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第6話 最終通告

音が、戻ってきた。

ピッ、ピッ、と。

規則正しい電子音。

遠くで鳴っているはずなのに、やけに近く感じる。

「……安定しています」

女神が、静かに言った。

「微弱ですが、意識反応も確認されています」

「へえ」

軽く返す。

実感はない。

けれど、“向こう側”がまだ続いていることだけはわかる。

白い空間は、相変わらず何もない。

ただ、そこに“時間”だけが流れている。

そんな感覚だった。

「……あの」

女神が、少しだけ言いづらそうに口を開く。

「はい」

「この状態が長く続いた場合」

言葉を選ぶ。

「外部からの介入が、強制的に行われる可能性があります」

「さっきみたいなやつですか」

「……それ以上です」

短く答える。

その言い方で、だいたい察した。

「それは、止められないんですか」

「……私の権限では、不可能です」

きっぱりと言う。

迷いはない。

つまり、それは事実だ。

沈黙。

状況は、思っていたよりもシンプルだった。

「じゃあ」

俺は軽く息を吐いた。

「時間切れ、ってことですか」

「……はい」

女神は、ゆっくりと頷いた。

「このままでは、いずれ」

そこで、言葉が止まる。

言わなくてもわかる。

——強制転生。

たぶん、さっきよりもずっと強引な形で。

白い空間が、ほんの少しだけ冷たくなる。

沈黙。

長くはないが、重い沈黙。

「……一つ、方法があります」

女神が、静かに言った。

俺は視線を向ける。

「どんな?」

「私が」

そこで、一瞬だけ言葉を止める。

ほんのわずかな躊躇。

「……職務を放棄すれば」

続ける。

「本案件は、未処理のまま凍結されます」

「凍結」

「はい」

「別の担当へ引き継がれる可能性もありますが」

少しだけ視線が揺れる。

「一定時間の猶予は確保できます」

「その間に俺が目覚めれば」

「……転生処理自体が不要となります」

なるほど。

確かに、理屈は通っている。

「で」

少しだけ首を傾ける。

「その代償は?」

女神は、まっすぐこちらを見た。

逃げない視線。

「……私の資格は、失われます」

はっきりと言った。

「即時、あるいは段階的に」

「神でなくなる、と」

「はい」

静かな肯定。

重さはあるが、もう迷いはほとんどなかった。

「……なるほど」

俺はゆっくり息を吐く。

選択肢は、綺麗に並んでいた。


女神が仕事を続ける → 俺は転生する

女神が仕事を辞める → 俺は現実に戻る可能性が残る


シンプルだ。

あまりにもシンプルで、だからこそ重い。

「……どう思いますか」

女神が聞く。

その声には、判断を委ねるような色があった。

少しだけ意外だった。

「どうって」

俺は肩をすくめる。

「決めるのはそっちでしょ」

「……ですが」

「俺のために辞めるかどうか、って話ですよね」

言い切る。

女神が、わずかに言葉を詰まらせる。

「……そう、なります」

「じゃあなおさら」

軽く笑う。

「俺が口出すことじゃないですよ」

沈黙。

女神は、じっとこちらを見ている。

その視線には、迷いと、少しの苛立ちが混ざっていた。

「……無責任です」

 ぽつりと言う。

「そうですか?」

「はい」

少しだけ強い口調。

「貴方の選択によって、この状況が生まれています」

「でしょうね」

「であれば、最後まで関与する責任があるのではないですか」

初めて、感情が前に出た言葉だった。

俺は少しだけ考える。

それから、ゆっくりと答えた。

「じゃあ一つだけ言いますよ」

女神の視線が、真っ直ぐ向けられる。

「やめたほうがいいと思います」

静かに言った。

女神の目が、わずかに揺れる。

「……理由を、お聞きしても」

「簡単ですよ」

肩をすくめる。

「もう、やめたいって思ってるじゃないですか」

女神の呼吸が、ほんの少しだけ乱れた。

「それを無視して続けるのって」

続ける。

「だいたいロクなことにならないんで」

白い空間に、言葉が落ちる。

「……ですが」

女神は、すぐに反論しようとする。

「その選択は、多くを失います」

「でしょうね」

「後悔する可能性も高い」

「でしょうね」

「取り返しがつかない」

「でしょうね」

全部肯定する。

女神は、言葉を失う。

「でも」

最後に付け加える。

「それでも選ぶって話でしょ」

視線を合わせる。

「自分で」

静かな言葉。

逃げ場はない。

女神は、何も言わなかった。

ただ、立っている。

白い空間の中で、たった一人で。

長い沈黙。

本当に長い時間だった気がする。

実際には、数秒かもしれないけれど。

その間、女神は動かなかった。

考えている、というより。

決めようとしている顔だった。

やがて——

空間が、また震えた。

今度は、さっきよりもはっきりと。

強い圧力。

あの“上”からの干渉。


——最終警告。

——対象個体、未処理。

——即時対応を要求する。


女神の肩が、わずかに震える。

だが、さっきとは違う。

逃げるような震えじゃない。

踏みとどまるための震えだった。

「……来ましたね」

俺が言う。

「……はい」

女神が答える。

短く。

静かに。

そして。

ゆっくりと、顔を上げた。

その目には——

もう、迷いはほとんど残っていなかった。


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