第78話 忍者
オハナシを終えて、アドと忍者が帰ってくる。疲れた表情のアドとは対照的に忍者からは喜色の感情が漏れている。表情が忍び装束によってほとんど隠されているというのに、隙間から覗く青い瞳が感情を雄弁に表すというのは不思議な感覚だ。
「はぁ……、シロキさん紹介しますね。この人は忍者です。以上」
「それは酷いんじゃないか?」
アドとこの忍者の間にどんな関係があるのかわからないが、流石に扱いが雑すぎる。
「仲間内ではフウマと呼ばれているただの忍者で御座るよ。気軽に呼んでいただきたい。敬語も不要でござる」
「風魔小太郎から取ってるのか。ガタイがいいから小太郎っていう感じはしないけど」
「そうでもないで御座る。そもそも風魔小太郎とはただの頭領の名前。姿かたちは当然違っておる。そして五代目風魔小太郎は身の丈が七尺二寸あったうえ、異形な姿をしていたと伝えられておるな」
「かなり詳しいですね」
さすがにここまで忍者に詳しいとなると、異世界で一から忍者の知識を得たということはないだろう。
「想像通り、拙者も異世界人で御座る。同郷というにはさすがに無理がござるが」
「まあ、日本人には見えないよなぁ」
「心は忍び、ゆえに日本人のようなもので御座るよ」
とりあえず、忍者かぶれではあるが、話が通じない訳ではなさそうだ。
「なんでアドは毛嫌いしているんだ?」
「嫌ってるわけじゃないんですよ。まじめにしてくれていればすごく頼りになるのにふざけてばかりなのをやめてほしいんです。大体私の前でフウマなんて呼ばれていることはほとんどなかったんですよ」
「何て呼ばれていたんだ?」
一瞬しまったという顔をしてから、すごくいやそうな顔になり絞り出すようにアドは口を開く。
「……………………ロリコン忍者」
「…………そうか、凄いあだ名だな」
「前々から意味の分からない風に呼ばれているなぁなんて思っていて、初めて意味を知ったときはそれはもう愕然としましたよ」
二人の関係性が分からないがこの忍者の信用が一気にガタ落ちした。
今二人が並んで座っているが、それをまずどうにかしたほうがいいか悩む程度には。
「そんなに警戒しなくても大丈夫でござるよ。何しろ拙者既婚者で御座るよ。相手が小人族ゆえにそのようにからかわれているだけ御座る」
「ええ。私が襲われたりすることはないので大丈夫です」
アドがそういうのならば大丈夫か、そう思うが一つ確認しておく。
「アドのことはどう思っているんですか?」
「もちろん愛しているで御座る!」
即答だった。
「なあ、アド。人の交友関係に口を出すのはよくないとは思うんだが、付きあう相手は選んだほうがいいぞ」
「ええっと、こんなのでも頼りにはなるんですよ。それこそ私の武器を用意してくれたのはこの人ですし」
「拙者の準備した武器は役に立ったで御座るか?」
「使ってませんよ! あんな分不相応な武器を使っていたら、とっくに盗まれてますよ。あと手裏剣もクナイも使いにくいんですよ。せめて小太刀なら振り回すだけでも使えたのに」
「アド褒めたいのか貶めたいのかよくわからなくなってるぞ」
乱暴な物言いをする一方で、いちいちフォローも入れている。
「とにかく! 私たちはもう行くからついてこないで! 行きますよシロキさん」
アドは支払いを済ませさっさと店を出て行ってしまう。
「それじゃあ、失礼します。機会があればまた」
「ふむ。そうでござるな。今回のところはこの辺にしておくことにするでござる。シロキ殿」
最後。酷くまじめな口調で名前を呼ばれた。
「何ですか?」
「君はなぜアドと一緒にいる?」
改めてなぜと問われ答えに窮する。
「アドは冒険者としてはまだまだ未熟。その上危険なことにも身の程を知らずに首を突っ込む。命がいくつあっても足りない。そんな旅だったはずだ。それなのになぜ君は一緒に旅をしている?」
「……そりゃあ、無鉄砲に突っ込むのはどうにかして欲しいですね」
コボルトの時もゴブリンの時も危険を顧みなかった。
「ならば――」
「ただ、それがアドでしょう? 無駄なくらい正義感にあふれ、他の人のためになるならわが身の危険を顧みない。あれほど信頼できる相手というのはそういない。信頼できる仲間というのは何にも得難いでしょう?」
「全く持ってその通りで御座るな。それにしてもあの子がそのような評価をされるほど成長しているとはなかなか感慨深い。引き留めてすまなかったね」
店を出てアドに追いつくとアドは疲れきった表情であった。
「なんというか、濃い人だったな」
「いえ、本当にまじめにしていれば良いんですけどね」
確かに最後に交わした会話は酷くまじめなものだったのでアドの言いたいことは分かる。
「あと、シロキさんごめんなさい」
「ん?」
何か謝られるようなことがあっただろうか?
「異世界人の知り合いがいることを黙っていました」
「んー。まあ、しょうがないんじゃないか? 最初はナゴヤに連れて行ってもらうという依頼だけの関係だったし、その後はナゴヤ方向から離れて行ったしな。そんな状況でナゴヤにいる人の話をわざわざすることもなかったしな」
下手に早い段階で異世界人の知り合いがいるなどと聞いていたとしたら、都合がよすぎて疑っていた可能性すらあった。
「それにずいぶん変わった人みたいだし、積極的に頼りたくないというのもわからなくないしな」
「そういってもらえると助かります」
「それで、フウマさんの言う通りギルドに行くか?」
「いえ、言うと通りにするのは癪なので町を見てからで良いですか? シロキさんの作ったお酒に付ける果物を探したいですし」
「癪って。まあ問題ないな情報が逃げるわけでもないしな」
二人で市場に足を向けるとこれまでの市場とはまた違った果物や野菜が並ぶ。アドにとってはあまり目にしないものも多いのか顔をしかめている。
「何を漬け込んだらいいのやら。シロキさんのおすすめの果物はあるんですか?」
「そうだな。こっちであることを確認できたものだとトマトやレモンを漬け込むことができたはずだ」
「そう聞くとなんでもできそうですね」
「あとは梅が定番だな」
「ウメですか?」
「こっちではあまり食べないかもな。そのまま食べると毒もあるし」
「え? 毒があるものを使って大丈夫なんですか?」
「酒に付けたり塩漬けにすれば毒素が消えるはずだ。もし酒造りに失敗して毒素が残っていても三ケタ食べなきゃ問題ない程度の量だから大丈夫だ」
「へぇそうなんですか」
「ただ旬が過ぎてるからなぁ。あれは梅雨の季節のころに仕込むのがいいはずだからな」
逆に言えばそろそろ今年漬け込んだ梅酒が出回る季節ということでもある。運が良ければこの町で飲むことができるかもしれない。
「うーん。どうしよう」
「奇をてらわずに好きな果物とかでもいいと思うぞ。うまくできる保証はできないけどな」
「そこは保証してくださいよ。あ、あれはどうです?」
アドの指さした先には赤い果実があった。
「リンゴか」
「はい。私の二番目に好きな果物です。すっぱくて甘くておいしいですよね。お酒にするのがもったいないくらい」
「それを言われちゃ酒にできないだろ。普通に食べたいなら無理に酒に漬ける必要もないぞ」
「うーん。いえ、お酒にしてみます。このリンゴください」
「あー、ならあとレモンもください」
ちょうど同じ店にレモンもあったので買うことにする。
「シロキさんはレモンで作るつもりですか?」
「いや、果実酒はレモンと一緒に漬けたりするはずなんだよ。リンゴはどうだったかな」
「そこは自信満々に言い切る所じゃないんですか?」
「いくら酒に詳しくても作ったこともない果実酒に関してまで断言はできんよ」
「それもそうですね。後は何か必要なものはありますか?」
「そうだな。あとは砂糖と広口のビンが欲しいな」
「かなりの荷物になりますね。そうなるとギルドより先に宿を確保して先に漬けたほうがいいですね」
「じゃあ、次は宿だな」
「そうですね」
どこまでも行き当たりばったりであり、計画的な行動が空とことん遠い俺たちだった。




