出雲の台頭と使者たちの物語
第一章 不吉な前兆
夏の陽射しが宮中の庭園を照らす中、オシホミミは不安を抱えて歩いていた。
皇太子として将来アマカミの座を継ぐ身でありながら、
今朝目にした光景が心から離れなかった。
朝廷の庭に植えられたカクの樹が、青々とした葉を黄ばませ、
枝先から枯れ始めていたのだ。
この樹は代々、
朝廷に災いが降りかかる前兆を知らせる神聖な樹として大切に育てられてきた。
その樹が枯れ始めるということは、
何か大きな変事が起ころうとしている証拠だった。
「フトマニを行いましょう」
重臣たちが集まった会議で、
オシホミミは占いによって事態を把握することを決めた。
静寂に包まれた神聖な空間で行われた占いは、
強い分断の流れが世の中に生じていることを示していた。
占いの結果を詳しく検討すると、
問題の核心は出雲のオホナムチの心の変化にあることが浮かび上がってきた。
かつては忠実だった地方の有力者が、
いつの間にか驕りと慢心に支配されているというのだ。
第二章 出雲の変貌
出雲への調査から帰った検察官の報告は、
オシホミミの不安を的中させるものだった。
「オホナムチ様は確かに優れた統治者でございます」
検察官は慎重に言葉を選びながら報告を続けた。
「警察力、法の整備、防衛力、文化の発展、
どれを取っても申し分ございません。しかし...」
彼の表情は曇った。
「物質的な豊かさが、かえって心に油断と慢心を生んでしまったようです。
『朝廷と並び立つことができる』と公言して憚らない態度になってしまわれました。
御殿の垣根を『タマカキ』と呼ばせ、
宮を『ウチミヤ』と称して神聖化なさっています。
まるで朝廷のアマキミの居所に対抗しようとするかのように」
報告を聞くオシホミミの心は重くなった。
このままでは国家の秩序が乱れ、再びオロチの争乱のような混乱が起きかねない。
第三章 信濃からの知恵者
会議にはオモイカネも参加していた。
かつてオシホミミの教育係を務めた彼は、
今では信濃の伊那地方に終の棲家を定め、アチノカミと尊ばれていた。
伊那地方の恵那山には、アマテルカミの胞衣が埋め納められた神聖な場所があった。オモイカネはその中腹に自らの墓所を定め、
長くその地を守ろうとしていた。
彼の深い叡智と忠誠心は、この困難な状況でも朝廷の支えとなっていた。
ちょうどその頃、7代目のタカミムスヒの襲名の時期を迎えていた。
野洲川流域のイマミヤで執り行われた大嘗祭には、
信濃からオモイカネも駆けつけた。
重要な問題を解決するための準備が整いつつあった。
第四章 多賀での会議
皇太子オシホミミのタガのワカミヤ(多賀大社)で、
重要な会議が開かれた。参加者たちの表情は皆、深刻だった。
「出雲のオホナムチの真意を確かめるため、使者を送る必要があります」
7代目タカミムスヒのタカギネが口を開いた。
「一体、誰が適任でしょうか?」
静寂が会議の場を包んだ。そして、自然と声が上がった。
「ホヒ皇子が良いでしょう」
ホヒはアマテルカミの長男で、モチコの子として生まれた皇子だった。
母のモチコは、ネとサホコを治めていたクラキネの娘で、
アマテルカミのスケキサキでもあった。
血筋といい、人格といい、この重要な使命にふさわしい人物だった。
第五章 帰らぬ使者
しかし、何年経ってもホヒは帰ってこなかった。
出雲でオホナムチと対峙したホヒは、相手の論理に困惑していた。
「中央の朝廷だけが力を持っていても、
オロチ騒乱や天変地異が起きた時、対応が後手に回ってしまう」
オホナムチは堂々と主張した。
「その間、国民が苦しむことになる。
地方のクニが朝廷に並び立つような力を持っていれば、
その対処も早まるではないか」
ホヒはこの主張に反論できずにいた。
国と地域の役割について深く悩み、オホナムチを説得しようと試み続けたが、
結果を出せないまま朝廷に戻ることができずにいた。
そこで、ホヒの子息ミクマノが出雲に送られたが、
彼もまたオホナムチに説得されてしまい、
父の悩みに対する答えも見つけられないまま、帰朝の報告をする気配もなかった。
第六章 三人目の使者
オシホミミとタカギネは、さらに使者を送ることを決めた。
三人目の使者はアメワカヒコだった。
アメワカヒコは、
中山道の開拓者として知られるカナヤマヒコの孫にあたる若者だった。
妹のオクラヒメはシタテルヒメにワカウタを習いに通っており、
父のアマクニタマも立派な人物として知られていた。
タカギは、アメワカヒコに特別な印の宝物を授けた。
それは、オロチ平定の際にアマテルキミから授けられた聖なる弓と羽矢で、
「力ではなく調和によって争いを鎮める」ことを目指す象徴的な道具だった。
第七章 権力への誘惑
しかし、アメワカヒコもまた先の二人の使者と同じ運命を辿った。
オホナムチの正当性を主張する論理に直面し、
説得を諦めたアメワカヒコは、別の手段を考えついた。
自分が出雲地方の実権を握ることで、出雲の台頭を内側から抑えようというのだ。
「ホヒ様親子のやり方では、オホナムチ様を説得できまい」
アメワカヒコは心の中で呟いた。
「朝廷に帰参させるためには、内側から取って代わるしかない」
こうして彼は、オホナムチの娘タカテルヒメを妻に迎え、
出雲での権力拡大に取り掛かった。
結果、8年間も音沙汰なしとなったのだった。
第八章 悲劇の始まり
タカギネは、アメワカヒコのやり方では出雲の分裂を招くと考え
アメワカヒコのやり方を諫めるため、
オホナムチを通さずに直接使者を送った。
しかし、権力争いによる疑心暗鬼に陥っていたアメワカヒコは、
朝廷からの使者とは知らずに門前払いをしてしまう。
使者が玄関前で面会を求めて身分を明かすと、
アメワカヒコは策略だと思い込んだ。
「私の出雲での立場を悪くしようとする策略に違いない」
怒りに駆られたアメワカヒコは、タカギネから授かった羽矢を射た。
矢は使者に刺さり、使者は血を流しながらも都に戻ったが、
タカギネの前に報告する前に力尽きてしまった。
血塗られた羽矢を見たタカギネは覚悟を決めた。
朝廷から授かった羽矢で朝廷の使者を射ることは、重大な反逆罪だった。
第九章 喪屋の悲しみ
タカギネの送った暗殺者によってアメワカヒコは誅殺された。
妻のタカテルヒメの悲しみは深く、
その嘆き声は出雲から遠く近畿地方まで聞こえてきた。
アメワカヒコの両親は急いで亡骸を引き取り、
春日山に喪屋を建てて8昼8夜にわたって喪に服した。
その喪中に、タカテルヒメの兄タカヒコネが弔いにやってきた。
タカヒコネとアメワカヒコは親友同士で、よく似ていた。
アメワカヒコの一族郎党は、
タカヒコネの姿を見て「生きておられたのだ!8年ぶりの奇跡だ」と取り囲んだ。
しかし、タカヒコネは激怒した。
「私を亡くなった友と見間違えるとは失礼ではないか!
私まで死んでしまいそうだ。
親友だったからこそ、遠路はるばる喪を弔いに来たのに」
怒りに任せて剣を抜き、喪屋を斬り崩してしまう。
第十章 心を鎮める歌
喪に集まった人々は驚愕した。
その中にいたアメワカヒコの妹オクラヒメ(シタテルヒメ)は、
歌によってタカヒコネを諭そうとした。
あめなるや おとたなはたの
うながせる たまのみすまる
みすまるの あなたまはやみ
たにふたは たらすあちすき
たかひこねそや
(天の織女が機を織るように、すべては天の理によって巡っています。
その働きの中で、人の命も玉の環のようにめぐり、
やがて一つの魂が消え去ることもあります。
しかし、谷に二葉が芽吹くように、また新たな命は生まれ続けます。
死は終わりではなく、巡りの一部にすぎません。
だから、タカヒコネ様――
怒りに任せて喪屋を壊すのではなく、どうかその心を鎮めてください)
オクラヒメの美しい歌声と深い心に、タカヒコネの怒りは鎮まった。
剣を収めた彼は、理解を示すために答歌を返した。
あまさがる ひなつめのいは
たたせとい しかはかたふち
かたふちに あみはりわたし
めろよしに よしよりこねい
しかはかたふち
(天の理の下に、堅く動かぬ岩の淵のように、私も心を落ち着けよう。
その淵に網を張れば、流れの中の魚が寄ってくるように、
怒りを鎮めた心には、善きものが自然と集まってくる。
だから私は、堅い淵のように静かで揺るがぬ心を保とう)
終章 新たな結び
タカヒコネは親類に謝罪し、喪屋を建て直して共に喪に服した。
この出来事を通じて、タカヒコネとオクラヒメは互いの心を理解し合い、
やがて結婚することとなった。
二人に足りないところがあったとしても、
お互いが補完し合えば大きな成長を遂げることができるのだ。
しかし、使者たちが帰らぬままで、出雲側からも何の報告もない態度に対して、
朝廷はついにオホナムチの逆心は明白と判断し、処罰を検討することとなった。
物語は新たな局面を迎えようとしていた。
出雲の大地に夕日が沈み、遠い都では、次なる決断の時が近づいていた。




