第73話
「さあ、吐いてもらいましょうか。どこのどいつの差し金でうちの蔵にやってきたのですか?」
敵意をむき出しにして、女性が俺たちを威嚇する。
「いえ私たちは誰かに言われてここに来たわけじゃ……」
「こらこら、怖がっているじゃないか。まだスメントから来たとは限らないんだから。下がっていなさい」
「旦那様が、そういうのなら……」
男性に言われ女性はおとなしく後ろに下がる。
「いきなりこんなところに閉じ込めてすまない。こちらも事情があってね。いくつか質問に答えてもらうよ」
「いえ、出してもらえるなら何でも答えますけど」
「まず、君たちの名前……いや、こちらが名乗るべきだな。僕はこの蔵で蔵人をやっている長助と言います。そしてこちらが妻の喜代子です」
どちらも純和風の名前だな。
「私はアドと言います。冒険者をやっています」
「同じく冒険者をやっているシロキです」
「なんでまたスメントに来たんだい?」
「シロキさんがその……」
アドがどう説明したものかと言いよどむ。あっさりと異世界人とばらしていいのか迷ったようだ。
「つい最近こっちの世界に来たんですよ」
変に隠すよりもはっきりと言ったほうがよさそうだと思い、自分からばらすことにする。
「ああ、喜代子の同郷の人か」
言い方がおかしい。その言い方だと長助さんの故郷は違うように聞こえる。
「先祖は日本人だけど僕はこっちの生まれの人間でね。喜代子は妖怪で日本生まれなんだ」
こっちの世界で生まれ育ったうえ、行き来できるわけじゃないなら日本が故郷という意識はないだろう。
「さて本題だ君たちは何で酒蔵見学に来たんだい?」
「町の団子屋でお酒の話になったんです。そうしたらこっちのほうに蔵があるって聞いたので寄らせていただきました」
「お酒の話? 嘘を付きなさい! 団子屋がわざわざそんな話をするわけないでしょう!」
喜代子さんの言い分はごもっとも。普通の会話の流れで出てくる話ではないので信じられないのもうなずける。
「シロキさんがお酒に詳しいので、お米の話からお酒の話になったんですよ。」
「へえ? よくわかったね。団子屋に寄っただけでそこまでわかるとは君は探偵かい?」
「いやいや、そんなもんじゃないです。今は酒に詳しいだけのしがない冒険者でしかないです」
日々、酒を造り続ける蔵人相手にお酒に詳しいと紹介されるのはあまりに恥ずかしい。
「ふむ。聞いたところ問題ないようだね」
「わかりませんよ。あの口の臭い馬鹿者たちがくだらないことを考えて二人を送り込んだ可能性も……」
「こらこらあんまり人を疑わない。僕よりはるかに年上なのにそういうところは治らないね」
「女性に年のことは言わないでください」
「ごめんごめん。でも疑るばかりじゃ何も解決しないからね」
「旦那様は人を信じすぎです」
「えっと、疑いは晴れたんですか?」
「うん。大丈夫だよ。まずは外に出ようか」
「しょうがない方ですね。では」
喜代子さんが背後を振り返る。するといつの間にか先ほどの蔵に戻っていた。
「人をあんなふうに閉じ込めることができる魔法は聞いたことないんですが今のはどんな魔法なんですか?」
「魔法というより喜代子特有の力ですね」
「旦那様。人の力を勝手にばらさないでください」
「閉じ込めることができるスキルですか。凄いですね」
「そのようなものです」
喜代子さんはそっけなく答える。対照的に長助さんのほうは好意的だ。
「折角うちの蔵に興味を持ってもらったんだ。そうだ本当に見学してもらおう」
「旦那様それは本当にやめてください! またあの悲劇を繰り返す気ですか?!」
「ええっと、全然状況がつかめないんですけど……」
酒蔵で起きた悲劇何てそう多くはないので予想がつく。
「そりゃあ泣きたくなるだろうな」
「シロキさんわかるんですか?」
「見学者が原因で腐造が出たんだろうな。腐造っていうのは酒に雑菌が入って腐ってしまうという酒蔵にとっては最悪の事態。だから見学者には偽の蔵を見せてごまかすことにしたんだろ。それがばれたから俺たちを閉じ込めて秘密を保持しようとしたんだろ」
「その通り。お酒に詳しいというのは本当のようだね。過去人為的に大腐造が引き起こされた。正確には妖怪の手によってだけどね。あの時はひどかった。視察だと無理やり押し入って醸造中の樽から直接飲まれたおかげで、うちの酒は全滅したよ」
あの時のことは思い出したくもないと、遠い目をする。
「そういった経緯で村の入り口で検査を始めたんだけど、来るときは強引に入って来るから被害を抑えるために蔵を別に移したんだ」
「そんなに警戒しているのに見学してもいいんですか?」
「そりゃあ、人にはあまり見せたくないというのが本音だよ。それこそまた腐造する可能性があるからね」
「じゃあなんでですか?」
「シロキ君が異世界人で醸造の知識をきちんと持っているようだから、うかつなことはしないだろう」
それにと、言葉を続ける。
「僕たちが知らない知識を持っているかもしれない。むしろこちらがシロキ君に向こうの酒造りについて話を聞いてみたいと思っているんだ」
だから喜代子も納得してくれよと、言外に含ませた。それに対して喜代子さんは仕方ないといった様子でため息をついた。二人の間で俺たちを見学に誘うことが決まったようだ。
「俺でよければいくらでも話に付きあいますよ」
俺の持つ知識がこの蔵の醸造に役に立つなら名誉なことこの上ない。
「じゃあ、そうだね。見学をしたいなら荷物は宿に預けてからもう一度来てくれるかな。できるだけ清潔にしてから来てくれると助かるかな」
「じゃあ、私は村にあるギルドの支部に顔を出してきます。シロキさんと違ってお酒にあまり興味はないですからね」
「それなら宿に行ったあとは別行動だな」
「ですね。あんまり長助さんに迷惑をかけないようにしてくださいよ」
「俺が原因で腐造なんかなったら、首をくくるよ」
「極端なこと言いますねぇ。そうなったらさらに目覚めが悪いんでそんなことがないように気を付けてくださいよ」
「ああ、酒に誓う」
「本当にお酒バカですね。じゃあ。準備に行きましょうか」
そうして俺たちは蔵を出て村の宿を探しに行くのだった。
異世界の日本酒造り本当に楽しみだ。
お酒に関してはできるだけ正しい情報を書いていきたいと思っています。もし間違っていることがあれば、ご指摘いただけると助かります。




