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神様の逆鱗⑨



 市街に降りて戦火の酷い場所に近付いていくと、より詳細な戦場の状態を確認できた。


「あれは……」


 遠目からは空を駆けるライさんとメルフレイヤの炎が見えただけだったが、戦場にいるのは二人だけではなかった。


「おい、Bクラス未満の冒険者は避難しろって言っただろうが!」


「騎士隊はこの場で待機。次の指示を待て」


 戦いを繰り広げる二人を見守ることができる位置に、百名近い戦士たちの姿がある。不揃いな装備の一団と紅の鎧の一団。帝国の冒険者たちと帝国騎士たちだ。


 冒険者たちは数こそ少ないものの、装備の質から察するに帝都の精鋭たちだ。ライさんのこともメルフレイヤの事情も知らない彼らは、自分たちの街を襲撃してきた謎の敵に対処するため、装備を整えて戦場に駆け付けたのだろう。


「おい、鑑定できる奴! あのモンスターの鑑定結果はまだ出ないのか!?」


「だから鑑定結果は出てるんだって! 読めないだけなんだよ!」


「つまり失敗してるってことだろ!?」


「違うんだよ! 成功してるんだけど読めないんだよ!」

 

「ていうか、騎士様たちよ。その落ち着きようからして、あのモンスターがなにか知ってるだろ? 情報共有しろよコラ」


「生憎、冒険者に情報を開示する権限を自分は有していない」


 騒がしく戦闘準備を進める冒険者たちとは違い、騎士たちは陣形を組んで静かに戦況を見守っていた。隊長らしき壮年の男は、冒険者側の代表に対して淡々とした口調で告げる。


「付け加えるなら、我らはメリウス皇子の命によって動いている。貴様らの存在は任務を遂行する上で邪魔になる恐れがあるため、さっさと解散するがいい」


「ふざけんな! あんな化け物がオレらの街に現れたのに、はいそうですかって帰れるか!」


「あれが見えんのか? 『大導師』様が対応されているのだ。問題はない」


「たしかに英雄殿が負けるってのは考えられないが、万が一ってこともあるだろ」


「ふんっ、そんなことあるものか。万が一があるのなら、それは貴様らが邪魔をしたときだけだろうよ」


「言ったなコラ!」


 一触即発の空気。帝国騎士と帝国冒険者の仲が、時に殺し合いに発展するほど悪いことは有名だ。


「ちっ……こっちはこっちで勝手にやらせてもらうぞ」


 だが冒険者側が仕掛けることはなかった。この状況下で喧嘩をふっかけるほど、彼らも子供ではなかったようだ。


 この場から離れる動きを見せる冒険者たちに、釘を刺すように騎士隊長が声をかける。


「『大導師』様の邪魔をするなよ。貴様らの身の安全のためにもな」


「わかってるよ! 英雄殿にあの化け物を倒して欲しいと思ってるのはこっちだって一緒だ! おい、できるかぎり『大導師』を援護するぞ!」


 吐き捨てるように言って、冒険者たちは去っていく。


「……本当に邪魔をしてくれるなよ。その英雄殿に殺されたくなければ、な」


 その背にむかってぽつりと騎士隊長はつぶやいた。騎士たちはメルフレイヤの思惑を知った上で、戦いに邪魔が入らないようここで待機しているようだった。


 私は騎士たちに見つからないよう、気配を殺しながらぶつかり合う二人に近付いていく。


 義憤に駆られている冒険者たちに事情を話し、救援を要請することはしなかった。事情を知らないとはいえ、ライさんを化け物と呼んだ彼らに理解してもらえるとも思わなかったし、協力してもらえるとも思えなかった。


 それにいたところで意味がない。


 たとえ高位冒険者であろうとも、上位騎士であろうとも、この戦いに割って入る余地はない。


 一目でそう理解できてしまうほどに――それはすさまじい戦いだった。


「ガァアアアアアアアアアアアアア――ッ!!」


 戦場に轟く獣の咆吼。

 烈風を伴い空を駆ける漆黒のヒトガタが、その口から地上に向かって漆黒のブレスを吐き出した。


 深い闇を思わせる炎は地面に着弾すると共に、周囲一帯を闇に沈める。衝撃によって家屋数棟が吹き飛び、地面すらもえぐり取られるように粉微塵となった。


 生けとし生ける者すべてに死を与える破壊の鉄槌は、しかし彼女だけには通じなかった。


 不毛の大地となった地面の上に立つ女の姿がある。

 傷どころか服に汚れすらない美しい姿で、メルフレイヤ・クルーリオはそこに立っていた。

  

 彼女は笑う。空を見上げて艶やかに微笑む。


 返礼だ。そう言わんばかりの表情で、メルフレイヤは手のひらをまっすぐライさんに突きつけ、得体の知れない詩を唄った。


 それは恐らく魔法の詠唱だったのだろう。言葉も聖ハレヤ語で紡がれたに違いない。ただ、あまりにも早口だったため、私の耳には見知らぬ言語として聞こえただけ。魔導師スキルには詠唱の高速化を行えるようになる特技があるが、あそこまで早い詠唱を聞いたのは私も初めてだった。


 唱えられた詠唱により、紅蓮に燃え盛る炎の玉が生まれ、メルフレイヤの手から放たれる。


 炎弾は狙い違わず高速で旋回するライさんに向かうと、着弾と同時に巨大な爆発を起こした。地上の私のところにまで伝わってくる衝撃と熱は、今の一撃に先程のライさんの一撃にも匹敵する破壊力が込められていたことを物語っていた。


 ならばメルフレイヤが無傷で耐えきったように、ライさんも耐えられないはずがなく、爆発の中から漆黒の影が勢いよく飛び出してくる。凶悪な爪の生えた異形の腕を振りかざし、そのままメルフレイヤへと突っ込んでいく。


 だがそのときにはすでにメルフレイヤは三度同じ魔法を唱え終わっていた。同一魔法行使における詠唱破棄。連続して放たれた三つの炎弾が、次々とライさんを正面から撃ち貫いた。一発目で勢いを殺し、二発目で押し戻し、三発目で天高くまで吹き飛ばす。


 ライさんは大きく翼を広げ、空中で踏みとどまった。

 そのときには、さらに倍の六つの炎弾がライさんに向けて放たれていた。


「ガァアアアアアアアアアアアアア――ッ!!」


 弧を描き、別の角度から逃げ場を封じるように迫ってくる炎弾に対し、ライさんは素早く腕を振るった。すると爪の先から漆黒の刃が放たれ、炎弾を切り裂き、当たる前にすべて爆散させてしまった。


「ならば」


 と、メルフレイヤが炎弾の連射を止め、再び異邦の詩を唄う。


 瞬間、彼女を中心にして半径数百メートルが炎に沈んだ。


 赤々と輝き、灼熱しながら流れ出でる泥はすべてが溶岩であった。そしてその溶岩は渦を巻くと、空にいるライさんめがけて押し寄せていく。


 ライさんは爪をもって溶岩を切り裂いたが、溶岩は二つに分かたれてなおライさんめがけて突き進み、全身を容易く飲み込んでしまった。接触と同時に複数の爆発を起こし、やがて翼ある者を地面に叩き落とす。


「ライさん!」


 墜落したライさんを見て、ようやく私は我に返った。


「ライさん、メルフレイヤとは戦わないでいいんです! 私は、私はここにいますから!」


 ライさんを助け起こすべく駆け寄っていく。


 メルフレイヤからの邪魔は、ない。


 ――なぜなら必要なかったからだ。


「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――ッ!!」


「きゃっ!」


 三度放たれた咆吼と同時に吹き荒れた衝撃波に、私は小石のように吹き飛ばされてしまった。


 空中で姿勢を整え、着地を果たしてからライさんの方を見る。


「ライさん?」


 私は目を見開いた。

 起きあがったライさんの身体は、急激な変化を遂げていた。


「ああ、そんな……」


 黒い影に覆われた姿はそのままに、より人の形からかけ離れてしまっていた。爪は鋭く伸び、翼も尾も発達し、二回りほど大きくなった身体は歪に膨らんで、鱗のような棘が全身に生えそろっている。顔もまた獣のように変わり、口からは鋭い牙がのぞいていた。


「――ドラゴン」


 メルフレイヤが感激を露わにするように、その名で呼んだ。 


 そう、まさにライさんの姿は、伝説にあるドラゴンそのものの姿に変わり果てていた。


「ライさん! やめて、やめてください!」


 再び駆け寄りながら、大きな声でライさんに向かって呼びかけるが返答はない。紅の眼差しは、まっすぐメルフレイヤにのみ向けられている。


「ライさん! 私は、リカリアーナはここにいます! いますから!」


 必死に自分の存在を訴えながら、その身体に向かって手を伸ばし、


「あ」


 ふっとその姿が目の前から消える。


 次の瞬間、メルフレイヤの目の前まで肉薄し、ライさんはその巨大な腕を振りかぶっていた。


「――あはっ」


 メルフレイヤもまた口元に喜悦の笑みを浮かべて、その手に紅蓮の炎を抱いて振りかぶる。


 繰り出される破壊の鉄槌と破壊の炎。


 その一撃がどうなったのかは私には見届けることは叶わなかった。強大な力と力のぶつかり合いの余波で、再び私の身体はゴミのように吹き飛ばされていたからだ。


 それは一度だけではなかった。


 ライさんの咆吼が聞こえるたびに、メルフレイヤの哄笑が聞こえるたびに、私の身体は何度も何度も空を舞って地面に叩きつけられた。


 全身に痛みが駆けめぐる。

 けれど、それよりも痛いのは心の方だった。


 届かなかった手に、届かなかった声に、受け身を取る気力もなく地面の上を転がっていく。邪魔をするな、あっちに行けと言わんばかりに戦場から引き離されてしまった。


「ライさん……」


 やがて戦いの余波も届かない場所まで吹き飛ばされたところで、ようやく身体を起こすことができた。


 二人の戦いはまだ続いていた。

 より激しさを増して、二人は幾度となくぶつかり合っているのがわかった。


「ああ、そうです。もっと。もっとです、ライ様」


 耳には猛るライさんの声と、歓喜に啼くメルフレイヤの声。


「さあ、もっと、もっと、溶けるように愛し合いましょう。愛しき御方。ふふ、ふふふふ、あははははは!」


「ルァアアアアアアアアア!!」


 メルフレイヤの求めにライさんは応え、全身でぶつかっていく。炎を、爪を、尾を、地形を変える威力でメルフレイヤに叩きつける。


 それを真正面からメルフレイヤは凌いでいる。

 微笑みを絶やすことなく、あなたを愛している愛している愛していると戦うことで示している。


 お互いの瞳に映っているのはお互いのみ。それ以外は視界に映ることはない。


 ……メルフレイヤの言葉を、今となっては私も理解できた。


 殺し合う。これもまたひとつの愛なのだろう。他者の入る余地のない二人だけの世界を築くという意味では、愛を示す行為として最上の物なのかも知れない。


 つまり私は負けたのだ。


 ライさんの仲間としても、ライさんを想う一人の女としても、メルフレイヤ・クルーリオという一人の女に敗北した。


 声は届かず、想いは通じず、今はこうして戦いを遠くから眺めることしかできない。


 私に、二人の戦いは止められなかった。


 だが当然の結末だろう。私はライさんのことをなにも理解していなかった。


 あの人は自分はドラゴンなのかも知れないと告白してくれたのに、その意味を正しく理解してはいなかった。あの人の心の奥にあった怒りを察してあげることができなかった。


 それなのにライさんならきっと大丈夫だと、私の言葉で止まってくれると、そう自分の理想を押しつけて、一方的に理解した気になって、そして結果がこれだ。目の前のこの光景だ。


「私なんかよりも、よほどメルフレイヤの方がライさんのことを理解していた」


 私の悩みも決意も、意味なんてなかった。二人の戦いを止める手段は言葉なんかじゃなかった。止められる手段があるとすれば、それは純粋な力だけだったのだ。


 物理的に戦いに割って入れる強い力。

 一方を蹂躙してでも従わせることのできる強い力。


 すべてを支配するほどの強い力だけが、願いを叶える手段だった。 


「……力さえ、あれば」


 メルフレイヤのように、私も想いをぶつけることができたのだろうか?


 だがもう遅い。心も体も、私はあまりにも弱すぎた。


 出来ることはこの戦いの行方を見守ることだけ。ライさん勝ってと祈ることだけだった。


 そしてそれが意味するのは、メルフレイヤの愛が成就したということ。

 

「強い! やはり強いです、ライ様!」


 力をもってライさんに相対する女が、自分こそが正しいのだと叫んでいる。


「ああ、やはりわたしは間違っていなかった! あなたこそが運命の人! 誰よりも強い最強の御方!」


 自分の愛こそが正しいのだと全身全霊で謳い上げている。


「力こそがすべて! そう、あなたの強さをわたしは愛しているのです!」


 ライさんへの愛、を……。


「…………違う」


 私はそれを、違うと思った。


「違う。絶対に違う」


 理屈ではなかった。感情だけで私はそう思い、込み上げてくる怒りに突き動かされ立ち上がっていた。


 ただし、それはフィリーアと同じ考えというわけではない。先程そう思ったように、私はメルフレイヤの愛を否定しない。むしろ羨ましいと思うほどに、殺し合うという愛の形も正しいのだと思っている。


 それでもメルフレイヤの愛は違うと思った。その愛を許せないと思った。


 ……思えば、あのときもそうだった。メルフレイヤがフィリーアに自分の愛の形を語っていたときも、私は同じ怒りを胸に抱いた。


 なぜ、なのだろうか? 


 もうあの戦いは止められないとわかっているのに、私の存在なんて意味はないと誰よりも私自身が理解しているのに、なぜこの期に及んで立ち上がったのだろうか? 吹き荒れる衝撃波を、熱風を、必死になって堪えながら前へ前へと進もうとしているのだろうか?


 わからない。私にはわからない。自分自身が、私にはわからない。


 感情を押し殺すことに慣れてしまって、嘘を吐くことに慣れてしまって、自分で自分を偽ることに慣れてしまったから、自分の本当の気持ちがどこにあるのか、私にもわからなくなってしまった。


 それでも進む。わからない自分の心に突き動かされて、もう一度、あの人のところへ。


 そう思っても、当然戦いは私のことを無視して進んでいる。


「すごい。すごいすごいすごいすごいですライ様! 全身が熱い。心が熱い。魂が熱い。愛が、わたしの愛がどんどんと大きくなっていって、ああ、ああ、あああああああああ死にそう死ぬかも知れない死ぬ死ぬ死ぬ死にますああ殺して殺して殺して愛して殺して愛して殺してぇえええええ!!」


「ガァアアアアアアアアアアア――ッ!!」


 無数の炎を操りながら大地を駆けるメルフレイヤと、それを避けながら天と地を移動しながら戦うライさん。二人共に私のことなんて目に入っていない。流れ弾のひとつでもこちらへ向かってきたら、その時点で私の死は避けられないだろう。


 でもそれはいい。元々、自分の命なんて惜しくない。


 それも少し違うか。本当は、こんな私なんて死んだ方がいいと思っている。


 殺人鬼で。救いようがないくらいクズで。生きているだけで誰かに迷惑をかけてしまうのなら死んだ方がいいと、そう思っている。


 でも生きていたいとも思っている。

 幸せになりたいって、身の程知らずにも夢を見ている。


 だって、嬉しかったから。


『――それがどうした? 俺はリカさんのことが好きだよ』


 あの言葉、すごく嬉しかったから。


『――殺人鬼スキルがどうした? 俺の知っているリカさんは、そんな小さなステータス画面の中にはいないよ』


 私のすべてを救ってくれた、あの人の笑顔がとても素敵だったから、私は生きて幸せになりたいって思ったのだ。


「そうだ。ライさんは強い。でもそれじゃない」


 前へ進む。


「私が好きになったのは、そこじゃないんです」


 メルフレイヤの言葉を否定するために、自分の心を口にしながら私は進む。

 

「騎士を目指して、毎日一生懸命がんばっているところが素敵なんです。他の冒険者に馬鹿にされて怒ったり、褒められるとすぐに調子に乗ったり、失敗して落ち込んだり、それでもへこたれずに立ち上がって前に進めるところが、すごくすごく素敵なんです」

 

 だから好きになった。


「自分のステータスが読めなくても誰かのために笑える。そんなライさんが好きなんです」


 だから嫌だ。あなたには渡したくない。


「私が無理なのは知っています。この想いが叶わないなんて、そんなことは知っているんです。だから、他の誰かに取られてしまうのは仕方がないんだって諦めているんです」


 たとえば、ロロナさんとか。ライさんのいいところをたくさん知っていて、それであの人を好きになった人に取られるのなら納得できる。悲しいけど、寂しいけど、私は笑って祝福することができるだろう。


 でも――あなたはダメだ。


 強いからという理由で好きになるのはあなたの勝手だけれど、それがライさんのすべてって言うのは絶対に間違っている。


「メルフレイヤ。強さがライさんのすべてだなんて言う、あなたにだけは渡せない!」


 それがようやく気が付いた私の本当の想い。


 ライさんが心配だとか、自分が原因だからとか、そういうのは嘘ではないけど建前で。二人の戦いを止めたかった一番の理由は、そんな私の醜い嫉妬心でしかなかったのだ。


「馬鹿ですね、私。本当にどうしようもない」


 けどそれが私だ。リカリアーナ・リスティマイヤだ。


 だから――さあ、開き直って進もう。

 メルフレイヤ・クルーリオの愛のコクハクを止めに行こう。


 肝心の二人の戦いを止める手段がないけど大丈夫。私以外にももう一人、この戦いは絶対に止めると言っていた人がいる。


 他力本願で申し訳ないが、けれどきっと。


「ねえ、あなたも同じ気持ちなのでしょう?」


「ホーリーエンゲイジメント」


 私が二人の戦いの目の前まで辿り着いたとき、二人はちょうどお互いに対して最大火力の炎をぶつけようとしていた。放たれれば私なんて一瞬で燃え尽きてしまう破滅の輝き。けれどそれが放たれる直前に、光の柱がそれぞれの頭上に降り注ぎ、その動きを封じ込めていた。


 見上げれば、空に金色の輝きはあった。


 激戦をうかがわせるボロボロの姿で、けれど力強い姿で金髪の聖女は戦場に駆け付けていた。


「……聞こえてたわよ。全部、全部ね、聞こえてたのよ」


 彼女は怒りに全身を震わせながら、次々に光をメルフレイヤに叩き込んでいく。


「その上で言わせてもらうけど、はあ? 馬鹿じゃないのあんた? なにを勘違いしてるのか知らないけど、ライはあんたの運命の人なんかじゃないから。色々と拗らせすぎでしょふざけないで!」


「くっ、邪魔を――」


「邪魔をしてるのはあんたの方なのよ!」


 反撃しようとしたメルフレイヤの動きをさらに封じて、ライさんに想いを寄せる彼女は叫んだ。


「わたしはあんたみたいな奴のために、身を引いたんじゃない!」


 怒りに燃える瞳は、透き通るような綺麗な青色だった。

 

「だからほら、リカリアーナ! さっさと約束を果たしなさい!」


「はい!」


 ライさんの幼なじみの言葉に背中を押され、私はライさんへと駆け寄っていく。


 システィナさんと私は約束したのだ。ライさんのことをよろしく任されている。


 それに聖女様とも約束した。ライさんのことは私が止める、と。


 どうあれ彼女たちは約束を果たしてくれた。なら今度は私が約束を果たす番だ。


 光の柱によって地面の上で動きを縫い止められていたライさんは、光から逃れようと藻掻き暴れ回っていた。システィナさんもメルフレイヤの相手をしながらライさんを封じ込め続けるのは難しいらしく、その拘束は少しずつ、しかし着実に解けようとしていた。


「ライさん! 聞いてください!」


 時間はない。やり遂げる自信は、もっとない。


 それでももう一度、私は言葉を尽くす。


「私はメルフレイヤになにもされていません! あなたが彼女に怒る理由はなにもないのです! 殺し合いなんてやめてください!」


 私の言葉にライさんはなんの反応も示さない。その瞳はまっすぐメルフレイヤにだけ向いている。殺す殺す殺すと全身全霊で怒っている。


 これではダメだ。こんな言葉じゃ今のライさんには届かない。もっと重要でライさんにとっても衝撃的な、そう、私が自分の所為で殺人鬼に堕ちたことを伝えないといけない。


 そのためにも、まずは私に目を向けさせないと始まらない。


「ライさん!」


 私は危険を承知でライさんの鼻先に抱きついた。その大きくなった顔を力いっぱい抱きしめると、ようやくライさんの意識が私に向けられた。


 ほんの僅かに人間としての意識が残っているのか、そのまま噛み殺されるということはなかった。


「ガァアアアアアアアアアアアアア――ッ!!」


「くっ、ライ、さん!」


 代わりに獣の咆吼が放たれた。至近距離で放たれた叫びは物理的な破壊力すら伴って私の身体を打ち付けるが、必死の力でその場に踏みとどまる。


 ライさんはそのまま私を引きはがそうと暴れ続ける。

 拘束はいよいよ消え、再び怨敵目指して飛び立たんとする。


 私は大きく息を吸い込んだ。これがきっと、最後のチャンス。


 先程の叫びで鼓膜が破れてしまったのか、それとも一時的に聞こえていないだけか、どちらにしろ外界の音はすべてシャットアウトされていた。


 聞こえるのは私の胸の鼓動だけ。緊張と恐怖に、かつてないほど大きく高鳴っている。


 覚悟を決めて口を開く。


 私は殺人鬼になってしまいました――伝えるべきはその一言。


 知られたくない。嫌われたくない。そんな想いが邪魔をしようとするが、私はもう勇気をもらっている。たとえ嫌われるとしても告白する勇気を、私はもうあの日のライさんの笑顔からもらっているのだ。


 だから今も勇気を振り絞って、私は告白する。


「ライさん。聞いてください。私は、リカリアーナ・リスティマイヤは――」


 一番大事な人の前で、一番怖いと思うことを。













「あなたを愛しています。どうか私に、あなたの名前をください」













「ガァアアアアアアアアアアアア、ア、ァ……ぁ………………………………え? えっ!? えぇええええええええええええええっ!?」


 戦場に今日一番の叫び声が轟き渡る。

 私が間違えて愛の告白をしてしまった、その数秒後の出来事だった。


 


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