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フレネミーに婚約者を奪われた令嬢は、氷の貴公子に溺愛される  作者: ハチ蜜


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第4話

ーーー数ヶ月後。


「痛いっ……! もう嫌、どうして私がこんな泥まみれの芋掘りなんてしなきゃいけないのよぉっ!」


ガレリア帝国の最南端に位置する、とある国境の街。

ぬかるんだ畑の中で、みすぼらしいボロ布のような服を着たアリシアが、泥だらけの手を見つめてわめき散らしていた。

かつては王都の流行の最先端をいくフリルのドレスを着て、艶やかな金髪を自慢していた彼女だが、今のその髪は泥と汗でベタベタに固まり、ひどい悪臭を放っている。


「文句を言うなアリシア! 手を動かさなければ、今日のパンすら買えないんだぞ!」


彼女の隣で、ひび割れたクワを握りしめて怒鳴っているのは、かつて王太子としてふんぞり返っていた男、アルベルトだ。

国庫をすっからかんにし、隣国を激怒させて祖国を崩壊させた二人は、国王からの「地下牢行き」という沙汰が下った後、あの手この手を使い、城の裏口から這々の体で逃げ出したのだ。


しかし、金も地位も、そして「実務能力」も何一つ持たない二人が、異国でまともな職に就けるはずがない。結果として、二人はこうして日雇いの農作業で小銭を稼ぐ、最底辺の生活へと転落していた。


「あーあ、最悪。……でも、セレナに比べればマシよね! あんな地味で陰気な女、きっとこの北の国のどこかで、暖炉もない馬小屋に押し込められて震えてるはずだわ!」


アリシアは現実逃避するように、醜く歪んだ笑みを浮かべた。


「私が一番可愛くて、セレナは私の引き立て役」


その歪んだ優越感だけが、今の彼女を支える唯一の精神安定剤だった。


その時である。


街のメインストリートの方から、鼓膜を揺らすような凄まじい歓声が聞こえてきた。


『おおおおおっ!! 辺境伯様だ!! 辺境伯様と、奥方様がいらっしゃったぞ!!』

『我らが女神様!! フロストブルクの救世主様、万歳!!』


「な、なんだ……?」


アルベルトとアリシアが泥だらけの顔を上げると、街の石畳を、見たこともないほど豪奢でピカピカに磨かれた大型の馬車がゆっくりと進んでくるのが見えた。


馬車の扉が開き、まずは一人の男が降り立つ。

透き通るような銀糸の髪に、長身で引き締まった体躯。そして、周囲の空気を一瞬で凍りつかせるような、冷徹で圧倒的な美貌の貴公子。


「ひっ……! な、なんて美しい男……それに、あの恐ろしいまでの覇気……」


アルベルトが思わずクワを取り落とし、アリシアも呆然と口を開けた。


氷の貴公子――クラウスは、歓声には一切表情を動かさず、ただひたすらに「愛おしい宝物」を扱うような優しく丁寧な仕草で、馬車の中へ手を差し伸べた。


『さあ、我らが女神のお出ましだぞ!!』


領民たちが熱狂する中。


クラウスの手を取って、一人の令嬢がふわりと馬車から降り立った。

その瞬間、アルベルトとアリシアの心臓が、ドクンッと嫌な音を立てて跳ねた。


クラウスの瞳と同じ、氷青色(アイスブルー)の最高級シルクで仕立てられたドレス。

雪のように白い肌と、艶やかに結い上げられた青みがかった銀髪。

そして、かつて分厚い眼鏡と重い前髪で隠されていたのが嘘のように露わになった、国が傾くほどの『絶世の美貌』


彼女が優雅に微笑み、領民たちに手を振るたびに、周囲から感嘆のため息が漏れ、光の粒子が舞い散るようにすら見えた。


「う……ウソ、でしょ……?」


アリシアの泥だらけの喉から、ヒュッと引きつった音が漏れた。


「セレ、ナ……? あれが、セレナだと……!?」


アルベルトの目が見開き、目玉がこぼれ落ちそうになっている。

間違いない。あの気品、あの立ち振る舞い。

しかし、自分たちが知っている「地味で陰気で、アリシアの引き立て役だった女」とは次元が違う。

隣に立つ、大陸一と名高い超絶美形の辺境伯と並んでも一切引けを取らない、圧倒的な「至高の美」がそこにあった。


「ウソよ、ウソウソウソ!! 私の方が可愛いのよ! なんであんなに綺麗になってるのよ!! 許せない!!」


嫉妬と絶望で完全に発狂したアリシアが、制止する警備の兵士を突き飛ばし、狂ったように馬車の方へ駆け出した。

アルベルトもまた、「彼女を取り戻せば、また俺の代わりに全部やってくれる!」という浅ましい下心を丸出しにして、その後を追った。


「セ、セレナーーッ!!」

「セレナ! 私だ、お前の婚約者だったアルベルトだ!!」


泥まみれの男女が、悪鬼のような形相で叫びながら突っ込んでくる。


「チッ」


その瞬間、辺境伯クラウスの全身から、文字通りの『絶対零度の殺気』が爆発した。


――ピキピキピキッ!!


クラウスが鋭い氷青の瞳で二人を睨みつけた瞬間、彼らの足元の石畳が瞬時に凍りつき、アルベルトとアリシアは氷に足を取られて無様にスッ転んだ。


「ひぃっ!?」


「気安く俺の妻の名を呼ぶな。……その薄汚い口を、二度と開けないように氷柱で縫い付けてやろうか」


極度の人見知りのせいで普段はスケッチブックを手放せないクラウスだが、「愛する妻に危害が及ぶ(かもしれない)」というこの瞬間だけは、恐ろしいほど流暢に、そして残酷な声で脅しを放った。


辺り一帯の空気が凍りつき、呼吸をするだけで肺が凍傷になりそうなほどの威圧感。アルベルトとアリシアは、恐怖でガチガチと歯の根を鳴らし、その場に平伏することしかできなくなった。


「あ、あ、ああ……っ」


這いつくばる二人の前に、コツン、コツンと、優雅なヒールの音が近づいてくる。

氷青のドレスの裾が、二人の泥だらけの視界の端に映った。


「……あら?」


鈴の音のように美しい、けれど、どこまでも平坦で冷たい声。


「そこのお二人。ひどく泥にまみれていらっしゃいますが……どちら様でしたかしら?」


アルベルトが弾かれたように顔を上げる。


「セ、セレナ! 私だ! アルベルトだ! 愚かだった、お前がどれほど優秀で美しいかを理解していなかった! どうか、どうか私のもとに戻って……!」


「セレナ! 私よ、親友のアリシアよ! ごめんなさい、私、こんな泥だらけの生活もう嫌! あなた辺境伯の奥様なんでしょ!? 私に綺麗なドレスと温かいお部屋を用意してよ!!」


どこまでも図々しく、浅ましく縋り付いてくる元婚約者と元親友。

しかし、セレナの美しい顔には、怒りも、悲しみも、呆れすらも浮かんでいなかった。

あるのはただ、路傍の石ころを見るような、完全なる『無関心』


「……アルベルト? アリシア? 申し訳ありませんが、存じ上げませんわ。私の記憶の中にあるその名前の方々は、私にとても『親切』をしてくださった恩人ですので」


「えっ……? お、恩人……?」


「ええ」


セレナは、隣に立つ最高に美しく逞しい夫――クラウスの腕にそっと手を添え、この世のすべての幸福を詰め込んだような、眩しい笑顔を浮かべた。


「あの二人が、その愚かさで見栄を張り、私を追放してくれたおかげで……私は今、この世界で一番優しくて、美しくて、私を愛してくれる最高の旦那様に出会うことができましたもの。過去の些事など、今の私にとっては『塵(ちり)』ほどの価値もありませんわ」


「な……っ」


アルベルトとアリシアの顔から、完全に血の気が引いた。

「怒り」を向けられるなら、まだ自分たちの存在意義がある。

だが、今のセレナにとって、自分たちは「人生を最高にハッピーにするための、ただの踏み台」であり、もはや記憶の片隅に留めておく価値すらない『ゴミ』として処理されていたのだ。


手に入らない美しさ。

手に入らない権力。


そして、自分たちとは比べ物にならないほど高位の男から向けられる、揺るぎない溺愛。


自分たちがセレナを見下していたのではなく、最初から自分たちが泥水の中で藻掻く羽虫にすぎなかったのだと、圧倒的な『格の違い』を完全に理解させられた瞬間だった。


「連れて行け。俺の視界、いや……俺の美しい妻の視界に、二度とこの汚物を入れるな」


クラウスが冷酷に言い放つと、待機していた帝国騎士たちが二人の腕を乱暴に掴み、引きずって路地裏へと消えていった。「嫌だぁぁぁ!」「セレナーーッ!」という断末魔のような叫び声は、領民たちの歓声にかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。


「……セレナ」


視察を終え、再び豪華な馬車の中に戻った途端。

つい先ほどまで「冷酷無比な氷の貴公子」として絶対零度のオーラを放っていたクラウスは、シュンッ……と音が鳴るほどの勢いでうつむき、ものすごいスピードでスケッチブックに文字を書き殴った。


『ごめんなさい!! あんな不審者を君に近づけてしまって! 怖かったですよね!? 心の傷がえぐられたりしていませんか!? 慰謝料としてこの街ごと君にプレゼントしますから!!』


「ふふっ、あはははっ!! 街ごとって、クラウス様ったら大げさですわ」


怯える大型犬のようにプルプルと震えながらスケッチブックを掲げる夫の姿に、セレナは先ほどの冷ややかな態度が嘘のように、お腹を抱えて笑い出した。


『だって、俺の宝物に何かあったらと思うと……! 本当はあの場で氷像にして粉々に砕いてやりたかったのですが、君の美しい目を穢すわけにはいかないと必死に理性を総動員しました! 褒めてください!』


「ええ、ええ。とってもかっこよかったですわ、私の素敵な旦那様」


セレナが優しく微笑んでその銀糸の髪を撫でると、クラウスは「ヒュッ」と限界オタク特有の息の呑み方をして、耳まで真っ赤にしてスケッチブックで顔を覆った。


「本当に、私にとってはもう、どうでもいい人たちなんです。……私が今見つめているのは、クラウス様、あなただけですから」


過去の泥に塗れた者たちがどんな悲惨な末路を辿ろうとも。


セレナの未来には、底なしの愛を与えてくれる最高の夫との、温かく幸せな日々だけが永遠に続いていくのである。

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