オオナムチの国譲り~譲らずのタケミナカタ
第一章 出雲への使者
出雲の豊かな平野に朝霧が立ち昇る頃、
杵築大社の奥深くでオホナムチは一人佇んでいた。
黄金に実った稲穂が風にそよぎ、民の豊かな暮らしぶりが眼下に広がっている。
しかし、その光景を見つめるオホナムチの瞳には、
かつてあった慈愛の光に代わり、誇らしげな満足感が宿っていた。
いよいよ、オホナムチの逆心は明白となっていた。
オホナムチは、豊かさが高じて、
こころに慢心という不具合を生じさせてしまっていたのである。
オホナムチは、ツルギを司る右の臣だった。
役職を解任することは、この場合、右大臣の解任更迭を意味していた。
朝廷の重臣たちの表情は深刻だった。
オホナムチが抵抗あるいは拒否をすれば、戦にも発展しかねない。
そこで、慎重に使者の人選をすることになった。
清めのお祭りをした後、会議が開催された。
香の煙が立ち昇る神聖な空間で、右大臣の解任更迭の使者の決定会議が行われた。
司達の意見はフツヌシに集まった。
重鎮としての存在感は、フツヌシをおいて他の人では右に出ることがなかった。
そこに、タケミカツチが身を乗り出して言った。
その精悍な顔つきには、武人としての気迫がみなぎっていた。
「フツヌシが優秀なのは認めますが、彼ひとりが優秀な訳ではありません。
私はその役目に適任とは言えませんでしょうか?どうぞ、私の力をお使い下さい」
武術の達人としてのタケミカツチの勇みの強さがここに滲み出ていた。
右大臣解任更迭の言い渡しの決定会議では、
フツヌシが使者の代表で、副代表がタケミカツチとなった。
第二章 剣を突き立てて
出雲の地に秋の風が吹き抜ける頃、
出雲のオホナムチのミヤ(杵築大社)の前に行き至った使者があった。
フツヌシと、タケミカツチを司とした武装軍団である。
神聖な大社の朱色の柱が、曇天の空に荘厳に立ち並んでいた。
フツヌシとタケミカツチは、出雲のミヤ(杵築大社)の前に剣を突き立てた。
この剣はアマテルカミからタケミカツチが賜ったカフツチの剣である。
その剣は鋭い光を放ちながら大地に食い込み、周囲の空気を張り詰めさせた。
その傍に土下座をして口上を述べた。
天下国家のことを思って、真剣な心で意見を申し上げる意味である。
「あなたの主張は、自国の豊かさを誇っているばかりです。
ソサノオ様が出雲の地をオロチから解放した事を子供のあなたが誇りに思い、それを励みにクニを育ててきたことは素晴らしいです。
しかし、その誇りがいつしかおごりになって、あなたの心を蝕んでいませんでしたか?
周りと比べて「我こそは!」とおごるようになっていませんでしたか?」
フツヌシは一旦間を開けて話し出した。
「監察の者の報告から、あなたはその心の働きにに振り回されて傲慢になっておいでです。
出雲で起こったオロチ騒乱鎮圧の際、ソサノオ様はこう仰っていました。
「私利私欲で物事を捉えずに、調和をもってクニを育てて行くことか大切だ」と。これはソサノオ様自身の経験から学んだ言葉であり、その学びを忘れない為にオロチの慰霊と訓戒を示した社を建てた筈です。その父親の教えを忘れてしまったのでしょうか?
そうなってしまっては平定せざるを得ないのです。
それで我々が使者として派遣されました。
軍事衝突を起こしてまで、朝廷に反逆をしますか?
あるいは、恭順の態度に復しますか?」
大社の奥から現れたオホナムチの顔は青ざめていた。
かつて自信に満ちていた瞳に、今は動揺の色が宿っている。
オホナムチは即答が出来なかった。
父親を誇りに思って邁進していた自分は、いつしか、その教えを忘れてしまっていた事に気が付き呆然とする。
一方、フツヌシに突きつけられたものは、そのおごり高ぶった自分が起こした結果であった。
全面戦争か?全面降伏か?その二択の違いは余りにも大きかったのである。
オホナムチは一族と話し合いたいということで、フツヌシに対して回答を保留した。
第三章 隠棲する継子の智恵
少し前から、継子のコトシロヌシ(クシヒコ)が、
意見を言って来ていた経緯があった。
コトシロヌシはかなり思い詰めたような表情であったことを、
オホナムチは思い出した。
コトシロヌシは、父のオホナムチに意見を言った後、
ミホ(出雲・美穂神社)の処に隠棲をしていた。
オホナムチは、何なのだろうか?という程度にしか思わなかったのだが、
フツヌシとタケミカツチが、「カフツチ」の剣を突き立て、自分の行いをいさめてくれたことで冷静になり、自分のしてきたことを振り返ると共に、その行動の結果、出雲が窮地に陥っている事に気が付いた。
オホナムチは、ミホに隠棲していたクシヒコ(コトシロヌシ)に問った。
「どうしたら良いだろう?」
オホナムチからの使者に立ったイナセハキは、
オホナムチの子息でミホ(美保神社)に隠れ住んでいる
クシヒコ(コトシロヌシ)の許に急いだ。
美保の海辺で、波の音が静かに響いていた。
釣りをして隠棲しているクシヒコは、イナセハキの用向きに笑顔で答えた。
その笑顔は、すべてを悟った者の深い慈愛に満ちていた。
「以前の事でした。私は、父のオホナムチを涙ながらにいさめました。
それは、釣り針に引っかかった、鯛のようであると、例えて言ったのでした。
いさめた根本の精神は欲を慎む美徳を説くフミの精神によってでした。
鯛がいくら立派だといってもそれは釣られたもの(ソサノヲや朝廷が整えてくれたもの)で喜ぶのは国民であり、我々臣はその陰の立役者の行為に感謝するべきです。
全国の国民の全体の幸せを支えるために大方針を示す事を担っているのが朝廷でありその大方針に従って他国とも協力して調和の取れたマツリゴトを行うのが国司です。そういう調和が尊いのです。自国の事ばかりを考え、他国と比べ、挙げ句は朝廷と比べて。調和と程遠い所にいる我々は、自らを見直さなけれなりません。と、このように心を醒めさせるいさめを言いました。
すでに、右大臣の解任の詔が出た以上は、父のオホナムチも身を引く他ありません。右の臣を辞任して、恭順の態度で隠棲するまでです。そうすれば一族郎党の人達も、逆らうこともないでしょう」
このように、クシヒコ(コトシロヌシ)は、笑顔でオホナムチからの使者に答えた。
美保の海に夕日が沈み、その光がクシヒコの顔を優しく照らしていた。
使者のイナセハギは、答えをもって、オホナムチの許に戻り報告した。
オホナムチは、息子のクシヒコ(コトシロヌシ)のいさめを思い出しつつ、自らを振り返った。
「父の偉業を誇り思い、出雲を発展させることが我が使命とここまで来た。
発展のために他と比べ、利を取り大を選んで小を切り捨ててきた。それが大多数を助ける事と思い、小を救うことから目を背けた。
結果、かたよった繁栄となってしまった。臣がそれを真似てマツリゴトを行えば、民も心がゆがんでしまう。
調和を取り戻し、大も小も生かした改革を行う為には、今の私や臣達では難しい。
クニを譲り、意識改革から始めなければ。
出雲の民も、我々も」
オホナムチは出雲の地にかかる紫雲を見つめながら決心を固めつつあった。
第四章 反発するタケミナカタ
一方、出雲が恭順する事に反発する地域が出てきた。
スワの地の山々は、紅葉で燃えるように色づいていた。
出雲地域の発展と共に協力関係を結んだスワ地域の代表のタケミナカタは、
荒々しい表情で立ち上がった。
出雲地域の独立性が失われると、スワの地域の独立性も侵害されるのでは?
と出雲地域の支援の為、戦闘の路線を主張した。
それというのも、過去にあった全国で発生したオロチの騒乱の際に、
唯一、朝廷からの応援を求めずに、独力でオロチを討ち滅ぼしていた地域であり、
昔から朝廷からの干渉を受けずに独立性を保っていたのだった。
そのため、オホナムチの意見も聞かずに朝廷と事を構えようとした。
タケミナカタは関東地域を目指して侵攻を開始した。
フツヌシとタケミカツチは群馬側から迎撃した。
第五章 荒船山の激闘
両軍が衝突した地域は荒船山(長野県・群馬県)の周辺であった。
荒船山の険しい峰々に、戦雲が立ち込めていた。
荒船山に布陣してタケミナカタは叫んだ。
「出雲のクニを平定した後、我がスワのクニをも脅し取ろうとするのだろう!
さあ来い。我が武力と力比べをしようではないか」
その声は谷間にこだまし、鳥たちが一斉に舞い上がった。
タケミナカタの表情は獰猛で、野生の獣のような迫力があった。
そこで、フツヌシの副官として来ていたタケミカツチが出てきた。
タケミナカタの布陣している荒船山に向かったタケミカツチは
次々にタケミナカタの軍を蹴散らしていく。
それは軍勢を鋭く引き裂く氷の剣のようであった。
あっという間にタケミナカタの中央の軍は数を減らしていく。
タケミカツチの武力を確認したタケミナカタはそれを見越していたかのように
タケミカツチの武力をいなす様に軍を引いていく。タケミカツチは追いかけて行った。
佐久地域まで押し込んだタケミカツチだったが
先行しすぎた為、佐久盆地に誘い込まれてタケミナカタの軍に包囲された。
タケミナカタはタケミカツチを包囲したまま釘付けにし、
他勢でタケミカツチと分断した後軍に攻め込み、荒船山周辺まで再びタケミカツチ軍を押し戻した。
この両軍の一進一退の攻防が続き、千曲川は真っ赤に染まった。
山々の紅葉さえも、戦いの激しさの前に色を失うかのようだった。
第六章 和解への道
フツヌシとタケミカツチは一旦はタケミナカタ軍の勢いを抑えたと判断し後退。
スワ地域への侵攻の意志は無い事を説明するため荒船山に交渉の場を設けた。
戦いの後、荒船山に設けられた交渉の場で、
フツヌシとタケミナカタが向かい合っていた。
夕暮れの光が二人の顔を柔らかく照らし、戦いの激情も静まっていた。
フツヌシは言った。
「今回の出雲地域への軍事介入は
出雲の国力増大に対するオホナムチの慢心をいさめるための行動であり
出雲地域支配の為の侵攻ではありません。
従って、スワ地域にも我々は干渉しません」
タケミナカタもフツヌシの話に納得し、兵を引き上げる事を約束した。
その険しかった表情にも、徐々に理解の光が宿り始めていた。
「私達も出雲への軍事進攻の話を聞いて自国を守るための行動でした。
そちらが干渉しないのであれば、我々もこの地域から外に侵攻はしません」
そしてスワの地域に引き上げていくのだった。
この話が民間に伝わっていた為、タケミナカタは
"朝廷に対しても地域の独立性を保った軍神"として
地方の国司達に祭られるようになった。
第七章 オホナムチの決断
さて、出雲に戻りオホナムチにさらに問うた。
オホナムチは、恭順の態度を示して言った。
その表情には、かつての傲慢さはもうなく、深い反省と諦観が漂っていた。
「一族の意見をまとめました。
皇太子オシホミミ様と、タカミムスヒ様にお伝え下さい。
我が子クシヒコ(コトシロヌシ)も去って行きました。
そして、私もこの出雲から去ります。
そうすれば、この地域で戦を構える者も無くなりましょう。
この、我が家伝来のクサナギのホコを捧げます。
後の平定の一助となさって下さい」
これを受けて、フツヌシと、タケミカツチは、出雲の平定を進めた。
逆らう者は斬り、従う者は褒めてまとめた。
そして、皇太子オシホミミの待つタガのミヤ(多賀大社)に帰還した。
第八章 皇太子の詔と褒賞
皇太子オシホミミは、フツヌシの報告をお聞きになられて、詔を出された。
タガのミヤで皇太子オシホミミから詔が下される場面は、
荘厳な静寂に包まれていた。
「フツヌシよ、あなたの導き方はとても良いものでした。
土下座をしての問いかけは相手を尊重した調和が整うのもので、
強圧的でないのが賞賛されます。
また、タケミカツチには『カシマカミ』の称号を授けます。
それは、『右大臣解任更迭』において厳しさを充分に表現できたことで、
(右大臣が有する)軍人が規律を守る大切さを示す事が出来たからです」
フツヌシとタケミカツチの表情には、任務を完遂した満足感が浮かんでいた。
第九章 オホナムチの奉仕と新たなる恩賞
丁度同じ時期に、オホナムチは一族の者たちの180人の司を、
ナカクニに率いて来て朝廷のお役に立ちたいと奉仕をした。
その姿が、忠節で裏表が無く、人々が感動するほどの評判を呼んだ。
やがて、オホナムチが180人の司を率いて朝廷にやってきたとき、
その姿は以前とは別人のように謙虚で誠実だった。
そこでタカミムスヒは、
自国の土地で開発が遅れ気味の場所を割譲する意向を上程した。
皇太子オシホミミも、その上程を認めて詔を出した。
「岩木山の森と、『アカルミヤ(青森県山内丸山)』を、
オホナムチに譲ることにします。順次に開発を進めて行くとよいでしょう」
終章 新たなる始まり
国譲りに際して、アマキミからの賜り物をオホナムチは得ることが出来た。
青森の中心の政庁は、入口の階段を千尋もの長い立派なものに作った。
180句・180音に整えた祝詞を神に捧げ、
自らの潔白の誓いを示し、
オホナムチはウツシクニ(国替え)を為し得たのだった。
それによりオホナムチは「ウツシクニタマのカミ」という褒め名を賜るのだった。
青森の岩木山に向かうオホナムチの後ろ姿は、
夕陽に照らされて小さく見えたが、その歩みには新たな決意がみなぎっていた。
千尋の長い階段を持つ立派な政庁を建設し、
180句・180音の祝詞を神に捧げる姿は、
真の指導者としての風格を取り戻していた。
出雲には、ホヒの皇子を後任の国司に任命した。
出雲の空に浮かぶ雲は、もはや慢心の影ではなく、
希望の光を運ぶ使者のように見えた。
新しく任命されたホヒの皇子の治世の下、
出雲の地には平和な日々が戻り、人々の笑顔が再び咲き誇るのであった。




