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祈りを繋ぐもの  作者: 和穂ゆう
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「おのころ」と文明と秩序の確立

聖なる磐座の周りに、静かな時が流れていた。巨大な磐の上には、アマテルカミが悠然と座している。その姿は、まるで天と地を繋ぐ柱のように神々しく、午後の陽光を浴びて輝いていた。


磐の下では、ニニキネが正座し、その傍らには数人の御付きの者たちが控えている。皆、息を潜めて上を仰ぎ見ていた。周囲の木々が風に揺れ、葉擦れの音だけが静寂を満たしている。


アマテルカミは磐の上から深く息を吸い込むと、孫たちに向かって声を発した。その声は、磐に反響してより一層厳かに響く。

「さあ、二回目の『おのころ』について話そう」


ニニキネは磐の下から見上げ、祖父の言葉を一言も漏らすまいと身を正した。御付きの者たちも、神話の語りに立ち会う緊張感に身を引き締めている。



二回目の「おのころ」――文明の萌芽


「『うわ』の『て』とは、宇宙における生成の働きだ」

アマテルカミの声は低く、しかし力強い。磐の上から降り注ぐその言葉には、創世の神秘が宿っているかのようだった。


「その力によって根源の音が二分され、『わ』と『あ』という対極が生まれる。この対極の成立により、天地の根音である五声『あ・い・う・え・お』が整う。これが存在の秩序の第一歩だ」

ニニキネは目を閉じ、その音の響きを心の中で確かめるように頷いた。磐の下で聞く祖父の言葉は、大地から湧き上がる真理のように感じられた。


「五大要素――空・風・火・水・土が交わることで、生命の基盤ができあがる。そして最初の人類、ミナカヌシ様が誕生なさった」

アマテルカミは磐の上で遠い目をして、まるでその誕生の瞬間を目撃しているかのように語った。


「ミナカヌシ様を源に、地球各地に人々が広がっていった。だがな、ニニキネ」

祖父は磐の縁から身を乗り出し、孫の目をじっと見下ろした。


「この時代の人々は、まだ夜空の星々のように散在するだけの存在だった。文明も秩序もない。『うくめく』――争いと奪い合いに支配された、野蛮の時代だったのだ」

ニニキネの表情が曇る。祖父はそれを磐の上から見て取り、優しく微笑んだ。


「だが、そこに光が差したのだよ」

御付きの者たちも、顔を上げてアマテルカミの次の言葉を待った。



クニトコタチの出現


「やがてクニトコタチ様が現れた」

アマテルカミの声が明るさを帯びる。磐座の周りの空気が、希望に満ちたように感じられた。


「クニトコタチ様は『トコヨ(常世)の道』を示された。これは恒常不変の法であり、秩序の教えだ。この教えを『トのヲシテ』と言う。それによって、人々の間に初めて文化と文明が芽生えたのだ」


周囲の木々が風に揺れ、葉擦れの音が祝福の歌のように聞こえた。鳥たちも枝で囀り、物語に和しているかのようだった。


「クニトコタチ様は『日本』の元となる『トコヨ』の国を建国なさった。それは『トのヲシテ』の理念を普及した、民を恵む立国の国家だった」


アマテルカミは磐の上で腕を大きく広げ、まるで世界地図を描くような仕草をした。

その姿は、磐の下から見上げるニニキネたちの目には、天を抱くように映った。


「初代アマカミに就かれたクニトコタチ様は、地球の八方の各地に指導者を送られた。そして各地の八方面の地域に『クニサツチのキミ』が誕生する。それぞれクニサツチの子である、ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ――次代の指導者たちが治めた国は『ガタ』とも呼ばれた」


「それが二回目の『おのころ』だ。基盤が固まったのだよ」

アマテルカミは満足げに頷いた。ニニキネは磐の下から見上げ、その目は輝いている。御付きの者たちも、感動に身を震わせていた。



三回目の「おのころ」――秩序の完成


「さあ、続けて三回目の『おのころ』について話そう」


祖父は磐の上で少し身を乗り出し、より熱のこもった口調になった。

「クニサツチの八方面の皇子たちは、それぞれキミとなってその地域を治めた。だが、それだけでは足りなかった。それぞれの国に、キミの他に中間指導者のトミを任命したのだ」


「キミ・トミ・タミ――三段階の階層に分化した。これにより、統治の仕組みが完成した」

ニニキネは感心したように唸った。その声は磐の下から、小さく響いた。


「次の代の三代目アマカミは、トヨクンヌ様だ。またその次の時代になって、トヨクンヌ様までの百人に余る指導者たちも亡くなられ、大宇宙の星になぞらえて祭られるようになった」

アマテルカミの声に、敬虔な響きが加わる。磐座全体が神聖な雰囲気に包まれた。

「トヨクンヌ様はアナミの八カミ――ヤカミとして尊敬される。この後の世代からは三十二カミ――ミソフカミになぞらえられた。それは大きく農業生産力が増したからだ」


世の移り変わり

空では雲が流れ、時の移ろいを感じさせる。アマテルカミは磐の上で遠い過去を思い起こすように、ゆっくりと語り続けた。


「次の時代、四代目のウビチニ様・スビチニ様は結婚のノリを始められた。ウビチニ様は『もも・ひな』の三月三日に、スビチニ様と結婚の儀式を始められたのだ。これより男女のペアが定まった」


「それから何代もの世代が移り変わっていく」

アマテルカミの表情が少し暗くなる。磐の下のニニキネたちも、その変化を感じ取った。


「だがな、世の中というものは常に変化する。再び混乱が生じ、争いや不調和が戻り始めてしまったのだ」


ニニキネは心配そうに眉をひそめ、磐を見上げた。

「その時、七代目アマキミとなられたのが、イサナギ様・イサナミ様のフタカミだった」



イサナギ・イサナミの巡行


アマテルカミの声に、再び力が戻る。

「直系の血筋ではなかったが、イサナギ様・イサナミ様が世を継がれ、世の混乱を治めるため、全国をあまねく巡り教えられたのだ」


祖父は磐の上で立ち上がった。その姿は、より一層高く、威厳に満ちて見えた。磐の下から見上げるニニキネたちの目に、祖父は天に届くほどの存在に映った。

アマテルカミは磐の上から遠くの田畑を眺めながら、続ける。

「農業生産量の減少に苦しむ民衆に、食糧増産の方法を教えて回られた。鋤や鍬の使い方、作り方を教える。また畜力――飼い慣らした動物の力を農作業に利用する方法も教えて回られた」


「角の無い獣は乗るのに適している。だから『乗りむまし』――乗り易いとの意味で『むま』と名付けられた。角のある獣は動くと大きな力を出す。だから『乗りうし』――乗って大きな力を成すとの意味で『うし』と名付けられたのだ」


アマテルカミは磐の上で振り返り、孫を見下ろした。

「牛は力が強いから、田を起こす作業や荷物の運搬に役立つ。農耕の作業に革新をもたらすことで、人々の生活に豊かさを取り戻せた。この故に、世の中は自ずから治まっていったのだ」


祖父は磐の上で満足げに頷いた。

「これを『おのころの締まり』と言う。つまり、三回目の『おのころ』だ」



ニニキネの疑問


アマテルカミは再び磐の上に座った。ニニキネは祖父の話を咀嚼するように、しばらく磐の下で黙って考え込んでいた。御付きの者たちも、静かに物語の余韻に浸っている。


やがて、ニニキネがおずおずと口を開く。

「厳祖父様」


その声は、磐の下から上へと届く。

「何だ、ニニキネ」


アマテルカミは磐の上から優しい目で孫を見下ろした。

「二回目と三回目の『おのころ』のことは、よく分かりました」


ニニキネは磐の下で少し迷うような表情を見せた。

「でも、一回目のアメミヲヤ様が巡られた時の音のことが、今ひとつ分かりかねているのです」


「ほう」

アマテルカミは磐の上で興味深そうに身を乗り出した。


「と言いますのは――」

ニニキネは磐の下から見上げ、言葉を選びながら、慎重に続ける。

「アメミヲヤ様が巡られた時は『ほおこほ』と鳴っていました。でもそれが『おのころ』と同じとは、言い難いのではないでしょうか」


アマテルカミの顔に、喜びの表情が浮かんだ。孫の洞察力に、満足している様子だった。磐の上から見下ろす祖父の目は、慈愛に満ちている。

「よく気が付いたな、ニニキネ」


祖父は磐の上で穏やかに微笑んだ。

「確かにその通りだ。では、その違いについて説明しよう」


周囲の木々が風に揺れ、新たな物語の始まりを告げているかのようだった。磐座の周りに、また静かな緊張感が満ちていく。アマテルカミは磐の上で深く息を吸い込み、さらに奥深い真理を語り始めようとしていた。


――四回目の「おのころ」に続く――

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