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45 温かく柔らかな檻

冬十郎視点です


 姫と外部との接触を完全に断つようにと恭介に言われた時、私は自分の中に湧き上がってきた感情に驚き、途惑った。


 私は、まぎれもなく歓喜していた。


 今まで自分で意識していなかった仄暗くも後ろめたい欲望が、押さえつけるものを失って、あらわになった瞬間だった。


――危険な力を封じておくため――


 そんな大義名分のもとで、堂々と姫を監禁できる……。

 腹の底に隠していた願望が、あっけなくも叶えられてしまった瞬間だった。




 これまで自分のことを、穏やかで欲の少ない男だと思って生きてきた。

 私がそう思うように、周囲もそう思ってくれていた。誰も、自分でさえも、加賀見冬十郎という男を、本当の意味では分かっていなかった。

 まさか、三百歳も近くなった今になって、やっと自分の本性を知ることになるとは……。


 私はひどく強欲で、粘着質で、嫉妬深い男だったらしい。


 なんだか少し笑えてしまう。

 大事な女を守ることも出来ず、欲を抑えることも出来ず、中途半端な男のくせに執着心だけは強い。

 引き離されて暴走しかねないのは、私の方かもしれないと思う。

 いつか姫が成長して私の本質に気付き、私に愛想をつかしたとしても、潔く身を引くことはおそらくできないだろう。




 うるさく騒ぐ葵は、姫が眠ってくれている間に一族から追放した。

 里には戻れぬだろうし、こちらにいる一族にも頼ることはできない。葵を決して姫には近づけるなと、一族の者すべてに命じてある。恭介を通じて鬼童の者へも警戒を促しておいたから、葵はもう二度と姫とは会えぬだろう。

 葵が姫を諦めてさえくれれば、その後の人生は穏やかに生きられるだろうが……きっとそれは難しい……。




 今、姫は私の腕の中にある。

 むりやりに組み敷いて、その肌に触れた。

 姫は何度も怖いと言ったが、私は愛撫をやめなかった。

 姫が意識を手放すまで、何度も何度も執拗に抱いた。


 今ここに葵がいれば何度あの刀で斬られるか、どんな罵詈雑言を浴びせられるか想像がつくが、奴はもうここにはいない。



「姫……」


 力を失った裸体を引き寄せ、キスをする。


「ん……」


 その首元には鬱血した首輪の跡が残っている。

 そして、胸にも背中にも太ももにも、私がつけた執着の跡がくっきりと残っている。

 閉じているその目元は、泣いたせいで赤く腫れていた。


 あどけなく開いた口を見つめているだけで、唇を甘噛みして舌に吸い付きたいとか、指を入れてかき混ぜたいとか、腹の底でまた欲が蠢く。


 つい先ほどその華奢な体に触れて怯えさせたばかりなのに、まるで今まで心の奥底に押さえつけていた欲の箍がすべて外れてしまったみたいだ。


「んん……」


 姫がうっすらと目を開いた。

 その目が焦点を合わすのを、息を止めてじっと見る。

 私を見て、どんな表情を見せるのか。

 怯えや、嫌悪の色を見せないでくれと願いながら。


「冬十郎様……」


 姫はふにゃりと笑い、いつものように手を伸ばしてきた。

 ベッドの中で強く抱きすくめる。


「あれ……裸だ……」


 姫の呟きにぎくりとする。


「怖いか」


 聞くと、不思議そうに私の顔を見上げてくる。


「私のしたことが嫌だったか」


 姫は少しの間視線を揺らしたが、首を振った。


「いいえ、冬十郎様の体はいい匂いがしてあったかくて大好き……」


 と肌を擦り寄せてきた。

 ほっとして、その額に唇を落とす。


「姫は私のものだ」

「はい、わたしは冬十郎様のものです」


 従順と言うより、まるで隷属しているように返される言葉。

 少し、胸が痛む。


「人里離れた山の奥にでも家を建てよう。姫が欲しいならピアノでも何でも用意する。そうだな……庭に花を植えるのもいい。庭は広く作って、毎日散歩しよう。家が建つまではここにいることになるが、この最上階の部屋も明日にでも改装する。身の回りの世話をする者と姫との動線を分けて、すべての扉に鍵を付け、すべての窓に格子を入れる。姫、これからは姫の動ける範囲はもっと狭くなる。外出はもちろん、テラスへ出るのも私と一緒の時だけだ」

「はい、分かりました、冬十郎様」


 自分を閉じ込めるための計画を聞いても、何でもないことのように平然と姫は答える。


 姫は、私が何をしても嫌だとは言わない。

 わがままを言ったり自己主張したりすることを、誰もこの子に教えなかったし、許さなかったからだ。自分をさらった誘拐犯である『親』達の好みに合わせて、名前も性格も好物も変えて生きてきたと言っていた。姫は、それ以外の生き方を知らないのだ。


 私はまともな保護者になるつもりでいた。姫にちゃんとした生き方を教えるつもりでいた。自分なら、この子に必要なものを与えてやれると信じていた。


 だが今も、姫は『加賀見冬十郎の望む子』を懸命に演じている。

 大人の口付けを受け入れ、大人の愛撫も受け入れ、幼さの残る心と体で途惑いながらも、必死に私に応えようとしている。


 従順で、素直な、とてもいい子だ……。


「かわいそうに……」

「え」


 思わず出た呟きを聞いて、姫は不思議そうに顔を上げた。


「いや、何でもない」


 優しい男を演じて少女を騙す詐欺師のような気分がして、いたたまれない。

 だが、このまま無防備に私を信じていてくれた方が互いにとって幸福なのだろう。

 どちらにしても、私は姫を手放せないのだから。


「もう一度、抱きしめてもいいか」


 姫は私に向かって手を伸ばしてきた。

 そっと、優しく抱きしめる。


「もう誰も、姫をさらうことはできない。姫はもう連れ去られたりしない」

「はい……嬉しいです」

 

 姫の声は少し震えていた。


「大事にする」


 腕の力を強める。

 姫も強く抱き返してくる。


「私にできることは何でもする。優しくして、どこまでも甘やかす。だから……」


 だから。

 許してくれ。

 私を許してくれ。

 すべての自由を奪うことを。

 この先の人生を奪うことを。

 優しい男を演じ続けることを。

 従順でいい子を演じさせ続けることも……。


「姫が大人になった時、いつか、本物の恋を知った時に……姫は私を憎むかもしれないな……」

「え」


 姫は驚いたように身を起こした。


「憎むなんて、わたしは冬十郎様が好……」


 私は姫の口を指で押さえた。


「もしもの話だ」


 姫の瞳が不安げに揺れる。


「もしも、姫が大人になって、どうしても自由が欲しくなった時に、これから私が言うことを思い出してほしい」


 姫の手を取って、私の心臓の上に置いた。


「蛇の一族である私を殺す方法はたった二つしかない。それ以外の方法では何をしても死ねない体だ……。いいか、私が死ぬのは、姫が死んでしまった時と、姫が私の死を望んだ時だけだ。だから、もしもの時は私に向かってこう言えばいい。一言だけ、『死ね』と。それだけで、君は自由になれるから」

「嫌です!」


 姫が抱きついてくる。


「そんなこと言わない! 絶対に言わない! わたしは冬十郎様が好きです! 大好きです! そんな怖いことわたしは言わない!」


 必死にしがみついて叫んでくる。

 私は姫を受け止めて、ポンポンと優しく背中を叩いた。


「もしもの話だ、姫。姫が大人になった時の、もしもの話だ……。私も姫が好きだよ、大好きだ……すべてを捧げる覚悟がある……」

「そんな怖いことを言わないでください……」


 あふれ出てくる涙を、指で掬った。


「分かった。もう言わないから泣かないでくれ。ただ、覚えてくれているだけでいいのだ。もしもの日が来ないというなら、それでいい」

「そんな日は絶対に来ません」

「ああ、そうだな……」


 泣きじゃくる姫をあやすように、髪を撫でる。姫が泣き止むまでずっと、私は静かに髪を撫で続けた。




 結局、何一つ恐ろしいことは起こっていない。

 姫は誰も殺していないし、眠らされた者も明日には目覚めさせる。

 ただ、姫だけが……危険な力を持っているというだけで、ただそれだけで、自由とすべての権利を奪われ、一生を檻の中で生きることになった。




 檻は、どこまでも柔らかく温かいものにしよう。

 檻に入れられていることを忘れるほどに、甘く優しいものにしよう。

 それでもいつか、姫は気付くだろう。

 どれほど心地の良い檻だとしても、檻であることに変わりはないと。

 だから、鍵を渡した。

 姫が自由になれる方法を教えた。

 鍵を使うか、使わないかを、姫の心に託した。

 無責任だが、私は幸福だ。

 たとえ、もしもの日が来たとしても、私は絶望を感じる間もなく死ねるのだから。

 

「姫、愛しているよ」


 姫は泣きはらした目で、きょとんと私を見た。


「あいって何ですか」


 私は微笑み、何も説明しないまま、姫の唇に唇を重ねた。






~終~


ここで完結です。


最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。

初めての投稿で途惑うこともありましたが、読んでくれている人が一人でもいるならと自分を励まし、無事に完結させることが出来ました。


もしも他サイトで緋川真望をみかけることがあったら、生温かい感じで応援お願いいたします(笑)

ありがとうございました。

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