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祈りを繋ぐもの  作者: 和穂ゆう
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オシホミミの遷都とアマテルの禅譲

第一章 皇太子の決意


琵琶湖の東岸、タガのミヤに朝霧が立ち込める頃、

皇太子オシホミミは静かに庭園を歩いておられた。

湖面に映る朝日が、彼の憂いを帯びた表情を照らしていた。


「殿下、お身体の調子はいかがですか」

育ての親であるシタテルヒメが、心配そうに声をかけた。

オシホミミは振り返ると、優しく微笑んだ。


「叔母上、ご心配をおかけして申し訳ありません。

ただ、東の地のことが気になって仕方がないのです」


シタテルヒメの夫、オモイカネが現れ、深々と頭を下げた。

「殿下、東北の地は曾祖父トヨケカミ様の故郷でございます。

父君アマテルカミ様も青春時代をあの地で過ごされました。

殿下のお心に響くものがあるのも当然でしょう」


オシホミミの瞳に、遠い憧憬の光が宿った。

野洲川のせせらぎが、彼の心の奥底にある想いを掻き立てるようだった。


「そして、タクハタチチヒメ様の祖先の地でもありますね」

とオモイカネが続けた。

「殿下の正皇后となられる方の故郷への想いも、

きっと深いものがおありでしょう」


その時、急使が血相を変えて駆け込んできた。

「大変でございます!東北地方に大地震が発生し、大津波が襲来いたしました!」


オシホミミの顔色が変わった。

彼の心に、運命的な決意が芽生えた瞬間だった。


「私は決めました。次の時代の首都を東北地方に定めます。

被災した人々と共に、新たな国づくりをしたいのです」



第二章 新都の建設


東北の地、ヒタカミの旧主要地点。

そこには古い歴史の重みと、新しい希望が交錯していた。

オシホミミは建設予定地に立ち、深く息を吸い込んだ。


「ここを『タカノコフ』と名付けましょう」

側近たちが集まる中、オシホミミの声は凛として響いた。


「代々光輝あるタカミムスヒ様の深い由緒を受け継ぐ地として、

この名前以外は考えられません」


建設が始まった。高い建築技術を持つ職人たちが全国から集められ、

瓦葺きの屋根を持つ荘厳な政庁が姿を現していく。


「『トノシマ』という名前はいかがでしょうか」とオモイカネが提案した。


「『トのヲシヱ』の精神を表現する名前ですね。素晴らしい」

夕日が新宮殿の骨組みを照らす中、オシホミミは感慨深げにつぶやいた。

「この地で、真の民のための政治を行いたいのです」



第三章 皇子の生い立ち


時は遡る。オシホミミ誕生の夜、

イサワのミヤコから山一つ越えたフジオカの麓では、

人々が固唾を飲んで待っていた。


産室では、母のムカツヒメ(ホノコ)が必死に出産に臨んでいた。

ひいお祖父さんのトヨケカミから授かった「ミミノハのヲシテ」が、

神秘的な光を放っているように見えた。


「おぎゃあ、おぎゃあ!」

力強い産声が響いた瞬間、全国に喜びの知らせが伝えられた。


「皇子様のご誕生じゃ!」

民衆は狂喜し、10月の空に祝いの声が響いた。

餅が配られ、祝祭ムードは数日間続いた。


翌年の1月、命名の儀が執り行われた。

産宮の井戸「オシホイ」の名と、「ミミノハのヲシテ」から、

「ヲシホミミ(オシホミミ)」と名付けられた。


しかし、成長するにつれ、オシホミミの身体の弱さが明らかになった。

母ホノコが早世し、

叔母のシタテルヒメとオモイカネ夫婦に育てられることになった。


「殿下、お身体を大切になさってください」

シタテルヒメの優しい声に、幼いオシホミミは頷いた。

学友のヨロマロと共に、穏やかな日々を過ごしていた。



第四章 重要な出会い


関東の険しい山道、ヲハシリのサカ(ハコネ付近)。

秋風が松の葉をざわめかせる中、二人の使者が運命的な出会いを果たした。


シマツウシは馬から降り、疲れた愛馬を木陰で休ませていた。

そこへ、手押し車を押すアマノコヤネ(カスガマロ)が現れた。


「これはこれは、どちらへお向かいで?」


「私はオシホミミ様からアマテルカミ様への重要なお使いです。あなたは?」


「私はアマテルカミ様からオシホミミ様へ、

ミクサタカラをお届けする使命を帯びております」


二人は顔を見合わせ、不思議な縁を感じて微笑んだ。

松の影が長く伸び、山々の紅葉が美しく映える午後だった。


「お互い、重要な御役目ですね」


「ええ、心を込めて務めさせていただきます」


彼らは互いを称えあい、それぞれの道を急いだ。

この出会いが後に「行き交い坂」「行き来の丘」の

地名の由来となるとは、まだ知る由もなかった。



第五章 ナコソでの邂逅


関東と東北の境界。断崖絶壁の上に立つ松が、潮風に揺れていた。

大岩に打ち寄せる波の音が、リズミカルに響いている。


フツヌシは浜辺で待っていた。

はまぐりが波に洗われて岸に打ち上げられ、海藻が青々と揺れている。


「おお、これがアマノコヤネか。よく来てくれた」

初めて会う叔父と甥。フツヌシは温かい笑みを浮かべて迎えた。


「叔父上、はじめてお目にかかります。アマノコヤネでございます」


「堅苦しく考えることはない。家族同士ではないか」


宴会の席で、杯に注がれた酒に松の姿が映っている。

「それにしても、これほど美しい景勝地なのに、名前がないとは惜しいものだな」

とフツヌシがつぶやいた。


アマノコヤネは即座にウタを詠んだ。

「なこそしる ふつのみたまの

ささむかひ かゐのはまくり

あふみをち をゐのみるめも

としなみの なこそしるへゆ

ちなみあふはま」


フツヌシが首をかしげると、

アマノコヤネは恐縮しながらも微笑んで意味を説明した。

「叔父上、このような意味でございます。

名前が無い事こそが、意味のあることなのだと察するべきでしょう。

偉大な叔父上ならば分かってくださると思います。

笹の揺れる向かいの浜に白い貝殻が散り敷かれている。

近江の沖の海藻の緑が透き通って見え、波は穏やかに寄せて返しています。

名を持たぬことこそが、この地を清く美しく伝えているのだと思います。

私達の出会いを結んでくれた浜なのですから」


フツヌシは感心して大きく頷いた。

「さすがは我が甥よ。深い洞察だ。よし、『ナコソ』と名付けよう」


夕日が海面を金色に染める中、二人の絆は深まった。

サクラの実と塩が酒の肴として供され、穏やかな時間が流れた。



第六章 禅譲の詔


ヒタカミの新都、タカノコフ。新築された政庁の奥で、

オシホミミは九重の敷物に座していた。


ウホキミ(タカギ・7代タカミムスヒ)が出迎える中、

アマノコヤネは厳かに歩を進めた。

「オシホミミ様、アマテルカミ様からの詔をお伝えいたします」


オシホミミは座を改め、九重から六重の敷物に変えた。

その瞬間、空気が神聖なものに包まれた。


アマノコヤネは立ち上がり、力強い声で詔を読み上げた。


「オシヒトよ、私の代わりに天下の政事を執り行ってください。

最も基本とするところは『みたたし』にあります」


オシホミミは深く頭を下げ、一言一句を心に刻んだ。


「ミクサタカラをお渡しいたします。

まず珠は、トのヲシテの象徴として、心の中心を真っ直ぐに保つために」

「鏡は、諸人の良くない所を見定め、春の温かな気持ちで直してゆくために」

「剣は、西の皇后に預けできるだけ使わぬよう、

しかし悪事には断固として対処するために」


アマノコヤネの声が政庁に響く中、

オシホミミの心には深い責任感と使命感が宿った。

「国民への温かい愛情を忘れることなく、

タクハタチチヒメと共に仲良く、他人の幸せを思いやってください」

詔が終わると、静寂が訪れた。


オシホミミは再び九重の敷物に戻り、深い感謝の念を込めて頭を下げた。



第七章 黄金の花の由来


滞在中のある日、アマノコヤネはウホキミに尋ねた。

「『黄金の花』の由来について教えていただけませんか」


ウホキミは遠い目をして語り始めた。

「それはアマテルカミ様がお若い頃のことです。

この地で勉学に励んでおられた時、アマツミヤにはいつもカラスが来ていました」


「そのカラスが不思議なことに、毎日黄金を運んでくるのです。

来る日も来る日も、木立が金色に輝いて見えました」


アマノコヤネは感嘆した。

「それで『黄金の花』と呼ばれるようになったのですね」


夕暮れの空に、まるで黄金の花が咲いているかのような雲が浮かんでいた。



終章 新たな時代の始まり


遷都が完了し、禅譲の儀も終わった。

東北の新都には希望の光が満ちていた。


「これからの国の行く末は、更に明るくなっていくでしょう」

民衆の歓声が響く中、

新しい都は「ヒサミル(永続を見届ける)・ヤマト国」と讃えられた。


オシホミミは新宮殿の窓から広がる景色を眺めた。

復興への願いと、国民への深い愛情を胸に、

新たな時代の扉が静かに開かれたのだった。


遠くから聞こえる民衆の祝いの声に、オシホミミは心から微笑んだ。

真の「みたたし」の政治が、この地から始まろうとしていた。

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