造反
銀河連邦の首都、ベテルギウス星系の第四惑星ティアマトのニューフィラデルフィア。
銀河連邦の事実上唯一の立法府、下院議会たる代議院の軍事委員会では与野党が対峙するように席が向き合って配置されている。
「今夏のオーリンズ星系における敗北以来、連邦宇宙軍は何らの軍事作戦を実施していません」
野党側の議席から質問者席に立った野党第一党、国民同盟のエドワード・ハドソン下院議員が声を張り上げると、賛同の声が方々から巻き起こった。
「帝国に対する軍事的勝利が必要です。このまま膠着状態で戦争を継続させるつもりなのですか」
ハドソンの糾弾は民意を反映したものだった。国力において銀河連邦は他国を圧し、銀河帝国をも上回っている。その連邦が帝国を相手に既に十五年も戦争を続け、膠着を続けていることに国民の不満は鬱積していた。
「この場で宣言していただきたい。連邦党はこの戦争に勝利したいのか、それとも選挙に勝利したいのか」
銀河連邦の政府の長たる閣僚評議会事務総長アンドリュー・スターは彼に宛がわれた与党席を立ちあがり、軍政省の官僚から受け取ったメモに目を落とした。
「目下の戦況は膠着状態ながら、現在次期攻勢の準備の途上にあります」
「それはいつか、どこかと聞いているのです!」
ハドソンが声を張り上げた。
「軍事機密に属し、お答えできません」
「答えろ!」
「答弁から逃げるな!」
スターの真正面を占める野党の委員席から野次が飛ぶ。
「この一年半の間守勢に徹し、自ら攻勢に出ることもなく、帝国に対して受け身を取るばかりだ!選挙を睨んで損失を恐れていると国民が受け取っても文句は言えません!」
「それは極めて一面的な指摘です、ハドソン議員」
青筋を立て、事務総長を指差して糾弾する委員に対して、あくまで冷静にスターは返した。
「連邦軍は過去数度の攻勢のほぼすべてを撃退し、帝国軍に甚大な損失を与えました。オーリンズの敗退も我が軍にとって致命的な損害ではありません」
「オーリンズにおいては連邦地上軍四〇〇万が包囲下にある!九〇万の市民もいる!彼らには一刻も早い救出が必要だ、それを議長はどのように認識されているのか!」
四八歳のエドワード・ハドソンは地球、北アメリカ州選出の下院議員で格調高い弁舌が有権者から高い評価を得て、国民同盟の影の評議会の軍政長官に列する。やがて国民同盟が政権与党の座を占めれば、事務総長や元老院議長の地位も夢ではない。
来年初頭に迫った選挙に向けて、国民同盟は与党自由党への攻勢を強めている。支持率が低下する現政権が議席を減らすことは確定的であり、与党内でもウィリアムソン元老院議長とスター事務総長によって率いられる政権への圧力が強まっていた。
「既に奪還作戦は計画されています」
事務総長の答弁を遮るように声調高く声を響かせたのは、与党自由党のアケミ・カノウ下院議員だった。
軍事委員会室はどよめきに包まれた。一下院議員が政府首班たる事務総長の言を遮ってまで発言するようなことではない。しかも国防参議会に籍を置く彼女のその一言は、単なる放言と言えたものでもなかった。
「委員長!カノウ議員に発言の機会を」
すかさずハドソン議員が軍事委員長に向けて声を張り上げる。
スターは唖然として立ち尽くした。連邦憲法上国防参議会が元老院議長の軍事指揮権を掣肘する権限を持つとはいえ、一国防参議がしゃしゃり出るような場面ではない。
「今年中に連邦軍は作戦行動に出、帝国軍に奪われた領土を奪回します」
他の議員や閣僚たちに構うことなくカノウは言い放つ。
「彼女を止めろ!」
軍政長官ヘンリク・キラコスキが声を上げ、数人の与党議員が席から腰を浮かしかけたが、
「不規則発言はお控えください」
と国民同盟側から選出された軍事委員長が差し止めた。
「それには論拠が必要です。この委員会にはプレスも入っている。市民に向けて約束ができますか」
与党側委員席のざわめきが一層強まった。
「彼女を立たせるな!」
「静粛に!」
委員会の混沌をものともせず、カノウはその凛とした顔立ちでハドソンに対面した。
「いつどこで、とは申し上げられませんが、必ず反攻は行われます」
「それは一年後か、それとも五年後なのか」
「今年中に」
「政府の公式見解とは異なる!」
キラコスキが声を上げたが、これには野党席からブーイングが飛んだ。
「今年中に反撃できないのか!」
「足踏みしているだけか!」
野党は政府に言質を求め、与党側は対応に苦慮する。認めれば言質を与えるばかりかメディアと敵の諜報機関を通じて帝国側に連邦の侵攻近しと喧伝することになる。否定すれば弱腰と疑われ選挙を近くに控えながら政治的に不利となる。
「長官、ここは認めるほかないのでは」
スターにキラコスキが耳打ちした。
「カノウめ、出番欲しさにこんな大見得を」
「戦時下でこのような不規則発言は前例がありませんね」
「彼女を国防参議会から締め出すんだ」
表情を引き締め直しスターは立ち上がって答弁席へと向かった。すれ違ったカノウは彼に愛想笑いを投げかけてきたが一瞥すら与えず無視した。
「計画はあります」
その一言でスターは委員会室を鎮めた。
「いつどこでと申し上げられるものではございませんが必ず」
「いつまでですか、カノウ議員のお言葉を正と受け止めて良いのですか」
「詳細については議会指導部にお伝えします。この場では確約できません」
ハドソンは劇画のように両手を上げ、周りを見回した。
「カノウ議員は今年中とおっしゃった!既に中継で流れています。にもかかわらず政府は確約できないということですか」
「敵国がこの情報を得る可能性がある以上、これ以上のことは申し上げられません。何より機密漏洩により不当に我が国を危険に晒すことは許されません」
カノウは薄ら笑いを浮かべ、背もたれに身を預けている。周囲の議員たちが反感に満ちた視線を浴びせかけたが彼女は平然とそれを受け止めていた。
「君でも抑えられなかったか」
「残念ながら」
元老院議長ジェームズ・ウィリアムソンは議長執務室のソファに座る事務総長に背を向けていた。彼の眼前に広がる整然と区画整理されて並んだ大廈高楼の林立する様は、銀河に冠たる銀河連邦の国力を象徴しているようだった。
「カノウ君は勇猛で恐れを知らない。シリウス人らしくはないな」
軽妙な口調と共にウィリアムソンは踵を返すと、自分の執務机へと歩いた。
「市民の注目は嫌でも高まります。プレスの攻勢も激しくなるでしょう」
「“自由の鉄槌”作戦の中止は最早できません。帝国も手を打ってきます」
スターの隣に腰を下ろすキラコスキ軍政長官がネクタイを取りながら言う。
「軍人たちは“アイオワ”を使いたがっているのだろう」
ウィリアムソンは席に座ると卓上のデータパッドを手に取った。
「カノウ君が参謀本部の意を汲んだのか、もしくは彼女の野心か」
「どのみち、彼女をこのまま国防参議会に置いておいては危険です。即刻解任が必要かと」
「しかしメディアには政府が反攻に出る気がないと映ります」
スターが反論した。
「既にソーシャルネットでは彼女を称える言説で溢れています。弱腰の政府を突き動かしたと」
「奴一人の功績でもないというのに、しゃしゃり出やがって」
「愚痴を並べても始まるまい」
事務総長と軍政長官との間で沸騰した議論をウィリアムソンは制す。
「状況は変わっていない。勝利すれば君に安定した政権を渡すことができる」
スターは席から立ちあがった。
「定見のない迎合主義者に政権を渡すわけにはいきません。“自由の鉄槌”は必ず成功させなければ」
「軍人たちが頑張ってくれるだろう」
ウィリアムソンは押し付けられた責務の重さを嘆くように背もたれに寄り掛かり、白い天井を見上げた。




