第10話 レッドアイ
ここ数日俺は悩んでいた。
酒がまずいと。
なかなか日本語ができる冒険者がこないだとか、魔法の特訓で精霊たちに打ちのめされるのとかより深刻に悩んでいた。
目の前にはうまそうにエールを飲むゴコウさん。
俺はいつでも自分の魔法で作った酒を飲めるのだが、ゴコウさんはまずいエールをうまそうに飲んでいる。
俺のうまい酒を飲ましてやりたいが、まだ酒を出せることは秘密にしておきたい。
やはり酒を出す魔法は珍しいだろうし、貴重だろう。しかも出し放題なので売りさばけば巨万の富を築き上げることも夢じゃない。
それゆえにやはり表に出したくないのだが、お世話になっているゴコウさんにはやはりうまい酒を飲んでほしい。
悩んだ結果、出した結論は。
カクテルを作ろう。
酒を出すよりも問題にはないだろう。
牛串屋で出るエールに何かを混ぜてカクテルにすれば今よりもっと飲みやすくなるだろう。
ということで明日試してみるか。
何のカクテルを作るべきかと悩んだが、出せる材料が限られているので実のところ一択であった。
レッドアイ。
トマトジュースとビールのカクテルである。
トマトはゴコウさんの畑のトマトを使えばいいし、道具はゴコウさんの行きつけの道具屋でそろえればいい。
畑仕事を終えた後、魔法の鍛練は後回しにして、ゴコウさんから日々もらえるおこづかいをもって道具屋へ。
こちらにはミキサーはないので、すり鉢とすりこぎで代用しよう。目が細かいザルがほしいところだが、あきらめて荒いもので代用する。ああ、あとは入れるためのビンも買っておこう。
うん、こうやって何かを作るために材料をそろえるのは楽しいもんだ。
続いて、食材を買いに行く。
確かあったはずだと八百屋でレモンを購入。
あ、やっぱりここでトマトも買っておこう。畑にあるものより熟している。
ほかに買っておくものはないか。胡椒があれば買うんだが、ないみたいだな。こちらの世界にもとの世界の食材が結構あるのだが、当然のようにないものも多い。あるものを有効利用していきたいものだ。
☆
ゴコウの家に帰って台所を借りる。
ゴコウもいきなり台所を借りる俺に興味を示しているのかそれとも俺に台所を貸すのが心配なのかこちらをうかがっている。
まずはお湯を沸かして、その中にトマトを投入。十秒ほどで取り出し、包丁で皮をむく。
ざっくりとトマトを切り、お湯を捨てた鍋に投入。水は入れないが、水分が多いので炒めるのではなく煮る感じになる。
ちなみに火は薪に魔法で付けた。ゴコウさんも普通に魔法で付けていたので問題ないだろうと思ってやってみたが、やはり何も言われない。普通の魔法であれば使って問題なさそうだ。外での鍛練も秘密に行う必要はなさそうだ。とはいえ酒やケーキは出せそうにないんだが。
トマトに火を通し終えたら、さめるまで待つ。
ということでさっそく、さめるまで外で魔法の鍛練といくとしよう。
さめたトマトをすりこぎとすり鉢でひたすらつぶす。
そして、つぶしたトマトをザルで濾してトマトジュースの完成だ。
妥協していることが山ほどあるのだが、しょうがない。塩は高いし、ザルは細かいのはない、その上氷もない。
あきらめることばかりだが、最低限の物はできたと思う。
「それじゃあ試飲と行きますか」
カップに少量注ぎ込み、飲んでみる。
「酸味の強い普通のトマトジュースだな。うん。それなりにうまいのができた」
ゴコウさんもほしそうにしているので渡すと目を見開いてうまそうに飲んでくれる。
だが、これが本番ではない。
あのエールに混ぜて、うまいかどうかが問題だ。
正直なところこのまま飲んだほうがうまいと思うんだよな。
☆
で、いつもの牛串の店にやってきました。
今日もいつものように牛串とエールが運ばれてきた。
半分飲んで、ビンに入れておいたトマトジュースを注ぎ込む。
さて、味のほうはどうだ?
「……これは、まだトマトジュースの味が負けてるな」
うまくはなったと思うのだが、これはまずいエールが今一つなレッドアイになったといったところか。
ゴコウさんが俺にも飲ませろと、いった様子で手を伸ばすので渡す。
グイッと飲み込んで。
「―――――!」
驚きの表情を見せる。
俺からしてみれば、うまいトマトジュースが今一つのレッドアイになったというところなのだが、ゴコウさんからしてみれば、まずいエールがうまくなったと感じたのかもしれない。
まあ、トマトにはうまみ成分があるはずだからそりゃあうまくもなるか。
ゴコウさんは大きな声でウェイトレスの牛娘を呼び出して、飲んでみろとばかりにカップを突き出す。
おいおい、牛娘と間接キッスをしちまうじゃないか。
うん、その前にゴコウさんと間接キスをしたことは、なかったことにしておこう。
牛娘は半信半疑で口をつける。そのあとはゴコウさんと似たような顔をしていた。
喜んでもらえるのはまあ、うれしいんだが、まだ試すことがあるんだよな。
今日買っておいたレモン。これを絞って入れます。
「やっぱり大きくは変わらないか」
味は爽やかになったのだが、やはり今一つなレッドアイから進化してくれない。
あ、ファースト間接キスはレッドアイ+レモン味か。
ハッハッハ、ハァ……。
いや、避けたよ。間接キスをする度胸なんてないから。牛娘が口を付けたところの反対側に口を付けたよ。
ゴコウさんと牛娘が回し飲みする。二人はそんなことはどうでもいいといった具合で気にせず飲んでいる。
何やら二人で激しく言い合っている。どちらも興奮しているのだが、表情は明るい。
しばらく話した後、牛娘はレッドアイをもって奥に引っ込んでいってしまった。
酒を持っていかれたというのにゴコウさんは機嫌よさそうに笑っていた。
あ、俺の酒だから気にしてないのか。
しばらくすると牛娘は鍋をもってテーブルまでやってきた。
その中には煮立ったトマトがいっぱいに入っていた。
さらにそのあとすり鉢とすりこぎ、ザルを持って来た。
「おおう、作れと?」
しかしどうしたもんかな。煮立ったトマトが冷めるまで、まだまだ時間がかかるぞ。
そんなことを考えているとゴコウが鍋を持ち上げ、手をかざす。
「おお、氷の魔法か」
鍋の底が氷におおわれていた。
ならば。
俺はゴコウの飲みかけのエールのカップを持ち上げ、なべ底の氷とカップの底を指さす。
ゴコウは首をかしげたが、意図することは通じたのか氷の魔法でカップを凍らせた。
よし、これで冷たいエールを飲める。
とりあえず。しばらく置いてからゴコウに飲んでもらおう。
「さて、とりあえず作るか」
お玉でトマトをすくって、すりこぎへ。ゴリゴリつぶしてザルを通して別の鍋へと移す。
周囲の客も何かやっていると気づいた様でこちらのほうをうかがっている。
とにかく鍋いっぱいのトマトジュースを作り上げた。
作ったトマトジュースを先ほど冷やしておいたゴコウのエールへ注ぎ込む。
これで冷えたレッドアイが完成した。
飲んでみる。
ああ、ようやく向こうの世界のレッドアイに顔向けできる味になった。
温度というのは侮れないな。劇的に変わるもんだ。まあ、普通に日本のビールもぬるければまずかったしな。
かといって何でもかんでも冷たければいいというものでもないから難しい。向こうの世界でも、日本人がよく飲むビールは冷えているものばかりだが、常温で飲むビールだってある。むしろ冷蔵庫がない時代から酒はあるのだ。そう考えると冷たいばかりが酒ではなく、このエールも常温のほうがうまい可能性だってあった。
そもそも日本酒も様々な温度で飲むのだから、冷たければいいなどとは俺の口からは言えない。
ただ今回の場合はトマトジュースと合わせたレッドアイだ。トマトジュースはぬるいよりも冷たいほうがさっぱりと飲みやすいことを考えると、冷やして正解だったのだろう。
俺たちの周りでほかの客たちが同じようにレッドアイを飲んでいる。ゴコウさんも俺と同じようにレッドアイを作り始め、牛娘がどんどん注いで回っている。
好評のようでトマトジュースはすぐになくなった。
ゴコウさんと牛娘は相変わらず熱心に話し合っている。
「いい加減、言葉が通じないのがつらいな」
レッドアイ作成の中心人物のはずなのに、蚊帳の外である。
「まあ、いいか。みんな楽しそうだし」
細かいことは気にしないことにして酒を楽しむとしよう。
ようやくうまい酒にありつけたのだ。楽しまなきゃ損でしかないのだから。




