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眠れぬ有能貴公子は、安眠保証付きのモフモフをご所望です!  作者: あゆみノワ@書籍『完全別居〜』アイリスNEO
専属バクになりました

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 翌日、ローナとホランドそれぞれから手紙が届いた。そこには、もう一度夫婦として互いに歩み寄る努力をしてみるつもりだと書いてあった。今すぐに一緒に暮らすのは無理でも、少しずつ出会い直したつもりでやり直してみる、と。


 リネットはファリアスを見上げ、にっこりと微笑んだ。


「よかったですね! ファリアス様っ。ローナ様のお手紙には、今度デートに行くつもりだって書いてありましたよ? 駆け足で結婚したせいで一度もふたりきりで町を歩いたこともないからって」

「あのふたりが……デートだと……?? は……はは。そうか……。それはまた……」


 なんとも複雑そうな表情を浮かべるファリアスの表情も、どこか明るい。きっとファリアスにとっても長年の懸念ではあったのだろう。もしかしたらふたりの別居の原因となったのが、自分のせいなのではないかと長い間思い悩んでいたらしいから。


(でもきっとこれでファリアス様も、これからは家族と安心して過ごせるようになるかも……。もちろん今すぐにでは無理でも、ギリアム様とだって仲良くできるかもしれないし。そうなったら、いいな……。ファリアス様が嬉しそうに家族の話をするところ、見てみたいかも!)


 そんなことを思いくふくふと微笑むリネットの耳に、元気な声が飛び込んできた。


「こんちはーっ。お届けものに上がりましたっ。えーと……、ギリアム・ユイール様からのお届けものです!!」


 配達人の言葉に、リネットはファリアスと同時に首を傾げた。


「ギリアム様から届けもの? 一体何かしら?」

「さぁ……?」


 爽やかな朝に届いた届けもの、それはギリアムの屋敷の料理人特製のパイの山だった。


「これはまた懐かしいですなぁーっ! こっちはミートパイに、あっ! こっちはクランベリーパイ!! これ、絶品なんですよねぇっ。中のソースが濃厚でトロリとして……」

「そうそう! いやぁ、懐かしいですなぁ! まさかこのパイをまた食べられるとは……‼ しかもこんなにたくさん!」

「こっちはレモンのパイですよ! このちょっと苦みがある感じが爽やかでたまらないんですよねぇ……。んふぅ~……」


 屋敷中に漂う香ばしいパイの香りに誘われて集まってきた使用人たちの顔に、明るい笑みがこぼれる。

 箱には一枚のカードが添えられていた。いかにもギリアムらしい固い文字で『ファリアスへ。お前の好物のクランベリーパイを送る。皆で分けなさい。リネットさんにくれぐれも、くれぐれもよろしくと伝えるように。 ギリアム』と。


 リネットは隣で黙々とパイを食べるファリアスに問いかけた。


「クランベリーパイ、お好きなんですか? ファリアス様」

「……あぁ、まぁな」


 実に素っ気ない反応だけれど、その皿はすでに空っぽである。すでにひとりでワンホールは食べているところを見ると好物というのは本当らしい。ならばもう少し嬉しそうに食べればいいのに、と思いつつもそんなところがいかにもファリアスらしくて笑ってしまう。


「きっとギリアム様、ローナ様たちから話を聞いてファリアス様へのねぎらうつもりで好物を送ってきてくださったのかもしれませんね! ファリアス様もきっと長年気苦労があっただろうからって! よかったですねっ。ファリアス様! ふふっ」

「ねぎらいというのなら、君へに決まっている。君がいなかったらユイール家がこうしてまた普通の家族として歩み寄れるなんてこと、一生無理だったろうからな。その……私も君にはとても感謝している。……ありがとう」

 

 もごもごと耳を赤く染めながらそう口にしたファリアスに、リネットの顔もぼわりと赤くなった。


(面と向かってお礼なんて言われると、なんか……こう……照れちゃうっていうか……。でも本当によかった。うまくいって……!)


 するとファリアスがまだまだたっぷりと積み上がったままのパイの山を見上げ、あきれたように嘆息した。


「とは言えあの人も、なんとも不器用な……。何もこんなに大量のパイを送ってこなくても……。限度というものがあるだろう、限度というものが……」


 そうぼやきながらも、先ほど取り分けたばかりのパイはすでに皿から消えようとしていた。


 そんな幸せそうなファリアスの姿に、リネットの顔にも明るい笑みが浮かぶ。

 皆と一緒に並んで食べたパイは、これまでに食べた中で一番おいしく幸せな味がした。



◇◇◇


 その夜、ファリアスは夢を見た。

 さわやかな風が吹き渡る草の匂いが満ちる湖のそばで草の上に広げたブランケットの上に座り、家族三人でクランベリーパイを頬張る夢を。それは幼い日の数少ない家族団らんの記憶だった。


 実を言えばその日まではクランベリーパイはそれほど好きではなかった。けれどその日、クランベリーパイにかじりついた自分の口の端から酸味のある果肉がとろりとこぼれ落ちそうになったのを母がハンカチで拭ってくれたのだ。『ファリアス、口元にソースがついていますよ?』 と微笑みながら。

  それを父は穏やかな目で見つめていた。ただそれだけのことだった。なのにその日からクランベリーパイは大の好物になった。

 

 夢を見るファリアスの口元に、やわらかな笑みが浮かんだ。

 そしてこの日ファリアスは、ほんの一時ではあったが穏やかな眠りにつくことができたのだった。



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