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「現代音楽家ってすぐ変わったことしたがるよなあ」
概ね同意。そう思いながら、第一ヴァイオリンに配られた楽譜を開いて、私はさっそく譜読みを始める。比較的歴史の浅い国の作曲家は、ときどき楽器をいじめるような指示を出す。とりわけ新しい音楽の可能性を見出そうとする新進気鋭の作曲家なら。
今回の楽譜にはコル・レーニョがあった。
コル・レーニョは我々奏者にとっては比較的馴染みのある特殊奏法だ。およそ古典の弦楽器というものは馬の尻から生えた長い毛を弓に張り、松脂を塗って艶やかな音色を出す。何百年も前に極められた素材とフォルムと奏法である。なのにその歴史ある弓毛を使わずに、毛を張った木のガワを直接弦に打ち付けて音を出すのがコル・レーニョ。日本語に直せば『木を使って』。木を使って何をするのか、皆まで言わないが叩けということだ。中には『叩いて』まで譜面に書かれることもあるが、ほとんどは暗黙の了解、明示しないあたりに責任の放棄を感じる。
弓の背を使ったり弓を倒して弾く奏法を私は好きではない。楽器が傷まないのか?とたまに心配されるがもちろん痛む。
弓弾きの楽器は基本的に自然物から出来ている。本体と弓は木製。弦の方は豚の腸から人工物へ変異したが、弓毛は天然物のままである。
「ウマが絶滅危惧種になったら、弓張りも人工になるのかもな?」
そう言って友人のユリウスもようやく楽譜を開いた。普通なら楽譜は事前に配られるが、今回は主催者たっての希望で途中からプログラムにねじ込まれた曲だった。告知で「〜ほか」と書かれていたのはこれだったのか。合わせまで時間が無いので、急いで譜面を確認する。
ユリウスは奏者にしてはおしゃべりだ。彼の音楽も賑やかで雄弁で、良いソリストになるだろうなあと思う。私の隣に座っているということは、セクションで二番目に上手いと認められているのだから、技術も申し分ない。もう一声、経験を重ねれば、きっと私を追い抜いていくだろう。
おおらかなユリウスは、閉鎖的なこの国の古典奏者らしくない。女であり余所者の私にも、屈託なく話しかけてくる。
「うわコル・レーニョ2回もあるのか、カンナは予備の弓持ってくる?」
「うん、予備棒にする」
「これその辺に落ちてる木の棒じゃダメなのかなあ」
「だめでしょ、本体に傷がつく」
「木でって書いてあるけどカーボンでもいいかな?」
「そこに迷いが出るのは面白い」
この曲が書かれたときにはきっと弓といえば木製だった。この楽団は年齢層が高いのでカーボン製を好まないが、人工弓もここ10年くらいでぐっと普及した。予備やリハーサルはもちろん、若手なら本番で使う人もいる。
快活なユリウスに釣られて私もいつもより口数多く喋っていると、声をかけられた。
「あらカンナ、あなた今年も第二コンマスなのね」
第二ヴァイオリンの首席奏者、アナスタシアだ。人気が出て春から首都の楽団を兼任している。うちは歴史こそ古く王政時代から続く老舗だが、いわゆる楽団の人気ランクは年々下がりつつある。以前、この辺りは小国の首都だった。敗戦を経て国が併合され、首都機能が大国側に移ってから、街自体がシュリンクしている。楽団の賛助会員も減少傾向だ。
「第一はずっと空いているのに、なんでかしらね」
アナスタシアは挑戦的な笑みを浮かべてくる。
弦楽器奏者の能力序列はコンサートマスター通称コンマスが最高位、うちはそれが第一と次点の第二で二役ある。実務上は私が第一コンマスなのだが、正式な役名としては第二コンマスで、第一は空席のままだ。これは私がこの地で生まれていないからか、私の技量が足りないからか。はたまた女だからなのか。決めるのは楽団の所有者だから理由は不明だ。
突っかかってくるアナスタシアの視線を遮るようにユリウスが割って入った。
「第一の席が空いていようと、この楽団でカンナが一番なのは変わらないでしょ。それに」
ユリウスは私たちの顔を見比べる。
「カンナが来る前から第一はずっと空席だった。僕は子どもの頃から祖父母と定期公演にきていたから知っている」
「そ、それでも第一コンマスに見合う実力なら任命されるはずだわ」
「それは君も僕も同じ条件だろ」
アナスタシアはユリウスに全部打ち返されて、虫の居所が悪いまま自分のパート席に腰を下ろした。
「雰囲気悪くしてごめん」
「いえいえ」
謝るユリウスにむしろこちらが巻き込んで申し訳ない気持ちだ。しかしなぜ第一は空席なのだろう。今さらながら疑問に思う。私はこの国の生まれではない。入団してすぐは言葉が完全では無かったし、空席を作られているのも自分の実力不足によるものだと思っていた。2年目になり自分では実力もついてきたと考えていたが、またも契約は第二コンマスで、第一はいまだ空席のままだ。内心、私が余所者だからか、コンサートミストレスは認めない楽団なのか、と考えるようになった。けれど、先ほどユリウスは言った、前から空席だったと。
何か他に理由があるのなら。
考えを深くしようとしたとき「あと30分で指揮者入ります」とスタッフの声がして、慌てて頭を譜読みに戻した。
◇◇
補足】
コル・レーニョ・バットゥートcol legno battuto
一般的に、弓の背で弦を叩きます。
コル・レーニョ・トラットcol legno tratto
弓の背で弦を擦ります。




