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祈りを繋ぐもの  作者: 和穂ゆう
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閑話)魔除けのアマガツ

第一章 シホカマの司の疑問


 秋の深まりを感じさせる頃、

東北地方の九代アマカミ・オシホミミの新宮は、色とりどりの紅葉に包まれていた。楓の赤、銀杏の黄金、常緑の松が織りなす景色の中、威厳ある宮殿が静寂に佇んでいる。その一角で、カスガのカミであるアマノコヤネが滞在していた。


「アマノコヤネ様」

澄んだ秋の空気を破って、一人の男性が声をかけた。

シホカマの司である。

彼の顔には困惑の色が浮かび、眉間に小さなしわを寄せている。


「何か気になることでもおありか?」

アマノコヤネは穏やかな表情で振り返った。

その優しい眼差しに、長い旅路で培った包容力が現れている。


シホカマの司は少し躊躇し、手をもじもじと組み合わせた後、

意を決したように背筋を伸ばして口を開いた。

「実は、お嫁入りのお祝いの儀式について、

どうしても理解できないことがあるのです」


「ほう、どのような?」

アマノコヤネは興味深そうに首を傾げ、温かい微笑みを浮かべた。


「結婚の儀式で、お酒を酌み交わす際に『さつ・さつ』と声を掛ける習わしがございます。皆、当然のように唱えておりますが、この言葉の意味を尋ねられても、明確に答えられる者がおりません。一体、どういう意味なのでしょうか?」


シホカマの司の真摯な眼差しに、アマノコヤネは感心したように深く頷いた。

その表情には、知識を求める者への敬意が込められている。

秋風が二人の間を吹き抜け、落ち葉がひらりと舞い踊る中、

アマノコヤネの目が遠い記憶を辿るように細められた。


「それは素晴らしい疑問ですな。

その言葉には、深い歴史と願いが込められているのです」



第二章 アマガツの由来


アマノコヤネは遠い山並みを見つめながら、ゆっくりと語り始めた。


「その言葉が使われ始めた由来は、『アマガツ』にあります」

「アマガツ...魔除けの人型のことでございますね」

シホカマの司は安堵の表情を浮かべ、知っていることへの小さな自信を見せた。


「その通り。しかし、アマガツがなぜ生まれたのか、その物語をご存知でしょうか?」


アマノコヤネの問いかけに、シホカマの司は戸惑いを隠せず首を振った。

その素直な反応に、アマノコヤネは教える喜びを感じているかのように、

目を細めて微笑んだ。宮殿の回廊に、二人の声が静かに響く。


「アマガツは、ハヤアキツヒメ様─アマテルカミ様の西のキサキ─が創始してお作りになられたものです。アマテルカミ様の皇子であるオシホミミ様が御妃様をお迎えになる際、贈られたのが最初のアマガツでした」


「オシホミミ様のお話でしたか...」

シホカマの司は目を見開き、驚きで声が上ずった。

身を乗り出すようにしてアマノコヤネを見つめる。


「そう、このタカノカウの宮におられます、御妃様の入内の出来事となります」

アマノコヤネは穏やかに頷き、手のひらで宮殿を示すしぐさをした。

その言葉にシホカマの司はさらに身を乗り出し、息を呑んで聞き入った。


「オシホミミ様のタカノカウの宮に、タクハタチチヒメ様が輿入れされる時のことです。その際、先にアマガツがヒメ様の身代わりとして迎え入れられたのです」


シホカマの司の目が輝いた。知的好奇心に満ちた表情で、しかし同時に眉をひそめて新たな疑問を抱いている様子が見て取れる。


「身代わり、と仰いますと?一体どのような事情があったのでしょうか」

その真剣な問いかけに、アマノコヤネの表情が一変した。


温和な微笑みが消え、遠い過去の重い記憶を呼び起こすように眉根を寄せる。

「それを理解するには、古いオロチの騒乱の話から始めねばなりません」



第三章 オロチ騒乱とサツサウタ


アマノコヤネの表情が厳しくなった。

遠い記憶を辿るように目を細め、深いため息をついた後、重い口調で語り始める。


「昔、ネのマスヒトが反乱の陰謀を巡らせました。

それに呼応するように、六群のオロチが全国各地に現れたのです。

アマテルカミ様ご自身が出陣された、まさに国家存亡の危機でした」


秋の陽射しが雲に遮られ、辺りが薄暗くなった。まるで当時の緊迫した状況を物語るかのように。シホカマの司は身を震わせ、恐怖と緊張で顔が青ざめていく。


「最も勇壮で手強いオロチ、ハルナがアマテルカミ様に直接の戦いを仕掛けてきました。ハルナは狡猾で、アマテルカミ様の動きを読もうと、呼吸を測ろうとしたのです」


「なんと恐ろしい...」

シホカマの司は思わず声を震わせ、手を胸に当てて身を縮こませた。

その反応を見て、アマノコヤネは少し表情を和らげ、安心させるように続けた。


「しかし、アマテルカミ様はハルナの意図を見抜いておられました。

そこで、三歳の幼い子を自分の袖の下に隠れさせたのです」


「三歳の子を?それは一体...」

シホカマの司は驚きで目を見開き、理解しがたいという表情で首をかしげた。


その困惑ぶりに、アマノコヤネは微笑みを浮かべながら説明を続ける。

「その子がいることで、アマテルカミ様の呼吸は乱れ、

ハルナは動きを読むことができませんでした。

ハルナは困惑し、攻撃が乱れて動揺してしまったのです」


アマノコヤネは立ち上がり、宮殿の欄干に手をかけた。その背中には深い感慨が込められている。眼下に広がる景色を見下ろしながら、声に力を込めて続ける。

「そこでアマテルカミ様は、その動揺をさらにつこうと、ウタをお作りになりました。それを染め札に記し、丸餅に付けて、ハルナの軍中に投げ入れさせたのです。

それが『サツサウタ』─悪心を挫くウタです」


「そのウタとは...?」

シホカマの司は身を乗り出し、息を殺してアマノコヤネの言葉を待った。

その真剣な眼差しに応えるように、アマノコヤネは深く息を吸い、まるで当時の神々しい場面を再現するかのように、厳かに詠み始めた。


「さすらても はたれもはなけ

みつたらす かかんなすがも

てたてつき かれのんてんも

あにきかす ひつきとわれは

あわもてらすさ」


「意味は、『逆らっても天意に背けば滅ぶ。わたしは日の神と共にある。

争うな、調和の中に帰れ』ということです」

シホカマの司は息を呑んだ。

その神聖なウタの意味に心を打たれ、敬虔な表情で頭を垂れる。


「そして重要なのは、皆が『さつ・さつ』と合いの手を歌ったことです。

その声はハルナの耳にも届きました」

アマノコヤネは振り返り、シホカマの司の感動に満ちた表情を確認してから、満足そうに頷いた。



第四章 若子アマガツの誕生


「ハルナがそのウタの意図を理解すると、どうなったのでしょう?」

シホカマの司は前のめりになり、手を握りしめて緊張の面持ちで尋ねた。


「怒りと焦りで技が完全に乱れてしまいました。動揺が軍全体に広がり、ついにハルナたちはアマテルカミ様の兵に捕縛されることになったのです」

アマノコヤネの声に、当時の緊張感が蘇る。

その壮大な結末に、シホカマの司は安堵のため息をつき、肩の力を抜いた。


「そして、このサツサウタをアマテルカミ様の袖の下で楽しそうに歌っていた、例の三歳の若子を再び御前に参上させました」


「その子はどうしたのですか?」

シホカマの司は心配そうに眉を寄せ、幼い子の身を案じる表情を浮かべた。


「恐れ入って、『若過ぎますから』と辞退して帰ろうとしたのです。しかしアマテルカミ様はそれを止めて、お褒めになりました」

アマノコヤネは微笑を浮かべた。

その優しい表情に、シホカマの司も安心したように頬を緩める。


「『その子の功績は大きいものである。これからもわたしを護ってくれるように』と仰せになり、褒め名として『アマガツ』を賜ったのです」


「そこからアマガツという名前が...」

シホカマの司は感動で声を震わせ、目に涙を浮かべている。


その深い理解に、アマノコヤネは嬉しそうに頷いた。

「そうです。ハヤアキツヒメ様は、アマテルカミ様からこの話を聞き、入内されるタクハタチチヒメ様を身代わりに守るため、布で人型を作って『アマガツ』と名付けました。そこには、アマテルカミ様のサツサウタ─悪心を挫くウタ─が込められているのです」



第五章 アマガツの真の力


夕日が宮殿を赤く染め始めた。二人の影が長く伸びる中、アマノコヤネは続けた。

「このような謂れの人型が、タクハタチチヒメ様に贈られました。

それは婚礼に対する悪い思い─妬みや恨み─を防ぐアマガツでした」


「なるほど...それで身代わりということなのですね」

シホカマの司は深く納得し、胸に手を当てて感慨深げに頷いた。

長年の疑問が解けた喜びが、その表情に溢れている。


「アマガツに期待される効能は数多くあります」

アマノコヤネは教師のような穏やかな笑みを浮かべ、指折り数えながら丁寧に説明し始めた。

「もしも妬みの心が自分に向いても、

アマガツが守ってくれるので免れることができる。

もしも恨みが悩まして来ても、

アマガツが守ってくれるので退けてくれる。

そして、もしも死をもたらすような酷い恨みだったとしても、

アマガツが自分の身に責めを受けて代わってくれる」


シホカマの司は深くうなずいた。その真剣な表情に、アマノコヤネへの深い信頼と尊敬の念が表れている。

「この他に『はふこ』『ほおこ』も、同様の魔除けの人型です。こちらは大きな魔物に対して用いられます」


「使い分けがあるのですね」

シホカマの司は目を輝かせ、新たな知識への喜びを隠せずにいる。


「はふこに魔物が入った後は、周囲を注連縄でふさいで禊ぎをしてください。オニカミを縛ることのできるほおこは、稲穂の刈り取り後に出る短い稲藁で作るのが作法です」


「布で作ったものは?」

シホカマの司は身を乗り出し、知識欲に満ちた表情で質問を続けた。


「『カミガツ』とも呼ばれます。ハヤアキツヒメ様がウタを込めて作っておりましたら、アマテルカミ様が『カミ』の称号を授与されたのです」


アマノコヤネの言葉に、シホカマの司は感動で息を呑み、敬虔な面持ちで頭を下げた。



第六章 さつさつの真意


星が瞬き始めた夜空の下、アマノコヤネは話をまとめ始めた。

「魔除けの人型は色々ありますが、どんなハタレが悪さを仕掛けてきても、アマガツが一度代わってくれます。降り掛かってくる悪い影響を免れることができる。それがアマガツのカミなのです」


「では、結婚の儀式の『さつ・さつ』は...」

シホカマの司は期待に満ちた表情で身を乗り出し、ついに核心に迫る質問を投げかけた。その真剣な眼差しに、アマノコヤネは満足そうに微笑んだ。


「嫁を悪心から守る身代わりとしてのアマガツに込められた、サツサウタの合いの手としての意味が込められています。『この結婚を悪意から守ろう』という掛け合いでもあるのです」


アマノコヤネは厳かに付け加えた。その重要な言葉に、シホカマの司は深い感動を覚え、胸を打たれたように手を心臓に当てた。


「ですから、このウタを歌う時は、意味を噛みしめ、心を込めて歌ってください」


「ありがとうございます。長年の疑問が解けました」

シホカマの司は深い感動を覚え、目に涙を浮かべながら深々と頭を下げた。その感謝の気持ちが、全身から溢れ出ている。



第七章 心を込めることの大切さ


しかし、シホカマの司にはもう一つ気になることがあった。

少し躊躇するように視線を泳がせた後、意を決したように口を開く。

「結婚以外で魔除けを行う時でも、同じようにすれば良いのでしょうか?」


アマノコヤネの表情が引き締まった。優しい微笑みが消え、教師が弟子を戒めるような厳格な表情に変わる。

「それは大切な質問ですが、注意が必要です。何でもかんでも、形だけ整えれば良いというものではありません」


「と言いますと?」

シホカマの司は困惑の表情を浮かべ、眉をひそめてアマノコヤネを見つめた。


「気持ちの込もっていない人型でしたら、単なる枯れ木です。心のこもったことが大切なのです」

アマノコヤネの厳しい言葉に、シホカマの司は身を正し、真剣に聞き入る姿勢を取った。その真摯な態度を見て、アマノコヤネは表情を少し和らげ、分かりやすい例えを用いることにした。

「塩のことに例えてみましょう。丁度良い量でしたら美味しいです。しかし贅沢に使おうと沢山の塩を入れても、塩辛くなってしまい、折角の味付けの塩が台無しになってしまいます」


「なるほど...」

シホカマの司は深く理解したように頷き、その例えの的確さに感嘆の表情を浮かべた。


「同じように、アマガツも対象を守ろうとする『こころ』を込めて作ってください。形式だけでは意味がないのです」


アマノコヤネの最後の教えに、シホカマの司は心から納得し、深々と頭を下げて感謝の意を示した。



終章 人々の理解と感動


アマノコヤネの話を聞いて、シホカマの司だけでなく、居並んで聞いていた人々も皆、『さつ・さつ』のことに合点がいって、深く納得したのだった。


「素晴らしいお話でした」

一人の年配の男性が感動で震え声になりながら立ち上がり、深々と頭を下げた。


「ハヤアキツヒメ様の愛情深いお心が、よく理解できました」

若い女性が涙ぐみながら、両手で袖を握りしめて感謝の意を表した。


人々は口々にハヤアキツヒメの深い愛情を理解し、心から褒め称えた。その温かい雰囲気に包まれて、アマノコヤネも満足そうに微笑んでいる。


「一般の婚礼の際にも『さつ・さつ』と唱えて楽しみましょう」

中年の男性が喜びに満ちた表情で手を叩きながら提案した。


「あの三歳の若子のように、楽しく魔除けができることは、なんと素晴らしいことでしょう」

別の女性も目を輝かせ、子供のような純真な笑顔を浮かべて賛同した。


月明かりが宮殿を優しく照らす中、人々は心を一つにして語り合った。

シホカマの司は感動で頬を紅潮させ、アマノコヤネに向かって何度も深く頭を下げている。周りの人々も皆、穏やかな笑顔を浮かべ、互いに肩を叩き合ったり、手を握り合ったりして喜びを分かち合っていた。


こうして、アマガツとサツサウタに込められた深い意味が、

多くの人々の心に刻まれることとなったのである。


秋の夜風が頬を撫でていく中、

アマノコヤネは満足そうに人々の様子を見守っていた。


その穏やかな表情には、知識を正しく伝えることができた喜びと、人々の心に愛と守りの大切さが根付いたことへの安堵が表れている。


アマノコヤネの話は、単なる歴史の説明を超えて、人々の心に愛と守りの大切さを教えてくれたのだった。

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