?お前が持ってても全然使う機会ねぇじゃねぇか。ケルベロスにあげちまえばいいのに」
「失礼な!ボクだって書類仕事ぐらいします~!いずれは吸血鬼界の王になるんだから!脳筋のレオンと一緒にしないでヨ!それにあのペンは親父からもらった七天魔襲名のお祝いなんだから、絶対に誰にもあげないよ!」
ドラキュリオはレオンに向かってプンプン頬を膨らます。
ドラキュリオが騒いでいる横で、ケルベロスはペンを一撫ですると、大事そうに箱の蓋を閉めた。
「僕が欲しがってたのを覚えててくれたんだね。ありがとう、キュリオ。大事に使わせてもらうね」
「お、おう!まぁ、兄貴分として当然だよネ!弟分が喜ぶプレゼントを用意するのは」
ドラキュリオが柄にもなく照れていると、魔王とレオンが二人してニヤつきながらからかっていた。
そんな三人が言い合いをしている間に、私はジャックとジークフリート、おじいちゃんにプレゼントの受け渡しをお願いする。
「ええ、えっと、僕は獣化した状態でもぐっすり安眠できるように、獣サイズのクッションをプレゼントです。匂い袋仕様にしたので、良い匂いに包まれながらリラックスして眠れると思うよ」
ジャックはおじいちゃんに頼むと、預けておいた収納魔法から超巨大な抱き枕を取り出した。優にベッドぐらいの大きさはあるだろう。確かに獣化した状態で眠るなら、このくらいのサイズでなければ満足に寄りかかれないかもしれない。
人型の状態ではとても抱えきれないので、おじいちゃんが魔法で持っている間にケルベロスは両手で抱きついてクッションの感触を確かめた。
「うわぁ~!綿がモフモフですね!それにすっごく良い匂い!さすが植物人族の手作りクッションです。今まではベッドから落ちちゃうので、獣化して寝る時はもっぱら床でしたけど、これからはこのクッションのおかげでぐっすり眠れそうですね」
「よ、良かった!気に入ってくれて!たくさん夜なべした甲斐があったよ」
「夜なべまでして作ってくれたんですか!?な、なんだかすみません…。大事に使いますね」
サイズがサイズだけに、徹夜しなければ間に合わない代物だったのだろう。
巨大クッションはおじいちゃんが後でケルベロスたちの部屋まで運んでくれることになった。
「ジャック殿ほどではないが、俺も徹夜して仕上げさせてもらった。気に入ってくれるといいのだが」
そう言ってジークフリートは紙袋から額縁を取り出すと、描き上げたばかりの絵をケルベロスにプレゼントした。絵には庭で仲良く寝転ぶ人型の魔界の番犬たちが描かれている。
「わぁ~!僕たち三人を描いてくれたんですね!とても上手です!」
「現実では叶わぬ光景だが、せめて絵の中だけでも仲良く三人揃っていればと思ってな」
「ありがとうございます!ケルやケロスもきっと喜びます!想像でここまで描けるなんて凄いですよ。僕たちをよく観察していなければここまで描けません」
ケルベロスの言う通り、ジークフリートの絵の完成度は凄まじいものだった。同じ器を共有していることもあり、実際に三人が同じ空間に存在することはないのだが、ジークフリートの絵は本当に三人が仲良く寝転んでいる光景を目の当たりにして描いたようだった。
元々風景画が得意だったジークフリートの腕が、いつの間にか肖像画もめきめき上達している。世界が平和になった恩恵だろうか。仕事人間のジークフリートでも趣味に割く時間が増えたようだ。
みんなでひとしきり絵の鑑賞を済ませたところで、次におじいちゃんのプレゼントタイムとなった。
「フォッフォッフォ。儂からは本のプレゼントじゃ。ケルベロスが気に入るであろう貴重な本じゃぞ。大事にするといい」
おじいちゃんがケルベロスに手渡した本は見るからに古そうな表紙をしており、歴史的価値がありそうな本だった。
ケルベロスは目を輝かせて本のページを開くと、パラパラと数ページめくって流し見をした。
「す、すごい!こんな貴重な本をいただいてしまってもいいんですか!?城の書庫室にも置いていないおじいさん個人で持っていた本ですよね!?」
「うむ、そうじゃよ。儂の祖父が持っていた本でのう。内容はもう儂の頭に入っておるし、これからは魔界の番犬の中でも叡智を名乗るお前さんが持っていたほうが役立つかと思っての。後世に知識を受け継いでいくのも大事じゃからな」
「あ、ありがとうございます!僕もきちんと継承して、後世に知識を繋いでいきますので!」
ケルベロスが嬉しそうに本を抱きしめると、おじいちゃんは笑いながら彼の頭を優しく撫でた。
一応興味本位でどんな内容の本をもらったのか聞いてみたところ、魔界の今までの戦争の歴史、それも他の歴史書に載っているような大きなものではない小競り合い程度のものから、種族間内部の抗争・派閥や長を巡る争いの歴史まで書かれている貴重なものだそうだ。
あらゆる知識を吸収するのが好きなケルベロスにとっては喉から手が出るほど欲しいものだろう。
色々なプレゼントを貰って心がどんどん満たされていく中、ついに直属の上司であるレオンと魔王のプレゼント配布になった。
「よ~っし!それじゃあケロスに代わってもらおうか。俺様のはどちらかというとケロス向けのプレゼントなんでなぁ」
ケルベロスは了承すると、人格をケロスと交代した。例によってみんなは改めてケロスに誕生日の祝いの言葉を述べる。
「受け取れケロス。俺が特別に用意したチケットだ。お前の好きなタイミングでいつでも使っていいぞ」
レオンがケロスに渡した紙切れを、佐久間と私は両隣から不思議そうに覗き込む。
「何だそれ。子供がよく親にあげる肩叩き券的なものか?」
「え~っとなになに。……いつでもどこでも喧嘩券?なにそれ」
「おっしゃあ!これでいつでもレオン様に勝負を挑んでいいってことか!十枚もあるじゃん!もちろん宴の後の二日酔い中でも容赦なく挑んでいいってことだろレオン様?」
「おう!いいぜ!それでも俺様は負けねぇけどな!せいぜい使い切る前に一度くらい俺に勝ってみせろよ!ガハハハハ!」
レオンは豪快に笑い飛ばし、ケロスは目をギラギラさせてやる気を漲らせていた。
誕生日プレゼントがそれでいいのかと、私と佐久間は二人して心の中で突っ込んでしまった。
魔王も少し呆れているようだったが、ケロス本人が喜んでいるようなので、特に触れずに自分の贈り物を渡すことにしたようだ。
「ケロス。俺からの贈り物はこれだ。一応色違いでお前たち三人分用意してある。有り難く受け取れ」
「あ、ありがとうございます魔王様!一生大事にします!」
レオンのプレゼントに浮かれていたケロスはビシッと姿勢を正すと、魔王からの贈り物を両手で受け取る。
ケロスは躊躇なく大きめの箱を包んだ包装紙をビリビリ破ると、中に入っていた箱の蓋を勢いよく開けた。箱の中には服が三着入っており、それぞれ黒と灰色と紫色の紋章が描かれた同じデザインのフード付きタンクトップとズボンが入っていた。
それを見たケロスはその場でぴょんぴょん飛び跳ね、尻尾が千切れそうなほど左右に振った。
「魔王様!この服本当にもらっていいの!?ねーちゃんと同じ魔王様の魔力が練り込まれた服じゃん!しかもオレたち三人分!」
「あぁ。先の戦でもお前たち三人はよく働いていたからな。遠慮なく受け取れ。特にお前は一番戦う機会が多いからな。それを着ていれば少なくとも腹を貫かれるような攻撃を受けたとしても即死はしないはずだ」
「いやいやいや!腹を貫かれるような攻撃って!金輪際そんな危険な戦い起こらないでしょ!物騒なこと言わないで!」
魔王の例え話に私は思わずツッコミを入れてしまう。
「ありがとうございます!これがあればレオン様と早速良い勝負ができそうだぜ!もしかしたら勝っちゃうかもな!」
「ガハハハ!言うじゃねぇかケロス!俺様にとってはちょうどいいハンデだがな!それぐらいで勝てるほどこの豪爪のレオン様は柔じゃねぇぜ!」
ケロスとレオンはお互い張り合いながら言い合っていたが、まるでその姿は師弟のようにも見えた。
ケルベロスの時はレオンを支える右腕のような存在だが、人格が変わると関係性がだいぶ変わるのも面白いところだ。
みんなのプレゼントの受け渡しが終わり、いよいよ私が用意したとっておきのプレゼントを贈る時がきた。今日パーティーに参加してくれたみんなも含めて驚かせたくて、私はみんなに前もってお願いして最後にプレゼントを渡すことにさせてもらっていた。
私は精神統一のために深呼吸を一つすると、私からのプレゼントを楽しみにしているケロスの前に立った。
「トリはねーちゃんからのプレゼントだな!頭ん中でケル坊が交代しろって叫んでるが、無視してプレゼントくれていいぜねーちゃん!たまにはオレにも美味しいところを譲ってもらってもいいだろ」
「……ふぅ~~~。先に言っておくと、私からの贈り物は形に残るものじゃないからがっかりしないでね。それに失敗する可能性もあるから。この日のためにたくさん妄想は重ねたつもりだけど」
「え?なんだよ。今ここで能力使って何か現実化させるつもりなのか?ぶっつけ本番?」
プレゼントを貰おうとこちらに両手を差し出していたケロスは、少し拍子抜けしたように首を傾げた。
私が目を閉じて集中すると、周りのみんなも見守るように口を閉じて能力の発動を待った。
私はこの日のために何度も反復練習してきた妄想を脳内で再生すると、全身から眩いほどの蒼白の光を発した。
(いつも一緒で、助け合い、仲の良い魔界の番犬たち。常に互いを心の中で認識し交流する彼らを、誕生日を祝う今日だけでも一緒の時間を過ごさせてあげたい!どうか、この妄想が成功しますように!)
『器と魂よ!!分かたれよ!!!』
私は祈るように妄想を現実に解き放つと、目を見開いて正面に立つケロスに力を注いだ。
「わっ!な、なんだ!?」
ケロスは驚きの声を上げると、蒼白の光に包まれる自分の体を直視し、眩しさから思わず目を瞑った。
周りで見守っていた者たちも、手で光を遮りながら能力の効果を確認しようとケロスに注目した。
ケロスは蒼白の光に包まれていたが、やがてその光がダブるように左右に分かれると、分身でも作るように光に包まれた人影を二つ作りだした。蒼白の光が薄れていくにつれ、その人影はくっきりと輪郭を現し、ケロスそっくりの毛並みの違う二人の少年が目を閉じながら佇んでいた。
彼らを包み込んでいた光が完全に消え去ると、眠りから目覚めるようにケルとケルベロスがゆっくり目を開いた。
「…あれ?僕は、一体……」
「な、ななな!何でケルベロスとケル坊が存在してんだぁ!?夢ん中じゃねぇのに!」
ケロスは突然両隣に現れたケルとケルベロスを見て、耳と尻尾をピンと飛び上がらせて驚いていた。
まだ意識がはっきりしていなかったケルは、ケロスの大音量を聞いて一気に目が覚めたようだった。
「こ、声がデッカイよケロス!ビックリするじゃん!……て、あれ?何でケルがいるのにケロスがいるの~!?」
「お前も声デケーよ!俺よりデカイわ!鼓膜がおかしくなるだろ!」
「イタッ!イターイ!ケロスがぶったぁ~!」
「はいはい。落ち着いて二人とも。どうやらお姉さんの能力で僕たち三人の肉体と魂が分離したようです。これが、お姉さんが僕たちに用意した誕生日プレゼント、ということですね?」
ケルベロスは頭をぶたれてしょげているケルの頭を撫でながら、私に確認するように言った。
「うん。そういうこと。この世界に来てから三人にはいっぱい助けてもらったから、それに見合う感謝を伝えたくて今回の妄想に挑戦したんだ。でも上手くいって良かったぁ~。予想通りすっごい疲れたけど~」
私が頭をふらつかせると、魔王が隣に立って私を支えてくれた。その顔には呆れた表情が浮かんでいる。
「全くお前は。相変わらず無茶な力の使い方をする。自分の体への反動をちゃんと考えろと言っているだろう」
「…だって、せっかくの誕生日だから三人とも平等に祝ってあげたかったんだもん。それに、三人とも夢とか意識の中でしかお互いに話すことできないでしょ。だからちゃんと会わせてあげたかったの。会って同じ時間を過ごせたら最高の誕生日になると思って」
私がそう言って三人ににっこり笑いかけると、三人は満面の笑みで笑い返してくれた。
「ありがとうお姉ちゃん!最高の誕生日プレゼントだよ!こうして二人に会えるなんて」
「確かに形に残るプレゼントじゃないけど、ねーちゃんのプレゼントが一番インパクト強いぜ!」
「体に負担がかかるのに、僕たちのことを考えてこんなに素敵なプレゼントを用意してくれるなんて。本当にありがとうございます!」
三人がワラワラと私の周りに集まってきたので、私は三人の頭を順々に撫でてあげた。
魔界の番犬が三人に分かれたことで、その場にいた魔族や星の戦士たちは口々に驚きの感想を漏らしている。
「まま、まさか三人が分離するとは。えりさんの能力は本当にすごいですね!」
「いやぁ~!驚いたぜ!元々一つの体を共有してたのに、一体どういう仕組みで分かれてんだ?俺としちゃあ、純粋に人手が増えるからそのままでいてくれると助かるんだがよ」
「星の力は細かい理屈なしで結構何でもアリじゃからのう。でもさすがに一時的なもので、このままずっと分かれたままではいられないじゃろ。のう?お嬢ちゃん」
私は早速魔王に貰った服に着替えてくるという魔界の番犬たちを見送りながら、おじいちゃんの問いかけに答える。
「うん。おじいちゃんの言う通りこれは一時的なものだよ。そうじゃないと体への負担が大きすぎるからね。今回の効力は二十四時間にしてあるから、明日になったらまた一人に戻っちゃうよ」
「なぁ~んだ。じゃあ遊ぶなら今日一日思いっきり遊んでやらないとだネ☆」
「何が遊んでやらないとだ。お前が面白がって三人と遊びたいだけだろう。ジークフリート、ドラキュリオたちが羽目を外しすぎないようしっかり見張っていろ」
「はっ。お任せください」
ジークフリートは優しい笑顔で答えるが、ドラキュリオは唇を尖らせて不満顔だ。
三人が着替えている間に、メリィとサキュアは誕生日ケーキを運び込み、蝋燭の準備に取り掛かった。三人に分離してから誕生日ケーキの蝋燭を吹き消してもらいたかったので、あえて誕生日ケーキは後に出してくれと私がお願いしていたのだ。
「ねぇねぇ、このケーキに蝋燭って必要?何のためにつけてんの?」
「エッ!?誕生日ケーキに蝋燭って定番じゃないスか!魔族はやらないんスか?」
「魔族はって言うか、僕も意味わからないけど。見栄えとか飾りの役目?食べるのには邪魔だよね。結局外す運命な気がしてならないんだけど」
ドラキュリオとニコの発言に、私と佐久間は雷に打たれたような衝撃を受ける。まさかのカルチャーショックだ。私たちの常識はみんなにとっては全くの異文化らしい。
「えりが蝋燭をつけて火を吹き消したいと言うから私たちも準備しているけれど、全く意味は分かってないわね。リアナ姫がいた時もそういうことは言われたことがないし」
「誕生日にお祝い用のケーキは食べたりするけど、蝋燭なんて初めてよね♪」
巨大なケーキに蝋燭をプスプスと刺しながらメリィとサキュアは言う。魔界の番犬たちは今日で31歳だ。蝋燭を年の数だけ刺すのはなかなか手間がかかる。
「誕生日に年の数だけケーキに蝋燭を刺して、願い事をしてから蝋燭の火を一気に吹き消すと願い事が叶うっていうのが私たちの世界の定番なんだけどなぁ。こっちの世界じゃ全くない文化なんだね」
「ビックリですね~。まさかニコも知らないとは。最初は魔族だけが知らないのかと思ったら」
「異世界には変わったおまじないがあるね。でもそれって年を取るほど願い事が叶いにくくなるよね。吹き消す本数は増えていくのに、年を取るほど肺活量が減って吹き消しにくくなるじゃない」
「あぁ~、大丈夫大丈夫!大きい蝋燭は10歳分にカウントされるから、51歳とかになっても6本吹き消せばいいわけよ」
「なにその独自ルール。なんだか全然ご利益なさそうないい加減なおまじないだね」
ニコは一気に興味を失ったようで、他のテーブルに用意されていたフルーツを取り皿に回収し始めた。
蝋燭の準備が整ったところで、ちょうど魔界の番犬たちが着替えを終えて戻って来た。三人とも服がとても似合っており、嬉しそうにお披露目している。プレゼントした魔王も満足そうにしていた。
「うわぁ~!これがサキュアが作ったケーキだね!すごい美味しそう!大きいし!」
「蝋燭で飾りつけなんて珍しいですね。綺麗です」
「おぉ~!いいじゃんいいじゃん!早く切って食べようぜ!オレ半分ぐらい食いたい!」
ケルベロスは落ち着いているが、ケルとケロスは大興奮状態だ。今すぐケーキに噛り付きそうなケロスを抑えつつ、私は三人にケーキの蝋燭について説明した。私の話を聞き終えると、ケルとケロスは目を輝かせ、ケルベロスはそんな二人を心配した表情で見つめる。
「よ~し!ケル坊、お前はそっちの蝋燭を担当しろ!オレはこっち側から吹き消す!三手に分かれて同時に吹き消せば楽勝だろ!」
「うんうん!今日は三人で協力できるもんね!頑張るよ!」
「……い、嫌な予感しかしません。二人ともさっきからずっと興奮状態で。おじいさん、上手い具合にケーキに結界を張ってもらえませんか。このままだと二人が力任せに吹き消してケーキごと吹き飛ばす未来しか見えてこないんです」
ケルベロスは準備体操をしてから大きく息を吸い込む練習をしている二人を見て、悪いい想像が頭の中にどんどん広がっているようだ。
それはここにいるみんなも同じのようで、ドラキュリオやジャックはケロスとケルに優しく吹き消すように既に忠告している。
「手加減なんかできるかよ!それで一本だけ吹き消せなかったりしたらどうするんだよ!願い事が叶わねぇじゃねか!」
「願い事云々の前にケーキが食べれなくなるだろ~!ボクたちにだってケーキの残骸が吹き飛ぶかもしれないし!魔王様の顔面に生クリームでも吹き飛んだ日には殺されるぞ!」
「頑張って吹き消して願い事叶えるんだもん!ケルが加減したせいで全部吹き消せなかったらケロスに怒られちゃうし、ケルは全力で吹き消す!」
「そそそ、そんな!そんなこと言わないで優しくフッてしようよ!せっかく美味しそうなケーキが台無しになっちゃうよ!」
ドラキュリオとジャックが必死に説得を試みるが、あまり効果がないようだ。
メリィとサキュアは暴走する魔界の番犬にため息をつくと、ケーキの蝋燭を提案した私に冷ややかな目を向ける。
「これでサキュアが作ったケーキが台無しになったらえりのせいだからね!責任取りなさいよ!」
「あの二人の手加減無しの力だったら、下手したら周りの料理にも被害が及ぶかもしれないわ。責任もって料理の作り直しと掃除をするのね」
「えぇ~!蝋燭一つでまさかここまでの大事になるとは!こうなったら魔王も超強力な結界張ってよ!能力使ったばかりで私へとへとだから、掃除とか料理するの無理だよ!」
「フン。全く面倒な異世界の習慣を持ちこみおって。じい!お前はなんとかケーキの原型を維持する結界を張れ。俺は周りに被害が出ないよう結界を張る」
魔王は私を支えたまま面倒くさそうに周囲に結界を張った。
「難しいケーキの方を儂が担当するんじゃな。小さい蝋燭を除外して結界を張るのは骨が折れるのう」
おじいちゃんはブツブツ小言を言いながらも結界を張ってくれる。
ケルベロスは準備が整ったのを確認してから、蝋燭を吹き消す自分の位置についた。
三人はお互いに一度視線を交わして押し黙ると、特に合図をすることなくシンクロするように同時に息を吸い込んだ。そしてぴったり息の合ったタイミングで、各々の蝋燭に向かって息を吹きかける。ケルとケロスは魔力まで含んだ物凄い吹き消し具合だったが、ケルベロスだけは常識の範囲内に留めた風量だった。おじいちゃんの結界がなければ間違いなくケーキは吹き飛んでいたことだろう。
改めて確認するまでもなく蝋燭は全て消えており、魔界の番犬たちは大喜びしていた。
「やったぁ!一度に全部蝋燭消せたぁ~!これで願い事はバッチリだね!」
「へへ~ん!まぁオレにかかれば余裕だな!」
「ふぅ。大惨事にならなくて良かったです。魔王様、おじいさん、ご協力ありがとうございました」
ケルベロスがお辞儀するのを見て、みんなが心の中でケルベロスがいてくれて良かったと思ったことだろう。彼らに兄弟という概念はないのだが、もはやケルベロスは魔界の番犬の頼れるお兄ちゃんである。
「ねぇねぇ、ところで願い事は何にしたの?」
「む~?お姉ちゃんでも願い事は内緒!でも、ケルたち三人とも一緒の願い事だよ」
「そーだな!言わなくても分かるぜ!オレたち三人は結局根っこが同じだからな!」
ケルとケロスは顔を見合わせるとにこっと笑う。やはり事あるごとに動きがシンクロしており、三つ子のようだなぁと感心してしまう。
いい加減お腹が空いたというドラキュリオの叫びを合図に、私たちはようやく食事へとありついた。初めて三人揃って食べる食事のため、魔界の番犬たちは終始賑やかに食事を楽しんでいた。
私は能力の反動で少し疲れていたため、椅子に座ってゆっくり休みながら、ちょいちょい二人に振り回されているケルベロスを眺めて笑っていた。
みんなで食事を楽しんだ後、魔王とジャック、おじいちゃんはやりかけの仕事があるということで解散してしまった。メリィとサキュアも食堂の後片付けをしてくれるということで、私たちを邪魔だと言わんばかりに食堂から追い出した。
とりあえず残った者たちは、レオン対魔界の番犬たちの決闘を見るべく全員で城の東側にある訓練場へと移動した。
「早速勝負だレオン様!一人じゃ勝てなくても、オレたち三人揃っている今なら十分勝てる見込みがあるぞ!遅れずついて来いよケル坊!」
「うん!今日こそレオン様から勝ち星もらおう!細かい指示はケルベロスに任せるからね!」
「はい!三人で力を合わせ、僕たちの成長をレオン様に見せつけましょう!」
三人はレオンを取り囲むと、一斉に獣化して身構えた。
レオンは鋭い牙を剥きだしてニィッと笑うと、魔力をその体躯に纏って三人の攻撃に備えた。
「さぁ、どこからでもかかってきやがれ!食後の運動にいくらでも付き合ってやらぁ!」
魔界の番犬たちは視線を交わすと、同時にレオンへと飛びかかっていった。
四人による手加減なしの決闘が始まり、観戦組の者たちは城と訓練場を繋ぐ階段に座り込んでその戦いぶりを見ながら雑談を始めた。
「早速貰った券を使って勝負するとか、どんだけ血の気が多いんだが。確かに分離している今の方が人数的に有利だとは思うけど、それでもあのレオンさんに勝てるようには見えないけどなぁ。ニコは勝てると思うか?」
「100%勝てないと思う」
「うわぁ~。神の子容赦ないなぁ。そこはせめて99%とかにしておいてあげてヨ。希望を残すために」
「希望って…。見込みがないなら最初からはっきり教えてあげるのが僕は優しさだと思うけど」
現実主義者のニコは、ケルベロスを目で追いながら続ける。
「頭の良い彼は最初から敵わないと分かっていて挑んでいると思うよ。他の二人と違ってね。それでも自分たちの最大の戦果を出そうと上手く他の二人を誘導しながら戦っている。族長を傍でいつも支えている分、戦いの癖や思考回路が読めるから、追い詰めるくらいは良い勝負をするだろうね」
「そっか。……ニコ君はケルベロスと一番仲が良いよね。ケルベロスもニコ君のことすごく認めてるし」
「…彼は頭の回転が早いし考えがまともなので、他の魔族と違って話していて疲れないから」
「ちょっと待って!その言い方だとボクと話すのは疲れるからイヤってこと!?ボク星の戦士の中ではえりちゃんを除けば一番神の子と仲が良いと思ってたのに!戦争中だって、ボクの軍と一番多く戦ってたでしょ?もう言わば戦友みたいなものじゃない!」
ドラキュリオは一段下に座るニコの肩を掴んでユサユサ揺らす。ニコは後ろ姿からでも分かるほど不機嫌オーラを出しており、私は隣に座るドラキュリオに止めるようたしなめた。
「吸血王子は僕のことを戦友じゃなくて愚痴のはけ口にしているだけでしょ。毎回僕のところに来ては、魔王や参謀や従弟に対しての愚痴ばっかり言ってるじゃない」
「愚痴ばっかりって。確かに愚痴は言ってるけどさ、それ以外にもお喋りしてるじゃん」
「それ以外って、後は神谷さんの話を一方的に聞かされているだけなんだけど」
「エ?私の話って何?悪口?」
「わぁ~~!?ちがうちがう!悪口じゃない!もう!神の子!えりちゃんの前で余計な事言わないでヨ!」
ドラキュリオは赤面すると、今度はニコの頭をポカポカと後ろから叩いた。もちろん人間相手なので、力を入れずに軽く叩いているだけだ。
一方的に被害を被っているニコが迷惑そうに手で払っているので、私は暴走しかけているドラキュリオをなんとか落ち着かせる。
私たち三人が雑談をしている間に、レオンと魔界の番犬たちの決闘は激しさを増していた。
ジークフリートと並んで座っていた佐久間は、ジークフリートの解説を交えながら熱心に決闘を観戦していた。佐久間は元の世界に戻らず凪の側近として生きていくことを決めてから、今まで以上に剣術の修行や戦闘における知識やノウハウの勉強に力を入れている。
戦争で亡くなった優秀な側近に代わり、一日でも早く立派な頼れる側近になって凪を支えたいのだろう。
「それにしても、本当にレオンさんは凄いッスね~。さすが七天魔って感じです。三対一でも全然余裕そうですね。自分よりデカイ犬に囲まれてるっていうのに」
「戦いの年季が違うからな。確かに獣化した状態で囲まれたら逃げ場のない状況だが、武勇に優れたレオン殿ならさして気にすることではないだろう。魔界の番犬たちが最初に一斉に飛びかかっていったが、難なく対処していただろ?」
「あ、はい。普通に力押しで撃退してましたね。手加減無しの顔面パンチで。咄嗟に防御したケルベロス以外、あまりの痛さに人型に戻って半泣きしてたじゃないですか」
佐久間は決闘開始直後に見た可哀想な光景を思い出す。獣の姿で痛がっている時はそこまで共感できないが、幼い人型の姿になると途端に同情の気持ちが湧いてくる。おそらくレオンも、人型だと若干手加減が入るが、獣化した状態だと自分より体格が大きいのもあり、手加減無しでぶん殴れるのだろう。
魔界の番犬たちは三人同時攻撃でも通じないと理解したのか、今はケルベロスの指揮の下、ケロスとケル中心で攻め込んでいる。三人の中で唯一魔法が得意なケルベロスが援護をしている状態だ。それでも獣人族は元々魔力が少ない一族なので、長くは援護できそうにない。
「……なかなか良い勝負をしているが、もうそろそろだろうな。ちょっとアトリエに行って画材を取ってくる。せっかく三人揃っているからな、スケッチして絵に残しておこう」
「いいですね!さっき誕生日プレゼントに渡したものは想像で描いたやつですもんね。今なら正真正銘三人揃っている絵が描けます」
ジークフリートは嬉しそうに頷くと、階段から立ち上がってアトリエへと向かって行った。
それから散々粘って奮闘していた魔界の番犬たちは、結局素手のまま戦っていたレオンに及ばず、三人ともあちこちに痣を作って敗北した。普段大きな斧を使って戦っているレオンに素手だけで負けたため、かなりがっかりしている。
「はぁ~~~。斧すら使わせられないとは。情けねぇぜ。こっちは三人がかりだったのに」
「む~~。ケルたちも頑張ったんだけどな。まだまだレオン様には敵わないや」
人型に戻ったケルたちは痣だらけの体をさすりながら、観戦していた私たちのところに歩いてくる。魔王からもらった服を着ているにもかかわらず痣だらけということは、かなりレオンは容赦なく攻撃していたようだ。
「お疲れ様~!良い勝負だったよ!三人とも初めて一緒に戦うのに息ピッタリだったね!ケルベロスが名前を呼ぶだけで、どう動いてほしいか分かるみたいに二人とも連携して動けてたし」
「分離してても思考の共有は活きてるみたいで、いつも通り頭ん中でケルベロスの指示は届いてたからな。連携については問題なかったんだけど、ケル坊の打たれ弱さがなぁ。レオン様の攻撃がもろに入る度、ケル坊が痛い痛い言うのが気になって」
「だってすっごく痛いんだもん!最初の顔面パンチなんか、おでこと鼻から血が出るかと思った」
ケルは私の前にくると、赤くなっているおでこを見せて目をウルウルさせる。今すぐ撫でて癒してほしいと目と尻尾が訴えていた。
私は苦笑しながら優しくおでこと頭を撫でてあげる。
それを見たケロスは、抜け駆けするなとすぐにケルの隣に立って自分の頭を差し出してきた。私は空いている左手で同じように頭を撫でてあげる。
「いつもオレに戦闘を任せている分、痛みに慣れていないんだよなぁ。ケルベロスも戦術の組み立てや指示出しはいいんだけど、直接戦うとなると弱いから」
「ごめんケロス。僕とケルが足を引っ張ってたかな。やっぱり戦闘に関してはケロスが僕たちの中で頭一つ抜き出てるから」
「ケルはやっぱり痛いの苦手。戦うこと自体は怖くないけど、痛いのはイヤ~」
「たく。男のくせにだらしね~なぁ~、ケル坊は」
ケロスは口では文句を言いつつも、頑張って戦ったケルを褒めるように私と一緒にケルの頭を撫でてあげている。彼の感覚的にはケルを可愛い弟のように思っているに違いない。
撫でてもらっているケルも嬉しそうに尻尾を振っている。
「それじゃあ俺もそろそろ仕事に戻るかな。またいつでも相手になってやるから、次は俺に武器を使わせるつもりで攻めて来い!」
「「「はい!ありがとうございました!」」」
魔界の番犬たちは声を揃えて族長に頭を下げる。
レオンは上機嫌で豪快に笑うと、自分の領域へと戻って行った。
族長を見送ると、ケルはすぐに頭を切り替えて次の遊びの提案をしてきた。
「ケロスのレオン様と一緒に戦いたいっていうリクエストに応えたんだから、次はケルがリクエストする番ね!ケルはせっかく三人揃ってるから、仲良くみんなで遊びたい!早速さっきもらった凧揚げってやつやろうよ!」
「あぁ~、さっき側近にもらったやつな。ちょうど本人もいることだし、レクチャーしてもらおうぜ」
「オッケー!まずは俺がやってみせるよ!」
「あ、ボクも混ざる~!やったことないからやってみたい!」
そこからはケルのリクエストで、佐久間が先生となり、誕生日プレゼントの凧揚げで遊ぶことになった。私とニコを除いた全員が佐久間の周りに集まり、凧揚げの遊び方を教わっている。
ニコも一緒に混ざらないのかと声をかけると、体を動かす遊びはあまり好きじゃないと苦い返事がかえってきた。カジノにあるゲームは好きなようだが、外で遊ぶようなゲームは好きじゃないようだ。
佐久間が手本で凧揚げをしているところを見ていると、画材を持ってきたジークフリートといつの間にか城に帰って来たクロロが揃って訓練場へとやって来た。
「あれ?クロロ!いつアレキミルドレア国から帰って来たの?」
「つい先ほど。すみません、パーティーに参加できなくて。話し合いがもつれてとても立て込んでいる状態だったものですから」
「ううん、いいの。アレキミルドレア国はトップが不在で、今が一番大変な時期だろうから」
「せめて魔王様に報告がてら祝いの言葉だけでもと思って顔を出したのですが、まさかこんなに面白いことになっているとは!」
クロロは魔界の番犬たちに目を移すと、瞳に怪しい光を宿して不気味に微笑む。
「たまたま途中で会ったジークフリートに三人が星の能力で分離したとは聞いていましたが、………これは色々と調べ甲斐がありそうですね!」
クロロの異常にテンションの高い弾んだ声に、私とニコ、ジークフリートは嫌な予感しかしなかった。
クロロは佐久間を取り囲む番犬たちに近づくと、祝いの言葉もそこそこに己の欲求を隠しもせずにぶつけた。
「三人とも、誕生日おめでとうございます。忙しくてプレゼントは用意できませんでしたが、せめて言葉だけでも送らせていただきます」
「クロロ!帰って来たんだ!おかえり~!わざわざありがとう!」
「忙しいならしょうがねぇ。プレゼントは後日でも受け付けてるぜ」
「僕たちのことは気にせず、ゆっくり休んでくださいね」
「いえいえ。休んでなどいられません。能力の効果は一日しかないと聞いていますから、すぐにでも色々サンプルを回収しませんと」
「「「えっ?」」」
番犬たちは声を揃えて一瞬固まると、すぐに正気を取り戻して兄貴分であるドラキュリオの背後へと移動した。こういう緊急の時だけは、三人ともドラキュリオを真面目に頼りにするようだ。
「ふ、ふざけんなよクロロ!オレたちが三人に分かれてるから、良い実験材料だって思ってんだろ!」
「えぇ、思ってますよ。当たり前じゃないですか。普段は一つの体を共有しているというのに、一体どういう原理で今存在しているのか興味しかありません!えりさんの星の能力だとしても、それだけでは色々と説明がつきませんから!手始めに血液と髪、皮膚片の細胞採取とレントゲン各種。あと脳波のデータも取りたいですね~。それに…」
ブツブツと怖いことを呟き始めるクロロを見て、番犬たちは顔を引きつらせながら無言でドラキュリオのマントを引っ張る。どうにかしてくれという心の叫びだろう。
普段は我儘で悪戯っ子なドラキュリオだが、頼られると意外に頼りになる男である。可愛い弟分のためにクロロを冷たく突っぱねる。
「クロロ。物騒な事言ってないでさっさと魔王様のとこに顔出してきなよ。どうせ報告もまだなんでしょ。言っておくけど、この三人に手を出したらボクが黙ってないからネ。二度と研究ができないよう手足を潰すから」
「……ちょっとの血液もダメですか?尻尾の毛でもいいです」
「だからダメって言ってるでしょー!三人とも本気でビビッてるってば!しまいには魔王様にも言いつけるよ!魔王様だってケルたちの味方だからネ」
ドラキュリオが睨みつけると、クロロは大げさに肩を落としてわざとらしい深いため息を吐いた。本人的にはせめてもの憂さ晴らしなのだろう。
「あ~、はいはい。わかりましたよ。諦めればいいんでしょう、諦めれば。昔から魔王様を含めあなた方は仲が良いですからね。その絆を敵に回すと、後でとんでもないことになりそうですから止めておきますよ」
「なんか言い方が嫌味だなぁ。まぁ諦めてくれたならいいけどさ。あ、そうだ!ケルたちを実験材料にしようとしたお詫びにさ、ちょっと風魔法で援護してくれない?今ボクたち凧揚げやっててさぁ。すっごい高いところまで凧揚げたいんだよネ」
「おぉ~!さすがキュリオ!遊びに関してだけは知恵が回るね!ケルもそれに賛成!クロロに風魔法で援護してもらおうよ!」
その後佐久間も話に加わり、良い考えだとケルたちは盛り上がった。それとは対照的に、クロロは途端に顔色を変えて少しずつ後退し始める。子供たちの遊びに付き合いたくないという大人の都合が、私たちからはありありと見て取れた。
「早くみんなで取り押さえないと参謀が逃げるよ~」
「っ!?神の子!余計なことを!」
「おい!散々オレたちをいじくり回そうと近づいて来たくせに逃げんじゃねぇよ!風魔法要員!」
「今日は彼らの誕生日なんスから、一回くらい付き合ってあげてもいいじゃないスか。…本当に大人は自分に都合が悪くなるとすぐ逃げるんだから」
ケルベロスを除いた全員から言葉責めを受け、クロロは仕方なく一回だけ凧揚げに付き合うことになった。クロロは凧揚げをしている最中も、風魔法で飛ばすのは単なるズルではないかと小言を言っていたが、遊んでいる者たちはみんな満足そうだった。
結局散々凧揚げに付き合わされたクロロは、心身を疲弊させて魔王への報告に戻っていった。
みんなが凧揚げを楽しんでいる間に、ジークフリートはスケッチブックにササッと鉛筆でその光景を写し取っていた。私とニコはその絵を両脇から覗き見て小さい歓声を上げる。
「おぉ~!さすがジーク!上手だね!みんな楽しそうな良い表情してる!」
「さっきプレゼントしていた絵もそうだけど、本当に絵の才能があるね。門番を趣味にして絵を売って生活したら?金持ちの貴族とか高く買ってくれると思うよ」
「門番を趣味…。神の子はとんでもないことを言うな。俺はあくまで趣味として絵を楽しんで描きたい。もし商品として人に売るならば、それ相応の時間と想いを込めた作品にしなければならないだろう。俺にはとてもそんな時間はないし、お金を貰うほどの実力もないさ」
ジークフリートはそう言ってスケッチブックのページをめくった。ニコはそんなに謙遜しなくても、とジークフリートをかなり評価していたが、本人は絵を描けるだけで満足なようだった。
凧を綺麗に片付けた五人は、次は何をするか話し合いながらこちらにやって来た。
「次は順番的にケルベロスのリクエストを聞く番だけど、何か三人でやりたいことある~?」
「う~ん。三人いる今だからこそやりたいこと……。僕はケルとケロスと違って、すぐに何か思いつくようなことは……。強いて言うなら部屋の片付けかな。いつも二人が散らかして僕ばかり片付けているから。たまには二人も一緒に掃除を」
「却下!ヤダよつまんねぇ。何でよりにもよって掃除なんだよ。もっと今しかできないことにしろよ」
まだケルベロスが喋っているというのに、ケロスは食い込み気味で反対してきた。全身から面倒なことはやりたくないオーラが醸し出されている。
「む。だから三人で掃除するのは今しかできないよ。ケルはまだ注意するとやってくれるけど、ケロスは全然自分で掃除しないじゃないか」
「んなことねぇよ!半年、いや年一くらいでしてるって!」
「だからそれが全然してないってことじゃん。自分で散らかしておいて他人に掃除させるなんてサイテーだね」
「んだと神の子!魔族は寿命がなげーから人間と感覚が違うんだよ!年一だったらよくしてるほうだって!」
「そうなんスか?」
佐久間は隣に立っているドラキュリオに話を振る。すると、彼にしては珍しく呆れた表情で首を振った。
「そんなわけないでしょ。いくら寿命の関係で魔族と人間の感覚が少しずれてるからって、さすがに掃除は日常のことだから」
「裏切んのかよキュリオ!お前だってぜってー掃除とか自分でしないくせに!」
「ハァ?さすがのボクも自分の部屋の掃除くらい自分でしてるヨ。城全体の掃除や管理はじい任せだけど。部屋には見られたくないものとか触ってほしくないものとかだってあるじゃん」
「まぁ、普通そうだよね」
私がドラキュリオを肯定すると、ケロスはぐっと言葉を飲み込んだ。毛皮をブルブル震わせ、何かと葛藤するように押し黙る。
その様子を見たケルベロスは、気を遣って掃除のリクエストを取り下げようとしたのだが、それより早くケロスが勢いよく声を発した。
「よし!わかった!三人で掃除、やってやろうじゃねぇか!」
「おぉ!エライ!すごいやる気だねケロス!ケルも一緒に頑張るよ!」
「ただし!一つ条件がある!」
「条件?そんな条件を提示するほどやりたくないなら僕も無理にとは言わないけど」
ケルベロスはせっかくの誕生日なので、強制してまで嫌なことはやらせたくないと言った。
「いいや!オレとケル坊のリクエストは聞いてもらったんだ。平等に扱わねぇとダメだろ。とりあえずオレとしては、このままやってたんじゃ時間がかかるから、ねーちゃんの小槌で大人にしてもらってからちゃちゃっと掃除しちまいたい。このサイズよりデカイほうが確実に高いところにも手が届くし、掃除するのも楽だろ?それが条件だ」
「あ~。確かに!お姉ちゃんに大きくしてもらったほうが掃除簡単かも!ケロス冴えてるね!」
「だろ~?オレ、実はずっとまた大きくしてもらいたいって思ってたんだよな!」
ケルとケロスが盛り上がる中、ケルベロスだけはしまったという表情をしている。私も以前にケルベロスからされた忠告を頭の中で思い出し、どんどん嫌な予感を募らせていた。
「…ねぇ、えりちゃんに大きくしてもらうってどういうこと?確か戦場ではいつも獣化した状態でケロスに使ってたけど、もしかして人型の状態で使うと大人になるってこと!?」
(ヤバイ。前にケルベロスが危惧していた通り、やっぱりキュリオが食いついてきた)
私は興味津々で身を乗り出して来たドラキュリオから咄嗟に目を逸らしてしまう。ケルベロスも厄介な者にバレてしまったと顔に出ていた。
「僕たちより大人なキュリオには関係ない話です。ケロス、ケル、これ以上厄介な話になってお姉さんを困らせるといけないので、このままで掃除をしましょう」
「エェ~!なんでだよ!小槌で大人にしてもらおうぜ!んで掃除が終わったらそのままみんなでねーちゃんとデートしようぜ!きっと楽しいぞ!」
「うんうん!大きくなればお姉ちゃんとデートしても違和感ないもんね!」
「ちょっと待ったぁぁ~~~!」
ノリノリのケルとケロスを見て、慌てながらドラキュリオが声を張り上げた。
「大きくなってえりちゃんとデートって聞き捨てならないんだけど!何自分たちだけ美味しい思いしようとしてんの!?ケルたちがえりちゃんの武器で大人にしてもらうんだったらボクも大人にしてもらいたい!ケルたちだけするのは不公平だよ!えりちゃんだって絶対ボクの大人になった姿見たら惚れるから!ケルたちより絶対ボクの方がいいって!」
「ハァ~~!?何デタラメぶっこいてんだよ!オレたちの方がキュリオより百倍魅力的だから!確かにキュリオは将来親父さんみたいにイケメンになるんだろうけど、オレたちにはねーちゃんの大好きなモフモフの毛皮があるからな!お前にはモフモフの尻尾も耳もない!俺たちの勝ちだ!」
「も、モフモフがどうした!そんなのなくてもボクには吸血鬼界の王子としての肩書があるもんネ~!城持ちで将来お姫様になれるほうが女の子としては魅力的だよ!毛皮なんかに負けるか!」
「む~~~!お姉ちゃんはそんな玉の輿に釣られるような人じゃないもん!ていうかそれだったらケルたちが魔王様をオススメするから。キュリオより魔王様の姫になったほうが千倍良い」
「なんだと~~~!?」
そこからは三人で口論になり、大人なジークフリートが仲裁役に入ったが、打ち出の小槌で大人にしてもらうもらわないでずっと揉めていた。
(………確かに私はモフモフしたものが好きだけど、ケロスがそこまでプラスに考えてるとは思わなかった。別に必ずしも異性にモフモフを求めているわけではないんだけど)
私は白熱している口論を聞きながら困った顔を浮かべる。
「キュリオの前で小槌の話はしてはいけないとだいぶ前に二人に注意はしていたんですけど。はぁ……。すみませんお姉さん」
ケルベロスがため息をついて申し訳なさそうにするので、真面目な彼に私は気にしないでとひたすら励ました。
佐久間は呑気に私に向かって、見た目が年下の人にモテますねぇ~、と言ってきたが、私はそれに言い返す心の余裕もなかった。
私とケルベロスが困っているのを見てさすがに放っておけないと思ったのか、ニコが横から口を挟んで一つの提案をしてきた。
「そんなに神谷さんを独り占めしたいなら、正々堂々と勝負して決めたらどう?さっき僕が誕生日プレゼントで渡したゲームで勝負して、勝った人が小槌で大きくしてもらう権利を得る。それで後日デートでも何でもすればいい」
「へぇ~!面白いじゃん!いいぜ!受けて立つ!ぜってーキュリオには負けねぇよ!」
「それはこっちの台詞!えりちゃんはボクのお気に入りなんだから、絶対デートなんかさせないヨ~!」
「ケルだってキュリオとお姉ちゃんのデートなんか絶対阻止する!お姉ちゃんの身が危ないに決まってるもん!」
キュリオと番犬たちは睨み合い、その瞳はメラメラとやる気で燃え上がっていた。
そしてニコの提案で運が絡んでくるルドーの方ではなくて、オセロの総当たり戦で勝負することになった。不正がないようジークフリートが審判役になり、勝敗の記録を佐久間が取ることで決まった。
勝手に出しにされて勝者とデートすることになってしまった私は、複雑な表情で勝負を見守る。
「…そんなに心配しなくても大丈夫だよ神谷さん。これが一番平和的に解決する方法だから。ね?」
ニコはケルベロスに視線を投げる。ケルベロスはただ黙ってそれに微笑み返した。
それから総当たりでオセロ勝負が行われたが、試合結果を見て私はニコの言葉に納得した。結果はケルベロスの圧勝。戦績で見ればドラキュリオが二位だったが、一位のケルベロスは全戦全勝だった。
ケロスやケルに乗せられて勝負を了承したドラキュリオだったが、今はもう冷静になっており、ニコの仕組んだ罠に気が付いていた。
「神の子にまんまと騙された~!普通に考えればケルベロスが絶対有利に決まってるじゃん!頭良くて計算高いんだから!これだったら運ゲーのがまだ可能性あったヨ!」
「冷静さを欠いて気づかなかった自分が悪い。勝負は勝負だからね、優勝したケルベロスが小槌の権利獲得ということで。神谷さんもそれでいいよね?」
「あ、うん。平和的でとってもいいと思う。ケルベロスなら私も大歓迎」
ほっと一安心してケルベロスに笑いかけると、ケルベロスは少し照れながらはにかんだ。
「そう言ってもらえて光栄です。今度二人でのんびり過ごしましょう」
私たちが二人で頷き合っていると、勝負に負けた三人は悔しそうに肩を落とした。
その後ケルベロスのリクエスト通り、魔界の番犬たちは仲良く部屋の掃除を開始した。ケルベロスは小槌の権利は使わず、他の二人と一緒に今のサイズでお掃除をしていた。小槌の権利については、後日改めて使って私と一緒に過ごすそうだ。
魔界の番犬たちが部屋の大掃除をすることになったので、佐久間とニコは帰ることになり、ジークフリートが行き同様ペガサスで送っていった。ドラキュリオも掃除まではさすがに付き合えないということで、自分の領域へと帰ってしまった。
残った私はその後も三人に付き合い、部屋の掃除の後は娯楽室で一緒にゲームをしたり、夕飯もお喋りをしながら和気あいあいと過ごした。
魔王の許可を得た魔界の番犬たちは、三人で大騒ぎしながら大浴場にも入り、普段会えない自分の片割れたちと存分に遊び倒していた。
三人だけの時間も必要だろうと私が遠慮して早めに自分の部屋に帰ろうとすると、ケルとケロスは寝るまで一緒がいいと私を掃除して綺麗になった自室へと引っ張った。
「……何だかんだ言って、二人とももう限界だったのね。今日一日結構はしゃいでたからなぁ」
私はベッドで寝息を立て始めたケルとケロスを見てクスクスと笑う。
二人に挟まれて一緒に寝たいと言ったケルが真ん中で、右隣がケロス、左隣にケルベロスが横になっている。
ちなみにジャックに今日もらった誕生日プレゼントの巨大クッションでは、獣化した状態で三人一緒には狭くて寝られないので、今日は大人しくベッドで寝ている。
「僕も普段はこんなに早く眠くならないんですが、今日はレオン様と全力で戦ったのでさすがに疲れてますね」
「確かにレオンさんとの決闘は激しかったもんね。ケルベロスも無理せずおやすみ」
私は三人の被っている布団をかけ直すと、目をウトウトさせているケルベロスの頭を優しく撫でた。ケルベロスはケルと比べて表に出てくる機会が少なく、ケルとケロスと違い自分からは甘えてこない。なので、頭を撫でている回数も二人に比べてずっと少ない。撫でられるのが嫌いなわけではないようなので、私はなるべく平等になるよう機会がある時は撫でてあげるようにしている。
「…お姉さん、今日は本当にありがとうございます。二人と現実でこんな風に一緒に過ごせるなんて夢にも思いませんでした。それに、わざわざ僕たちのために誕生日パーティーまで企画してくださって…。一生忘れられない誕生日になりました」
「ふふ。楽しんでもらえたようで良かった。明日の昼頃にはまた一人に戻っちゃうけど、これからも三人仲良くね」
「はい…。今度はお姉さんの誕生日、楽しみにしててください。僕たち三人でお姉さんに負けないくらい素敵な誕生日をプレゼントするので」
「うん、ありがとう。楽しみにしてるね。……それじゃあおやすみ。ケルベロス、ケルちゃん、ケロス」
私はそれぞれの顔を見ながら三人の名前を呼ぶと、起こさないよう静かに部屋を後にした。
三人寄り添うように寝ている魔界の番犬たちは、これから先も三人力を合わせて魔界と魔王を支えていくだろう。私は自室へと戻る廊下を歩きながら、打ち出の小槌に頼らず、三人が番犬として立派に成長した姿を頭の中で妄想するのだった―――。




