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その男、盗賊につき クーラン領僻地にて

腹が減った。 最後にまともな食事をしたのはいつだったか。


当てもなくただ彷徨っているうちにたどり着いた村で食べたスープだろうか。確かあれはクーラン領の騎士団が領内の貴族を粛清に行く途中だとかで、軍の備蓄をえらい勢いで村人達に振舞っていたのを貰ったんだったか。


あの時に食べたレンズ豆のスープがめちゃくちゃ美味かった。散々悪事を働き、奪った金で美味い飯を食ってきた俺だが、あの時に食べたスープより美味いものを俺は知らない。


思い出したら腹が減ってきた。違うか、腹はとうの昔に減っている、何日も食べてないのだから。


そうだ。今腹が減っているのも、俺がこんな物乞いをしているのも、この腕を切り落としたあのジジイのせいだ。


あの日俺様は全てを失った。


俺が頭をしていた盗賊団もあの日に壊滅した。


仲間は皆、剣を握れぬ様に手首ごと、指や腱なんかが斬られていた。それでいて誰も命を落としていなかったのだから本当に悪夢にでも遭ったのかと思ってしまうほどだった。


力で仲間を従えてきた俺も片腕を失って仲間はいなくなり、この通り物乞いになり下がった。


逆恨みで殺されなくて良かったなんて思ったが、あの時死んでおけばこんなに生きるのに苦労しなかったんだ。


それでも一度、生き延びちまうと死ぬに死ねない。俺はこんな物乞いになっても生きていたいなんて、随分欲深い人間だなと思っちまう。


でもそれもそろそろ終わりか。


全身から力が抜けて俺は座り込んでしまった。


風の噂で、理想郷なんて呼ばれている場所があるらしく、俺はそこに向かって歩いていた。


それもここで終わりだ。


ここまでの道程で俺と同じような奴を散々見てきた。


最初は皆、希望に満ち溢れた目をしていた。


それも延々と続くこの乾いた道を歩いていれば俺のように徐々に目から光が無くなっていく。


気付けば一人、また一人と脱落していった。これで俺もそいつらの仲間入り、ようやく死ねる。


既に足の感覚なんてねぇし、水筒を持ち上げて水を飲む気力さえない。


意識が朦朧として天地がひっくりかえったようにぐるぐるまわってやがらぁ。


次の瞬間、バタンと何かが倒れる音が聞こえてそれでおしまいだった。





ガタガタという不快な音と揺れに起こされて俺は目を開けた。


「まだ、生きてる?」


呟いた俺の声は掠れていて小さい。誰にも気付かれなかっただろう。


全身が酷く重く、身体は思う様に動かせない。


首を横に傾けると木箱や樽、頭陀袋が積み上げられ、それが振動でぶつかりガタガタと音を立てている。


どうやら俺は馬車の荷台に放り込まれているようだ。


生きているのが不思議だがまだ生きてる。無くなった腕がまだあったのならばこの馬車ごと奪い取って噂の理想郷とやらにいくんだが。


「おっ、ようやくお目覚めかい? あんた随分と寝坊助じゃねぇか」


ガラの悪い俺と同じように人相が悪い男が御者台からこっちを見て、がははと笑ってやがる。


「誰だ。なぜ助けた」


俺が尋ねると男はピタリと笑うのを止めて真顔になったと思ったら、次の瞬間更に大きな声で笑い始めた。


「がははっ、こりゃおめぇ、昔の俺様を見てるみてぇだなぁ! おい!」


御者台の男は膝を叩いて笑い、人を小馬鹿にしたような態度しかとらない。


「おめぇさんも、ドンレムを目指してるクチだろ?」


ドンレム、確かに、理想郷の噂と一緒にそんな地名が出ていた気がする。


「おめぇさんを拾う前にも何人か行き倒れを見つけてな。助けようと声をかけたはいいが、おれさまも死体は助けらんねぇからな。せいぜい墓を作ってやるのが精一杯だ」


目の前の豪快な男は見た目よりは繊細な奴かもしれない。行き倒れで死んでいる奴には墓を、生きている奴は助ける。本人は俺より凶悪に見えるが中身は良いやつなのかもしれない。


「そんで、やっとこさ生きてるおめぇさんを拾ったってワケよ!」


男は馬車を路肩に止めて俺の様子を身に馬車の荷台に乗り込んできた。


男は広いはずの荷台が小さく感じる程巨大な身体をしていた。赤い髪に黒い肌。右目をまたぐように切り傷が縦に走っている。


「俺の顔見ても動じねぇし、その腕も事故とかそんなんじゃなさそうだ。おめぇも大概、悪さしてたみてぇだな。がははは」


「うるせぇ、声がでけぇよ」


「がはは、そんだけ悪態つけりゃぁ大丈夫だ! これを飲んでおけ、次おきりゃあドンレムだ」


大男は薬瓶を開けて俺の口に突っ込んできやがった。冷たい薬液は咽る事もなく、不思議な喉越しと共にするすると喉の奥へと流れていった。


身体の奥底からにじみ出る様な暖かさが全身を巡り、あまりの心地よさに俺は悪態を吐く暇も無く眠ってしまった。





「おい! 寝坊助! 起きろっ!」


遠くから大きな叫び声が聞こえる。脳に直接響くようなバカでかい声だ。


「早く起きろ!」


ドカンと床板が跳ねあがり、俺の頭元の積荷が崩れそうになっているのが寝ぼけ眼にギリギリ映った。


ドスン。


崩れ落ちる直前に身体を起こしたが、そのまま寝ていたらやたらと重たい頭陀袋が頭に直撃していただろう。


「あぶねっ!」


「寝坊助! 早く手伝え!」


荷台から荷物を下している大男が此方に向かって叫んでいる。


立ち上がると身体の違和感に気付いた。


「身体が軽い?」


碌な食事すらしていなかったのに俺の身体は以前のように思い通りに動かせるようになっていた。身体の感覚を取り戻しながら大男の手伝いをする。


馬車から荷物を下すのだが、見たことのない車輪のついた檻の様な台車に頭陀袋を積み上げていく。


「小麦の籠車は3番倉庫へお願いしまーす」


綺麗な姉ちゃんが書類を片手に籠車を誘導している。


頭陀袋の中身が何か知らされていなかったがどうやら小麦が入っている様だ。


「この量はおかしいだろ」


思わずつぶやいてしまった。


なぜなら同じ小麦が入っているであろう籠車が列をなして倉庫に吸い込まれているのである。


「何が可笑しいんだ、寝坊助! そうか、こんな光景びびるわな! どうだ壮観だろうこの街の賑やかさ! たまらねーぜ! さっさと搬入を終わらせて飯に行くぞ!」


「お、おぅ」


俺はその後も馬鹿みたいにでかい荷馬車に載っていた荷物を下し続けた。小麦も、果実も、芋なんかの根菜も、見たことのない葉や実も凄まじい量が乗っていた。この荷馬車を襲うだけで相当な利益が出る。そんな盗賊時代の癖が出そうになりながらもなんとか荷馬車を空にできた。


俺たちが二人で作業している横でも、同じ形の荷馬車が何台も連なって搬入待ちをしていた。本当にこの町は何なんだ。人の数も馬車の数も普通じゃない


そもそもこんな荷物を積んでいたらまともに走らないだろう。こんな量の荷物を運ぶことの出来る荷馬車を俺は知らない。


大男が馬車を預けてくると言って俺を残して去っていった。


大男は頭が悪いのか? 労働奴隷にするつもりで俺を連れてきたのだろうが間抜け過ぎる。助けてもらった恩はあるが、ここで俺が逃げても文句は言えまい。


俺は人と荷物でごった返す、賑やかな搬入口から逃げ出そうと身体を反転させた。でもそこまでだった。


逃げれない。


助けてくれたのは間違いないあの大男だ。


見ず知らずの行き倒れを拾ってここまで届けた。


もっと言えばあの薬瓶の中はとんでもなく高価な品だろう。


なにせ死にかけていた俺を生き返らせたのだから。


待とう。


あの俺よりも人相の悪い、野蛮で声のでかい大男を。




「おい、寝坊助! 逃げなかったのか! 今日の仕事はもう終わりだ。メシ食いに行くぞ!」


馬車を預けてきた大男は重そうな革袋を手に持って戻ってきた。


「俺、金なんか持ってないぞ」


「がははは! 俺だって金持ってる行き倒れなんか見たこたぁねえな!」


大男は背中をバシバシと叩いて俺を馴染みの店「斑鳩亭」とやらに連れ込んだのだった。


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