03 手負いの獣の手懐け方(隆史視点)
「隆志ちゃん!」
俺は、またか、と思いながらもその呼びかけに振り返った。
無視するわけにはいかない。
無視すると、何度も名前を連呼されるから。
「隆志ちゃん、はヤメロと何度も言った筈だが」
患者もビビる俺の睨みなど気にも留めない小娘の名前は成島緋菜。
この童顔で高校生とは恐れ入るが、確かに着ている制服は近くの名門女子高のものだ。
「はい、今日のお弁当よ。隆志ちゃん」
このヤロウ!人の話を聞けよ!
俺は奥歯を噛みしめながらも、差し出された包みを受け取った。
食い物に罪は無い。
それに(信じられない事だが)コイツの作る弁当は不味くないから。
ひょんなことから知り合ったこの小娘は、何故かモノ好きにも、この俺が好きだと言って纏わり付いて来る。
小娘が通う女子高と俺の研修先である大学病院が近い事もあって、毎日弁当の差し入れを持って来るのだ。
確かに、親を亡くして一人暮らしの俺にとっては助かる事ではあるのだが。
「今日はね、サバ味噌とほうれん草のお浸しとキンピラよ。キンピラは隆志ちゃんの好きな蓮根にしたから」
小娘の癖に和食が得意なのも驚きだ。
「・・・ああ」
俺はいつも満足な礼が言えない。
いや、小娘が勝手に好きでやっている事だから、礼を言う必要なんてない筈だと言い聞かせて。
「もう、外で食べるのには寒くなって来たね」
弁当を広げるのは病院の中庭。
確かに秋が深まってくれば日が暮れるのも早くなってきたし、気温も下がっている。
「また風邪引かないでね?」
風邪とインフルエンザは違うぞ。
そう言うお前の方が寒そうじゃないか。
俺はポケットの中のものを渡すべきかどうか、迷っていた。
これを渡したら、きっと小娘は図に乗る。
絶対だ。
だが・・・
「・・・おい、これ」
俺が差し出した物を小娘は瞳をキラキラと輝かせて受け取った。
「隆志ちゃん、これって・・・」
ああ、やっぱり、案の定だ。
「いらないなら、返せ」
取り返そうとすると、小娘は俺の手から離した。
「いや、あたしが貰ったものだもの!隆志ちゃんの部屋の鍵!返さない!」
失敗したかな?
「これからは隆志ちゃんのお部屋でお食事を用意して待っていてあげるね?」
早まったか?俺。
「それで『お帰りなさい』って言ってあげる」
嬉しそうに微笑む小娘は・・・不覚にも可愛く見えた。
「そして、いつか『いってらっしゃい』も言ってあげられる様になるといいな」
そ、それは勘弁してくれ。
そんな事になったら・・・小娘の義兄が嫌味っぽく忠告してくれた、小娘の父親からどんな仕打ちを受けるか判ったもんじゃないから。
「あたしがあなたに沢山の家族を与えてあげるからね」
小娘の癖に生意気な事を言いやがる。
でも・・・その言葉は俺の胸の中にぼんやりと暖かな灯を燈す。
失くしてしまったものを取り戻す事は出来ないが、新しく作って行く事が出来るのだと。
こんな小娘に教えられるなんてな。