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あなたと異世界生活

99日目帰還の儀式前日。

私はソファーに座り、ディーさんは目の前に立っている。

しばらく二人で見つめあう。ディーさんの瞳が不安そうにゆらゆら揺れている気がする。二人だけの静かな時間が流れる。なんだかちょっと切り出しづらい。


千裕は今理人の部屋に遊びに行っている。

明日には理人は元の世界に帰るからね……二人何話してるんだろう。千裕がおっきくなってからは理人はあんまり千裕に関わることなくなったけど、でももう会えないとなるとさすがにね……色々込み上げるものもあるだろうなぁ。


「……マナさん、決めたんですね?聞かせてください。あなたの出した答えが聞きたい」


ディーさんは一度目をつむると、言いながらゆっくり目を開いた。

真剣な強い眼差し。最近の不安定さや弱さが消えた男らしいきりりとした表情になった。

うん……素敵だ。

騎士さまっていう感じの引き締まった表情。とても胸が高鳴る。でも弱々しい空気を出していたときも素敵だった。ぎゅってしたくなる。

全部が素敵なひとだね。


「うん……ちょっと屈んでもらってもいいかな?」


とっても背の高いディーさんにお願いする。

ディーさんは何も言わずに、跪くような形で目線を合わせてくれた。

そして私は、目の前にきた綺麗な顔に手をのばし、男らしく肉の少ない頬を両手で挟んだ。


「私は帰りません!ディーさんが好きだから」


そう言ってディーさんの額にちゅっとキスをする。

「ま、マナさん……」と感極まったように眉を下げて瞳を揺らす。

大きな腕が私の背中をそっと抱き締た。

耳元で「うれしいです……」と囁くディーさんの背中を私も抱き返す。

やっと抱き締めることができた。

大きな腕の中に包まれて、ドキドキするけどすごく心地良い。ずっとこうしたかった。何のしがらみもなくあなたを抱き締めたかった。


「私なんにも持ってないけど。頼りなくてバカだけど。でもディーさんのこと精一杯幸せにするよ!」

「あなたがいてくれるだけで俺は幸せです……この世界を、俺を選んでくれてありがとう」


ディーさんは額と額をくっつけて綺麗に笑う。

ディーさん、俺って言ってる。この間も庭で言ったなぁ……これが素なんだろうな。私って言ってるのも素敵だけど、たまに俺って言われると男らしさを感じてきゅんとくるね。

このままこうしてくっついていたいけど、そうもいかない。明日は帰還の儀式なのだ。


「ディーさん、セドリックおじいちゃんのところに一緒に行ってくれる?」聞くと快諾してくれた。

二人でおじいちゃんを訪ねて私と千裕は帰らないことを告げると、おじいちゃんは満足げににっこりと微笑んでくれた。


「ワシもそれがお主と息子が一番幸せになれる道だと思っておったんじゃ。歓迎するぞ。ほっほ」


ご機嫌なおじいちゃんにベシベシと背中を叩かれ、「やる時はやる男じゃとおもっとったぞ」とか言われてたじたじになりながらも穏やかに微笑むディーさん。

なんかいいなぁこういうの。身内の付き合いみたいでなんだか懐かしい。うちのじいちゃんは私が小学生の時に死んじゃったけど、生きてたらこんな感じだったのかな~。数回のお茶会ですっかりセドリックおじいちゃんが大好きになっていた私。もうまじで私のおじいちゃんって思ってもいいかな?迷惑かな~でもこっちで暮らすならたまには会えるよね!嬉しいな!


おじいちゃんは魔術師長で過去に迷いビトの帰還の儀式に携わったことがあるから、明日の儀式も参加する予定。だから私と千裕がこの世界に残ることについては、すべて任せてほしいと言ってくれた。

お礼を伝え、忙しいおじいちゃんの所からお暇する。


明日は100日目。

私は帰るわけじゃないのに、やっぱり緊張してドキドキした。

これからの生活への不安もある。生きてきた世界とは全く違うここで、ちゃんと暮らしていけるのかとか、仕事をする上で非常識なことをしてしまわないかとか。でもどこかでわくわくもしている。逞しく育っていくだろう千裕の姿、ディーさんと過ごすこれからの時間。

世界が違うことによって抱える疎外感や不安よりも、きっと幸せで楽しい生活が待っている。








100日目、この世界へ来た時と同じ時間。

セドリックおじいちゃん率いる十数人の魔術師さんたちと私と千裕と理人と護衛のディーさんは、あの素敵な王城の庭にいた。

同じ時間、同じ場所で儀式を行うらしい。


「じゃあ、理人気を付けてね」

「別に……遊園地に戻されるだけだし」

「あっ。お化け屋敷の中一人で大丈夫?」

「大丈夫に決まってんだろバカかよ」

「あはは、そうだよね。ほらチヒロお父さんにばいばいは?」

「お父さん!げんきでね!おれのことわすれないでよ~!」

「……忘れるかよ。大きくなれよ」


ちょっと笑って千裕の頭をぽんぽんと叩く理人。魔術師さんから「儀式を始めるので理人さんは指定位置についてください」と声をかけられ、千裕から離れる。

でも数歩進んだら足を止めてこっちを振り向いた。感情の読み取れない静かな目で私をじっと見てくる。


「マナ……本当に帰らないの?」


何をいまさら、とちょっと噴き出してしまう。しかも名前で呼ばれるのとか何年ぶりって感じなんだけど。ずっと「お前」呼びだったから。

「帰らないってば!」と元気に言い返すと、理人は笑った。

無表情は削げ落ちて、子供のような、泣きそうなのを我慢しているような表情だった。すぐに顔を前に戻して指定位置に歩いて行ったから一瞬しか見られなかったけど。胸が痛い。……やっぱり別れって悲しいね。


魔術師さんたちとおじいちゃんが詠唱を始め、理人の周りをいろんな色の光が回る。

綺麗だけど眩しくて目がチカチカする。でも逸らさない。


「おとうさーん!ばいばい!」


徐々に強い光に包まれて姿が見えなくなっていく理人に、千裕が何度も叫ぶ。詠唱が終わり理人の姿が完全にその場から消えると、千裕はわんわん泣き出した。

いつまでも泣いている千裕を胸の中に閉じ込めるように抱き締める。たくさん額や旋毛にキスをする。

あんたにはお母さんがいるよ。いつまでもちゃんと一緒にいるよ。絶対にお母さんとは離れ離れになったりしないからね。と想いを込めて抱き締める。

そんな私と千裕の側に、ディーさんはいつまでもついててくれていた。


しばらく泣いて落ち着いた千裕は、「お母さんくるしいから~」と言いながら私を押しのけ距離をとってきた。

ちょっとあんた大泣きをディーさんにみられて恥ずかしいからってそれはないでしょ!お母さんはもうちょっとチュッチュギューしてたかったのに!

7歳め!難しい年頃め!と寂しくなっていると、ディーさんに背後からガバッと抱き締められた。

……えええ、ちょっと千裕の前ですけど!?


「マナさん、俺と結婚してください!」


突然何言ってんだよ!

と突っ込みたいが目の前で千裕が口をあんぐり開けて目を点にしてるから声が出なかった。

ち、ちひろくん……これは、これはその、ちょ……ディーさんあほか!


「騎士さまがお母さんにこくった~~!」


次の瞬間、わぁ~~!と叫ぶ千裕。

やめて……こんなとこで叫ぶな!そんでディーさんはちょっとその腕離せ!

「はは~」って千裕見て笑ってる場合じゃないから!


「わぁ~~騎士さまが!シャルル~~騎士さまが~~!」ここにいないシャルルちゃんまで呼んで興奮したようにはしゃぐ千裕。

通りかかった兵士や召し使いの人が何事かとこっちを見ている。

もう~~なんだこの辱めプロポーズは!

でもぎゅうっと抱きしめる腕を無理矢理振り払えない私。……乙女かよ……。






その後。

この世界で暮らして行く上で異世界人ということが妨げにならないようにと、私はセドリックおじいちゃんの養子に入ることになった。なんと。心の中で本当のおじいちゃんだと勝手に設定していたのが事実になってしまった。家族じゃん!嬉しい!

養子の件はおじいちゃんが自ら志願してくれたらしい。おじいちゃんは奥さんが亡くなっていて子供たちも巣立っているから、とりあえず同じ家に住もうと言ってくれた。そのうちここでの生活に慣れて千裕と二人で暮らしたくなれば好きにしていいけれど、今まで城内しか見たことがなかったから突然二人暮らしは大変だろうからって。しかもその間おじいちゃんちの使用人さんの一人が文字や歴史を教えてくれるそうだ。おじいちゃん、なんて良いおじいちゃん。好きだ。


会ったことはないけれど王様も力になりたいと言ってくれて、千裕はシャルルちゃんと同じ学校にこのまま通わせてもらえることになった。学費はこちらで用意するから心配いらないと言ってくれて、千裕も喜んでるし無一文の私は有難くお願いすることにした。王様マジ感謝。


帰還の儀式が終わった後にディーさんに辱めプロポーズされたわけだけど。

おじいちゃんの家で暮らすようになって数か月たった今も、結婚はしていない。「もう少し長く付き合ってお互いを知ってから!」と言ってある。

だってディーさん貴族の子息なんだってよ。おいおいこんな頭空っぽ庶民女と結婚とか御家的に大丈夫なのか。

「自分は三男だから好きに生きていいと言われている。だから全く問題ないしマナは魔術師長殿の籍に入っているから身分も問題にはならない」と言い張るディーさん。


そう言ってもらえても色々悩む私だ。だってバツイチ子持ちですよ。しかも異世界人ですよ。ディーさんは良くてもご両親の心中を思うと胃が痛くなる……。

それでも悩む私なんてお構いなし、遠方へ行く任務の時以外は毎日毎日私達が住むおじいちゃんの家へ通って幸せそうに私に愛を語り千裕と戯れて行く。

悩んでいても「愛してます」とか「今日も綺麗です」とか「泊まってもいいですか?」とかガンガンきて

悩みを遠く彼方へぶん投げるディーさん。前から片鱗はあったけど、ディーさんは構いたがりの溺愛マンだった……。王城に住んでいた時はまだ押しすぎず紳士だったのに今は遠慮がない。いや愛されるのは本当に嬉しいんだよ……嬉しいんだけど……会うたび「早くあなたと暮らしたい……」って耳元で囁くのマジ止めて。怖い洗脳される。


そんな振り回される私をシャルルちゃんと二人でひそひそニヤニヤしたり「お母さんへたれ~ダサい~」とか言ってくる千裕。お前。こんな美形に毎日ひっつかれて愛を囁かれる私の身にもなってみろ!お前はしつこくアタックする側だからわかんないだろうけど!

まあ毎日楽しそうで何よりですけどね。ディーさんとシャルルちゃんが来てくれると喜ぶし。


ディーさんは城下町の一軒家で一人暮らしをしているから、ディーさんの家にもたまに遊びに行くんだけど。

行くたびに私や千裕が使う、生活雑貨やインテリアが増えていく。なぜなの……なぜこの家には私と千裕の部屋があるの……住んでないのになぜなの……。軽く怯える。

「また買ってる!一緒に住むって言ってないのに!」と言うと、「こういう女性と子供の物を店で見ると無意識に買ってしまう」とか言ってた怖い。

変わった子供雑貨なんかもいっぱいあるから千裕がディーさんの家に遊びに行きたがるし、この間なんて男子が大喜びしそうなドラゴンの形のベッドが増えていて、千裕が「お母さんはやくここ住みたい!」とか言い出した。「すぐに住んでいいんだぞ~」とニッコニコのディーさん。

……外堀から埋められている!


……そんなこんなでディーさんちに泊まる日も増えてきて。

やっぱり愛を囁かれるのは嬉しいもんだし、結婚だって……本心では嫌なんかじゃない。ちょっと心配事があったり早すぎるんじゃないって思っちゃうだけで。


「マナ、愛してます。あなたがこの世界に来てくれてよかった」


でもこんなこと毎日言われたら。

大きく逞しい優しい手に何もかも委ねてしまいたくなる。

顔を真っ赤にして「わたしも」とか言っちゃう私は、誰が見てももう完全に落ちていて。そして自分でも、こりゃ時間の問題かもな……とちょっと諦めている。

こんな誠実そうな、宝物を見るような甘やかな視線で言われて勝てるはずない。



死んでしまったお母さん、お父さん。

娘は異世界で素敵なおじいちゃんができました。そして近い将来、素敵で格好良い旦那様もできそうです。


この世界に残る選択をしたこと、私は後悔したりしない!











完結です。

お付き合い下さりありがとうございました。

楽しく書けました。

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