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前史

 西暦二〇八七年に始まる第三次世界大戦はその戦禍を有史上初めて宇宙空間まで拡大し、国連信託統治領の火星もまた例外ではなかった。

 地球上では主要国による核兵器の濫用が繰り返され、地球人口は四一億人まで減少する。疲弊した各国が二〇九一年のレイキャビク条約で何らの領土的取り分けの無い終戦を迎えた時、火星は既に自主独立を宣言していた。

 衰退した地球から独立して急速に発展する火星共和国を見て地球の人々は一つの国家として統合する必要性を痛感した。九六年、主権国家の共同体に過ぎない国際連合は地球連邦へと移行し、地球環境と経済の再生と言う難事業に取り組む。

 再建の道半ば、二一〇四年に始まる火星戦争は地球に対しての独立を維持するべく急速に軍拡を推し進めた火星の、国内経済への負担に耐えかねた暴発的軍事侵攻であった。当初は優勢に立った火星軍は地球上陸作戦を開始するが、第三次地球軌道海戦で地上からのミサイル防空網に誘い込まれた火星艦隊が壊滅して地球侵攻軍の兵站線が失われてからは地球の地力に押される形で火星軍が敗走した。

 二度に渡る火星包囲戦ののち、降伏を拒否した火星首都オリュンポスに対する無差別軌道爆撃という血なまぐさい結末で火星戦争が終結し、ようやく人類社会は単一政体による統一と言う難事業を達成するに至る。

 繰り返された戦乱に倦んだ人々は社会の再建と発展に力を注いだ。維持する必要性も意義も無い軍事力よりも宇宙と言う無限のフロンティアへの拡張に国力が注がれ、西暦二一五七年には夢の超光速航法であるジャンプドライブが実用化される。やがて新たな歴史を象徴することを目指した人々は西暦を捨てて統一銀河暦へと移行し、かつての蛮行の人類史との決別を図った。

 しかし三世紀以上にわたる宇宙植民の過程で計画的産業移転による地球の産業空洞化や地球と地方惑星との政治的影響力の格差が課題となった。金融セクター以上の価値を持たない地球に富と政治力が偏在する不平等の中で、銀河に離散した人々を地球の統一政府で統治するのは限界が近づいていた。

 数度の法改正や経済発展により地方惑星の有形無形の政治的影響力が増大する中、人口も経済力も政治力も喪失に向かうと地球の北アメリカ州を始めとする地球の勢力は危機感を覚えて連邦からの離脱を主張し始める。

 その状況の中で統一銀河暦五一年、初の地球外惑星出身の大統領シャポシニコフが就任。就任の冒頭シャポシニコフはもはや没落した地球よりも経済発展著しいベテルギウスやシリウスと言った星系に首都を移すことを主張する。

 事ここに至り地球圏再興の最後の希望を賭けて北アメリカ州やロシア州と言った地球の諸州が相次いで地球連邦を離脱し地球連合を宣言、連邦政府との間に内戦が開始された。

 州兵や民兵主体の連合軍は迅速な作戦行動で弱体な地球連邦軍を地球から駆逐した。皮肉にも首都陥落を奇貨として連邦はベテルギウス星系の惑星ティアマトに首都を退避し、地球との戦争を継続する。自らの政権を”独立星系同盟”と改称して人類統一政体の維持を訴えたが、加盟州からは統治能力が低下した新政権への反発が相次いだ。

 この戦争は汎人類統一政府の威信を著しく低下させ、各地で連邦政府からの脱退と独立国家の旗揚げが相次いだ。一つの惑星で複数の国家が形成され、互いに争う羽目になった惑星も複数存在し、当初は地球戦争として始まったまる三世紀ぶりの戦争は”銀河内乱”と呼ばれる収拾不能な戦乱までに拡大する。

 戦乱の中で地歩を築き上げた勢力は、やがて十以下の国々へとその力を収斂させていった。

 銀河北部星域で勢力を拡大させた同一言語圏の星団が統一し、銀河北西部のミッドワールド(中縁部)からインナーリム(内縁部)を中枢領域として八七年"北サジタリウス共和国"を樹立する。

 勢いのままに広大な銀河北西部を地盤として固めた北サジタリウス共和国では一一五年、安易な大衆迎合(ポピュリズム)に走った政府を打倒したヴィルヘルム・マイスナーが初代皇帝として即位し"銀河帝国"を樹立。拡張政策を隠さず、ルージアや連邦、安京と勢力圏を争う。

 帝国に脅威を抱いた、オリオン腕で当時有力な国家であった独立星系同盟の残余勢力とオリオン共和国とシリウス国が一二一年に共同して“銀河連邦”を建国。地球連邦の後継国家としての正当性を企図して惑星ティアマトはニューフィラデルフィアに首都を置き、かつての地球をも支配下に収め、銀河南部を抑える銀河最大の経済大国として君臨した。巨大な軍事大国たる銀河帝国と対峙し、銀河西方のアウターリージョン(外縁部)を支配する”安京民国”や西部自由連合の争いには手出しをせず、経済基盤が盤石なオリオン腕の守りを固める。

 銀河東部インナーリムではエリウス王国が勢力を広げ、北部のルージア大公国や東部のカウラヴァ共和国、南東部に領域を広げるアル=ファド君主国と領土争いを繰り返した。

 一方で居住可能惑星のほぼ存在しないセンターコア(深奥部)、銀河中心部の航路を支配した中央通商協会はその立地的優位を活かして一四三年武装中立を宣言し、各国の中継貿易の中継ぎ役となる。

 それからさらに約三世紀弱が経過し、数度の戦争が繰り返されつつも勢力は概ね均衡していた。統一銀河暦三〇一年にルージア大公国が崩壊し、ルージア人民国へと変貌を遂げた地理的事件もまた、銀河地政学に左程大きな影響を与えることもなかった。

 統一銀河暦三七九年、銀河帝国の帝都ブラウメンに、エルヴィン・フォン・マグデブルクが誕生する。選帝侯に列するマグデブルク公爵家の次男として、将来の安定は約束されていた。だが銀河帝国を支配する野心を胸にマグデブルク家が妹ヴィルヘルミナを大公ジギスムントの長男コンラートと婚姻させたとき、ここ数百年もの間停滞していた歴史は一気に動き出す。

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