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018 模擬戦と勝敗と

 いつものようにシェーナに揺り起こされて目を開ける。

 馬車の窓から覗く空が一面真っ黒なのを見て、すぐに目を閉じる。


「……まだ真っ暗じゃんか……」

「リューネが力を失う前にバトンタッチする必要があるでしょう? それとももっとギリギリの時間にひっぱたかれて起こされる方がお好みですか?」

「ああ……気遣ってくれてありがとう……」

「もう少し微睡んでても平気ですから」

「……リューネは?」

「すぐそこで戦ってますよ」


 やはり眠っている間に仕掛けてくる輩も居たらしい。下手したら一晩中戦っていたのかもしれない。


「助けは?」

「いらなそうです。私が起きてからずっと見てますが、最初の位置から動いてすらいません」

「……流石、だねぇ……」

「あと十五分以内に起きてきなさいよー」


 戦闘中(らしい)というのに、呑気にこちらの様子を見る余裕すらあるようだ。

 まったく、頼りになるお姉ちゃんだこと。


「それ、リューネに直接言ってあげたらどうですか? 喜びますよ」


 口に出ていたらしい。

 声にやや皮肉げな色があるのは先日に同じことをやった彼女が困ったことになったからか。


「……さて、そろそろ行ってくるとしようかな」

「はい。どうか、気を付けて」

「ありがとう。……リューネ! 一晩中、助かったよ。代わるから体を休めてくれ」

「どういたしまして。それならお言葉に甘えさせてもらうとするわ」


 ひらり、と華麗な動きで振り返ってこちらを見たリューネが言った。

 それにしても、辺りはすさまじいことになっていた。

 地面はところどころ巨大なスプーンで抉りとったみたいに深く陥没し、木はまるで暴風に弄ばれたかのようにへし折られ、転がる死体の表情は本物の悪魔でも目にしたのかと思うほど鮮烈な恐慌に彩られていた。


「リューネが味方で良かったとしみじみ思うよ……」

「私なんて可愛いものよ? 貴方たちの母親に比べたらね」

「ルミスさん?」

「ええ。【魔】の貴方は【光輝の女神】を敵に回さなかった幸運をこそ喜ぶべきだわ」


 確かに、ルミスさんは【魔】からしたらそれはそれは恐ろしい【神】なのだろう。

 力の大きさも、容赦の無さも。

 しかし、リューネのルミスさんに劣るという自己評価は謙遜というものだろう。

 リューネ『ヨミ』もまた、【神】や人間が深く恐れる【魔】のはずだ。

 やっぱり、僕は恵まれてる。

 それはその通りだ。

 しかし……、


「それでも、他の兄弟には勝てるかはわからない?」

「……うん。いや、それどころか今のままならまず負ける」

「困ったわね」

「ホントにね。でもま、それを考えるのは僕の仕事だからさ。リューネは気にせず休んできてよ」

「それには甘えさせてもらうけれど、もし私の休憩のために出発を遅らせようとしてるなら、それは気にしなくていいわ」


 僕が馬車の中からでなく、わざわざここまで出てきてリューネに声をかけたのは、確かにすぐに発つつもりがなかったからだ。

 しかし、一晩ぶっ通しで戦ってくれていたリューネ自らこう言ってくれるなら、こちらものんびりしていられない。

 御者台へと戻り、馬を操る。

 一晩の睡眠のおかげで力は完全に回復している。さて、ここからは僕が気張る番だ。


             ◆◇◆◇◆


 ジェイル侯爵領に入ってはや三日目の昼間。

 領内に入った初日同様、ずっと野盗の襲撃は止まなかったが、もう領外に近いここ数時間はかなり散発的になっていた。僕らの力が知れ渡ったというのも一因かもしれないが。


「調子はどう?」

「昨日の百倍マシだよ。昨日はたかが人間でも数っていうのは一級品の戦力だっていうのを痛いほど学んだ一日だったからね」

「何にせよ、調子がいいなら結構だわ。で、本題なんだけど、そろそろジェイル侯爵領からも出るでしょう?」

「ああ。あと二、三時間もすれば襲撃も警戒しなくていいくらいには落ち着くはずだよ。どうして?」

「シェーナの魔法がかなり仕上がってきたから貴方にも見てほしいのよ」

「へぇ、楽しみだね。じゃあ、次の町で落ち着いた時に見させてもらおうかな」


 僕がリューネにそう答え、そのまま街道を行くこと三時間。次の町が見えてきた。


「あれね? なんて町?」

「グッチ子爵領の町なんだけど、なんていったかな。近くの町か大きな町じゃないと記憶してないんだよ」

「ともかく、あそこでようやく一息つけるってことですか」

「だね。魔法の準備はいい?」


 僕の確認に、シェーナは慌てて『幻影』を自らに施す。

 すぐに彼女の特徴的な銀髪は平凡な茶色に変わっていった。


「リューネ」

「はいはい、わかってるわよ。『隠形』」


 すう、と彼女の姿が消えた。

 ジェイル侯爵領にいた時には一台も見なかった馬車も多少走っている。家紋は入っていないから貴族ではなくどこかの商会の荷だろう。

 人が増えてきたのも良し悪しだ。こうなれば盗賊や山賊のような世間一般での脅威はまずないが、もう王都も近い。まさか僕の顔を知っている人間がいるとも思えないが、この辺りはそれなりの規模の町がごろごろしている。油断はできない。

 そうこうしているうちに町の関所に着いた。本来、馬車は臨検を受けるものだが、僕が貴族だとバレると面倒なため能力で役人を支配して素通りする。


「シーバッハくらい栄えてる感じがするわね。大きい町じゃない」

「この辺りはもう王都のそばだから。このくらいの町ならいくらでもあるよ」

「もうそんなに来たんですか? 予定ではまだしばらくあったと思ってましたが……」

「元々ぐるっと迂回するつもりだったジェイル侯爵領を通ってきたからね。すぐに抜けるために飛ばしてきたし」

「ふぅん。ならあとどのくらいなの?」

「ここから二日くらいの場所にエクトケって大きな街があるんだ。そこが王都に行くまでに寄る最後の街になる。で、そこから王都まではすぐなんだけど、ちょっと寄り道が必要だから、エクトケからさらに一日、二日ってところかな」

「大元の予定より三日、四日早いのね。わかったわ。今日の予定は?」

「明日、ここを発ってエクトケに向かうことになるけど、一泊野宿だからその準備かな。他は特には」

「私たちがやることは?」

「準備は僕がするから大丈夫。宿で休んでてもいいし、適当に町を見て回っててもいいよ」

「そう。なら私とシェーナはちょっと外を歩いてくるわ」

「了解。じゃ、宿を取ったら解散しよう。適当に満足したら戻ってきてよ」


 というわけで、宿に荷物だけ置いて僕らは二人と別れて町に繰り出していった。


           ◆◇◆◇◆


「ただいまー」

「おかえりなさい。買い物、ありがとうございました」

「気にしない気にしない。二人はどこに行ってたの?」

「ただの散歩よ。それより、この後は暇?」

「うん。あ、シェーナの魔法?」

「そ。行きましょ」


 そう言って、リューネとシェーナは外へ出ていく。

 別に魔法を見るくらい、ここでいいはずなんだけど。


「行くって、どこに?」

「少し裏に入ったところにいい感じの空き地があるのよ」

「なんだってそんなところに……」

「いいからいいから」


 強引に押し切られ、ぐいぐいと手を引かれながら宿から出る。

 リューネの説明通り、裏に回ってすぐのところに少し開けた場所があった。


「ええと……それで?」

「言ったでしょ。シェーナの魔法を見てもらうの」

「それはわかってるって」

「あは、そうよね。『視認阻害』、『音声阻害』」


 けらけらと悪戯っぽく笑いながら、リューネは結界のような魔法を発動した。彼女を中心にドーム状に広がり、空き地を覆い込んだ。

 効果はそのまま、範囲内の視覚的、聴覚的情報を範囲外に正しく認識させない魔法なのだろう。

 外で魔法を使う以上、必要な措置なのは間違いない。


「いい加減ちゃんと説明してよ」

「レウ様には、私と手合わせして頂きたいんです」

「手合わせって組み手? どうして……」

「忘れたの? 私がこのところシェーナに教えてたのは護身用の魔法よ? 実戦で使えなきゃしょうがないじゃない」

「そりゃそうだろうけど……」

「それに、シェーナが貴方に敵わないと思ってるなら大間違いよ?」


 それはいくらなんでも嘘だろう。

 彼女がとびきり優秀な【神】だと言ったって、『神性』を解放したのはつい数日前なのだ。

 それで僕に、【侵奪の魔】に勝てるとはとても思えない。

 まあ胸を貸すつもりでやってみるか。


「わかったよ。ルールは?」

「リューネはあんなこと言ってましたけど、私はレウ様に勝てるとは思えないので。能力はナシ、でお願いできますか?」

「それだけでいいの?」

「はい。あまり甘くしても意味がないので」

「まあ、危ないと思ったら私が止めるから。特にシェーナは思いっきりやりなさい」

「だね。さ、いつでもどうぞ」


 僕とシェーナの距離は五メートルほど。

 僕なら一歩だが、シェーナだと二秒から三秒はかかるだろうと、先手を譲る。


「では、お言葉に甘えて。『隠形』」

「へっ?」


 すぅ、とシェーナの姿が消えた。

 予想もしていなかった高度な魔法に、思わず素っ頓狂な声が出る。

 僕の視覚や聴覚では、完全に見失った。が、彼女が僕を五感で把握している限り、僕の能力が彼女の居場所を教えてくれる。


(能力はナシ、なんだけど……これは僕の意思でオンオフ出来るものじゃないからセーフ! 仕方ない! 支配の方を使わなければセーフ!)


 リューネの冷たい視線を無視して、自分に言い訳を強く刷り込みながら、『隠形』のままこっちの様子を伺うシェーナを警戒する。

 と、彼女が地を蹴って迫る。

 その速度も、予想より倍近く速い。なんらかの魔法を使っている。

 僕の『支配する五感(ルール・ザ・フィフス)』も大雑把な相手の居場所くらいは教えてくれるが、細かい相手の挙動まではわからない。

 いくら素人相手といっても、『隠形』状態で倍の速度のシェーナの攻撃を、薄い気配だけを頼りに捌くのは容易じゃない。


「でも、そのくらいじゃまだ僕には及ばないよ?」

「はい。そうだと思ってます」

「っ!?」


 声は背後。

 驚いて体を百八十度方向転換。死角からの攻撃に備える。

 が、一瞬遅れて気付いた。


「『幻聴』の魔法……悪くありませんね」


 今度こそ、背後。すなわち、先程までの正面。

 視覚を欺くのが『幻影』なら、聴覚を欺くのが『幻聴』の魔法。

 完璧にしてやられた。

 続くシェーナの一撃は、背骨がへし折れるかと思うほど、強靭な『衝撃』の魔法。こんなの、ただの護身用魔法の威力を逸している。


(『衝撃』を二発……いや、三発同時? 魔法の並列処理なんて高等テクニックを! くそ、効っくなぁ……!)


 しかし、僕はシェーナの『衝撃』の間合いからあえて逃げない。『衝撃』の威力に流されず、力強くその場に踏ん張る。

 彼女がすぐそばまで迫っている今なら、居場所も正確にわかる。

 シェーナが次の一撃を放つより早く、彼女の突き出された腕をとって投げた。

 ドシン、となかなか痛そうな音と共に、シェーナの『隠形』が解けた。


「はい、そこまで。シェーナ、大丈夫?」

「うぅ……せ、背中が……」

「もう、レウが本気で投げるから。嫁入り前の女の子にまったく酷いこと」

「そうは言うけど、手加減できる強さじゃなかったよ。ごめんね、シェーナ。立てる?」


 強かに背中を地面に打ち付けたらしいシェーナに声をかけ、手を伸ばす。一応地面が平たいことくらいは確認してから投げたが、その勢いは思いっきり本気のそれだった。


「流石に、まだレウ様には敵いませんね……」

「いや、今のは正直僕の反則負けっていうか……」

「『隠形』を能力で破ったことなら、気にしないでください。それは初めから折り込み済みでしたから」


 呼吸を整えたシェーナが優しいことを言ってくれる。

 ……呆れたようなバカにするような目でこっちを見ているリューネにも少しくらい見習ってほしいところだ。


「で、どうかしら? 感想は」

「いや、すごいよ。侮ってたけど、これじゃ僕なんてすぐにお役御免だね」

「でしょう!」


 なぜかリューネが薄い胸を張る。

 いやまあ、リューネだってシェーナの師匠なのだから威張る権利くらいはあるとは思うが。


「そんな、私なんてまだまだで……」

「謙遜も過ぎれば嫌味になるわよ? 貴女は強い。それは間違いないことだわ」

「そう、ですか? ……リューネがそう言ってくれるなら、はい。素直に誉められておきます」

「あ、でも、調子に乗りすぎてもダメよ? 強いって言ってもあくまでニンゲンと比べて、だからね。自分の実力は過不足なく認識しておきなさい」

「わかってます。レウ様にはまるで敵いませんでしたから」

「ま、それはいいから早く戻らない? 明日も早いしさっさと休もうよ」

「レウは若いのに年寄りみたいなこと言うわね……」


 リューネに失礼なことを言われながら、僕らは宿に戻っていった。

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