想像と創造
1
「母親を刺し殺して、その腐った死体の隣でゲームしていたと」
「ゲーム」
「居心地悪くないもんかね」
「えぇ」
「お前の所に回ってくるだろうな」
「えぇ」
平松は立ち上がると背を向けて壁を弄りだした。
大きな円窓が味気ない夜景を囲っていたが、灰色の壁が四方から閉じて窓を飲みこんでいき、その夜景も埋まってしまった。
均一な壁は、平松がそれを撫でる指に合わせて、徐々に色彩を変えていった。青、紺、緑、中心から波紋が広がり色のグラデーションが弾けては消えた。彼は最終的に壁をほとんど黒く塗りつぶした。部屋の灯はそれに合わせて淡い月明りの色になり、にわかに部屋を埋める植物が存在感を増す。歪なこぶをくっつけた多肉植物は遺伝子改良されてホタルのように発光する。あるものは青く枯れ、あるもの紫の花を咲かせ、そこに季節はなく、ただ、現在の好みで花弁の生死が決まる。
そうして混沌としたグロテスクな植物の光が、部屋の中で蠢いていた。
「何か飲むか?」壁を決めた平松は自分の趣味を誇るかのような顔で椅子に深く腰掛けた。
「いえ」と杉浦は短く返す。
タバコに火をつけて、平松は一つ大きく息をついた。話の本題に入るのだろうと、聞き手も心なしか身構えた。
「急な話なんだが、な、青木がさ。死んだよ」
「青木さんが」
「あぁ、今朝家で死んでいるのが見つかった。自死だとさ」
「そうですか」
「お前何か話聞いてないか?」
「いえ、特に何も」
「近頃はな。困ったよ」
「多いですね」
杉浦はそう言いながら、部屋に浮かぶスクリーンの中で、虹色の線を残して泳いでいく魚をぼんやり見つめた。
「お前は大丈夫か?杉浦」
「えぇ、予定はないですけど」
「青木もそう言ってたんだけどな」
杉浦は肩をすくめ、どういう顔をつくっていいか迷った挙句、警部と互いに苦笑した。
「それは俺も冗談で聞いたんだけどな」警部はため息交じりの煙を吹かせて、地面の花に灰を落とした。植物の花弁はそれを飲み込んで花を閉じる。
警部は一息大きく煙を吐き出し、杉浦を見た。
「お前はどうしてこの仕事を続けてる?仕事が好きか?」
「えぇ、それなりに好きです」
「それなりに好きか」彼は聞いた言葉を繰り返して、嬉しそうに笑った。「なんで?」
「他に何もないので」
「家族は、なんか言ってるか。今時働いてるなんて」
「いえ、分かってくれています」
「そうか」
平松はタバコの煙を消して満足そうに言った。「お前は、今時変わった奴だな」
「そうでしょうか」
「いくつになった」
「29です」
「そうか。お前は特別信頼できるよ。俺は」
何か伝えづらいころがある時にはこう言って機嫌を取ってくる。古い人はこのやり方をする。青木もそうだった。警部はタバコごと花弁に放り投げて、最後に主題を話した。
「青木がいなくなった分、しばらく忙しくなると思う。一応誰か回すように考えていはいるが。それまで、何とか頼む」
「分かりました」
部署に戻ると、すっかり人が消えていた。灰色の壁と30台並べられた白い机。ほとんどの机上には何も置かれておらず、汚れ一つない。
杉浦は顔をしかめて、窓際の一番奥の自席に座る。机に親指を押し込みスクリーンを展開する。今抱えている人物とゲームが表示される。青木がいなくなった分、対応しなくてはならない対象が増えていて憂鬱な気持ちになりながら追加された人間のデータを眺める。
同じような顔をした人間達。生まれてくる前にゲノム編集で欠点を失くし、完璧なバランスでパーツが構成されている。そして、それを眺める彼にも、非の打ちどころはない。その表情の暗さを除いては。
彼は気だるそうに眼を細め、人差し指の第一関節を親指の腹でなでる。画面がスクロールして情報を回す。呆然と膨大な情報を眺めるが、風景として捉えるだけで意味が頭に入ってこない。意味もなく幾つもスクリーンを展開し、部屋中に投げて広げていく。部屋にスクリーンが溢れ、各々ゲームの映像と文字の羅列が明滅する。
部屋の明かりを消して、ランダムな明滅の中で、ぐったりと背もたれに寄りかかり彼は目をつむる。瞼の裏に青い光や紫の光。意味の小さい音と光の群衆が波打つように寄せて返す。
全身の力が抜けていく。全てが面倒だ。帰るのも面倒だ。まずいな。胸のあたりでため息を吐く。しばらくこうしていると動けなくなる。
何故、仕事をするか。何故、家庭を持つか。何故、生きるか。それは、古い人間に植え付けられた慣習がそうであったからに他ならない。自分を教育してきた人間が時代に合わない思想を持っていて、社会の歯車とはそういうものであるとすりこんできた。
全てを忘れ、ただ、己の衝動のままに生きろというのなら、何もしないこと、それが真実だ。何もせず、そして、死んでいく。この虚無症に身を任せて。
彼は力を失いかけている腕を何とか持ち上げて引き出しに薬指で触れた。すると机上に錠剤が浮いて出た。それを飲みこみ、全てのスクリーンを閉じて、目をつむった。一瞬眠ったのか。もしくは、無意識に近くなっただけなのか。空白に近くなった意識は、薬の効果で唐突に戻った。体も嘘のように軽くなっていた。
ふと、警部が話してた事件の取り調べが始まっているのではないかと思い、彼は腰をあげた。




