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「ずっと覚えていた」エピローグ

エピローグ『ずっと覚えていた』


 あの日のことを。


 俺はずっと覚えていた。


 泣いていた。


 怖かった。


 知らない場所で一人だった。


 だから。


 手を握られた時のことも覚えている。


『大丈夫?』


 優しい声だった。


 温かい手だった。


 俺はあの日。


 救われた。


 たったそれだけのことだった。


 でも。


 俺にとっては全部だった。


 だから忘れなかった。


 忘れられなかった。


 何年経っても。


 ずっと。


 覚えていた。


 希美は忘れていたけれど。


 それでもよかった。


 俺が覚えていればよかった。


 それだけで十分だった。


 本当に。


 そう思っていた。


 会うまでは。


 半年間。


 一緒に暮らした。


 朝になれば顔を見て。


 夜になれば話をした。


 同じ部屋で。


 同じ時間を過ごした。


 楽しかった。


 思っていたよりずっと。


 幸せだった。


 だから。


 少しだけ欲張りになってしまった。


 思い出してほしかった。


 名前を呼んでほしかった。


 俺を見てほしかった。


 でも。


 最後に全部叶った。


 希美は思い出してくれた。


 ありがとうと言ってくれた。


 だからもう十分だった。


 本当に。


 十分だった。


 夕暮れの川沿いを歩く。


 風が吹く。


 懐かしい匂いがした。


 遠くで子供たちの笑い声が聞こえる。


 あの日みたいだった。


 俺は少し笑う。


 もう大丈夫だ。


 そう思った。


 だから振り返らなかった。


 振り返る必要なんてなかった。


 だって。


 もう会えたから。


 もう一度だけ。


 会えたから。


 その夜。


 玄関のドアが開く音がした。


『ただいま』


 聞き慣れた声だった。


 俺は目を閉じる。


 そして静かに笑った。


『おかえり』


 希美には聞こえなかっただろう。


 もう。


 俺はいないのだから。


 けれど。


 次の日も。


 その次の日も。


 玄関のドアが開くたび。


 俺は同じ言葉を返した。


『おかえり』


 聞こえなくても構わない。


 返事がなくても構わない。


 だって。


 俺はまだここにいる。


 ずっと覚えていた。


 これからも。


-エピローグ おしまい-


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