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そして一同は、これからのことを話し合った。
カインに悪夢の効果が出るまではしばし時間がかかるとして、いずれは二度とこんなことをしないようにとっちめる必要がある。でなければアニタも逆恨みされて国に突き出されかねないし、ファリアスだってまた何をされるかわかったものではない。
「まぁでも、とりあえずはカインが悪夢で弱るのを待ってからあらためてその後のことは話し合いましょうか! それまではしばらく待機ってことで!」
マダムのその言葉に、一同はこくりとうなずいた。
「そうだな。きっとカインならひと月もたたずに音を上げるだろうが……」
「ふふふふっ……! 存分に苦しむがいいわ……。人をこんなくだらないことでただでこき使った恨み、晴らさでおくべきか……!!」
「やだ、アニタってば顔が怖い……」
そしてカインに何か動きがあり次第また皆で集まることに決まり、一時解散しようとした別れ際――。
「あぁ、そうそう! 大事なことをいい忘れてたわっ。アニタだけど今後は私の助手になってもらうことに決まったから。今後はアニタともどもよろしくね!」
マダムのその言葉に、リネットはこきりと首を傾げた。
「助手……? 何の??」
するとマダムはにっこりと艶やかに微笑みながら、アニタの肩を抱き寄せた。
「ふふーん! ちょうど裏稼業を手伝ってくれる相棒を探してたのよね。この子なら勘もいいし頭も切れるし、これだけの魔力があれば申し分ないわ。カインのおかげでいい助手が見つかって本当によかったわぁ!」
「裏稼業って……つまり……」
どうやらマダムははじめからアニタをシュテルツ家の仕事に勧誘するつもりだったらしい。確かに裏仕事をするにあたってアニタの力は大いに役に立つだろう。アニタもマダムの後ろ盾があれば国に召し上げられずに自由に生きられるし。
「そっか! あらためてよろしくねっ。アニタ!」
するとアニタがはっと何かを思い出したような顔で、リネットを見やった。
「あたしもあんたに大事なこと言うの忘れてたわ。リネット、あんたのその力国にバレないように気をつけなよ? そんなすごい力、国が知ったら絶対放っておかないに決まってるもん。国のために一生籠の鳥で働きたいってんなら、止めはしないけどさ」
「……?? どういうこと?」
意味が分からずきょとんと問い返せば、アニタがあんぐりと口を開いた。
「……もしかしてあんた、自分の力のすごさに全然気づいてないの? あんたのその夢食いの力、国にバレたらあっという間に捕まっちゃうレベルのすごい力よ?」
「……ええっ⁉」
リネットが困惑の声を上げたのと同時に、ファリアスがアニタに噛みつきそうな勢いで問いかけた。
「どういうことだっ!? リネットが保護対象になりかねないって……。ただ夢を食べて消す力じゃないのか……??」
ファリアスのその剣幕に、さすがのアニタも驚いた様子で教えてくれた。アニタが感じ取った夢食いの本当の力について――。
「……私が、ファリアス様の心の歪みを正してた? 夢を食べて一時の眠りを与えてただけじゃなく、ファリアス様の心まで癒してたってこと?」
アニタはこくりとうなずいた。
アニタによれば、夢食いの力には夢を通して心の淀みを正常化するものすごい力があるらしい。それをファリアスに使っていた形跡を感じ取ったのだと。けれど今はまだ不安定で本来の力の半分も使えていない状態であること、おそらくはファリアスに無自覚に使っていたのだろうとアニタは教えてくれたのだった。
「そんなに目一杯力を使いまくってたら、相当体にも負荷がかかってたはずだよ。最近体の調子がおかしいとかやたら疲れるとか、異変はなかったの?」
そう問われ、リネットは思わずファリアスと声を上げ顔を見合わせた。
「だからあんなに具合が悪そうだったのか……。まさか私を癒やすためにそんなに力を消耗していたとは……」
「いや、でもそんなつもり全然なかったですし……」
呆然とするリネットを、アニタがあきれたように見やった。
「これだけの力を制御もせずに使ったら倒れるのも当然だよ。それにもしあんたがその力を使ってなかったら、この人もっとボロボロだったはずだよ。眠れない上に強い負の感情を浴びるなんて、相当にきついはずだから」
当人であるリネットとファリアスが呆然とする中、マダムがやれやれといった様子で息を吐き出した。
「何にしてもアニタが気づいてくれてよかったわ……。ということで、唐変木。あなた、わかってるんでしょうね? 今後リネットちゃんが国に目をつけられないようにちゃんと守ってあげなさいよ?」
マダムのその言葉に、ファリアスは深刻そうな顔でこくりとうなずいた。
その横でリネットは考えていた。もし自分に眠っていたその力を目覚めさせたものがあるとしたら、それはきっとファリアスを一日も早く助けたいという恋心のせいだろう、と。ということはファリアスが自分のこれからの人生に、新たな光を与えてくれたことになる。そんなすごい力が備わっているのなら、それを使って自分だけの道を歩いていけるかもしれないのだから――。
(よかったな。ファリアス様に出会えて、恋をして……。たとえ恋が叶わなくったって、ファリアス様を癒やすことができたんだもん。これで恩も返せたし、胸を張って堂々とファリアス様のもとを去れる気がする……)
切なさと喜びを静かに噛み締めながら、リネットはにわかに自分の人生に希望の光が差し込みはじめるのを感じていた。




