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017 新たな魔法と野宿と

「ずいぶん怖いこと言うのね。しかも急に」

「事情が変わったんだ。本当はもっと安全なルートを行くつもりだったんだけど、予定を変更する。これから僕らが通る地域はかなり治安が悪くなる」

「どうして、です?」

「さっきの刺客だけど、あいつは多分僕の弟、アンラの手の者じゃない。【英雄】二人を破った僕にいまさらただの人間をけしかける意味は薄いからね」

「それじゃあ、あれは一体……?」

「貴族、かしら? シーバッハの街を支配する、貴族」

「それが一番有力だろうね。レイノ子爵は安全だと思ったんだけどねぇ……」


 思わず苦々しげに一人ごちる。

 この十年で状況が変化しているであろうことは十分に予想していたつもりだったが、初っぱなっからこう何回も躓くとは思っていなかった。


「で、それとルート変更になんの関係が?」

「レイノ子爵がアンラと繋がってないとすると、彼の背後に潜む王子は他にいる。この時点で僕は二人の王子に居場所を捕捉されてるわけだ。これは流石にまずい。どのみち王都に入る前にどこかで姿をくらませなきゃいけなかったけど、相手が二人となるとそんな簡単にはいかないかもしれない。だからこの辺りで一度トリッキーなルート選択をして惑わせておきたいんだ」


 本当はこんな序盤から王子に見つかるとは思っていなかった。

 油断と言ってしまえばそれまでだが、シェーナを襲わせたアンラはともかく、他の王子は僕が王都を目指していることすら知らないはずなのだ。ライバルを自分の手で始末したいのはどの王子もだろうから、協力してるとも考えにくい。アンラとやらはよっぽど情報の管理が甘いのだろうか。


「なるほど。そういうことならシェーナには護身用の魔法をもっと多く教えなきゃね」

「はい。よろしくお願いします」

「そういえば、『幻影』の魔法の方はどんな調子だい?」

「それなら、仕上がりましたよ」

「「えっ、もう!?」」


 僕とリューネの驚きの声が重なる。

 魔法を一つ習得するというのはそう簡単なことではない。

 『幻影』だってもちろんそうだ。僕では習得できないとすらリューネが言った、高度な魔法。それをたった数日で仕上げてしまったシェーナは異常とすら言える。


「み、見せてもらってもいいかしら?」

「わかりました。ちょっと待っててください。…………『幻影』」


 さぁっ、と彼女の蒼く輝く銀髪が毛先から順に、平凡な茶色に染まっていく。実際の色の上に『幻影』で作った実体のない色を被せているのだ。

 見事なものだと感心して見ていたが、すぐに異常に気づいた。

 といっても、彼女の魔法に欠陥を見つけたわけじゃない。

 むしろ逆、違和感が無さすぎるのだ。

 それにはっきり気付いたのはリューネが先だった。


「……この『幻影』何か変ね。……ああ、座標数値の設定が多すぎるんだわ。確かにこっちの方が髪全体に大雑把に『幻影』かけるのより隙無いでしょうけど……こんなのよく扱えるわね。髪の一本一本に『幻影』に被せてるのと大差ないわよ」


 リューネが言うが、そのすごさはいまいち僕には伝わらない。

 僕なりに噛み砕いてリューネに尋ねる。


「それは、シェーナの『幻影』の魔法は独自に改造されたものってこと?」

「もはや新造ね。効果も難易度も跳ね上がってるもの」

「リューネが教えた……わけじゃないんだよね?」

「リューネから教わった魔法ではありませんね」

「そりゃそうよ……。私そもそもそんな魔法知らないもの。ルミスヘレナから教わったの?」

「いえ、母さまでもありませんよ。昨日、私が作った魔法なので」


 絶句する僕とリューネ。

 魔法を作る?

 そんなことが果たして可能なのかと視線でリューネに尋ねる。


「……まあ、可能か不可能かで言うなら可能よ。実際、私だっていくつかオリジナルの魔法を持ってるわ。一応、シェーナのも既存の魔法がベースになってるしね。でも、まだ数えるほどしか魔法を知らない初心者が新しい魔法を作るなんて、信じられないわ……」


 そんなに複雑な構成でもないんですけど、などと言いながら魔法を繰るシェーナは、汎用の魔法一つロクに扱えない僕からしたらまるで雲の上の存在だ。

 しかし優秀な【神】と【魔】におんぶにだっこではあまりに情けない。


「……僕ももうちょっと頑張んないとなぁ……」

「レウ様、何か言いました?」

「いや、なんでも。じゃ、この先で人目のある場所はそれでお願い」

「次の街まではどのくらい?」

「今日中は無理だね。今日は野宿で明日の昼すぎかなぁ」


 地図とにらめっこしながら概算を説明する。

 ちなみに最終目的地の王都まではスムーズにいけば一週間といったところか。そうすんなりいくとも思えないが。


「そういえば、まだ聞いてなかったわね」

「なにが?」

「あなたが王都に着いた後どうするのか、よ。継承位の簒奪がいかに大変かなんて、いまさら貴方には説明するまでもないわよね?」

「そんなに立派な作戦なんてものは出せないけど……とりあえずは、王都に着いたら軍に入ろうと思う」

「軍?」

「ああ。この国では軍は王の物だ。本来なら政治の道具には使えない。王子や大貴族にはその辺の警戒や規制も特に強い。でも今の僕なら話は別だ」

「正体を隠さなきゃいけないデメリットを逆に利用するってわけね。で、軍の中で十分に影響力を発揮できるようになったら正体を明らかにする、と」

「どこまで上手くいくかはわかんないけど。影響力の拡大なんて、口で言うほど簡単じゃないしね」

「考えはあるんですよね?」

「多少はね。ただ、今は長々と説明してる暇はないんだ」

「え?」

「そろそろレイノ子爵領を抜ける。そうしたらそこからはほとんど無法地帯みたいなものなんだ」


 僕らが今から入ろうとしているジェイル侯爵領は、領主のジェイル侯爵がまるで統治というものがわかっていない人物で、十年前から自分本位のひどい悪政を敷いていた。重税と社会福祉の欠片もない政治に、領内のほとんどでは汚職や賄賂が蔓延り、治安は乱れ、しかしそれを取り締まる警察機構さえまともに機能していない。

 その悪名はとどまるところを知らず、遠くレイノ子爵領オウターヴァの町まで轟いていた。

 けれど、今回はそれが幸いした。僕が最後にジェイル侯爵の悪評を聞いたのはわずか三ヶ月前。今まで散々困らされてきた情報の解離もない。

 さて、と小さく呟いて気分を切り替える。

 僕はシーバッハを発ってから空にしていた御者台につく。


「レウ様?」


 もちろん、馬は僕の『支配する五感(ルール・ザ・フィフス)』で支配されていて、今更手綱を握る必要も鞭を振るう必要もない。もちろん御者台に誰かいる必要も、だ。

 僕の行動を疑問に思ったシェーナの呼びかけに答える。


「さっき言った通り、ここからは無法地帯だからさ。盗賊みたいなのがいつ襲ってくるかわかんないんだよ。ましてや、護衛もなしに馬車なんかに乗っちゃってる今の僕らなんてカモみたいなものだし。いきなり矢を射かけられたって驚かないね」

「ならなおさら、馬車の中に居ないと危ないと思いますが」

「それがそうでもないんだよ。僕の能力の性質上、僕を五感のいずれかに捉えた瞬間、僕の索敵と支配の範囲に入る」


 シェーナがはっとする。

 そう、僕らの馬車に弓矢なりなんなりで攻撃をしようとすれば、御者台の人間はどうしたって視界に入る。むしろ、御者台に座る僕を視界に入れずに矢を射って僕に中てるなんて奴が居たら、そいつはまず人間じゃない。

 対して、僕が馬車の中に居たら?

 もちろん襲撃者から僕の姿は見えないから視覚から侵すのは無理。弓の間合いからでは聴覚など他の感覚でも僕は捕捉され得ない。

 そうなると、馬車ごとハリネズミにされてようやく敵襲に気付く、なんてことにもなりかねない。


「ま、そういうことだから、二人は魔法の練習でもしててよ」

「すみません、何もお力になれなくて」

「気にしない気にしない。シェーナには期待してるからさ」


 申し訳なさげな彼女にそう言って、僕は御者台から警戒に当たった。


           ◆◇◆◇◆


 シーバッハを出てから数時間。

 山賊や野盗の襲撃は数えること九度。もはや治安が乱れてるとかいうレベルじゃない。もちろん全部未然に防いだが、相手の数が数だ。いくら人間一人を侵す魔力が大したことないとはいえ、たった数時間で二百人以上も侵して支配すれば魔力の消耗も少なくはない。

 事実、僕の魔力は半ばをとうに切って、残りわずかまで追い込まれていた。ここまでの消耗は僕の魔力操作の不得手からくる効率の悪さも一因ではあるのだが。

 くそ、と小さく悪態をついて、気合いを入れ直したその時、背後から肩を軽く叩かれた。


「お疲れ様、レウ。代わるわ」

「リューネ……?」

「なぁに、その顔は? まさか丸一日自分がやるつもりだったわけ? それとも、疲れすぎて頭回ってないだけ?」

「え……?」

「陽、もう落ちてるわよ」


 言われて、空を見る。

 空の端はまだ赤みがかっていたものの、確かに空のどこにも太陽の姿は無かった。

 馬に命じて馬車を止める。


「今日は野宿でしょう? シェーナに手伝ってもらって夜営の支度をしてしまいなさいな。辺りの警戒は私がしておくから」


 リューネの指示通り、シェーナと二人で夜営の準備をしたのだが、これが意外とくせ者だった。

 シェーナはもちろん素人だし、僕だって十年ぶりとかだ。なかなか上手い段取りがとれず、時間を浪費してしまった。


「あー、まさか寝床一つ作るのにこんなに苦労するとは……」

「でも、少し楽しくありませんか?」

「え?」

「こういうの、経験がありませんから。結構、わくわくしてます」


 小さく微笑んでそう言うシェーナに、ピンと張っていた心が少し弛む。それでようやく、自分の中に余裕というものがほとんど無かったことにも気付く。

 さっきのリューネの指示はこれを見越してのことだろうか。だとしたら、流石と言う他ない。

 そのリューネが様子を伺いにこちらに意識を向ける。


「どう? 支度は出来た?」

「なんとかね。味気無い保存食で悪いけど、晩餐と洒落こもうか」


 固い干し肉を水で柔らかくしながら、押し込むように嚥下するつらい食事を取っていると、嫌気が差したのか、リューネが口を開いた。


「明日からはまともな宿と食事が手に入るのかしら?」

「食事はできればなんとかするけど、寝床は諦めてくれ」


 目に見えて二人の表情が曇る。


「どうして?」

「今日の日中、このジェイル侯爵領を見て思ったけど、聞いてた以上に治安が悪い。酷いもんだ。飢えた人間は飢えた獣の何倍もたちが悪いものなのさ」

「しばらくは人のいるような場所には行かないってことですか?」

「そ。って言っても明後日の昼までにはジェイル領を出るはずだから、それまでかな。そのくらいは水も食料も持つだろう?」

「あと四、五食ですか。まあ、そのくらいなら」

「でもまだ二日はこのひどい治安の地域にいるのよね。なら、二人は早く休みなさい。夜のうちは絶対に安全だから」


 ずいぶん頼もしいことを言ってくれる。リューネが僕に着いてきてくれていなかったら、今ごろどうなっていたかわかったものではない。

 苦痛な食事を早々に切り上げ、その日の夜はリューネの言葉に甘えることにしてすぐに馬車の中で眠りについた。

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