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新撰組の白狐さん  作者: 天音 るな
10/12

梅雨

 

 じめついた空気が漂う午後、京の街は雨雲に覆われていた。水無月は梅雨の時期である。屯所の中庭に咲き誇る色鮮やかな紫陽花が、雨に降られ揺れていた。


「洗濯物が乾かないんですよねぇ……」


 窓の外に咲く紫陽花を見つめながら、百合は溜息を吐く。雨の匂いは嫌いじゃないが、湿気の多いこの時期は中々洗濯物が乾かないし、カビも生えやすい。これだからこの時期は好きになれないのだ。


「ねぇ、芹沢さん? 雨止ませてくださいよ」

「無茶を言うな」

「できないんですか?」

「できるわけなかろう」

「芹沢さんにもできないことがあるんですね……」


 伸ばした足をばたつかせながら、百合は芹沢を哀れみの目で見た。何故そんな目をしているのか、芹沢には皆目検討がつかない。


(手の掛かるやつだ……)


 芹沢は心の中で悪態をつきながら、百合に訊いた。


「そう言えば奇兵隊を知っているか?」

「……きへいたい?」

「本当につい最近創設されたものらしくてな、何でも長州藩士が創設したらしいぞ」


 百合の顔から、感情が消える。優しく暖かい雰囲気も、一瞬にして消え去った。興味を示した証である。


「創設した長州藩士の名は?」


 無機質でいつもより大人びたその声は、百合のようで百合のものではなかった。芹沢はそれを知っていて、話し続ける。


「高杉晋作だ」


 雨の匂いが一層、濃くなった気がした。



 

 ◆ ◆ ◆



「高杉晋作って、あの……?」


 斎藤が信じられない、とでも言うような表情で呟いた。


「そうだ。暴れ牛と言われている長州藩士。過激派だ」


 土方は煙管を吸いながら、気だるそうに返す。土方の自室には、試衛館派の幹部が勢揃いしていた。

 土方の部屋は煙管を吸っているせいで煙が充満しているのだが、雨が降っているために、まともに換気ができなかった。

 沖田はその煙を見てあからさまに顔を顰めている。



「土方さん……暴れ馬だか何だか知りませんけど、煙管やめてくれませんか? 苦しいです」

「うるせぇ」

「うわっ、何すっ……、げほっげほっ……!」


 文句を言われたのが面白くなかったらしく、土方は沖田に煙を吹きかけた。煙管に慣れていない沖田は噎せてしまう。


「沖田くん大丈夫かい? 土方くん、沖田くんが可哀想だろう」

「ふんっ、餓鬼のそいつが悪いんだよ」


 山南が沖田の背をさする。近藤は土方の煙管を奪い取った。


「あっ、近藤さん何するんだ!」

「トシ、少し吸いすぎだぞ」


 消された煙管を、土方は悲しそうに見つめた。

 近藤の心に少しの罪悪感が伸し掛るが、身体に良くないものを嫌がる沖田の気持ちを優先するため、心の中で謝った。


(トシ、すまん……)


 落ち着いたらしい沖田は、土方をじとっと睨んだ。その視線を無視して土方は話しを再開した。


「……とにかく、高杉晋作が奇兵隊を創設したんだ。あいつらの動向を探る。奇兵隊の説明は、山南さん頼む」


 土方から説明を任された山南は、姿勢を正してから一度咳払いをした。


「奇兵隊は、藩士とそれ以外の武士や庶民からなる部隊です」

「混ざってるということか?」

「そうです、永倉くん。“奇兵隊”は藩士と武士のみで結成された“撰鋒隊”の反対語です。これが由来しているのでしょうね。


 新たな勢力です、結成されたばかりだからと侮ってはいけません。結成されたばかりならば勢いがある。


 ……ましてや結成した人物は、高杉晋作。油断はなりません」


 高杉晋作──そして吉田稔麿。長州、倒幕派の中心人物である。新撰組も彼等の行方をおっているが、中々尻尾を掴むことが出来ず捕縛に難航していた。


「高杉晋作は要注意人物だ、心しておけ。

 奇兵隊には吉田稔麿も参加している。こいつも要注意人物だからな。


 ───以上」


 山南に続けて、土方が話をする。土方はもう必要なことは話したと言わんばかりに、背を向け机に向かった。仕事が溜まっているらしい。


 土方のそれが解散の合図となり、失礼します、とそれぞれ部屋を出ていく。


「土方さん、あまり無理しないでね」


 最後に退室する藤堂が声を掛けるが、


「余計なお世話だ」


 と土方は鼻で笑ったのだった。

 それが照れ隠しだと分かっている藤堂は、はいはい、と笑った。


 藤堂が土方の部屋から戻ると、隊士達がざわついていた。どうやら誰かを取り囲んでいるるしい。


 藤堂が背伸びして辛うじて見える姿。佐々木愛次郎と楠小十郎が、中心にいた。

 どちらも壬生浪士組指折りの美男子である。


「平助、ひょこひょこ飛び跳ねてどうした?」

「兎見てぇだぞ」

「左之さん!新八っつぁん!失礼だな!」


 藤堂の右には原田、左には永倉。からかわれた藤堂は憤慨していたが、直ぐにあの騒ぎに視線を移す。


「それよりさ、あれ何の騒ぎなの? 愛次郎くんと楠くん囲まれてるけど」

「あぁ、あれな。佐々木の恋仲の話だよ」

「恋仲? いるの?!」

「いるんだよ、八百屋の娘で近所でも評判の美人な恋仲がな」

「名前はあぐりちゃんだってよ。一度お目にかかりてぇもんだ」


 どうやら佐々木愛次郎の恋仲、あぐりの話で盛り上がっているらしい。楠は佐々木と仲が良いために巻き添えをくらったというところだろう。


「まぁうちにも、百合っていう別嬪さんがいるけどな!」


 謎の対抗心を燃やす永倉。


「ありゃ別格だろうよ」


 原田は苦笑いを零した。


 百合は永倉や原田の言う通り、美人である。

 色素が薄いのだろう、茶色ががっている柔らかい髪。透き通るような白い肌。形の整った薄い唇。睫毛の長い、ぱっちりとした大きな瞳。


 原田曰く、


「髪はお下げだから子どもっぽく見えるけど、変えて化粧なんかしたらありゃ相当化けるぜ」


 らしい。




「私がなんですか?」

「わあぁああ?!」


 噂をすれば何とやら。3人の後ろには、百合が乾いた洗濯物を抱えて立っていた。


「そ、そんなに驚くことですか?」

「……驚くだろ、気配なかったぞ」

「皆さんがお話に夢中で気付いてくれなかっただけじゃないですか。それより、私の話をしていませんでしたか?」

「いやぁ……なんつーか、百合が別嬪だって話をしてたんだよ」

「はぁ、お世辞有難うございます」


 いまいちピンと来ないという表情でお礼を言う百合に、原田と永倉は肩を落とした。


「お前、少しは自覚しろよな」

「そうそう。絶対そこらの遊女より美人だぜ?」


 やはり百合は、はぁ、と返事をするだけ。


「なぁ、平助。お前も言ってやれよ」


 永倉が藤堂にそう言うが、藤堂は上の空だった。



 ───恋仲、か。


 俺もお菊ちゃんと恋仲になれれば……手を繋いだりとか、抱き締めたりとか、せ、せせせせ接吻とか出来たりするんだよなぁ……。


「……おい、平助。悪いけど全部口に出てるぞ」


 ぶつぶつとお菊とのウフフアハハな未来を考えている藤堂。思うだけならいいが、口に出してしまっている。本人無自覚である。


 見かねた原田が藤堂に教えてやると、


「え、え、えええええええ」


 生まれたての子鹿よろしく足を震わせ、何処かへと走って逃げて行った。


「馬鹿だろあいつ……」

「馬鹿だな……」


 哀れみの目を向ける原田と永倉をよそに、百合はにこにこと笑って


「ああいうところが藤堂さんの良いところですよね」


 と言った。




「何の話ー?」

「お、また増えた」

「わっ、沖田さん!」


 沖田は背後から百合の頭の上に自分の頭を乗せた。


「平助が馬鹿だって話だよ」

「あぁ、周知の事実だよね」

「さらっと酷い事言うよなお前……」

「総司の言う通りだな!」


 苦笑いをする永倉と、腹を抱えて笑い出す原田。ツボだったらしい。

 それよりも何よりも、沖田が話す時に伝わってくる振動をどうにかしてほしいと願う百合。



「それよりさ、百合」


 やっと頭を下ろしてくれたと思ったら、沖田は百合を自分の方に振り向かせた。


「何ですか?」

「明日、僕非番なんだよね」

「はい」

「だから一緒に甘味処行こう。最近行ってなかったし」

「行きたいです!」

「よし」



 こうして百合と沖田は約束をしたのだった。百合の嬉しそうな顔に癒されながらも、何となく疎外感がある原田と永倉は肩を落とす。



「仲良いな、この2人」

「皆して春が来やがって……」


 その日1日、2人の周りは青黒い嫌な空気でいっぱいだったと聞く。




話が一話抜けてました。すみません。

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