019 『設定』と訪問先と
時間指定して掲載できるとかいう超絶便利機能の存在を知ってしまったので試しに使ってみました。
「そろそろ今日は休むとしようか」
「今日はだいぶ進んだんじゃないですか?」
「賊の出ない旅って素晴らしいわね。穏やかで」
暗くなりかけている空を見て馬を止めた僕に、後ろの座席から二人が寄ってくる。
街を出発し、はや半日。エクトケまで道半ばときた街道沿いを今夜の宿と定めた。
夜営の準備を始める。
「シェーナ、火お願い」
「はい。『点火』」
小さな魔力が揺れ、集めてた枯れ木に火が灯る。
「魔法って便利だなぁ……」
「すぐご飯にしますから、待っててくださいね」
「魔法じゃなくてシェーナが凄いのよ」
昨日の僕との試合のあとも、シェーナの魔法の腕はめきめき伸びていた。
昨日と同じ条件で今また試合をやったら僕も勝てないかもしれない。
それほどまでに、シェーナの成長は速い。
「でも固有の能力はあまり出てこないね。苦手なのかな?」
「どうかしら。ルミスヘレナのタイプからいっても、シェーナの弱点は膂力だと私は踏んでるんだけど……ま、人って遺伝だけじゃないしね。というか、それはいいのよ。いくらなんでも一月も経たないうちにシェーナが【神】として大成するなんてハナから思っちゃいないわ。むしろ問題は貴方」
「いやぁ、僕だって【魔】になってからまだ一月も……」
「スッとぼけない。私の言いたいこと、わからないとは言わせないわよ?」
「……王都についてからの作戦はまだ決まってない」
「それは、今はまだ話せないってこと?」
「いや、本当にまだ何も決まってない」
「あのねぇ……! 私だってこんな小言言いたくはないけど……!」
「待ってよ! 別に怠けてた訳じゃないさ! 僕にも事情が……」
「何で喧嘩してるのか知りませんけど、ご飯できましたよ」
思わず声を荒げようとしたところを、シェーナに制される。
リューネも僕もなんとなくばつが悪く、黙って夕食に口をつけはじめる。
「……さっきの話だけど」
「え?」
「作戦はまだ決定できる段階じゃないんだ。昨日、これからの行程を説明したときに言ったと思うけど、エクトケを出てから王都にいくまでの間に寄り道する。そこではじめて、今のところの計画がうまく行くかがわかるんだ」
「……そ。ちゃんと考えがあるならいいわ。私たちの頭脳は貴方。私やシェーナもできるだけは力になるけど、やっぱり謀略みたいなのは苦手なのよ」
「人材不足は致し方ない。どうせ王都についてもしばらくは雌伏の時なんだ。その間にいい人探すよ。……あ、そういえば」
「何?」
「いや、大したことじゃないんだけどさ、王都に潜入して生活していくからにはそれなりに設定を決めとく必要があると思うんだよ」
「設定……とは?」
「例えば、王都で僕が本名名乗るわけにはいかないよね? だから偽名が要る。これが設定。他にも、僕の金髪にも言い訳が要るでしょ?」
「なるほど……」
「他人事みたいに聞いてるけど、貴女もよ。私はどうせ『隠形』してればいいけど」
「私も『隠形』してれば……」
「貴女はまだダメ。四六時中、何が起こっても『隠形』を維持できないといけないし、王都なら【英雄】に出くわさないとも限らないもの。未熟な『隠形』じゃ看破されるわ」
「偽名なんて別になんでもいいんだよ。難しく考えることもないさ」
「そうは言いますけど……。レウ様はどうしたんですか?」
「僕は……アークって名前を使うつもり。なんかの事情で家出してきた貴族って感じだね」
「なんかってなによ」
「なんだっていいのさ。そんな感じのことを匂わせておけば、あとは周りが勝手に想像してくれる。ハナからがっちり決めてしまうより、アバウトに遊びを持たせる方がいい」
「そういうものですか」
「そういうものさ。あ、名前は好きに決めていいけど、シェーナには僕のメイドさんって設定をお願いしたいんだ」
「メイド、ですか?」
「家出なんて大層なこと言いながら、従者を連れてるなんていかにも甘えたボンボンみたいだろ?」
「イメージの話ね」
まあ、自分で言っておきながら偏見に満ちているとは思うけど。他ならぬ僕自身、貴族な訳で。
しかし、民衆な貴族へのイメージなんて偏見に満ちたステレオタイプなものなんじゃないかと思う。貴族に直接会える平民なんて本当に限られているというのが大きい。
「わかりました。要はお手伝いさんですよね? タマタ婆さまみたいな」
「ばあやはメイドさんとはまた違う気もするけど……。まあそれでもいいや。衣装とかは明日エクトケで揃えるから採寸とか付き合ってね」
「で、シェーナは名前どうするの?」
「そうですね……シルウェ、というのはどうしょう?」
「父親の名前のもじり? いいじゃない。そうなると、二人はこれからその名前で呼び合うのかしら?」
「そうなるかな。一応本名さえバレなければいつものあだ名でもいいけど」
僕もシェーナもあだ名から即座に本名がわかるタイプの名付けではないし。
偽名と合ってなくとも、別に偽名の方を変えればいいだけだ。
「でしたら……レウ様にはいつも通り呼んでいただきたいです。偽名との響きも似てますし、大丈夫ですよね?」
「うん、いいよ。…………代わりと言ってはなんだけどさ」
「はい」
「シェーナは僕のこと、ご主人さま、って呼んでみない?」
「……はい?」
「いやいやいや、ほら、シェーナは僕のメイドなんだから! さ、言ってみてよ! ご主人さま。はい!」
「別に構いませんが……。ご主人さま?」
きょとんと首を傾けながら、上目使いで僕に呼びかけるシェーナ。
ああ……っ!
素晴らしい! 素晴らしいよ!
気性が大人しく従順で家事も得意なシェーナにメイドはまさに嵌まり役だ。僕の英断を誉めてほしい。
しかし、感慨に耽っていたところに、リューネが横から水を差してくる。
「でも、レウがご主人さまってどうなのかしら。年齢的にはお坊っちゃまってところじゃない?」
「……坊っちゃま?」
……それはそれで悪くないけど、年下の幼馴染みに言われるのはなんか……。
もにょもにょしていた僕の気持ちを察してくれたのか、シェーナは小さくため息をつくと、
「間をとって、若様、ではどうですか?」
「まあそれなら……」
仕方ない、と妥協する。
リューネの指摘も無下にできるものではない。成人もしてないくらいの僕にご主人様は確かにないかもしれない。
それに、メイドさんシェーナの本領はこれからだ……!
「ちょっと見ない間にレウが変な風に性癖をこじらせてる……」
失礼な。
メイドさんプレイは僕が後宮に住んでいた頃から王妃たちの間で大人気だったというのに。
僕がそう力説すると、リューネは憐れむような目で、
「王妃に人気ってそれ現国王の…………いえ、やめておくわ」
「血の繋がりには抗えないんですね……」
シェーナまで可哀想なものを見る目でそんなことを言う。
なんだよいったい。
「……まあ、王家の悲しい運命はさておき。二人は早く寝ておきなさいよ。私が起きてるから」
「悪いね、毎晩」
「誰に言ってるの? 【夜の魔】よ?」
「それでも、だよ。いつもありがとう」
リューネの照れ隠しをそうと気付いていないふりをして、感謝の言葉を繰り返す。
素直じゃないお姉ちゃんだけど、こういうのを何より喜ぶことを僕は知っている。
「~~~~! もう! それはいいから! 早く寝なさい!」
「そうだね。ご厚意に甘えるとしようか。おやすみ」
「ありがとうございます、リューネ。おやすみなさい」
◆◇◆◇◆
「おはよう。シェーナは毎朝早いわね」
「おはようございます。村では農作業なんかで朝早くから作業しなきゃいけないことも多かったので」
「そう? でもレウも同じ生活だったんでしょう?」
「それはまあ……レウ様は王族ですから? ああ、でも村に越して来たばかりのレウ様は普通に早朝から起きていた気がしますね。朝が弱くなったのはしばらく経ってからだったような……」
「なぁに、それ。ちぐはぐじゃない」
「不思議ですね」
早朝、いつものように起床した私は一晩中起きていたリューネととりとめのない雑談をしながら、すやすや眠るレウ様を横目に朝食の仕度をする。
「レウは起こさないの?」
「昼間はレウ様に頼りきりですから。できるだけゆっくり寝かせて差し上げたいんです。リューネもですよ? 夜中一睡もしてないんでしょう?」
「私は平気なのよ。夜は派手に動かなければ起きてても疲れないの。むしろ回復するくらいね」
「まあ無理に休めとは言いませんが……」
「心配してくれてありがと。本当に平気」
無理をしているんじゃないかと訝しむ私に繰り返して疲労のないことを主張するリューネ。
彼女もレウ様もそうなのだが、二人とも身内にすこぶる甘く、無理をしてでも面倒を見ようとするタイプなのだ。
私は、自分が『身内』に入っていて二人に大切にされていることを自覚している以上、逆に二人が私のために無理をしていないかということはかなり注意していた。
……反対にリューネやレウ様は私にあまり気を使わせまいとしているようだけど。
だから今もリューネは唐突に話題を変える。
「……そういえば、話は変わるのだけど、レウが王都に行く前に寄り道するって言ってたじゃない?」
「言ってましたね。行き先ですか?」
「そう! 一体どこかしら。レウの作戦の肝心要なのだから、貴族か大商人か……。あるいは人じゃなくて、それこそ王家の埋蔵金とかってセンもあるわね」
「…………アイシャとミリル」
「誰それ? それがレウの行き先なの?」
「……どうでしょうか。行き先は私もわかりません。レウ様にこちらに頼れるような知り合いがいると聞いた覚えはありませんし……」
正確には、アークリフ陛下など皇子以外のご家族はレウ様が助けを求めれば応えてくれる可能性はあるのかもしれないけど。
レウ様はあまり王宮や家族の話をしたがらないからその辺りはよくわからない。
「私の知るなかでパッと思い付くのはオーギュスト家でしょうか」
「オーギュスト、ってレウがよく名乗ってる名字よね」
「はい。レウ様の育ての親……タマタ婆さまのご実家です」
「ああ……。私は話でしか聞いたことはないけど、元々レウの母親の侍女だったのだっけ。王妃つきの侍女ならそりゃ貴族よね」
「ただ、婆さまはレウ様と一緒に十年も前に王宮を逃げ出してますから、今になってそのコネが使えるかは……」
「難しいわね。そういえば、さっきのアイシャとミリルっていうのは?」
「【岩石の英雄】を尋問した時にレウ様が言ってたんです」
確か、アイシャとミリルが敵じゃなくて良かった、だったか。
どちらも、聞いたことない名前。
それに……、
「女の名前よね。どっちも」
「……レウ様の婚約者、だったり……」
「……まあ、可能性としてはある話ね。あれでも王子さまなわけだし」
「そう、ですよね……」
「あんまり深く考えることないわよ。どうであれ所詮は昔の女じゃない」
ずいぶん明け透けな言い草につい吹き出してしまう。
もちろん、リューネは私を元気づけるためにわざとそういう言い方をしたのはわかっている。
思いやりに感謝半分、いかにもらしい言動にからかい半分で私は言葉を返す。
「そうですね。リューネ姉さまの言う通りかもしれません。気にしないでおきます」
「シ、シェーナ!? い、今姉さまって……」
「そろそろ朝食も出来上がりますね。レウ様を起こしてきていただけますか?」
「誤魔化されないわよ!今はレウより、シェーナの姉さまをもう一回……」
「ね、お願いします、姉さま」
リューネの催促には反応しないものの、あえての姉さま呼びでもう一度お願いする。
あぅ、とリューネがたじろぎながら逡巡しているのがわかる。
自身の欲望と姉としての義務感の板挟みになっているのだ。
結局、真面目なリューネはレウ様を起こしに行ってくれた。戻ってくる頃には冷静になっていることだろう。
それにしても、と落ち着いて思い出を掘り起こしていく。
アイシャにミリル。
どうにもこの名前、かつて誰かから聞いたような気がするのだ。
けれど、レウ様からじゃない。
王宮の政争に関わる人だとすると、母さまからいろいろ教えて頂いた時かと言えば、そうでもない。
(たぶん、普段会ったりしない人からだと思うんですが……)
「レウ連れてきたわよ」
思索はリューネの言葉に遮られる。
「ありがとうございます。朝ご飯にしましょう」
思い出せないということは勘違いか、さもなくば大したことでもないのだろう、と適当に結論づける。
……それが勘違いでもなんでもなかったことがわかるのは、翌日のことだった。




