第71話 酒蔵の秘密
贅沢がいけないなどと言う気は毛頭ない。酒は嗜好品であり、質を追い求めることは当然のことだ。
「それにしても団子屋じゃあ酒は出さないだろうによく知ってるな? よく飲むのか?」
「いや、俺は飲まないな。ただ、スメントで作ってる酒は全部そうらしい。スメントは酒好きが多いからな。そういった御触れが出ているはずだ」
いくらなんでもやりすぎだ。大体削りゃあいいってもんじゃないぞ。
とはいえ、それを団子屋に言っても仕方ないので言葉を飲み込む。
「なんにしても飲んでみてからだな。たぶん北側に酒蔵があるだろうからあとで見に行ってみるか」
「何で初めて来た村でそこまでわかるんだよ。あんたすごいな」
外れている可能性もあったが正解だったようだ。表情に出さず、内心安堵する。
「なんで北側にあるなんて分かったんですか?」
「村の入り口で口元で何か調べてただろ? 仕組みは分からないけど、酒造りに影響を与えるものを食べてないかあれで調べてたんだろ」
「どんなものが影響を与えるんですか?」
「こっちの世界にあったのはレモンだな」
他にも発酵食品のたぐいが影響を与えるが、こっちの世界では見かけていないので説明は省く。
「まあ、今の季節は造っていないだろうから気にする必要もないだろうけどな」
本来夏場は日本酒造りに向かない。雑菌が繁殖しやすいからだ。
それでも一年通して醸造する四季醸造という技術はあったが、米不足などの原因によりすたれていった。その上冬場に造る寒造りのほうが上質の酒ができるということもあって、日本では寒造りが普及してきた。
もっとも空調設備が整ったことで温度を管理できるようになったことで、日本酒は一年中造られることになったのだが。
つまり質を求めているなら、この時期には作れないはずだ。失敗したら全てがおじゃんになるのだから避けて当然――。
「いやぁ、今作ってるはずだが……」
そう思っていたら店員に否定された。
ああ、そうか。
「もしかして保管が効かないのか。ということは火入れの技術はこっちに来てないと。たしか火入れの技術が確立されたのが千年以上前だから……」
「シロキさん。そろそろ行きましょう」
話が本格的なものになってきたと思ったのか、アドが俺の話を遮る。
「どうせ酒蔵に行くつもりなんですよね? だったらそっちで話をしたほうがいいですよ」
確かに専門的なことを話すなら酒蔵に行ったほうがいい。この場で話をしていても迷惑なだけだ。
団子の支払いをして、酒蔵を目指すことにする。
関所で再び同じ検査をしたのち、酒蔵を見学したいと申し出ると一つの蔵に案内された。そこからすぐに受付の髪の長い女性に引きつぎ蔵に案内された。
「こちらがお酒を発酵させる。酒蔵になります」
「お酒の匂いがしますね」
人の背丈を越える大きさの樽が並んでいる。アドの言うように確かに匂いはするのだが、夏場の酒造りにしては匂いが弱い。
それに何より。酒を造ってるにしては作業している蔵人がいない? いや、そもそも雑菌の繁殖しやすいこの時期にこんなにあっさり蔵に入れるものなのか?
「シロキさん? また何かめんどくさい感じにぶつぶつ呟いてますけど、どうしました?」
「日本酒造りは醗酵によるものだ。いくら入り口で調べてるとはいえ、冒険者を着替えもさせずに迎え入れるなんてあまりにも雑菌に対して無防備。愚かにもほどがある」
確信をもって断言する。
「この蔵では日本酒を造っていない。ここは空の施設だ」
「うちの蔵の秘密を知りましたね」
受付の女性から背筋が凍るような声をかけられる。その口元は笑っているが、冷徹な視線が俺たちに突き刺さる。
「え、ちょっといきなりなんですか!? シロキさんのせいですかこれ!?」
「いや、俺のせいじゃないし!」
言い訳がましく否定するが明らかに俺が余分なことを言ったせいだ。
「知られたからにはこのまま帰すわけにはいきません。ご覚悟を」
敵意と共に俺たちへ向けて伸ばされた手に脅威を感じ、俺とアドは思わず距離を取ろうと後ろに跳ぶ。
「あら? 自分たちから入ってくれるの? 助かるわ」
彼女の言葉と共に、俺たちの体が浮き上がりそのまま背後に引っ張られる。悲鳴を上げる間もなく俺たちは暗闇に引きずり込まれた。
「旦那様にお知らせしなくては」
一人残った彼女のつぶやきは俺たちには聞こえなかった。




